この件はいったん持ち帰らせてください [※ソウジ視点]
「なるほど。本当に勇者のようだな」
「聞きしに勝る強さのようですな!」
「噂ではあのグリフォンを一撃で葬ったとか」
「本当なのだろうな、噂は」
「この辺りの冒険者の間では周知の事実らしいですぞ」
「アハハ……」
王様直々の勇者認定により手のひらを返した貴族達が口々におべんちゃらを述べてくるが、俺は愛想笑いしか返すことはできない。
感じ悪くならないようにだけ注意しながら挨拶もそこそこに、俺は彼らを背に王城を出て、アジトへと帰る。
帰り道は、言うまでもなく重い足取りだ。
また後ほど、王による勇者任命式のようなものが執り行われる運びとなったからだ。
勇者任命式のような、というか勇者任命式そのものなのだが。
まるで有無を言わさぬ進行に、流石に俺の中で危機感が膨れ上がっていた。
俺はその場で式典を開こうと準備させ始めたあの強引な王様に、「ちょ、ちょっと待ってください、この件はいったん持ち帰らせてください」とか精一杯に懇願して、何とか猶予をもらったのだ。
これからアジトに行き、ムジークこと我らがカシラたるオヤジに相談しなければならない。
「ソウジ、勇者になったの、嬉しくない……?」
「………まぁ、ちょっと、心配事が多いだけだよ」
純粋なエレンにも愛想笑いを向けてしまった。
「ソウジか。何の用件だったんだ?」
洞窟内を歩いて皆にただいまと挨拶をしつつ、オヤジの仕事部屋……執務室に向かう。
俺はアジトに帰還してから早速、王城内、謁見の間で王様に言われたことをそっくりそのまま伝えた。
エレンもいたし、内容に間違いがないことを確認しながら。
「………何をどうしたらそうなるんだテメェはよ」
「俺にも何が何だか」
おめでとう、という言葉はなく、とりあえずオヤジも混乱しているようだった。
俺としては、王様の星詠み関連の発言内容にそれだけ信が置けるものなのか、まだ疑問な部分はあるが………。
この世界の人間は星詠みの言うことをあっさり信じがちな気がするので、俺だけでも鵜吞みにしないよう気を付けていこうと思っている。
「異世界人だと見抜いた上で、帰還方法を人質に……。あの爺さんもえげつねぇことをしやがるな」
「え……? あっ、そうか」
苦り切った表情のオヤジの呟きにはっとする。
言われて気付いた。
オヤジが的確に言語化してくれたことで、今の自分が置かれた状況が明確になる。なってしまう。
「なんだぁ? 気が付いてなかったのかテメェ」
「俺もあの時はかなり動揺していたもので………」
よく考えずとも、あの場で理解しておいて然るべきだった。
俺はあの時………この世界で勇者という立場、あるいは特権(?)を王様に与えられた。それと同時に、首輪のようなものをつけられたと思ったものだが………。
本来、特権が与えられること自体は喜ぶべきもののはず。己の力が認められたということ以上に、単純に、できることが増えるからだ。
しかし………何のことはない。
俺はこの新しい肩書きを首輪のようなものと思っていたが、そうではなく、首輪そのものだったのだ。
俺を“勇者”という肩書きで縛った。
この世界に繋ぎとめ、利用できるように。
いずれは―――戦争などに、俺個人を戦力として、利用できるように。
まさか俺も、「王が厚意で俺に勇者の称号をプレゼントしてくれたんですかね、グヘヘヘやったー!」なんて考えられるほど、お花畑ではない。
まだ童心は忘れていないつもりだが、そんな勇者というファンタジーに抱く幻想より、現実に差し迫った危機の方がより深刻に感じられて、それどころじゃないからな。
王直々の招集で、俺に“勇者たれ”と言い渡した事実。
なるほど確かにえげつない。オヤジが苦々しい表情をするのも頷けるというものだ。
そもそも王は国の重鎮も重鎮、一番偉い人だ。当然、その動き、言動には意味がある。
加えておそらく、俺のような異世界一般人の思う『勇者』という肩書きと、この世界で実際に運用される“勇者”は、その在り方が異なる。
単なる英雄ではない。当たり前だ、俺自身は国を救ったとか、後世に残る偉業を成した存在ではない。
すなわち、この世界における“勇者”とは。
英雄であれと願われる存在。
あるいは国の支配下にあるべき暴力装置。
言うなれば、そういう“役職”、あるいは“道具”なのだ。
「………これ、俺が無視したらどうなりますかねぇ」
「無視すんのか?」
「いえ………無視は、しませんけれども………ええ」
問われたオヤジの視線は「できれば無視だけはやめてほしい」的なものだった。それが、今の俺には敏感に感じ取れた。俺は無理を相談した手前、大人しく引っ込めるしかない。
そうだよな……。俺が王様の勇者認定を無視して好き勝手しようものなら、俺はもちろん、エレンや、傭兵団だってどうなるか分かったものじゃない。
「どうすっかな………」
個人ってのは………戦闘力はともかくとして、なぜこうも、権力の前には無力なのだろう。
理不尽だ。
法治国家に帰りてぇよ。
いや王国だって法治国家なのだろうが、王という専制君主をいただき、実際にソイツが直接下にものを言うことができる時点で、法律なんていつでも形骸化し得る。
「………………」
しかし、これは完全に予想外だった………。
冒険者としてそこそこの頭角を現し、傭兵団と冒険者に繋がりを作って、日本に帰るための情報収集に役立てようとか思っていたのに………。
まさか、どこからか王様の耳に届いた噂………いや、おそらく王様の囲っていた星詠みの進言により、俺が勇者として取り立てられることになるとは思わなかった。
だって、俺みたいなやつ、まぁ探せば見つからなくもない、と思うじゃんか、普通。
んで、俺くらいのヤツは、王国も普通に擁しているものだと思ってたんだよ。
それが………どうして。
「――ジ―――ウジ。ソウジ?」
「……!」
考え込んでいた俺は、隣からエレンが顔を覗き込んできたことで我に返る。
「……テメェら、今日はもう休め」
全く気遣わし気な様子ではないが、オヤジがこちらを気遣ったのだろう、そんな風に言ってくれた。
「それでは、お言葉に甘えて……失礼します」
「ああ」
執務中のオヤジが書類に目を通し始めたのを見て、俺もエレンもオヤジの仕事場を退室する。
「………ソウジ、大丈夫?」
「ああ」
気遣わし気なエレンにぼんやり答えながら。
洞窟内の壁も、いつの間にか新しく、何かコンクリのような泥でコーティングされていたことに気付いた。
この世界の洞窟の加工にしては先進的で、美しい。
気付かぬ変化。予想外の展開。そういったものはある。
「………」
その最たるもの、そしておそらく俺の今後を大きく左右する展開が急に訪れてしまって、心の整理が追い付かない。
「………」
「ソウジ……」
傍らのエレンは、一度は俺の勇者認定を喜んでいた。となると、この世界でも勇者というのは名誉な称号なのだろう。そして、その名誉な称号を受けたのは、過去にもいたというのも確かだ。
つまり、その名誉な在り方を守るべく、先人達も頑張ったのだろうな。
あるいは、そんな頑張りを強制されていただけかもしれないが。
「………」
とにかく、おそらく本質的な問題、勇者の在り方の真実は、俺も遅かれ早かれ知ることにはなるのだろう。
………どうしよう。
俺、本当に元の世界に帰れるのか……?




