デカグマの狩猟
この世界の獣は基本的に巨大だ。
もちろん巨大でないものも多いのだが、巨大なものも多いのだ。
その例として、目の前の巨大なクマが挙げられる。
前世……地球ではヒグマでさえ哺乳類の中では凶悪な部類だったのに、そこからさらに、想像できないほど体格が強化された化け物。おそらくヒグマの二倍くらいの全長はあるだろう。
発達した顎は元より、まるで鬼のように伸びた牙が信じられない。牙だけで人間の頭以上の大きさがある。その両手から伸びた四本の爪もヤバい。あれ、普通に人間の胴体を二人分くらいは容易に貫通するだろう長さがある。やっぱり信じられない。
「………あれ、本当にやれんのかな俺」
首筋に噛みつかれただけで百パーセントの確率でゲームオーバーだろう。
俺の奥義【魔装体術】は意識的に魔力を全身に行き渡らせることにより大幅な身体能力の強化を図るものだが、それには当然、防御力も含まれる。
つまるところ、魔法、あるいは魔力を使わない/使えない戦闘を想定するなら、俺はそうした面でも素の能力で戦わなければならないことになる。
普通の人間と変わらない………と弁えて戦闘しなければならない。
あのデカグマの肉を俺が食らうか、俺の肉を向こうが食らうか。
「―――そぅらッ!」
駆け出した足は止まるが、勢いは殺さず、なるべく体重もろとも右手に乗せてパンチ。
ガンッ。
まるで大型自動車どうしがぶつかったかのような凄まじい音。
『グルゥッ』
しかし俺の拳が痛くないように、目の前のクマにも傷はつけられず―――デカグマはこちらを爪で引き裂こうと振りかぶっていた腕を引っ込め、身を強張らせた。
武闘家みたいな防御を見せたわけではない。ただ身をわずかに丸めての防御態勢。
しかし、俺の拳を止めるには充分―――と思ったのだが。
「―――あらっ!?」
思わず情けない声が出た。
だって、俺の、さっきの渾身のパンチで。
人間の、ただのパンチで。
『グルルルルゥ………』
身をわずかに丸めたクマが両足でたたらを踏むように後退し、四足歩行の体勢になったからだ。
体勢が………崩れた!?
ただのパンチで!?
「………………いや」
思えば、この世界に来てから、この身体の成長は俺の理解の範囲を超えていた。
そもそも子供の体躯でデカイノシシの死体を引きずることができたことからして、おかしいのだ。
この世界特有のマジカルな法則が働いていても不思議はない。
不思議はない、が………………まさかこの俺、つまりただの人間でしかないはずの子供の身体に、前世では考えられないくらいの膂力が宿っている。
「嬉しい誤算ってやつだな………」
やって良かった。素のパワー計測。
魔力なんぞ使わなくても、ヒグマの二倍のクマくらいだったら対等以上に渡り合える力が、この身体には備わっている。
かつては運搬作業で発揮した膂力も、強敵相手に動く身体、攻撃に乗る力………という具合に、戦闘に最適化できることも明らかになった。
『グルルルル………』
警戒したデカグマが、そろりそろりと、俺の周囲を左右に回り始めた。こちらの隙を窺おうという知恵はあるらしい。
しかし、見た目がクマなのだ。しかも、ヒグマよりなおのことデカいのだ。はっきり言って恐ろしい。だから、この見た目の相手に今の俺が油断することはない。
「ボコれるか……流石にそこまではアレか? いや、やってみる価値はあるか………もしもの時はエレンもいるし」
クマを殴り殺すなんて前世からは考えられない思考様式だ。思考まで野蛮に染まるつもりはないが、しかしその程度のことはできなければ、元の世界に帰るまで無事でいられるか分からない。
自分の実力を確認する意味でも、このデカグマには贄となってもらおう。
「ごめんな」
『グルゥッ――!』
俺はこちらを睨みながら警戒心マックスのデカグマに、さらなる攻撃を加えるべく突進した。




