理不尽な狩女法令
先日、狩女が暴走して街の一部を崩壊させたことにより、俺達が住まう予定だった家が跡形も無く破壊された。
仮の宿を借りたいところではあったが、今まで長旅が続いたせいで我が資産は底が見えている状態であるがために、安い宿の一室すら借りる余裕が無く、馬車の中で寝静まる他、手立てが一切無かった。
窮屈な馬車の中で再び一夜を過ごしたその翌日。
俺達は別の家を求めるべく、再びギルドの元へとやって来た。
しかし現実とは実に過酷なもので、そう簡単に問題が解決するかと思いきや、とんだ見当違いであった。
「他の空き家がもう無い……ですと?」
「はい……実はそうなんです」
レィアさんから返って来た解答は一縷の希望すらも奪い去る痛烈な一言で、流石の俺も地に両膝をついてしまった。
「先日狩女さんが暴れたことはご存知かと思いますが、暴れた場所が冒険者の皆さんが中心的に住まう地区だったんです。そこには冒険者の方に提供できる多くの空き家があったんですが、最悪なことに狩女さんの手によって全て破壊されまして……」
「え? え? じゃあなんですか? 俺達はしばらく家無しの身分でいるしかないと?」
「も、申し訳ございません……。実は皆さん意外にも家を失った冒険者の方々は多数いまして、昨日の夜から家をどうにかしてくれとギルドに殺到しているんです。
そう言われてよくよく周囲を見渡してみると、動揺を隠せない多くの冒険者達から『家』というキーワードが聞こえてくる。
涙目になって落ち込んでいる人がいれば、憤怒で地団駄を踏んでいる人もいる。
被害の規模がどれだけ甚大なものだったのかがよく伝わって来る。
「一応こちらも全力で対応はしているんですが、冒険者の方々の数が多過ぎてどうにもならない状態なんです。辛辣なことを言うようで申し訳ありませんが、家の手配が済むまで皆さんには宿をお借りしてもらうしか……」
「そ、そんな……」
なんてことだ。宿を借りるしか家をどうにかできないというのに、その宿すら借りれないのが現状だ。
つまり俺はしばらくあの馬車の中でまたこいつらと一夜を過ごさなければいけないと……?
む、無理だ! これ以上は過剰なストレス上昇で死んでしまう! こいつらと常に一緒だなんて絶対嫌だ!
「面倒なことになっちゃったねぇ。取り敢えず宿代を稼ぐためにも、適当に依頼でも受けて稼ぎに行っちゃう?」
「そ、そうか!」
馬鹿か俺は、何故自分の立場を忘れてしまっていたんだ。
そうだ、今や俺は仮という称号から解き放たれた真の冒険者なんだ。
それなりに良い報酬が貰える依頼を受けられるようになったんだし、それで稼いで宿代を確保すれば済む話じゃないか。
「ピノの言う通りだな。この現状を打破するためにも何か依頼を……」
そう思い立って早速依頼を受けようと周囲を見渡す。
「……あり?」
初めてここに来た時はそこら中に張り巡らされていた依頼書の数々。
それは夢か幻か、そこにあるはずの依頼書は一枚たりとも残っていなかった。
「あの、レィアさん。このフロアの壁にびっしり張り付けてあった依頼書は何処に?」
「えっと……先程もお伝えしましたが、狩女さんの被害にあった冒険者の方々は大勢いらっしゃったので、ありったけの宿代を稼ぐために次から次へと依頼を受ける冒険者も殺到したんです。そしたらあっという間に受けられる依頼が無くなってしまいまして」
「嘘……だろ……?」
何故だ、何故なんだ、何故この世界の摂理は悉く俺を冒険者業から遠ざけようと動くんだ。
安い給料の町内クエストすら残ってないし、これじゃ宿代どころか食事代すら稼ぐこともままならない。
「どうやら詰んでしまったようね。どうしましょうか」
「三食まともに食べられない馬車生活ですか……。こういう貧困プレイもありといえばありかもしれませんね。これはまた新たな扉と巡り会えるような気がします」
「言ってる場合ですか! このままだとゴミ漁りをしてでも生き長らえなくちゃいけない身になってしまうかもしれませんよ!?」
「大いに結構! むしろ望むところですね!」
「私は他人の生下着の匂いを嗅げば空腹感満たされるんで」
「無駄に逞しいですねお二人共!」
ミルクの言う通り、このままだと本気でホームレス生活真っしぐらだ。
道端でしゃがみ込んで目の前に空の缶詰めを置いて、ひたすら他人に施しを求めるみたいな……。
「やばい……やばいぞ……いっそ転職を考えた方がいいのか?」
只ならぬ緊急事態に頭を抱えて悶絶する。
だが、ここで絶望が踏み止まることなく、更なる絶望が俺に降り掛かって来ることとなる。
「あっ……ビャ、ビャクト様ビャクト様!」
今度は何があったのか、急にミルクが青ざめた顔になって俺の二の腕を引っ張って来た。
「うるせぇ! 急に喚くな鬱陶しい!」
「あの人ですよあの人! 例の元凶の人です!」
「あ゛ぁ?」
ミルクが指を指す方向を見つめると、そこには憎たらしいヘラヘラ顔の“奴”がひらひらと手を振りながら現れた。
「やっほ〜、また会ったねお二人共。これから依頼でも受けるつも――」
「死ねぇぇぇ!!」
一目見て殺意の衝動に駆られ、狩女の顔面目掛けて飛び蹴りを放つ。
しかし咄嗟に横に避けられてしまい、床に大穴を開けてしまった。
「随分なご挨拶だなぁ……。開口一番に蹴り入れてくるだなんて常識知らずでは?」
「どの口がほざきやがるキチガイ野郎が! お前のせいで俺は……俺は……」
「なんかよく分からないけど元気出しなさいよ。ほら、飴あげるから」
「いらん世話だ! 馬鹿にしてんのか!」
「お、落ち着いてくださいビャクト様。気持ちは痛いほど分かりますけど、ここは一旦頭を冷やしてください」
「ぐぐぐっ……」
ミルクに宥められて一度身を引く。
だがこの野郎を目の前にして冷静になるとか無理だ。
性格といい態度といい、こいつの何もかもが癪に触っているのだから。
「大分荒れているようだね。只でさえトラブルを引き起こす頻度が多いというのに、何故よりにもよって君が彼女に……」
静かな怒りで拳を握り締めていると、狩女の背後から綺麗な格好をしたおっさんが現れた。というか何処かで見たことある顔のような……。
「あっ、貴方は確か……ライノンさんでしたでしょうか? あのギルド総本部の本部長の」
「あ〜、あの時の税金泥棒か」
「酷い覚え方をしているね君!?」
変態怪盗騒動の時以来か。きっと狩女の暴動関係でやって来たんだろう。
にしたって、一番のお偉いさんが自ら赴いて来る程のこととは思えないが……。
「で、お前らはここに何の用だ。まぁ俺には関係無いからどうでもいいが……」
「いやぁ、実は関係ありありなのよねぇ。何を隠そう、私は君に会いに来たんだから」
「知るか。お前とはもう二度と顔も合わせたくねぇよ。とっとと失せろ露出狂」
「一日で随分嫌われちゃったわねぇ私。じゃ、これだけ渡しておくわ」
そう言うと狩女は、手に持っていた一枚の丸めた紙を手渡して来た。
「……何これ」
「これ? 請求書だよ」
「は?」
書類の内容に目を通すと、長々とした文章の最後に五千万ゴールドという、とてつもない金額が請求されていた。
そしてその請求先の氏名は、俺の名前だった。
「……説明が欲しいんですが」
「そう言うと思ったわ。じゃ、ライノンさん宜しく〜」
「あぁ……やっぱりそういう流れなんですね」
ライノンは気乗りしない様子でこほんと一度咳を立てると、俺と真正面から向かい合って若干目を逸らしながら説明を始めた。
「突然ですが、ビャクトさんはこの街における狩女法令というものをご存知ですか?」
「知ってるわけねぇだろ。で、それがなんだ」
「実はこの街は“とある諸事情”で狩女法令というものが前々から設立されていまして……。この法令が設立されたキッカケとしては、この狩女さんが初めてこの街で暴動を巻き起こしたことが始まりでした」
話長くなりそうだな……。
「当時もあらゆる建物を破壊していた狩女さんでしたが、その代償は勿論狩女さん自身が抱えるものでした。当然ですよね。破壊した張本人が賠償金を払うのは当たり前のことですから」
「そりゃそうだろ、自業自得なんだからよ」
「しかしですね……。その賠償金を狩女さんに請求したところ、狩女さんは水に流せの一点張りでして。そういうわけにもいかないとしつこく請求したんですが、そしたら狩女さんが逆ギレしてギルド総本部に襲撃を仕掛けて来たんです」
さらっととんでもない経歴が出て来た。やることがまんま魔王だ。
「当然私達も黙っているわけにはいかないと思い至り、ギルド総戦力を持って狩女さんを捕らえようとしました。しかしその結果、戦力の半数以上が狩女さんの手によって覆されてしまい、最終的に私達は惨敗しました」
「あ〜、懐かしい話ねぇ。そんなやんちゃしていた頃もあったあった……」
「いや、やんちゃなのは今も健在かと思われるんですが」
「ん? なんて?」
「い、いえ、何でもありません」
狩女に威圧されてライノンは慌てて取り繕い、再び話を再開させる。
「戦いに敗亡した私達は狩女さんの言い成りになるしかなく、しかしできるだけ穏便に済ませて欲しいと私達は懇願しました。そこで狩女さんが持ち掛けて来た提案というのが、例の狩女法令でした」
「そこでようやくそれが出てくるんですね。それで、その法令の内容ってどういうものなんですか?」
「仮に狩女さんが何かを破壊して賠償金が発生した場合、狩女さんの闘争心を煽った人物に請求先を指定する……というものです」
「……フッ」
俺は微かに鼻で笑うと、左手でライノンの頭を鷲掴み、右手で警棒を携えて矛先をライノンの喉元に添えた。
「通したのか? そんな滅茶苦茶な法令を本気で通したのか? この前の身勝手死刑判決制度だけに留まらず、お前はまた同じ過ちを繰り返すのか?」
「ままま待って下さい待って下さい! そりゃ私達だって不本意であると思っていますよ! ですが下手に逆らえば狩女さんにギルド総本部を壊滅させられる恐れがありますし、そうなれば世界の治安こそ滅茶苦茶になってしまう。故に平和的に事を済ませるにはこうするしか――」
「見苦しい言い訳なんざ聞きたくねぇわ! 要は暴力で恐喝されて言い成りになってるって話じゃねぇか! 子供の喧嘩で済む話じゃねぇんだよ!」
どうしようもないから従うだなんて馬鹿馬鹿しい。
そこはどんな手を使ってでも狩女をどうにかするのが正当な判断だろうに、世界の治安を守る機関が聞いて呆れる。
昨日シフォンが“その立場故に捕まっていない”と言っていたが、その理由がこれだったわけだ。なんて傍迷惑な話だろうか。
「そもそもそいつにはストッパー的な役割を持った奴がいたはずだ。名前……は知らないが、白髪で白いマフラー巻いた背が小さめの女だ」
「それはひょっとしてヒノカさんのことですか? 彼女でしたらさっきから貴方の後ろに立っていますが……」
「え?」
後ろと言われて振り向くと、目と鼻の先の距離に例のマフラー少女が立っていた。
「うおっ!? お前いつの間に!?」
「いやいや、むしろビャクトが気付いてなかったことに驚きなんだけど」
「ですよね。ビャクトさん人の気配には敏感なのに」
警戒を緩めていたわけではないが、これだけ近くに迫られれば一般人でも気配に気付くはず。
となると、ピノの十八番魔法の一つである“ハイド”を使っていたに違いない。
「……私が暗殺者なら貴方は死んでいた」
「え゛っ……」
「……冗談」
一瞬『暗殺者』という言葉に心臓が止まるかと思ったが、ヒノカと言うらしい少女は無表情のままペロリと舌を出して狩女の元に戻って行った。
捉え所がないというか、妙な奴だ。
「……それで、私がメーザのストッパーになるという話だけれど」
「お、おう、そうだ。お前そいつの付き添いなんだろ? ならお前がいればそのガキ大将を鎮圧させることくらい造作も無いだろ」
「それなんですがビャクトさん。実は過去に一度だけヒノカさんにご助力して頂き、メーザさんを捕らえようとしたことがあったんです」
「何だよもう試してんじゃねぇかよ。じゃあ――」
「えぇ、ヒノカさんのお陰で捕まえることはできたんです。ですがその後の始末がどうにもならず、ありとあらゆる拘束具を用いて狩女さんを拘束したのですが、彼女はそれを力だけで振り解いて破壊してしまいまして……」
「あ、そう……」
拘束された状態で拘束具を破壊するとは、何度も言ってるがやっぱこいつは人間じゃない。どの魔物よりもよっぽど魔物らしい。
「分かっていただけましたか? 既にこの人は誰であろうとも止められない存在になってしまっているんです。だから嫌でもこの法令を遵守しなくてはならないんですよ」
「つまりはそゆこと。というわけなんで、賠償金の支払い宜しくね〜」
「は? ちょ、ちょっと待て! 俺はまだ納得してねぇぞ! おい待て破壊神女! おぉぉぉい!!」
懇願虚しく届くことなく、狩女は終始マイペースのまま去って行ってしまい、ライノンも逃げるようにそそくさといなくなってしまった。
残されたのは五千万を支払えという理不尽な賠償金を義務付けられた一枚の書類。
そしてその書類を握り締めて地に崩れ倒れる、孤独な俺の姿であった。
〜※〜
「五千万ねぇ……。スケールが大き過ぎていまいちピンと来ないや」
「…………(かきかきかき)」
「呑気ですねピノさん……。今私達がどういう状況に立たされているのか理解してるんですか?」
「…………(かきかきかき)」
「分かってるよ。要はビャクトが厄介な奴に関わって多額の借金作ったってことっしょ?」
「…………(かきかきかき)」
「ド直球で言いましたねピノさん。ビャクトさんに一欠片の心遣いもせずに言い切りましたね。そのドS精神は眼を見張るものがありますよ、えぇ」
「…………(かきかきかき)」
「二人してマイペースな話しないでくださいよ! いつの間にいなくなったのか、ルティーナさんはいなくなっちゃってるし、これから一体どうしたら……」
「…………(かきかきかき)」
「……あの、ビャクト様? さっきから黙々と何を書いてるんですか?」
「遺書」
己の欲望を全てぶつけた長文の遺書――だったが、スルリとミルクに取り上げられると、ビリビリに破かれてしまった。
「あぁぁ……。次生まれ変わったら周りからチヤホヤされて金に困らない裕福な生活を送る俺のエレガントプラン人生計画の生まれ変わり届けがぁ……」
「来世に煩悩フル稼動させてる場合ですか! 諦めないで下さいよ今世を! 貴方まだいくつだと思ってるんですか!」
「十八だがもう十分に生きたよ……。女どころかまともな友達一人すら作れず、日々辛い毎日を過ごした十数年……。ある意味で濃密な人生送れたし、もう今世に未練とか無いんだ俺……」
「うわっ、凄い綺麗な目しちゃってるよ。いつも何処か濁った目をしてるのに、本気で言ってると思うよこれ」
「人間って潔くなると心が清くなるものなんですね。普段性根が腐ってるビャクトさんですが、今のビャクトさんは私の目に仏に写っているかのようです」
「皆さん鬼ですか!? ここぞとばかりにビャクト様をディスらないでください!」
「いいんだミルク。本当のことだから」
「言わんこっちゃない! 今のビャクト様はスポンジ並みに負の言葉を吸収するんですから!」
「フフフッ……フフフフフッ……」
思わず笑みが溢れてくる。
涙なんて一切出てこない。
只々現状が予想外の方向にぶっ飛び過ぎて、何もかもが面白可笑しく思えてくる。
「だーひゃっひゃっひゃっ! 終わった終わった! 今までの俺の人生マジで何だったんだ! 死に物狂いでようやく自由を手にして、気ままな日常を送ろうとしたらこれだ! もう笑うしかねぇよ! 笑って全部忘れるしかねぇよ!」
「あらら、ついに壊れちゃったよ。触らぬ神に祟りなしと言うし、妙なとばっちり飛んで来る前に身を引いとこ」
「流石の私もお金が絡んで来るとなると色々と事情が変わって来るので……」
そう言うと二人は立ち上がり、慈悲の欠片も無く立ち去ろうとする。
「ちょっと! お二人まで何処に行くつもりですか!? 今のビャクト様を一人にしては駄目ですってば!」
「そんなこと言われても今回のはビャクト個人が作った借金じゃん。自分のケツは自分で拭いてもらわないと……ねぇ?」
「ピノさんの言う通りです。自業自得で招いた借金なんですから、そこはビャクトさんご本人でどうにかしてもらいませんと。飲まず食わずで借金を返済し続ける過酷な毎日を送るというのもプレイの一環と言えば一環ですが、あまりにも長引きそうなので今回は手を引かせて頂きます。こう見えて飽き性なんですよ私」
「そ、そんな薄情な……」
「ミルクも今は身を引いておきなって。今のビャクトと一緒にいるということは、常に貧乏神が背中に付き纏ってるようなものなんだし」
「ほんと容赦無いですねピノさん……。いえ、私はここに残ります。万が一自殺する可能性も捨て切れませんし、放っておけないですよ」
「あ、そう。んじゃ、今後の方針とか定まったら呼んでね。私らはそこら辺を散歩してるから」
そうして薄情者達は一人残らずいなくなり、ミルクと俺だけがぽつんと取り残された。
「…………」
ついには笑い声も上がらなくなり、賠償金の書類を見つめたまま微動だにせずに固まる。頭の中は真っ白だ。
「だ……大丈夫ですよビャクト様! かなり時間は要するのかもしれませんけど、こつこつ働いて地道に返済していきましょう! 私も協力しますから!」
「何十年掛かると思ってんだ。そもそも返済し終えるまで長生きできるかって話だろ。そんな自信があってたまるか」
返済の可能性の一つとして宝くじというものがあるが、そもそも宝くじを買う金も無いので論外。一か八かの一攫千金に着手することもできないわけだ。
これからの人生を全部借金の返済に費やし、好きなこと一つすらできないまま生涯を終える。この先永遠にその道に沿って生きて行かなければならないのだろうか。
……無理だ。そんなつまらない人生を送るくらいなら迷わず死を選んだ方が賢明だとしか思えない。
やはり俺の今世に終幕のカーテンを引くしかないか……。
「……大分気が滅入ってるように見える」
「あっ、貴女は確か……ヒノカさん、ですよね?」
ギルドの飲み屋のテーブル上で腐っていたところ、狩女と共に何処かに去って行ったはずのマフラー女が正面に座り込んで来た。
「なんだマフラー女……。茶化しに来たならとっとと失せろ……」
「……露骨にやさぐれてる」
可哀想な奴を見る目で見つめて来る。惨めな人間だと馬鹿にされてる気分だ。
「……馬鹿にしてるつもりはない」
心の中を見透かされた。どっかの魔女じゃあるまいし。
「見た通りの有様でして、今世を諦め掛けてるんですよこの人。無理も無いと言えばそうなんですけど……」
「……メーザと関わってしまったのが運の尽き。無知は時に罪にもなる」
無知は罪……か。確かにそうかもしれない。
前もって奴の情報を知っていたとしたら、こんな惨劇が招かれることはなかったのだから。
あれだけ有名な奴だったんだし、知る機会はいくらでもあったはずだ。
とは言え、今更後悔してももう遅い。
反省しようがしまいが、この五千万は一生俺に付き纏うのだから。
「何処かに一攫千金のチャンスでも転がっていればいいんですけどね。そしたらどうにかなるかもしれないのに」
「そんな上手い話あるわけねぇだろうが……。現実見ろや馬鹿が……」
「……ある」
「ほらな、こいつもあるって言ってるだろ――って、え?」
ある? あると言ったのかこの女? 俺の聞き間違いとかじゃない?
「ほ、本当ですか!? そんな上手い話が本当に!?」
「……まずはこれを見て欲しい」
マフラー女はズボンのポケットからくしゃくしゃに丸められた紙を取り出すと、それを広げて俺達に見せるように向きを変えてテーブルの上に置いた。
「これは……闘技場の紙ですか?」
「……そう」
それは闘技場の詳細が大まかに書かれたチラシのような物だった。
『集え戦士達よ!』という目立ったタイトルで色付けられている。
「……簡単に説明すると、闘技場に出場してゴールドを稼げばいいという話」
「なるほど、そんな手があったなんて! つまりはファイトマネーでお金を得るというわけですね!」
こくりと頷くマフラー女。
灯台下暗しとはまさにこのこと。
こんな身近に金を稼げる場所があったなんて、冷静さを欠いていたせいで全く気付かなかった。
詳しい詳細を知るためにチラシに目を通してみると、どうやらここの闘技場には“昼の部”と“夜の部”に分かれていて、二つの競技に区分されているらしい。
一つ目は、昼の部に行われる勝ち抜き式対人戦。
武器も魔法も何でもありの一対一のガチンコバトルで、勝ち抜けば勝ち抜けるだけファイトマネーが増えていくという仕組みになっているようだ。
決闘の時間は無制限であり、相手を気絶させるか降参させれば勝ち。
殺してしまった場合は殺した側が敗北となり、ギルド総本部に連行されて処罰を受けるようになっている。俺にはありがたい制度だ。
ただ、勝負の時間が無制限なので、昼の部が一試合だけで終わる場合もあるようで、莫大な大金を稼ぐには何ヶ月も掛かるみたいだ。
しかも一回足りとも敗北は許されないので、リスクもかなり要求される。
もう一つの競技は、夜の部に行われるギミック戦。
運営側が用意したギミックを相手にどれだけ耐え抜けるのかという耐久戦で、こちらは制限時間が設けられており、時間切れになるまで凌ぎ切れればクリアとなるらしい。
出場者は一競技に一人だけで、E、D、C、B、A、Sの六段階のレベルを選べるらしく、ランクが高ければ高いほど報酬は高くなる仕組みになっているようだ。
こっちに関しては事細かく金額も記入されている。
「Aランク達成で三千万ゴールド……!? と、とんでもない金額ですね」
「……でもそれだけ危険性が高い」
ギミック戦に関しては申し分ない報酬が貰えるようだが、大きな問題が二つある。
一つ目は、ギミック戦は安全性が考慮されていないということだ。
重傷を負っても自己責任。万が一死に至る可能性もあるが、そうなった場合も運営側は一切責任を負わない。
つまりこっちは対人戦のような制限は設けられておらず、命懸けで挑まなければならないというわけだ。
そしてもう一つは、魔法の使用を禁じられているということ。
武器の使用はありなので、要は身体的な能力のみで挑む競技であるということ。
魔法に頼っている者が殆どのこの世界の人間からしたら、過酷極まりない条件と言えるだろう。
一度に稼ぐのであれば、間違い無くギミック戦に挑んだ方が報酬が圧倒的に大きい。俺がどちらを選ぶべきなのかは迷うまでもない。
……ただ、他にも一つ大きな問題がある。俺個人に関する見過ごせない問題が。
「一度に大金を稼ぐか、それとも対人戦でこつこつ稼ぐか。うぅむ……」
「命懸けは危険ですし、ここは対人戦にした方がいいと思いますよ。相手が人である以上、ビャクト様が負けるとは思いませんし」
「……それは彼にとって悪手になり得る」
「え? 何でですか?」
「……対人戦は何十、何百という回数を重ね続け、勝負に挑まなければならない。つまり、目立つ機会が必然的に多くなってしまう」
「あっ……そういうことですか」
マフラー女の今の発言に納得するミルク。
いやそうじゃないだろ。今の発言はどう考えても”おかしい“だろ。なんで気付かないんだこの天然馬鹿。
「ちょっと待て。なんで俺にとって目立つことはリスクが高いって思った?」
「…………」
口を閉ざすマフラー女。喋る気はないらしい。
この口振りから察するに、こいつは俺の本性に気付いている節がある。
暗殺者であると確信的な答えには流石に辿り着いていないんだろうが……。
「……とにかく、貴方はここで選ばなければならない。借金でこれまでの人生を棒に振るか、その意地を一度捨てて大勢の人達の前で注目を浴びるか」
「うぐっ……」
分かってる。どちらを選べばいいかなんて一目瞭然だ。
この意地のせいで人生を棒に振るだなんて、正直馬鹿馬鹿しいと思ってるくらいだ。
だが、この街にいる連中は現役の冒険者だ。
こういう女がいるように、他にも目敏い奴らがあちこちに潜んでいる可能性は限りなく高い。
故に、俺の本質を決定的に見極められるかもしれない。
元暗殺者だなんて周りに露見してみろ。そんな危険な奴をギルド総本部の連中が黙って見過ごすだろうか?
いや、それはない。危険を最も恐れるライノンからすれば、俺も狩女も大差無く処罰対象として認定するはずだ。
そうなったらそうなったらでまた行き辛い日々が続くのかもしれない。
また周りの目を気にし続けながら生きて行かなければならないのかもしれない。
またそんな日々に戻ってしまうと思うと……気が重い。
「ビャクト様」
考え込んで自分の世界に浸っていると、突如ミルクに声を掛けられて現実に意識を引き戻される。
「……なんだ?」
「なんだか不安そうな顔をしているようですけど、心配しなくても大丈夫ですよ。ウンターガングでリティアさんと戦った時、他の住民の方々はビャクト様に喝采を浴びせていたじゃないですか」
「それはそうだが……。素人の見る目と現役冒険者の見る目じゃ勝手が違うだろ」
「そもそも関係無いんですよ。誰がビャクト様を悪く評価しようと、そんなの見て見ぬフリをすればいいだけです。だって貴方の全てを知っていて尚、貴方に付き従う理解者がいるんですから。だからビャクト様が一人になるなんてことにはなりませんよ」
そう言ってミルクは優しく微笑んだ。
そういやこいつは俺の本性を知っていて尚、微塵も恐れもせずに接して来ている。過去にそんな奴がいたのは一人だけだったというのに。
理解者……か。
「……お前のようなポンコツが理解者なのはぶっちゃけ不満だがな」
「不満って! そんな酷いこと言わないでくださいよ! それにルティーナさんだってビャクト様のことは知ってるんですし、それにピノさんやシフォンさんにも話したところで何も変わらないと思いますよ。なんだかんだで皆さんはビャクト様のことを信用していると思いますから」
それは知らんが、信頼されていないことは確かだ。
俺が借金抱えた瞬間に、こうして見捨てられているのだから。
ポンコツ一人に変態が三人の数少ない理解者。
ほんと俺の周りってロクな奴がいねぇや。
ただまぁ……昔と比べりゃ、一人じゃないだけマシか。
この世界に来てから俺も焼きが回ったものだ。
「……背に腹は変えられないか」
「ビャクト様?」
こうなりゃヤケクソだ。万が一俺が元暗殺者とバレてしまおうが知ったことじゃない。
とにかく今は、無視できない目先の問題の解決に全力で取り組むだけだ。
「今から闘技場に手続きしに行ったとして、俺が出場できるのはいつ頃か分かるか?」
「……闘技場のギミック戦は挑む人が極端に少ないから、今から登録しに行けば今晩に出場できる」
「そうか。そりゃ願っても無い」
吹っ切れるとこうも気が楽になるものなのか。何だかずっと重かった肩の荷が降りたような感覚だ。
「出場するのはやむを得ませんけど、死に至るような無茶だけはしないでくださいよ? やばいと思ったらすぐにギブアップしてくださいね」
「死んだら死んだでそれはそれだと思うがな」
「そんなの割り切れませんってば! 縁起でもないこと言わないでください!」
「冗談だ。大丈夫だって心配すんな」
中途半端なことをするつもりはない。やるからには徹底的に、だ。
さぁ、行こう。前代未聞の波乱を起こしに。




