第十三話 森の図書館
森の柔らかなざわめきと鳥の声を聞きながら、石畳の小路を歩くジェイド。深い森にいながらも、所々夏の日差しが矢のように差し込んでいた。この村は熱すぎずちょうどいい。
ジェイドは、樫の木の寄り合い広場までやって来た。少し離れた所にケヤキの大樹がある。そこが村の図書館らしい。
木の階段を上り、鉄の取っ手を掴んでは、そっと丸い木の扉を開いた。すると、図書館特有の本の匂いがふんわりとジェイドの鼻をかすめた。とても静かで、人の気配がない。
「……こんにちは、誰かいますか?」
静まり返って返事もない。ただ、館内の明かりだけがついているだけだ。
「図書館、やってますかぁ〜」
そっと中へ入ると、中央に読書スペースがあってテーブル席やソファー席が並んでいた。ジェイドはソファー席に座ると、高い天井に視線を向けた。
円状の吹き抜けで、三階まで壁際に本がびっしりと並んでいた。天井には蔓上の植物がぶら下がっており、無数に光る花が咲き誇っている。夜に見た提灯花とは違うみたいだ。
「おや、珍しいお客さんだね」
振り返ると、黒縁眼鏡をかけた白髪のお爺さんが本を片手に立っていた。
「勝手に入ってすみません。この村の司書さんですか?」
「いかにも。儂がこの図書館の管理をしているパブロ・ガルシアじゃ。お前さんは、誰だい?」
「俺は、ジェイドです。ダグラス副隊長のご厚意で今は、こちらに住まわせてもらってます」
「そうか、そうか。事情は知らんがよく来たな、坊主」
眼鏡のお爺さんはにこやかに微笑んだ。
「あの……ところで、天井にぶら下がっているあの植物ってなんですか?」
「フォッ、フォッ。あれは、儂が作ったインテリアランプじゃよ。本物の植物そっくりにみえるだろ?儂は、こう見えても物を作るのが得意なんじゃよ。この図書館も全部、儂が作った」
「えっ!?全部ですか?このテーブルやソファーも?」
「本以外はほとんど儂が作った。どうだ凄いだろ?」
まんざらでもない顔をしたパブロはあごひげを撫で始めた。
「昨日、ここに来たばかりなのですが、とてもユニークで面白い場所だと思いました。まるで、隠れ里みたい」
「フォッ、フォッ。隠れ里は間違ってないな。魔力の低い人間は、そもそもこの森にはやって来れない。ここは、平地にある町や村よりも魔素濃度が高い地域にあるからな」
「そうなんだ……。ところで、探したい本があるのですが……読んでもいいですか?」
「うむ、坊主。探したい本っていうのは、水魔法の本のことかな?」
ぴたりと言い当てたことにジェイドは、思わずソファーの背もたれにのけ反ってしまった。
「どうして分かったのですか?」
「フォッ、フォッ。こう見えて、儂は人の属性が目に見えて分かるんじゃ。お前さんは珍しい水属性の子供だと」
「そうです。でも、俺は、まだ魔力を覚醒したばかりなのでとりあえず、水魔法について学ぼうかと……」
「うむ。いい心がけじゃ。水魔法関係の本なら、二階の東側、三段目の列を探すといいさ。それからこの村の者なら、二冊まで本が借りられる」
「俺は来たばかりなのですが、借りられますか?」
「あぁ、構わんよ。しっかり勉強するがいいさ」
「ありがとうございます」
「ゆっくりするといい」
こうして、ジェイドはお昼過ぎまで図書館で過ごすことにした。
****
一方ジェイドがいる図書館の隣の寄り合い所には、今日も村人が集まっていた。
広い芝生に広いウッドテラスでは、小さな子達が積み木遊びや、お絵かきなどをして賑やかに遊んでいる。この村で酒場を経営しているミーナは、自分の子供を連れて、いつもの井戸端会議をはじめていた。
そんな中、あの男が酔いも覚めぬまま、主婦たちの輪の中に図々しく割り込んできた。
「――だから、あのダグラスが訳ありの子をこの村に連れてきていたんだ。訳ありだぞ?きっと、ダグラスの元女房の不倫の子に間違いねぇーよ」
(またこの人、昨日と同じ話をしているわ。いい加減にしてくれないかしら……)
「ジムナムさんの気のせいじゃないの?」
それとなく、ミーナが抵抗する。
「だから、夕べも言ったけど、気のせいなんかじゃないって。何回も言っただろ?ミーナ」
クッションの上で胡坐をかきながら、ジムナムは語り始めた。
「ダグラスが連れてきた坊主の髪の色が、アンジェリカにそっくりなんだよ。それにどことなく育ちの良さそうな雰囲気もそっくりなんだよなぁ~」
「おや?淡いモカ色の髪なんて珍しくないじゃないの。あんたは懲りもせず、憶測で物を言ってるのかい?暇な男だねぇ〜」
レース編みを編んでいる白髪のおばあさんがジムナムを窘める。
「マルダばあちゃんまで、俺を疑っているな?よ〜く聞け。坊主は、だいたい4、5歳ぐらいだったぜ。アンジェリカがでていったのも5年前だ。ほら、ぴったり合うじゃねーか!!」
「そんなのただの偶然じゃないの?」
ミーナは呆れて、ジムナムの言葉を遮る。
「違うなミーナ。あの坊主は青い目をしていた。思い出したんだよ。宝石商の男も青い目だったということを!!アンジェリカの髪の色と、宝石商の青い目。それにダグラスは訳アリだと言って俺に隠そうとした。あの子は、絶対に不倫の子に間違いないよ。きっと無責任に、あの坊主をダグラスに押し付けたんだろうな」
「ちょっとぉ〜。普通、元奥さんが別れた亭主にわざわざ他の男とできた子供を押し付けるかなぁ?」
新人ママのマリーは首をかしげた。
「はぁ~。甘い、甘い。ここに来てまだ間もないマリーは黙っときな。自分勝手で周りを振り回すあの女なら……うん。やりかねないさ」
リンダは、頷きながらパン屋のクロワッサンを齧る。
「もしも、ジムナムの話が本当だったとして、ダグラスってば、どういうつもりであの子を引き取ったわけ?」
ミーナも首をかしげた。
「あの自由奔放な女のことさ。きっと人のいいダグラスが押し付けられたんだろうよ」
リンダがバッサリ言い返した。
(リンダは、昔からアンジェリカみたいな派手なタイプが嫌いだったもんね)
「もしも、その話が本当ならレイアちゃんが可哀想だねぇ~」
マルタおばあちゃんは呟く。
「ふふ、事の真相を確かめるべく、あの坊主に直接会ってくるぜ」
ジムナムが鼻を膨らませる。
「でも、今の話はあんたの憶測にすぎないだろ?いくら暇だからって、人様のプライベートなことをほじくるんじゃないよ。相手は5歳の子供じゃないか!!」
ミーナは立ち上がってジムナムを睨みつける。
「へへっ、俺だって、小さな子供を脅したりなんかしないって。ちょいと、ダグラスの家にでも行ってみようかな?」
膝を打って、ジムナムは立ち上がった。
(ジムナムったら、本当に性格が悪いんだから……)
ミーナはおでこに手を当て、深いため息をついた。
来週の土曜日18時に投稿します




