ワイルドに
「ふぅ………こんなもんか」
どこの世界にいるだろう、クマを素手で殴り殺したことのある人間など。
いた。
俺だ。
「我ながら、何とも野蛮なことだな………」
目の前には目を潰され、鼻をぐちゃぐちゃにされ、片方の牙を折られて横たわるデカグマの死体がある。
改めて見るとやはり巨体だが、元の世界のクマの面影はありつつも凶悪な見た目をしている。もはや別の生き物だな、これは。食性も雑食どころか肉食としか思えない口をしているし、見た目通り他の魔物を食らったりもするらしいし。
「ひとまず、魔力なしでも何とか……なったな。この巨体相手に………自分でも信じられない」
理由は決して遊びや娯楽ではなく“検証”あるいは“訓練”だが、それでもデカいクマ一頭を自らの手で殺したことに変わりはない。そのことに、我が事ながら軽く恐怖を抱く。こんなこと、人間ができて良いのか?
良いのである。
ここはそういう世界だ。
野山を歩けば魔物に遭遇し、途端に食うか食われるかの戦いが始まる世界だ。
「………」
手応えはある。スカッとした気持ちもある。そして、魔法を使わず狩猟できたことに対して安堵もある。自分にはしっかりした実力があるのだということも分かって、嬉しさもある。
しかしながらどこか後ろめたさも感じるのは、今の俺がこの世界において、そこそこの相手なら葬れる程度の力をつけているからだろう。いわば思考の余裕というやつのせいだ。
最初、デカイノシシをおっかなびっくり狩猟していた頃には感じなかったものだな。
これはいけない。これは“慢心”だ。
弱肉強食の世界で、こうした考え方は足枷になる。自分は危機から逃れても、他の誰かを危機に晒したりするかもしれない考え方だ。自戒しないとな。
ここは平和な国じゃない。
現在進行形で、人間は魔族とやらを相手に長いこと戦争をしているのだ。
そういう世界なのだ。
「どしたのソウジ、ぼうっとして?」
「………………いや」
早速ナイフを取り出して作業を始めたエレン。彼女の声で我に返る。
ぼうっとした俺の代わりにデカグマの解体作業に入っていた。その姿は非常に堂に入ったものだ。
俺も同じことができるとはいえ、やはり現地民のこうした作業を見るのは、いかにも他人事という感じで不思議な気持ちになる。
「これだけあると余っちゃうね! どうする? 残りは凍らせてギルドに売りに行こっか!」
手元はもちろん、その頬まで返り血に汚したエレンがにぱっと笑った。
「………そうだな。それがいいと思う」
俺は彼女の笑顔を見て思った。
ああ、俺って悩みすぎなんだな、と。
見習おう。あれこれ悩まず素直な、この逞しい少女を。
これが生きるってことなんだ。




