第十二話 ダグラスと朝の訓練
森の朝は、小鳥たちの声で始まる。夏の森はひんやりと涼しく、朝もやの中、巨大な木々の間から光が差し込んでいた。
朝露が光る庭で子供と大人が向かい合っている。
「ジェイド。お前の身体強化を見せてくれないか?まずは、手合わせをしよう」
「身体強化は本当にかじっただけで、強くないですけど、それでもいいですか?」
「ああ、そんな謙遜するな。思いっきり向かってこい!」
「分かりました。では、行きます」
ジェイドは深呼吸をした後、【フィジカル・ブースト】を唱えた。体を中心に風圧が発すると、青白い光の粒がジェイドを纏った。体の芯から力がみなぎってくるようだ。
(相手は副隊長。多分、力ではかなわない。だから弱い所を突く)
「流水の如く走れ!!【ストリーム・ランナー】」
ジェイドの足元が更に青白く光った。
ジェイドの利き足が芝生にめり込んだ瞬間、流れるような速さでダグラスの間を詰めてきた。
ダグラスが構えている右手首をジェイドは掴んだ。
「腕は取らせないぜ!!」
つかさず、ダグラスの左手の拳がジェイドの脇腹を狙う。しかし、ジェイドは瞬時に手首を離し、左拳を躱した。
地面すれすれで右回転し、ダグラスの軸足を払う。しかし、びくともしない。まるで足が大地に根を張っているようだ。素早く退避して距離を置く。
「身体強化をかけても、軸足が崩れないなんて、副隊長どれだけ頑丈なんですか?」
「そりゃあ、俺も無詠唱で身体強化をかけたからな」
「そんなの、ズルいですよ!!」
「ジェイド。戦場では、ズルいもズルくないもないからな。力で敵わない相手には、まず柔らかそうな急所を狙え。目、耳、鼻、こめかみ、顎、喉仏、金的。足なら、膝や脛の腱がいいだろう。脇の下や、首元、太ももの付け根など太い血管や神経が通うところを狙うのもいい。ただ、足首はやめとけ。みんな固いブーツを履いているからな。衝撃は弱いし、倒れにくい」
「……分かりました。もう一度いきます!」
「よし、かかってこい!!」
ジェイドは低い体勢で、ダグラスに向かって加速した。
ダグラスは、半歩下がって、軸足を前に右回し蹴りを繰り出す。ジェイドは直前で緩急をつけ、回し蹴りを紙一重で躱す。素早く伸びきった蹴り足のふくらはぎをジェイドは斜め上へ蹴り上げた。
勢いに乗せて、続けざまに右腰を押し蹴る。体勢を崩したダグラスが反射的に右腕を振り下ろしたが、ジェイドはそれを受け流すと、跳躍して短い両足をダグラスの首に絡めた。ジェイドは身体強化で締め上げる。
しかし、ダグラスはジェイドの両足を掴むと、ギリギリと力でこじ開け、両足を持ったまま遠心力で投げ飛ばした。
「うわぁ!!!」
投げ飛ばされながらも、何とか回転をかけながら四つん這いで着地した。目が回りフラフラしている。
「お前、思っているよりやるな」
「ダグラスさんに全く勝てる気がしません」
「あははははっ!五歳児に負けたら、俺はとっくにこの仕事を引退してるよ。だが、なかなかセンスがいい。とくに俺の背中に回って、首を絞めた辺りは、シルヴァン聖堂の神官の奴らを思い出す」
「それで、体術と双剣はなにか関係があるのですか?」
「大ありさ。双剣は、盾のない武器だ。しかし、テンポが速く、大剣が一回攻撃するところを、双剣は二回いや、超加速で三回、四回攻撃できる」
ダグラスは小さな木の短剣2つをアイテムボックスから取り出した。それを手にすると、素早く構えてみせる。
「いいか。よく見とけ」
鋭く風を切る音。みなぎる気迫。ダイナミックなアクロバットな動き。上半身の筋肉から飛び散る汗。
その姿はまるで演武を舞っているようだった。ジェイドは目を見張り、固唾を飲んでそれを見ていた。
「派手に動くし、体力をかなり消費するのが双剣だが、体が小さく、身軽で素早いお前なら、剣よりこっちの方が早く使いこなせるだろう。それに身体強化や俊足上昇という技をお前はすでに身に着けている。双剣使いにはぴったりだ。そして、水魔法と組み合わせたら、いろんなバリエーションで戦えるかもな」
ダグラスは、ジェイドに近づくと、木の短剣をジェイドに手渡した。
刃先が鋭く幅が広い。ガードが広く、グリップ部分にダグラスの熱がまだ残されていた。使い込まれたであろう木の短剣をそっと撫でる。
「俺に出来るのかな……」
「そこは、やってみなきゃわからないだろ?じゃあ、もう一回。これを使ってかかってこい!!」
「はい!」
朝もやが消え、夏の日差しが強くなるまで二人の特訓は続いた。
❇❇❇❇❇
朝の稽古を終えたジェイド達は、ダイニングテーブルに着いた。マーサがコップにミルクを入れてくれる。
「旦那様も、ジェイド君も、朝からえらく元気ですね」
「副隊長に鍛えてもらって、とても楽しかったです」
すると、遅れてレイアが階段から降りてきた。
「おはよう、レイア」
「おはよう、お父様」
「おはようございます。レイアさん」
「……おはよう」
気のせいだろうか。ジェイドへの声が低い。
朝の朝食は、バケットに、じゃがいものポタージュ。それと、レタスとハムのサラダと目玉焼きだ。
「豊穣の恵みに感謝を。共に食事を分かち合おう」
食事の挨拶をダグラスがすると、一斉に食事を始めた。
「レイア、学校の方はどうだ?もうすぐテストだろ?」
「そうなのよ。もうすぐテストがあるの。つまらないわ。早く秋休みがきたらいいのに」
「そういえば、ジェイド君は何歳なの?」
マーサが興味津々に聞くと、ジェイドは小さく答えた。
「俺は、五歳です」
「そうよね。まだ、学校すら通えない年だものね」
レイアが棘のある言い方をしてきた。
「まあ、初等学校はまだ通えないが、図書館で本を読むといいよ」
ダグラスがフォローをする。
「はい、今日は図書館で過ごしたいと思います」
「あなた、本が読めるの?あぁ〜。どうせ絵本とかでしょ?」
「普通に字は読めますよ。だから図書館へ行くんです」
「はぁ!?まだちびのくせに、随分生意気ね」
「こら、レイア。お姉さんなんだから、もっと優しくしてあげなさい」
「私、この子のお姉さんになる気なんてないわよ」
(なんか知らないが、俺って嫌われているな)
「ところで、お父様。いつになったら私に風の攻撃魔法を教えてくれるのですか?」
「そうだな……。布巾を風魔法で操り、高い窓ガラスが拭けるようになったら、教えてやる。お前の一番の課題は、その偏った魔力の出力を安定させることだ。地道な努力が必要だがな」
「えぇーーーーっ!!つまんない!!」
レイアが駄々をこねだした。
「レイアお嬢様が、頑張ったら、このマーサ、レイアお嬢様の大好きなアップルパイをお作り致します」
「なによ、マーサまで。私を甘いもので釣ろうとしないでよ!」
レイアの素振りがあまりに可愛いので、思わずジェイドは噴き出した。
「なによ。……なんで、笑っているの?」
「いや、レイアさんが、あまりにも可愛かったものだから、つい」
すると、レイアの顔がみるみるうちに真っ赤になった。
「なっ、なによ!!可愛いだなんて、あんたみたいなお子様に言われたくないんだから!!」
ダグラスもついに噴き出した。
「あはははっ!ほらほら、早く食べないと学校に遅れるぞ!」
朝の食卓は賑やかに終わった。
20分後に投稿します




