第十一話 ダグラスの家
玄関を入ると、美味しそうな匂いがお腹を鳴らした。家の中は開放的で、思ったよりも広い。どこを見渡しても、飴色の木目が艷やかで美しい。どのガラス窓も丸くて、まるで鳥の巣穴にいるような錯覚さえ覚える。
「これが木の中の家かぁ……素敵ですね」
「だろぉ?自慢の家なんだ!」
「レイア、ただいま!」
すると、弧を描いた階段を軽やかに響かせ、10歳ぐらいの女の子がやってきた。さらりとした赤髪は肩まで伸びて、瞳の色は蜂蜜色に輝いている。小さな鼻にふっくらとした頬。ジェイドは、ある人を思い出していた。
(髪と瞳の色はダグラスそっくりだけど、……少しだけ、メリッサに雰囲気が似ている)
「お父様、お帰りなさい!って……あれ、その子は誰?」
「この子はジェイドだ。訳あってここに暮らすことになった」
「えぇーーーー!!!」
レイアの驚きにジェイドの肩がビクッと動いた。レイアは目を丸くして、唖然とした。
「お、お父様?いきなり何言ってるの?この家狭いのよ。第一、この子が泊まる部屋なんてないじゃない!!」
「5階の物置をどうにかしたら何とかなるさ」
「えぇ〜〜!!」
レイアは、ジト目でジェイドを見つめている。
「えっと、ジェイドです。5歳です。よろしくお願いします」
「う〜ん。よろしく……」
すると奥から、エプロンをつけた中年の女性がやってきた。
「あらあら、旦那様。お帰りなさいませ。あら、その子は?」
「今日から世話になる子供だ。訳あって預かることになったジェイドだ」
「すみません、お邪魔してます」
ジェイドは女性に挨拶をした。
「まあまあ、左様でございますか。ともかく旦那様、まずは手を洗ってきてください。ご夕食の準備ができておりますから」
「この人は、ここの家を任されている侍女のマーサだ。俺がガキの頃から世話になってる」
「ジェイド君。玄関先で何ですから、どうぞお上がりください」
「おっ、お邪魔します」
ジェイドは、樫の階段を踏む音を響かせながら、ダグラスの背中についていく。ほのかに木の香りがする。蜜蝋だろうか。手すりの感触も心地よい。2階へ行くと、踊り場にある手前の部屋へ入った。そこは手洗い場と脱衣所を兼ねたスペースだった。
一枚板にホーローのボールをくり抜いた手洗い場。壁付けされた蛇口から水を出し、緑色の石鹸で手を洗う。壁からいきなり水が出るのが不思議だ。ジェイドはしゃがんで下を見る。水道管のようなものが見当たらない。
「なんだ?キョロキョロして」
「水がどうやってきて、どこへ流れていくのかが不思議なんです」
「はははっ!詩人みたいなこと言うんだな」
「そうじゃなくて、水が流れる仕組みが気になるのです!」
「あぁ、この村は特殊なんだ」
「特殊?」
ジェイドは蛇口の先にある壁側の鉄板を指さした。そこには小さく二重魔法陣が刻み込まれていた。
「この魔法陣……もしかして、移転魔法と浄化魔法が二重に掛けられているのですか?」
「正解!この魔法陣を見て理解できるとは、お前、只者じゃないな?」
「揶揄わないでください。もしかして、さっきの川の水源近くに大きな統括魔法円陣が掛けられているのですか?」
「……そのとおり。ここは水源が豊かなんだよ。ここらは、万年雪のカンタルス山脈が延々と連なっているからな。滅多に枯渇しない。そして、排水は村の浄水場へそのまま転移移動する」
「へぇ〜、凄いシステムですね」
「そこで浄化円陣を何重にもかけてろ過をする。そして再び川へと流す。この村には水道課の奴らが常駐していて、排水場のメンテナンスや川上の水源地も定期的に清掃しているから、水に関しては全く問題はない」
(王都とは違うんだ……)
「それから、蛇口の真ん中に穴が空いているだろ?ここに火の魔石を入れると、あったかいお湯が出る。冬の朝でも怖くないってわけ」
ジェイドとダグラスが階段を降りて1階のダイニングルームへ行くと、夕食の準備が整っていた。
テーブルには、レイアと、マーサ、あと一人の中年男性が席についていた。
「ジェイド。ここにいるのが、トーマスだよ。マーサの旦那さんだ。従者であり、主に家の管理を任せている」
「はじめまして、ジェイドといいます」
ジェイドは、礼儀正しくお辞儀をした。
「旦那様、この子はどこの貴族の坊っちゃんでらっしゃいますか?」
「いいや違うと思うけど……」
「今の挨拶は貴族の礼法そのものではありませんか。マーサから聞きました。訳ありだなんて、どういうことですか?」
「まあ、詳しくは話せないんだ。仕事絡みの案件で預かったと思ってくれ」
ダグラスの仕事は主に違法魔道具や黒魔術、禁忌と言われる秘術など、摘発絡みの仕事が多いと聞いていた。なので秘密事項も多いし、夜間勤務が多いそうだ。今回の昼勤は、珍しいと言っていた。酷いときで、何週間も宿舎に泊まり込みをするという。
「坊ちゃま。そういうことなら、仕方ありません。でもそういった場合は、事前にご連絡ください。分かりましたね?」
「……すまん、トーマス」
「さあさあ、旦那様もジェイド君も、冷めないうちに頂きましょう。今日のメインは、鴨肉のステーキと鶏肉の根菜スープです。あと、パン屋のバスケットに、アップルベリーです」
ジェイドもダグラスも席についた。
「豊穣の恵みに感謝して、今ある食事を共に分かち合おう」
ダグラスが手を合わせて祈ると、みんなそれに合わせて祈った。
一つのテーブルでこんなに大勢と食事を囲むのは学園生活ぶりだ。とはいっても、学園生活は食堂だったから、こんなアットホームではなかったが……。
「ジェイド君。お口に合うかしら?」
「はい、このスープ美味しいです」
「そう、たくさん食べてね」
「はい!」
お腹が空いていたジェイドは、鴨肉のステーキに夢中になっていた。
ふと気になって、視線を斜めに向けると、ダグラスは赤ワインを片手に機嫌が良さそうだ。
レイアが水を一気に飲み干して、コップをテーブルの上に置いた。
「ところで、お父様。私の誕生日はちゃんとお休みが取れるのよね?」
「分かってるよ、レイアの誕生日は1ヶ月後だろ?ちゃんと休暇を取ってあるから心配するな」
「本当に約束よ!去年なんか、急に仕事が入ってすっぽかされたんだから!今度そんなことがあったら、お父様のこと嫌いになるからね」
「おいおい、嫌いにならないでおくれよ〜」
「どうしょうかなぁ〜フフフッ」
(副隊長も親バカなんだな……)
「ところであなたの、お父様は何をなさっている方なの?」
ジェイドの手が止まった。
「あの、それが――」
「あ〜〜、それは訳あって言えないんだ。業務に関わることだからね。この話は終わりだ」
ダグラスは、ワイングラスをテーブルに置いた。
「副隊長、別に俺はかまわ――」
「ごほん!!いいか、ジェイド。黙るんだ」
「……はい」
「それよりも、ジェイド。一緒に風呂に入ろうか」
「えっ!?別に俺は一人でも平気です」
「いや、俺が風呂に入るついでだ」
レイアの視線がこちらを向いた。無言の圧を感じる。
ダグラスは、それに気がつくはずもなく、悪気もなくニカッと笑った。
ジェイドはため息をついた。
「では、お願いします」
「そうか。じゃあ、残さず食べろな」
「はい」
「……」
❇❇❇❇
楕円形の檜に柔らかな湯。水面に浮かぶのは、黄色い果実。瑞々しい柑橘系の香り。
温かな湯けむりを外へ開放する。紺碧の森の風が心地よい。
「夏の日はこうして窓を開けて風呂に入るのが一番だ。開放的でいいだろ?」
ダグラスの筋肉質な身体には、あちらこちらに線のような古い傷がある。
「この傷か?これは若いときに、任務遂行に駆り出されたときに応戦した刃物傷さ。時には泥棒のような真似事もする。まあこれも、違法な密輸の証拠書類を見つけ出すためのことだけど」
「逆にそこは不法侵入や盗難にならないのですか?」
「なに、捕まらなければいいだけさ。それに見つけて困るようなことをしている貴族の方が罪深くて腐ってる」
「思っているより危険な仕事なんですね」
「ああ。だから必要以上なことは話さない」
「俺にはこうして話しているじゃありませんか?」
「お前は別だ」
「……」
ジェイドはそっぽを向いて、肩までお湯に沈んだ。ジェイドの耳が赤くなっている。
「ジェイド。今日は俺と寝るぞ」
「えっ?」
バシャンとお湯が跳ね、ダグラスの方を振り向いた。
「だって、お前の部屋はまだ片付けていないし、ベッドも用意していない。だから、今日は俺のそばで寝ろ」
「でっ、でも……そこまでしてもらわなくても、俺はソファーで眠れるから――」
「馬鹿。そこは『ありがとう』だろ?子供をソファーで寝かす親がいるもんか!」
「でも、ダグラス副隊長は……俺の親じゃないし……」
「じゃあこれからは、『親』みたいに思え」
「えっ!?」
「……俺が、親じゃ嫌か?」
(嫌じゃない……寧ろ……でも……)
「……今日だけ、一緒に寝ます」
「フフッ、素直でよろしい!」
ダグラスはザブンと立ち上がると、体をバスタオルでさっと腰に巻いた。すると、手をこちらに差し出した。
「ほれ、立ち上がれ。のぼせるぞ」
❇❇❇❇
ジェイドは何故かダグラスに連れられて、3階の寝室までやってきた。そこは、多くの書籍が並ぶ広い寝室だった。
木の温もりのあるインテリアに、幾何学模様のカーペット。そして、棚に飾られているのは、魔法鉱石と、いろんな種類の魔法銃や変わった形の双剣が飾られていた。
「いろんな武器がたくさん飾られていますね。ダグラス副隊長は、どんな武器を主に使うのですか?」
「俺は、隠密みたいな仕事をしているからな。俺は得意な体術を生かして、軽くて持ち運びしやすい双剣を常に持っている。まぁ、接近戦の場合はこれを使うが、普段は主に魔法銃や風魔法を使うよ。たまに土魔法も使うけどな、それはトラップだったり、落とし穴に使う程度だ」
「特殊任務部隊副隊長だけあって、やっぱりすごいな……」
「お前、身体強化が使えるだろ?俺がお前を双剣使いにしてやろうか?」
ダグラスの言葉に、ジェイドの胸が高鳴った。でも、そこに何のメリットが?
ジェイドは胸を抑えつつ、ダグラスを見つめ返した。
「なんだ?そんなに驚くことか?」
「俺にそれを教えて、副隊長に何のメリットがあるんですか?どうしてそこまで、俺に良くしてくれるのですか?」
ダグラスはベッドに座ると、軽くため息をついた。魔法ランプのそばにいるからか、ダグラスの表情が柔らかく見える。
「……別にメリットなんてないさ」
「だったら、何故――」
「『俺がそうしたいから』じゃあ、だめなのか?」
「そうしたいって……なんで?」
「さぁ?何でだろうな……。俺は厄介事が嫌いなはずなのに、何故かお前を見捨てられなかった。シルヴァン聖堂でのお前を見てから余計にそう思った」
「……俺が情けない子供だから、同情したのですか?」
ジェイドは俯き、拳を震わせた。
「いや、それは違う。お前は、情けなくない。本当に情けないのは、子どもをつらい思いにさせている大人の方だ。ただな……ただ、世の中の大人が全て悪いやつばかりでもないと言いたかっただけだ。だから、俺たちを信じて欲しいんだ」
ダグラスの言葉を聞いてジェイドは顔を上げた。
ダグラスは、目を細めて微笑んでいる。
(大きな体をした大の大人が、威張りもせずに、俺たちを信じてほしいと言った……。こんな人、初めてだ)
「……双剣使いの特訓……。本当にしてくれるの?」
「あぁ、明日からでもいいぞ!」
「でも、仕事は?」
「この2週間ぐらい日勤なんだ。朝か夕方に特訓は付き合える」
「じゃあ、明日の朝、お願いできますか?」
「おう!やる気になったか?じゃあ、とっとと寝ようか」
大きなベッドにジェイドは潜り込んだ。
「じゃあなジェイド。お休み」
「おやすみなさい。副隊長」
「……副隊長じゃなくて、ダグラスさんでいいよ。これからはダグラスさんと呼べ。……何なら、お父様でもいいぞ?」
「からかわないでください、ダグラスさん。じゃあ、お休みなさい」
ジェイドは横向きに寝返る。
「あぁ……お休み、ジェイド」
ふかふかなベッドの中で、ようやくジェイドの長い一日が終わった。
来週の土曜日18時に投稿します。




