第十話 E居住区
ウェヌスタ滝から最初にいた転移中継地点へと戻ったジェイドとダグラスは、そのままダグラスが住むE居住区へ行くことにした。
黒龍魔法城は、AからEまでの5つの居住区があり、場所も住んでいる人数もバラバラだという。特にこれから行くE居住区は、深い森の中にある。
「それじゃ、ここの転移中継地点からそのままE居住区へ行こうか」
「副隊長、一つ質問があります」
「なんだ?」
「みんなが空間転移魔法を使っているなら、2つの転移が同時に来て、ぶつかったりはしませんか?」
「ああ、その点は大丈夫だ。距離の近い者から優先的に転移されるから衝突することはない。ただ、少し待たされるだけだな」
「それじゃあ、酔いませんか?」
ジェイドは、眉をひそめる。
「はははっ、済まなかった。君にブレスレットをやらないとな。腕を貸してご覧」
ダグラスはジェイドの細い腕に水晶のブレスレットを結んでやる。小さな水晶玉に革の紐を結んだだけの、シンプルなブレスレット。
「うわぁ〜!ありがとう」
左腕の水晶の玉に、オレンジ色の木漏れ日が反射して、キラリと光る。
薄暗い森の中、ダグラスは軍馬を引いて、12の岩に囲まれた転移魔法陣の真ん中に立つ。ジェイドはダグラスの隣に急いで並んだ。
「さぁ、E居住区へ行くぞ」
ダグラスの杖の先が光った。その光の奔流が周りを取り囲む12の岩へ流れると、刻まれた古代文字が光った。この瞬間、ジェイドの体が宙に浮いた。
ジェイドは、目を閉じると同時にダグラスのマントを握りしめる。
目を閉じて十を数え終える前に、足元が石とは違う感触がした。気が付くと、ジェイドとダグラスは、大きな切り株の上に立っていた。
「切り株?」
見上げると、周囲の木々があまりにも巨大すぎて、不思議な森だった。空を見ようとしても、森が深すぎて夕暮れの空がほとんど見えない。辺りは紫がかった薄闇に包まれ、所々で青白く光るキノコが生えていた。
「こっ……ここは、どこですか?」
「どこって……そりゃあ、魔法使いだけの秘密の森さ」
「秘密って……」
「さあ、帰るぞ。我が家へ」
大きな切り株の移転魔法陣を降りて、馬を連れたダグラスのあとについていく。石畳の小路の脇には、ダグラスほどの背丈もあるキノコが傘を広げてぼんやりと発光していた。そのキノコは道向こうまで並んで生え、夜道を柔らかく照らしてくれた。
「このキノコは?」
「あぁ、ホタルキノコさ。夜になると光るんだよ。害はないけど不味いから食べるなよ」
「まるで小人になった気分だ」
「フフッ、いいだろ?俺はこの不思議の森が気に入ってるんだ。他の奴らだってそうさ。と言っても、E居住区は50人ばかりの一番少ない所だがな」
馬の蹄が丸い石畳の上をリズムよく鳴らす。
頭上には、頭ほどの大きさのスズランが連なって咲いており、まるでランプのように灯っていた。
「あれは、ああやって夜にしか咲かない提灯花だ。光らせては虫を寄せ付けている。明かり代わりになるし、あれのおかげで虫はほとんど家に入ってこない」
暫くして川が見えてきた。川全体が淡い青緑に発光している。好奇心からジェイドは、アーチ橋の柵に駆け寄った。すると、水草の間にぼんやりと輝く石があちらこちらにある。
「川底にあるのは石英魔晶石だ」
「石英魔晶石?……まさか、それが川全体を光らせてるわけではないですよね?」
「青緑に光って見えるのは川底に漂うクジャクノ草のせいだ。その輝きの手助けをしているのが石英魔晶石ってわけ。まず見てみるか」
ダグラスは杖を取り出すと、浮遊魔法で川から石英魔晶石を取り出した。それをジェイドに手渡す。透明度の高い楕円形の晶石だった。
「こんなに透明なのは初めて見ます。しかも綺麗……」
「この辺りは魔素を含んだ花崗岩だらけだからな。でもこんな透明度の高い晶石が採れるのはここだけだ。魔具研究でもよく使われてるぞ」
「あっ、屈折率が高いから、魔力増幅にも一役買ってますよね。一般の杖にも使われて――」
「……お前、その知識どこからだ?」
ダグラスは探りを入れる眼差しでこちらを見ている。
(しまった。つい先生との講義のノリで話してしまった)
「えっと……副隊長の家はどこですかね?」
ジェイドは慌てて、アーチ橋を降りていった。
石畳の小路をしばらく歩くと、香ばしい匂いが漂ってきた。肉でも焼いているのだろうか。匂いの先には、大きな樫の木に煌々と明かりが漏れている。どうやら酒場のようだ。中には女将さんと男性客が一人いた。
「ただいま、ミーナさん」
「おい、俺を忘れるな!ダグラス」
「ああ、ジムナムさんもいたのか」
「ったくよ〜!!」
ジムナムという男は、既に酔っ払っていた。
「おかえり、ダグラス。今日は早かったのね。おや?その子は……」
「まぁ、訳ありでね、引き取ることにした」
酔っぱらいの中年男と酒場の女将は、互いに顔を見合わせた。
「その……訳あり……とは?」
「訳ありだから、訳ありなんだよ!だから深く聞かないでくれよ。じゃあな」
ダグラス達はその酒場を通り過ぎた。
「あんな説明でいいんですか?」
「いいの、いいの。ここの村の人は優しくて、そこまで深く詮索しないから。それに、この事件は口外してはいけないんだ。大物貴族が絡んでるからな。無闇に喋るなよ?」
「……分かりました」
だんだん村人の家々が見えてきた。
木の素材をふんだんに使った半螺旋の階段が、幹に沿って伸びている。その上には、三階建ての木造住宅と樫の木が融合した家。シイタケの傘を裏返したようなテラスに、暖かな灯が漏れる丸い窓ガラス。
「へぇ〜ユニークだなぁ……」
円盤型の住居が幹を貫いたような家もあれば、巨大な幹に沿って個室が幾つも並ぶアパートメントまである。
どれを見ても同じ形は一つとなく、ジェイドは足を止めて辺りを見回した。家の形がどれも見ていて飽きない。
なかでも一番中心にある大きな樫の木には、ウッドテラスが設けられ、そこから各家へ繋がるつり橋が幾つも架かっていた。
「あの大きな樫の木は、みんなの集まる寄り合い所みたいなもんだ。子供達もそこへ遊びに行ってる。仕事に行っている間、ほとんどここは年寄りと子供しかいなくなるからな」
「ふ〜ん。ん?あそこの広場にある大きなケヤキの木は?」
「あそこは図書館だ。なんせ、魔法使いの村だからな。研究熱心なのが多いんだ」
「俺も明日、そこへ行ってもいいかな?水魔法を詳しく知りたいんだ」
「おう、行ってきていいぞ」
「やった!」
ジェイドは心を弾ませながら、小路を勢いよく駆け出した。
「おいおい、ジェイド。どこ行くんだ?ここが俺の家だぞ!」
ダグラスの指さす方向を向くと、巨大な樫の木の幹に作られた、五階建ての家だった。所々に大きなキノコが生えている。広めのウッドテラスがあちらこちらにあり、眺めが良さそうだ。キノコの裏からランプのような光が灯っている。
「うぁ……。キノコの家だ……しかも大きい」
「あのアカネキノコは害はないから心配するな。家の湿気を取ってくれる面白いキノコだ。傘の裏に光っているのは胞子であれも害はない」
「面白いですね。とても不思議だ」
「一度、こいつを馬小屋へ連れて行く」
「俺も行きます」
庭先にある馬小屋に入ると、真っ先に干草と土の匂いがした。ダグラスが魔法ランプをつけると、辺りを茜色に照らした。馬小屋の中は、掃除が行き届いている。きっと従者がいるのだろう。ダグラスは軍馬を連れて馬房に入れた。
ダグラスは奥から、浮遊魔法で干草をたっぷり盛った桶と空の桶を持ってきた。さっそく馬に干草を与えると、馬はシャクシャクと顎を動かしながら、食べ始めた。
「ちょっと、近くの川から水を汲んでくる」
「待って。水なら俺が出します」
「ジェイド、疲れてるだろ?無理するな」
「大丈夫です。感覚は掴めましたから」
ダグラスが用意した桶に両手を差し出す。すると、手の平からひんやりと湿気を帯びた魔力が滲み出て、水の玉を作り出した。
手を上下に動かすと、徐々に大きな水の塊へと膨れ上がった。ランプに照らされた水は、夕日に沈んだ湖のように煌めいている。その冷たい水を浮かせたまま、そっと桶の中へと入れた。
「このぐらいで良いですか?」
「あぁ十分だ。ありがとう」
馬にその桶を差し出すと口を突っ込んで、がぶ飲みをした。ピチャピチャと勢いよく飲んでいる。その様子を見てダグラスは馬の首を叩いて労った。
「よっぽど喉が渇いていたんだな」
「この馬、名前なんていうんですか?」
「スカーレットだ」
「奥さんの名前ですか?」
「バカ、そんなわけないだろ?子供の頃に飼っていた鷲の名前だ。もう死んじまったけどな。さてと、家に入るぞ。娘を紹介してやる」
二人は馬小屋を出て、玄関前の木の階段を登り始めた。ジェイドは、立ち止まって自分が汚れていないか身なりを確かめる。
その様子を見てダグラスはくすりと笑い、玄関の扉を開いた。
「ようこそ、我が家へ」
第十一話は、18時20分に投稿します




