露出度が多い女にロクな奴はいない
癖っ毛の強い獅子のような赤い髪。
猫のような卑しい目に、ギラリと見える右端の八重歯。
鉄製で作られているであろう、輝かしい銀色の軽装。
そして、ルティーナに引けを取らない露出度と膨らんだ胸。
本当に存在するのか分からない第六感が働き、瞬時に俺に悟らせた。
あいつは間違い無く、変人の部類に属するロクでもない女であると。
今までの経験上からして、ああいう輩とは絶対に関わり合いになってはいけない。
大抵面倒ごとやらトラブルに巻き込まれる比率が限りなく高いからだ。
興味を持たれる前に早々に退くべき。そんなことは重々理解している。
でも、無理だ。対峙しただけで分かってしまった。
あいつからは、正攻法じゃ逃げられないと。
そして、この世界で様々な相手と戦って来た中で、あの女はドラゴン同様に別格であることも。
「残るはあと一人っと……。で、貴方はどうする? 抵抗するか、それとも潔く一発殴られるか」
俺も奴らの仲間の内の一人として数えられているようで、指の骨を鳴らしながら歩み寄って来る。
「待て待て落ち着け。俺はそいつらとグルじゃねぇよ。むしろそいつの連れだっつの」
「あ〜……まぁ、こういう状況になったら苦しい言い訳もしたくなるよね」
「言い訳じゃなくて事実だっつの。おいミルク、お前からも弁解してくれ」
俺一人じゃ聞く耳持たずなので、この小さな事件の当事者であるミルクに助け舟を求めた。
「…………」
ミルクはじっとりとした目で俺を見つめたままで、一向に口を開こうとしなかった。
「おい、なんで黙り込んでんだ」
「……加担しようとしてましたよね。人を売り捌くという悪事に手を染めようとしましたよね。これから勇者になるお方が目先の欲に負けそうになりましたよね」
「何を言ってるんだお前は。俺が大事なパートナーを本当に手放すとでも? ソンナコトシナイシナイ」
「全く感情も込めずによくそんなことを言えますね!? とにかく、今回のことは有耶無耶にするつもりはありませんので、この方に手厳しいお仕置きを受けて反省してください」
「くっ……薄情者め!」
「人のこと言えた義理ですか!」
バチバチと視線の火花を散らす俺達。
まさかあのミルクがとうとう口喧嘩で反論してくるようになったとは。
今までは「すいません」やら「ごめんなさい」やら言うだけの張り子人形だったくせに、あいつも成長しているところは成長しているらしい。
「お取り込み中悪いんだけど、そろそろちょっかい出してもいい?」
「黙ってろ露出狂! 今は変態に構ってる暇じゃねぇんだよ!」
「見掛けによらず口悪い人だなぁ……。初対面の人を変態呼ばわりするのはどうかと思うんだけど?」
「そうですよビャクト様。人を見た目で判断を下すのは失礼極まりないですよ。ほら、とにかく早く謝ってください。そして今後一生私を見捨てないと誓いを立ててください。それで大目に見てあげてもいいですよ」
何故このクソ女神は上から目線で物を語って来るのだろうか。さりげなく一生付き纏う宣言して来てるし。
しかしこれ以上口論を続けるのも面倒だ。ここは穏便に済ませるために大人の対応でこっちが折れておくことにしよう。
「ったく、わーったよ。今回は俺が悪かった。これでいいか?」
「謝るとか別にいいので、取り敢えず誓いを立ててください。さぁ今すぐに」
人が下手に出てみればこれか!
「さっきと言ってること違うだろうが! 立場を利用して調子乗ってんじゃねぇ!」
「はて、何のことでしょう? 私には分かり兼ねます」
後ろ盾があるせいかいつもより強気だ。そのせいで普段よりもウザさが増長している。どうしてやろうかこのクソ女神。
「取り敢えず一発殴っちゃっていい感じ?」
「取り敢えず一発殴っちゃっていい感じです。一思いにやっちゃってください」
「テメェこの野郎! 後で覚悟しとけよ!?」
変態はニヤリと笑い、宣言した一発を叩き込むがためだけに襲い掛かって来た。
こちらも包み隠している殺気の紐を解いて、溢れんばかりの殺気で威圧する。
「うっはぁ、想像以上だぁ!」
過去に様々な手練れの人間と相対して来たが、初見でこの殺気に当てられた奴は多少怯むくらいの反応を示していた。
だが、こいつは違った。怯むどころかより笑顔が色濃くなり、闘争心の火がより燃え上がってしまっていた。
「よっしょぉ!」
少し上に飛んでの払い蹴り。取り敢えず攻撃してみようというつもりなのか、素人でも避けられる大胆な大振りだ。
少し屈んで蹴りを回避し、同時にカウンターを――入れようとした刹那、“その音”を聞いて無意識化に身体が拒絶反応を引き起こし、即座に奴と距離を取った。
奴が蹴りを空振りさせると、蹴りの風圧で周辺の建物がメキメキと不吉な音を鳴らしていた。
「危なっ、また壊しちゃうところだったよ」
怪力なんていう言葉で表現できるような力じゃない。
ゴリラ女というあだ名が可愛らしいと思えてくるくらいの正真正銘の化け物だ。
「どんな風に身体鍛えたらこんな芸当身につくんだか……。洒落になってねぇぞ」
「あらら、もしかして臆しちゃった感じ?」
「ほざいてろ破壊神」
「あははっ、そうこなくっちゃ」
一撃でもくらうか受けるかすればジ・エンド。
つまり、奴の攻撃は全て躱さなければいけないということ。
獣のような独特な動きを果たして俺に捌き切れるのか。
そもそもなんでこんなところでガチ喧嘩しなきゃならんのだ。
こちとら長旅で神経すり減り過ぎてぶっ倒れそうだってのに、飴と鞭の比率を考えて欲しいものだ。
「ここからが本番だからね。いつまで凌げるかな〜?」
奴の目の色が変わると、さっきまでとは段違いの速度で急接近してきた。ウォーミングアップ終了のお知らせか。
「“ライカン”!」
距離を詰めて来ると同時に何らかの魔法を発動してくると、両手の爪が白く輝いて僅かに伸びたのが見えた。
瞬間、大地を抉りながら下から上に右腕を振るって来た。
咄嗟に右に飛んで躱して即座に体勢を立て直す。一瞬の判断ミスが命取りだ。
「おいおい冗談だろ……」
奴から百メートル先までの地面に大きな裂け目ができていた。最早人間の為せる技じゃない。
「ひょいひょい躱してくるなぁ。大抵の相手はビビって動き止めるのに」
「命の危機に瀕してんだから避けもするわ! つーか俺よりお前の方がよっぽど悪さしてんだろうが! 街を壊すな街を!」
「こんなのは日常茶飯事だから問題無しよ!」
もしそれが本当のことだったとしたら、いずれこの街は街として機能しなくなるのでは?
そもそも今日までこの街が無事だったことが不思議でならない。
「ほらほら、少しは反撃してこないとジリ貧よ。もっと私を楽しませてもらわないと」
「趣旨変わってんだろうが! 目先の欲に溺れるとロクなことにならねぇぞ!」
「ビャクト様がそれを言うのはどうかと思うんですが」
「お前は黙ってろ! それよりお前は離れてないと巻き込まれるぞ! 大怪我しても知らんからな!」
「……なんでこんなことになってしまったんでしょうか」
「お前があいつの油に火を注いだからだろうが!」
「は〜い、口喧嘩は後にしてね〜」
「くそっ、空気読めよ露出狂!」
ついには口喧嘩をする時間も与えてくれなくなり、破壊神の猛攻が幾度と無く唸りを上げる。
一発一発が天変地異の前触れのような破壊を引き起こし、俺が避ける度に周囲の建物が崩壊していく。
このままだと本気でこの街が半壊してしまうかもしれない。
しかし奴に接近しようにも攻撃の風圧が強過ぎて、近付こうとする前に吹き飛ばされてしまう。
「アッハッハッハッ! やっぱ好き勝手に暴れるのは楽しいわ! 止められない止められないわ! アヒャヒャッ! アヒャヒャヒャヒャッ!!」
「ひぃぃぃ!? ビャクト様どうにかしてくださいぃ!」
駄目だあいつ、もうどうにもならない。
いつの間にか俺からターゲット外れて街を壊し始めてるし、本当の破壊神に様変わりしちゃってるし。
ここは逃げた方が得策かと思い悩んでいると、大きな被害が住民にも伝わったのか、大きなブザー音が街中に鳴り響いた。
『緊急事態発生、緊急事態発生。東区にて狩女が暴れています。住民の方は即刻避難してください』
それから同じ内容が何度も繰り返される。
まだ目撃者もいないはずなのに狩女と判明されているということは、本当にこういうことが日常茶飯事なのかもしれない。
だとすればあるはずだ。あいつを止める何らかの手段が。
それこそ、勇者ご本人様が出撃してくるような。
「あれ? さっきの男の子は何処へ? でもまぁいっか! 今はただ暴れられればそれでいいわ!」
俺が姿を消していたことに気付きながらも、奴は本能に従って街を壊し続ける。
そうして調子に乗り続ける破壊神だったが、予想外の出来事でこの事態が一変することとなる。
「……見つけた」
「おっ?」
ミルクを抱えて家の屋根の上に避難していると、何処からともなく俺の隣に一人の小柄な少女が現れた。
首の根元まで伸ばした白髪のミディアムヘアー。
冷たい印象を際立たせた灰色の瞳。
紺色の半袖に黒い布ズボンというシンプルな格好に、首に白いマフラーを巻いている。
俺と同い年くらいであろうその少女は破壊作業に没頭している狩女を見つめると、目を瞑って呆れたようにため息を吐いた。
「“スタンニードル”」
少女は魔法を発動させると、両手の指の間全てに水色の輝きをまとう針を発現させた。
構えを取って目付きを鋭くさせると、狩女に狙いを定めて全ての針を投げ放った。
「アヒャヒャヒャヒャ! アヒャヒャビャァッ!?」
動き回る狩女に見事針を命中させ、背中に五本の針を受けた狩女は大口開いて舌を伸ばし、パタリと呆気なく倒れ込んだ。
少女は狩女が動かなくなったところを見計らって屋根から飛び降り、狩女の元へと歩み寄る。
「ゆ、油断したぁ……。またやったわねこんにゃろ〜……」
「……自業自得」
未だ意識があったらしい狩女だったが、少女は再び例の針を発現させると、容赦無く狩女の全身に突き刺した。
あらゆる部位に針を刺された狩女は痙攣を引き起こすと、白目を剥いたまま完全に意識を手放した。
「す、凄いですねあの人」
「だな。俺にはできない芸当だ」
鮮やかかつ無慈悲なお手並みに関心してしまった。
あの化け物をこうも容易く鎮圧してしまうとは、これまた強力な魔法の持ち主と出会ってしまったようだ。
俺達も屋根から飛び降りると、少女に礼を言うために背後から近付いた。
「何処の誰だか知らねぇが借りができちまったな。助けてくれてありがとな」
「…………」
「……ん?」
俺がお礼を言うと、少女はこっちの方に振り向いてジッと俺の顔を見つめて来た。
「な、なんだ? 何か俺の顔についてるか?」
「……いや、なんでもない。そんなことよりも、メーザが暴走モードになった経緯を知っているなら教えて欲しい」
メーザ……狩女の名前のことか。
ミルクの協力を得てこの騒動の経緯を粗方説明すると、少女は俺達を見据えてため息を吐き捨てた。
「……ひょっとして貴方達はこの街に来て日が浅い?」
「日が浅いというか、実はさっきこの街についたばかりなんです」
「……通りで。なら先んじて教えておく。今後またメーザに絡まれるようなことになったら、全力で無視した方が賢明。じゃないと大いに後悔する羽目になる。と言っても、もう遅いと思うけど」
「遅いって……何がだ?」
「……いずれ分かる」
気掛かりなことを言い残していくと、少女はメーザを背負って立ち去って行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください! 貴女の名前を教えて欲しいのですが!」
「……どうせまた近いうちに会うことになる。その時に名乗る」
「また? それってどういう……って、行ってしまいましたね」
終始不思議な奴だった。気になることばかり言い残して行ってしまったが、今気にしても仕方無いか。
「あっ、やべっ、いなくなる前に道聞けばよかった」
「そういえばそうでしたね。それにこの破壊地帯もどうすれば……」
「どうもこうもないだろ。後始末は街の警備員とかに任せるしかねぇよ」
と言っても被害はかなり大きいので、修復するには結構な時間を要することだろう。
なんであんな奴がこの街で野放しになっていたのかが疑問でしかない。
「おぉ……これは酷い有様ですね。一体何があったんですか?」
取り敢えず馬車の方に戻ろうと思っていると、闘技場の方に顔を出していたはずのシフォンが駆け付けて来た。
純白のメイド服がボロッボロになった姿で。
「うわっ、どうしたんですかその格好!? シフォンさんの方がよっぽど酷い姿じゃないですか!」
「ムフフッ……これは名誉の負傷というやつですよ。私のことはさておきとして、この状況からしてお二人は何らかのトラブルに巻き込まれていたんですか?」
「あぁ。妙な女と関わったせいでこうなった。大分ヤバイぞこの街」
「妙な女……。もしやとは思いますが、その方って狩女と呼ばれている人だったりしますか?」
「よく分かりましたね。もしかして有名なお方なんですか?」
「え? 知らないんですか? 狩女と言えば『災厄の化身』で有名なお騒がせ者ですよ。時には街一つ壊滅させたり、時には貴重な鉱山を崩壊させたりと、生きる災害と呼ばれている有名人です」
「街どころか山一つ崩壊させるって……」
やはりあいつは人間として見ていい対象じゃないようだ。
それを聞いた後だと、よく生き残れたなと自分を褒め称えたくなる。
「相当ヤバい人じゃないですか! そんなことしたらギルド総本部が黙っていないと思うんですが!?」
ミルクの言う通りだ。そんな危険人物をギルド総本部が見て見ぬフリをするわけがない。
少なくともリティアさんならば、一刻も早く対処しようとするだろう。
「それなんですが、狩女は“その立場”故に捕まってはいないんです。だからギルド総本部の方達も日々頭を抱えているらしいですよ」
「その立場ってなんですか?」
「それはですね……」
と言い掛けたところで、シフォンの背後から見知った二人の姿が現れた。
「あーいたいた。こんな人外れの場所で何やってんの三人共」
呑気な顔して現れたピノの手には、妙に膨らんだ大袋が握られていた。どうせ中身は下着か何かだろう。
「フフッ……色々と大変だったみたいねダーリン。無事でいてくれて安心したわ」
「その口振りからしてお前何処からか見物してたな? こっちはマジで危なかったってのに傍観者気取りやがって、お前にゃ人並みの良心というものが無いのか?」
「ダーリンならなんとかするだろうと思って。それよりダーリン、悪い知らせがあるんだけど聞いてもらってもいいかしら?」
「只でさえとんだ騒動に巻き込まれてたってのに……。なんだよ?」
「私達がこれからお世話になる家の話なのだけれど……。あれを見てもらえる?」
「あれって……まさか……」
「そう、そのまさかよ」
ルティーナが指を指す方向を見て、俺とミルクは瞬く間に表情の色を蒼白させた。
「私達の家、無くなっちゃってるのよ」
ルティーナが指を指す場所にあるのは、それなりに豪華だったのであろう一軒家。
原型は屋根一つ残っておらず、ただ瓦礫の山だけが積み上がった無機質のオブジェクトと化していた。
安定した生活を目指すための本格的冒険者生活一日目。まずは家を失いましたとさ。




