騎士道を穿つは異常な性癖
「はい、これで登録完了致しました。競技は今晩の八時頃に行われるので、遅刻しないように気を付けてください」
闘技場の受付場にて出場届けを記入し、出場登録が完了した。後は夜が訪れるのを待つのみだ。
「残るは入念な準備を済ませば完璧だが……。それもすぐ終わっちまうし、夜までどうやって過ごすか」
「呑気ですねビャクト様。私はこんなにビクビクしているというのに」
俺が命懸けの闘技場に出場することを決めた時から、ミルクはずっとこんな調子だ。
落ち着かない様子で全身を震わせていて、まるで極寒の地に裸でいるような挙動をしている。
「なんで俺よりお前の方がビビってんだよ。正直なことを言えば俺も少しは怖いんだかんな」
「私からしたら他人事じゃないんですよ。万が一にもビャクト様に何かあったらと思うと気が気じゃないんです。ビャクト様を失った私は正真正銘のポンコツも同然になってしまうんですから……」
俺がいようがいまいが生粋のポンコツなことに変わりはないと思うのは俺だけだろうか。
「そうですビャクト様、今からギミック戦に向けてのイメージトレーニングをしましょう。どんなギミックが待ち受けているのかを予め予想しておいて、その時の立ち回り方を――」
「何が起こってもおかしくないのに予想なんてできるかよ。修羅場ってのはその場その場での対応力が求められんだ。俺の場合は前もって予測を立てようが立てまいが関係無いんだよ」
「そういうものですか……。なら今からでも少し身体を動かしてはどうですか? 身体を温めておけば鋭敏に動けますよね?」
「そんなのは出場の十分前頃にすればいいだけの話だ。こんな真昼間からアップしても意味無いわ」
「だったら私は何をして気を紛らわせておけばいいんですか!? 落ち着かせてくださいよこの胸の衝動を!」
「知らんわ! 頭に冷水でもぶっかけてりゃいいんじゃねぇの!?」
「……大変仲が宜しいようで」
「よくねーよ! というかまだいたのかお前」
とっくにいなくなっているかと思いきや、未だにマフラー女は俺の後ろについて来ていた。
見掛けに反して案外人懐っこいのだろうか。
「……今日は非番だから私も暇」
「退屈凌ぎに俺を使おうとするなよ……」
一応親切にしてもらってるし、突き放すようなことはしないが。
「……もし他に何もやることが思い付かないなら、昼の部の闘技場を見学することをお勧めする」
「あ〜、そういや昼には対人戦やってるんだったな」
近くの柱に設置されている時計を確認すると、現在時刻は昼の一時。昼の部は始まったばかりの頃合いだろうか。
「折角だし見ていくか。お前もそれでいいなミルク?」
「……お腹空きました」
「動いたり止まったり忙しい奴だなお前!」
一応今日の昼代を凌げる金は残ってはいるが、これから大金を稼ぐんだし出し惜しみをする必要もないか。
どうせ失敗すれば死ぬんだし、瀬戸際の最中に節約するなんて馬鹿馬鹿しい。
「あっ、あそこに売店がありますね。闘技場を見学する際に食べられる物が売ってるんですよきっと。レパートリーは豊富なんでしょうねぇ……」
「ちらっちらこっち見んな鬱陶しい。金は出してやるから俺の分も適当に買って来い」
「了解致しました!」
財布を受け取ったミルクは水を得た魚のように俊敏に動き、とっとこ売店の方に走って行った。まるでお駄賃貰った小学生だ。
それから数分が経過すると、両手一杯に食べ物を抱えて戻って来た。
「お待たせしました! 取り敢えず買えるだけ買って来ました!」
「……ちょっと待て。お前まさか財布の中身全部使ったとか言い出さないよな?」
「え? お財布をそのままくれたので全部使って来いってことなんじゃ……」
「なわけねぇだろ! 何してくれてんだお前!」
「……天然っ子恐るべし」
この土壇場に天然ボケを発動されたことで正真正銘の無一文に。完全に後に引けなくなってしまった。
「もしこれで駄目だった時はお前を生涯貧乏神と呼び続け、一生妬みながら息を引き取ってやるからな……」
「さらりと恐ろしい人生計画立てないで下さいよ! こ、これはあれですよ。ビャクト様がこの苦難を乗り越えることを信じているからこそ、こうして余裕を持った行動ができるんです。ビャクト様を信頼し切ってる私だからこそ為せる技とは思えませんか?」
「さっき不安に押し潰されそうになってた奴が言えた台詞だとは思えないですね」
「は、ははは……。もしや私は演技力に長けた女優の卵なのかもしれませんね」
「お前にゃ卵割るのに失敗した卵の殻のカスがお似合いだ馬鹿が」
乱暴にいくつかの食べ物を強奪し、その内の半分をマフラー女に差し出す。
「どうせお前も何も食ってねぇだろうから、この量消化するの手伝ってくれ」
「……味が濃そうな物ばかり。胸焼けしそう」
「能無しのポンコツの失態だ。今回は勘弁してくれ」
「……好みだからいいけど」
「なら余計なこと言うなよ!」
「……コミュニケーションに冗談は必須」
やっぱこいつよく分からん。
「……通常進行だとしたら、今頃第三試合が始まってる頃合い。良いタイミングに合わせたいなら急ぐべき」
「どんな人達が出場しているのか楽しみですね。早く行きましょうビャクト様」
「走るな走るな、その手荷物で転んだら面倒だろうが」
急かす二人の後に続いて観客席へと続くゲートを潜り抜ける。
「……ほぅ」
潜り抜けた先は、馬鹿でかい円状の闘技場で観客達が賑わっていた。
何時ぞやのコロシアムよりも圧倒的に広く、見渡す限り人で埋め尽くされている。
「す、凄い人の数ですね。何時ぞやのオーディション会場の何倍も広いですよ」
「……この街一番の名物故に力を入れている。でも今日はいつもより人が多い方だと思う」
見た感じ空いてる観客席が見当たらないが、果たして俺達が座れるスペースが残っているのか。なんで今日に限って人が多いのやら。
「あっ、丁度上の方に三人座れる場所がありますよ」
「……運が良い。日頃の行いのお陰」
丁度ゲートの上の方に空いている席があり、誰かに取られる前にそそくさと席を確保した。これでようやく一息入れられる。
『さぁ、まもなく第三回戦が始まります! 両選手は入場してください!』
ジャストタイミングだったようで、司会の放送の合図で西と東のゲートからそれぞれ一人の選手が出場して来た。
西から現れたのは、手入れが行き届いたピカピカの白い鎧を身に纏い、艶やかな金髪の長髪を靡かせた女騎士。強者感を漂わせるその風貌は実に美しい。
「あれ? あの人って確か以前にもお会いした……」
既視感を覚えると思えば、女騎士の正体は奴隷騎士のクレアだった。エンカウント率の高さよ。
クレアに対して東から現れたのは、純白のメイド服を着て、道化の仮面を被った女性。手には掃除用具のブラシが握られている。
「メイドさん? それに武器がブラシって、また変わったお方が出場してるんですね。とても今から戦う人には見えません」
「え? お前もしかしてわざと言ってる? わざと気付かないフリしてる?」
「へ? 何の話ですか?」
素で気付いていないご様子。
どんだけ天然拗らせたらこんな馬鹿になるのか、見当もつかない。
こいつはシフォンを普段どういう目で見ているのやら。あんな浮いた奴を見れば一目で気付けるだろうに。
そもそもあいつもあいつだ。その辺を散歩して来るとか言ってたくせに、なんでまた闘技場に参加してるのか。
それだけここはドMにとって快楽を得られる場所だとでも?
というか仮面のセンスが悪過ぎる。悪役のモブ臭が半端ない。
『ルールは待った無し! 相手を気絶させるか降参させるかで勝敗が決します! それでは三回戦、勝負開始ぃ!』
闘いのドラムが鳴り響き、会場内が歓声に包まれる。
「はぁっ!」
先手必勝の一手を打つべく、クレアは鞘から剣を引き抜いてシフォン目掛けて飛び出した。
対するシフォンは当然受け身の姿勢で、飾りと言ってもいい武器であるブラシは既に手放していて、両手を大きく横に広げて何処からでもかかって来なさいと身体で語っていた。
「ぬぅ……」
あまりにも無防備なシフォンに警戒したのか、クレアは接近する途中で足でブレーキをかけて立ち止まった。
「何を臆しているんですか。さぁさぁ遠慮せずに切り掛かってきてください。その刃で私の身を切り刻み、この艶やかなメイド服をボロボロにしてくださいよ」
「……丸腰の相手に剣を向けるのは私の騎士道に反する。何がしたいのだ貴様は」
「フッフッフッ……知れたことを。そんなの決まっているじゃないですか。私はただ、このボディを汚すだけ汚して恥辱に塗れたいだけですよ」
「言っている意味が分からないのだが」
至極当然の反応だ。
ルティーナに恐怖心植え付けられて敗北した時といい、あの人はまた酷な相手と鉢合わせてしまったようだ。
「簡単な話ですよ。この大衆の場で身を引き裂かれれば一体どうなるか? 徐々に素肌を晒していく女性の姿をその目にし、性に飢えた男という獣の方々が卑しい目で私を見つめる。あぁ、なんという恥辱と屈辱でしょうか! 実に私好みのシチュエーションです!」
「やはり言っている意味が分からないのだが」
堅物真面目キャラには到底理解できないことだろう。
常識人の俺にも全く共感できないが。
「御託はいいから早く掛かって来てくださいよ! それとも何ですか? 貴女は人一人斬ることすらも躊躇するような半端騎士なんですか? よくそれで堂々と騎士を名乗っていられますねぇ!?」
痺れを切らしたのか、挑発に棘が混じり始めた。
「いざとなれば相手が誰であろうと斬るのが私の役目。しかし今はその時ではないと判断しているだけだ」
「その時なんですよ! 今!この瞬間が!貴女の騎士道を!貫き通す時なんですよ!でもそれができないってことは、貴女はビビリのなんちゃって騎士ということになりますねぇ?所詮は肩書きだけのチキン騎士(笑)ということになりますねぇ〜?」
人が変わったかのように舌をべろんべろんと伸ばし、クレアの騎士としてのプライドを侮辱するような発言を捲し立てる。
これには冷静を装っていたクレアもカチンときたのか、表情が若干険しくなっていた。
「さぁさぁどうしますか?なんちゃって騎士道を言い訳にしっぽ巻いて逃げ出しますか?それでも良いなら私はもう止めませんけどねぇ〜?」
「……私の騎士道を侮辱したこと、今更後悔しても遅いぞ」
露骨な煽りによって覚悟が定まったようで、クレアは今一度剣を構えて腰を低く落とした。
左足を少し後ろに引き、脚力に力を注いで一気にシフォンの懐に踏み込んだ。
「あばぁっ!?」
右斜めから袈裟懸けに切り裂かれ、シフォンの胴体からえげつない量の鮮血が吹き出した。
「ひぃぃ!?やばいですよあの人!思いっきり切られてますよ!」
「……即死レベルの致死量。これは勝負あった」
クレアは勝利を確信したのか、剣を振り払って刀身に付着した血を振り落とし、鞘に納めて相手に背を向けた。
「因果応報だ。軽口を叩いていた愚かな己を恨むがいい」
「……フッ、フヘッ、フヘヘッ」
「っ!?」
誰もが勝負ありだと思われていたであろう刹那、シフォンの意識はまだそこにあり、気色悪くほくそ笑んでいた。
ゾンビのような動きでゆらりと立ち上がると、自分の傷口目掛けて唾を吐いた。
すると、微妙の唾でありながらもシフォン特有の超回復が発動し、みるみる内に傷口が塞がってしまった。
「良いっ!今の一撃は素晴らしかったですよ!まるで人間のゴミ屑を見るかのような目に加え、憤怒の感情を込めた無慈悲の一太刀!血飛沫が飛んだ瞬間なんてもうたまらなかったですね!」
「ば、化物か貴様!?なんだその回復力は!?」
クールな騎士様もこれには動揺を隠せないようで、身を危険を感じてかシフォンから距離を取っていた。
「相手を殺せば多大なペナルティーが待ち受けていることも恐れず、本気で私を殺そうとしたその度量、実に見事なものですね!その感覚を決して忘れないようにしてください!さぁ続きを致しましょう!貴女の殺意をいくらでも受け止めてあげますよ!」
「奇怪なメイドめ……。こうなれば仕方あるまい。力尽き果てるまで幾度と無く斬るまでだ!」
シフォンの異常さを目の当たりにして、クレアは情けを掛けるという選択肢を捨て去った。
山嵐の如き剣戟が容赦無くシフォンの身を引き裂く。
一太刀浴びせる度に血飛沫が宙を舞い、次第に戦場が真っ赤に染め上げられていく。
奴が人間であるならばとっくの昔に息絶えているはずだが、何十、何百と切り裂かれても、片膝の一つも折れることがなかった。
むしろいつも以上に回復力が覚醒していて、斬られるとほぼ同時に傷口が塞がっていた。
少し特殊な体質だと判断していたが、あんな姿を見せられては認識を改めなければならないだろう。
あれはミルクの状態異常完全無効体質といったチート能力の類に相違無い。
ただの変態だと思っていたが、あいつは一体何者なんだろうか。
息を吐く暇も無く剣を振い続けていた代償として、クレアの太刀筋が著しく衰えていく。
「……はぁ」
一方的に気持ち良くなっていたシフォンだったが、クレアの猛攻が弱まっていくと共に、萎えたように浅いため息を吐いた。
「あーはいはいもういいです。貴女のS心の底が知れました」
そう言ってシフォンはつまらなそうに薄らと笑うと、素手で刀身を掴み取って攻撃を止めた。
「ば、馬鹿な……こんなことが……」
「貴女の攻撃は我武者羅に剣を振り回しているに過ぎませんね。相手の弱点を的確に狙うことすらしないとは、その程度の実力で私を絶頂させようとは片腹痛いですよ」
ゴミを捨てるかのようにクレアごと剣を払い投げ、先程手放していたブラシを拾う。
「良い機会ですから私が手本を見せてあげましょう。しかとその身で覚えてくださいね」
自分の手足のようにブラシを自由自在に振り回し、ブラシの尾をクレアに向けるように持ち替える。
「ドMの性感帯とは即ち急所!まずは人体の脆い部分を把握することが基本中の基本です!」
普段はまず見せない俊敏の動きでクレアに接近し、目にも止まらぬ連続突きを放つ。
ガトリングガンのような連射速度を誇る突きは、クレアが身に纏う鎧をも貫通し、的確に人体の急所を捉えていた。
「かはっ……」とクレアは吐血し、剣を握る力も入らなくなって片膝をついた。
「武器ばかりに頼らず、時折蹴りなどを混ぜると直良しです。こんな風に……」
ダウン寸前のクレアの顎に向けて払い蹴りを放ち、それが致命的な決定打となった。
脳震盪によってまともに立っていられなくなってしまったクレアは、剣に続けて意識をも手放し、ついに戦場の地にて倒れ伏してしまった。
「これくらいは目を瞑ってでもできるようになってください。さぁ次は実践です。また私の身体を好きにしていいので存分に訓練を……あれ?」
『勝者、シフォン選手!』
観客の歓声が響き渡り、その中でシフォンは間の抜けた表情で棒立ちしていた。
「え?え?冗談ですよね?たかがこの程度の攻めにも耐えられないとか、そんな人間がこの世に存在するんですか?いやいやありえないじゃないですかそんなの。そういう冗談はいらないので早く立ち上がって――」
「シフォン選手、試合は終わったので早く下がってください」
「そ、そんな!?これでは不完全燃焼ではないですか!目の前にご馳走を置かれて永久的にお預けをくらっているような最悪の気分ですよ!」
「シフォン選手、早く下がってください」
「はっ!?ま、まさかそれがこの闘技場の狙いであると!?痛みによる快楽を得られる場というのはカモフラージュであって、真実は極まれし焦らしプレイというわけなんですね!?やってくれるじゃないですか運営方!まんまと騙されてしまいましたよ私は!フフッ、フフフッ!」
「早く下がれっつってんだろうが」
妄言を吐き散らしながら薄ら笑いを浮かべ、色々と手遅れな病人はスタッフに控え室へと連行されていった。
「……掻い摘んで色々とぶっ飛んだ奴」
「あの人ってシフォンさんだったんですね。でもなんであんな妙な仮面を付けていたんでしょうか?」
「…………」
「ビャクト様?お顔が真っ青ですけど大丈夫ですか?も、もしや今の戦いを見てやっぱり怖くなっちゃいましたか?あんなに血がどばぁって出てましたし、怖くなるのも無理ないですよ」
「いやそういうことじゃなくてだな……」
「ほぇ?」
シフォンが実は滅茶苦茶強い物理アタッカーだったことに関しては、少し驚いた程度で済んでいた。
俺が恐れたのは、クレアの立ち位置を自分に当ててしまったからだ。
シフォンは自分の欲求を満たすことを第一とし、俺のパーティーメンバーに加入している。
それはつまり、俺に直接的な快楽を求めて来ようと、ルティーナのように強引な手段を選んで来る可能性があるのではないだろうか。
あいつは妙に俺に心酔しているようだし、近い未来に起こり得そうだ。
「うん、駄目だなあいつは。一刻も早く処分しよう。じゃないと俺が殺される……」
「……気苦労絶えない毎日に同情する」
「……お前良い奴だな」
マフラー女の気遣いが今は素直に嬉しかった。




