冒険者のための街
長い……長い道のりだった……。
「あっ、ようやく見えてきましたね。あそこが冒険者の街、アドベンティアですか」
「あ〜疲れた〜。こんだけ馬車に揺られてたのは初めてだよ。肩凝ってしゃ〜ないね」
この有象無象の馬鹿共と空間を共有すること一週間。
精神は磨り減り、物を語らぬ骸と化していた俺に光明が差した。
冒険者の冒険者による冒険者のための街、アドベンティア。
この世界において最も数多くの冒険者が集っているという聖地に、やっと辿り着くことができた。
永遠と思える長旅もついに終焉を迎える。それが嬉しくて嬉しくて俺は……。
「ビャクトさん? なんで泣いてるんですか?」
「ようやく冒険者としてまともな活動ができることに感激してるんじゃないかしら?
それもあるがそうじゃない。分かってるくせに白々しい奴だ。
着々と馬車が街の方へと進んでいき、やがて大きな門を潜り抜けて街の中へと入る。
すると、見渡す限りの様々な出店と人が広がっていた。
「うっひゃ〜、こりゃ賑わってるね〜。何処を見ても人、人、人だよ」
それに人がいると言ってもただの市民じゃない。殆どが冒険者らしき格好をしている人達ばかりだ。
冒険者活動者は減少の一途を辿っているとは聞いているが、この数を見ると本当にそうなのかと疑ってしまいそうになる。
「ダーリン。辿り着いたのはいいとして、まずは何処に向かえばいいのかしら?」
「まずはギルドだ。そこで住民手続きをして、家を提供してもらうって手筈のはずだ」
リティアさんがそう言っていたのだから間違いない。俺達がこの日くらいにここに来ることも伝わっているだろうし、抜かりはないはず。
「冒険者の街のギルドとなると、今までのギルドとは規模が違いそうですね」
「そういやここのギルドって闘技場とかあるんだっけ。冒険者同士が戦い合うことでお互いの能力を高め合う場所だとかなんとか」
「それは良いですね。私は今後利用頻度が多くなりそうです。好きなだけ痛ぶってもらえる場があるとは、流石は冒険者の街!」
お互いの能力を高め合う闘技場とは、如何にも建前っぽい綺麗事だ。
そういうのは大抵賭け事で成立してる賭博場ってのがお決まりだろう。
とはいえ、俺からしたら金儲けには持ってこいの場所になり得そうだ。
もし本当に賭け事が絡んでいたとしたら、その時は機会があれば利用するのもありかもしれない。
……いや、ないか。闘技場なんて嫌でも目立つ場所で戦うなど、俺にとっては本末転倒だ。
仮に利用することになったとしたら、一番乗り気であるシフォンにでも出場してもらうことにしよう。
あちこちに目を向けて探索しながら進んでいくと、やがて正面の方にやたら高い建物が見えて来た。
東京ドーム何個分あるのか分からないくらいの馬鹿でかさ。思わず目が皿になってしまう。
「でっか!? 何あれ本当にギルドか!?」
「今までのギルドとは比較にならない規模ですね!」
「闘技場が設けられているくらいなんだし、これくらい大きくて当たり前なんじゃないかしら? 下手すれば迷子になり兼ねない広さのようね」
期待度が高まる中、ギルドの入り口の上の方にあるでかい看板の文字に目が入る。
『All of you died』
要約すると『お前ら全員死んでくれ』と書いてある。もうツッコむ気にもならない。
「あれ? あそこにいるのリティアさんじゃないですか?」
入り口付近に馬車を止めて荷物を持ってから降りると、入り口付近にリティアさんの姿があった。わざわざ出迎えに来てくれるとは気心の良い人だ。
リティアさんは俺達の姿を見て気付くと、側までやって来て軽く一礼をした。
「お待ちしておりました皆様。長旅ご苦労様です」
「うむ、苦しゅうない」
「……貴女には言っていませんので」
「またまたそんなこと言っちゃって〜」
とことん人に嫌われ易い変態がポジティブ精神でリティアさんに絡んでいく。こうして悪名がまた広がっていくのだろう。
「ご苦労様ですリティアさん。お出迎えありがとうございます」
「いえ、これも職務ですから。もし宜しければ中をご案内致しますので、私に付いて来てください」
この街のことに関しては右も左も分からないし、案内してくれると言ってくれるのであれば願っても無い。そのご厚意に甘えさせてもらうとしよう。
ぞろぞろとリティアさんに続いてギルドの中に入って行く。
「ここは見た通りの広間です。よく待ち合わせなどで使われている場所ですね」
今までのギルドは中に入ってすぐの所に飲み場があったが、ギルドスペースに余裕があるこの場所は他のギルドと同一の作りではないようだ。
「皆さんがご存知であろう飲み場は西のゲートを抜けた先にあります。そちらの方は後日にご確認頂ければと思います」
「これだけ広いってことは、やっぱり飲み場もかなり広いんでしょうか?」
「そうですね。昼夜問わず常に人で溢れ返っているような場所です。食事の方もオススメの品ばかりですので、頻繁に通う方も少なくありません」
騒がしさは何処のギルドも同じらしい。料理の方も気になるし、今度ゆっくりできる時にでも行ってみるとしよう。
「肝心のクエスト受注場は何処にあるのかしら?」
「そちらは東のゲートを抜けた先にあります。ちなみに闘技場は北のゲートを抜けた先にあるのですが、そちらの説明に関してはしておいた方が宜しいでしょうか?」
「いや、そっちは各自で調べておきますんで大丈夫です」
「了解致しました。それでは、クエスト会場の方へご案内致します」
東のゲートを抜けて先に進んで行くと、壁一面に依頼書が張り巡らされた広間に出た。
数人が配置されている受付場も備わっており、他のギルドと違って依頼書の数が桁違いだ。
「ここがEランクの冒険者の会場です。皆さんはまずここから依頼書を選んで冒険者稼業に勤しんでもらうことになります」
「Eランク?」
「あり、ビャクト知らなかったの? 冒険者ってのは格付けされてて、S、A、B、C、D、Eの六つに区分されてんだよ。そして新米の冒険者は一番下のEランクから始まるってわけ」
知らなかった。まさかそんなシステムがあったとは。
「自分の力に酔って調子に乗った新米が高難易度クエストに挑んで死亡、なんてことが過去に何度かありまして、それから冒険者のランク付け制度が義務付けられるようになったんです。私からしたら枷のような制度ですが……」
無謀なクエストに挑んでフルボッコ、なんて展開を妄想していたんだろうか。ドMメイドはつまらなそうに鼻で笑っていた。
「区分けに関しては分かったが、なら具体的に何をどうしたらランクを上げることができるんだ?」
「そりゃ勿論、様々なクエストを受け続けて評判を上げるんだよ。場合によっては飛び級で上がることもあるみたいだし、最初はひたすら依頼を達成することを目標にした方がいいよ」
単純明快で分かり易くはあるが、そのやり方だとやたら時間が掛かりそうだ。
それに最弱のEランクともなれば、受けられる依頼の難易度が緩いものばかりのはず。
それじゃ町内クエストで稼いでいた時と何ら変わらない。ここに来てまで安日給アルバイトなんてまっぴら御免被る。
「もっと手っ取り早くランク上げできる方法はないのか? んなのちんたらやってらんねぇよ」
「その気持ちは分かるけど、こういうものは小さなことからコツコツやるのがセオリーよ。ただ強いて言うのであれば、特例に関われば話は変わって来るんじゃないかしら」
「特例?」
その答えを求めてリティアさんの方を見ると、ルティーナが言っている意味を理解しているようで、こくりと頷いてくれた。
「頻繁にあることではないのですが、時折緊急クエストという依頼が発生することがあるんです。非常事態が発生したということなので受注者の階級は問わずに参加が可能で、そこで活躍すれば必然的に評価が上がるようになっているんです」
なるほど、確かにその機会かあれば手っ取り早くランク上げが可能かもしれない。
でも稀にあることっぽいし、現実的ではないだろう。
「と言っても、緊急クエストを受ける方の大半はBランク以上の冒険者なので、低ランクの方が受けたとしても活躍の場は設けられないと思います。それにこの街には“あの方”がいますから」
「あの方? 誰ですかそれ」
「勇者クロマさんです。ビャクトさんも名前くらいは聞いたことがありますよね?」
「あぁ〜……」
誰が出て来るかと思いきやまさかの勇者。冒険者が集う街と呼ばれているくらいだし、ここにいてもおかしくはないんだろうけど。
「ここ最近は緊急クエストが発生していないのですが、魔物の活動が現在よりも活性化していた頃はよくありました。その時はクロマさん率いるパーティーが活躍してくれて、今やあの方達は英雄とまで呼ばれていますね」
「新聞に大きく載っているくらいですしね。やっぱり勇者という身にもなれば有名になるんですね」
と言いながらチラチラこっちを見てくるミルク。
こいつがどれだけ望んでいようが、俺は勇者のように表立って行動するつもりは更々無い。
「話が逸れましたが、やはりランク上げはコツコツやるしかないと思います。……ですが、皆さんの場合は特例扱いされる可能性が高いかもしれません」
「あら、それはなんでかしら?」
「実は……皆さんの試験官を務めさせて頂いたから分かったことなのですが、少なくとも皆さんはEランクで収まるような器ではないと判断致しまして、私から総本部の方に直訴させて頂きました。久しく高ランカー候補の方々が冒険者入りをした、と」
「ハッハッハッ! 当然だね! 私はそんじゃそこらのモブ達と肩を並べているような器じゃ収まり切らないからね!」
「いえ、私が注目しているのは貴女じゃないです。確かに貴女は貴女で厄介ではありましたが、私が目を付けたのはビャクトさんとルティーナさんのお二人です」
俺はあれだけ目立って力の差を見せ付けたから納得がいくが、ルティーナも目を付けられていたとは思わなかった。ほんの一瞬で試験にカタをつけていたからだろうか。
「ビャクトさんは人並外れた戦闘技術を評価致しました。私が今まで手合わせしてきた中で最も強い方だと思ったくらいでしたから」
「そりゃどうも。で、一つ聞きたいんですけど、リティアさんは過去に勇者と手合わせした経験は?」
「いえ、ありませんよ。あの方は手合わせせずとも理解できる実力者ですから。次元の違いというやつです」
その言い方から察するに、俺よりも勇者の実力の方が格段に上というわけだ。納得せざるを得ない。
「そして私が一番注目しているのは貴女です、ルティーナさん。あの時は瞬く間にやられてしまったのでじっくり見定められなかったのですが、幾千もの相手と手合わせしてきた私には分かるんです。貴女の実力の底はまだ果てしなく深いと」
「それは買い被りというものよ。あの時貴女は“偶然”私の気配を察知できず、“たまたま”私の手が上手くいっただけのことだもの」
やはりシラを切るか。こういう反応をすることは分かっていたけど。
「流石にその説明は苦しいと思うのですが……」
「苦しいも何も、私は事実を言っているまでよ。こう見えて運が良いのよ私」
「は、はぁ……。まぁそれはいいとして、そういうわけで個人的に貴方達を高評価していたので直訴させて頂いたわけです。特に問題はありませんよね?」
「無論ですね。むしろありがたいです」
この様子ならランク上げも少しは楽できそうだ。リティアさん様様だ。
「冒険者のランク制度の話に関しては以上です。この先のゲートはお分かり頂けているかと思いますが、Eランクよりも上のランクの方がクエストを受けられる場所になっていますので、今はまだ顔を出す必要はありません」
「てことは、大体ギルド内を案内してもらったって感じですかね」
「そうですね。ギルドの面積はご覧の通りの広さですが、施設に関してはあまり多くないんです。それでは、私は他に職務がありますので失礼致します」
「ありがとうございましたリティアさん! また何処かで会いましょう!」
ミルクが礼を言うとリティアさんはふと笑い、軽く手を振ってギルドの外に出て行った。
あの人には今後も色々とお世話になることが多そうだ。仲良くしておくことに越したことはない。
「取り敢えずギルドは確認できましたね。後は家の手続きをすればひと段落でしょうか」
「だな。早く休みたいし、とっとと済ませるぞ」
辺りを見回して受付場を見つけ、全員に冒険者の紋章を出せるように準備を促しておく。
「こんにちは冒険者の皆さん。本日はどういったご用件でしょうか?」
「……三人目」
「え?」
何となく予想はしていたが、受付場で受付役をしているこの女性の姿は紛れもなくリィアさんだった。何時ぞやの時と同じで何もかもが瓜二つだ。
「きっとリィアの妹じゃないかしら。名前の方は恐らく……ルィア」
「姉をご存知なんですか? ちなみに私の名前はレィアですが……」
「あら惜しい。紙一重だったわね」
となると、今後ルィアさんとロィアさんという方々とも出会いがありそうな予感。
ここまで来たら是非ともコンプリートしておきたいところだ。
「って、んなことはどうでもよくて……。すいませんレィアさん。実は俺達ついさっきこの街に辿り着きまして、家の手続きの方をしたくて来たんです」
「なるほど、貴方方が新規の冒険者さんだったんですね。話は全てリティアさんから伺っています。それでは早速ですが、まずは紋章の提示の方をお願い致します」
「ぷぷぷっ、だってさビャクト。早く見せてあげなよ、男の勲章――もとい紋章を」
「……お前相手なら非情になれそうだよ俺ぁ」
「じょ、冗談ッスよ旦那。はははっ……」
「なんでこの人はこんなにも命知らずなんでしょうか」
各々紋章を刻んだ身体の一部を見せ、俺もリュックの中から額当てを取り出して、今一度紋章が刻まれていることを確認して提示した。
「はい、確かに確認致しました。ですがそこのお方がまだ提示されてないようなんですが……」
冒険者の身分ではないミルクのことを突かれてしまった。この場合どう説明したものか。
「こいつはあれです。背景として見てもらえれば結構です」
「背景って! それはあんまりじゃないですかビャクト様!?」
「似たようなもんだろうが。それに冒険者でもないお前が冒険者の家に住み着くってのは異例だろ。身分を弁えろよクソ女神」
「うぅ……。悲しいことに何も言い返せません……」
そもそも冒険者じゃないこいつが家に住ませてもらえるのかという疑問がある。
駄目だった時は見捨てるまでだが、一応聞いておいてやろう。
「レィアさん、一つ聞きたいんですけど、冒険者じゃないこいつを冒険者の家に住ませるのって問題無いんでしょうかね?」
「皆さんが許可しているのであれば特に制限はありませんので大丈夫ですよ。ですが、冒険者の家の部屋数はパーティーの人数を考慮して四つなので、誰かと共同して部屋を使って頂くことになりますね」
「なら問題無いね。夫婦コンビで一部屋使えば大丈夫っしょ」
「ふざけんな、こんなポンコツにプライベート阻害されてたまるか」
「あっ、お二人はご夫婦だったんですね。それなら問題無いですね」
「むしろ問題しか無いですから。未だ独り身ですから俺」
なんて否定したところで信じてもらえないんだろうが。
この馬鹿共のせいでどんどん誤解が広がっていくのが歯痒い。
「この話はもういいんで、住所の方を教えて下さい」
「畏まりました。こちらが住所付きの街の地図です。そしてこちらは家の鍵となりますので、無くさないようにご注意下さい」
パーティーメンバー分の地図と鍵を受け取って手続き完了。後は今後の我が家に向かうだけだ。
「おし、とっとと家に荷物置きに――あれ?」
少し目を離してしまったのが災いしたか、気が付けば俺のパーティーメンバーが誰一人としていなくなっていた。
しかし荷物だけは置きっ放しにしてあり、誰が書いたのか『後始末宜しく』と置き手紙が荷物の上に置いてある。
「おい、あの馬鹿共どこ行った」
「ピノさんとルティーナさんは街の探索で、シフォンさんは闘技場の方に向かうと言っていました。勝手に家に帰るから先に帰っててとのことです」
あいつら全員飯抜き決定。各自勝手にすると言うのであれば、俺も俺で好き勝手させてもらうとしよう。
「この荷物を二人で運ぶのは骨が折れそうですね。せめて一人だけでも残ってくれれば助かったんですけど」
「だったら止めておけば済む話だろうが。なんですんなり行かせてんだ」
「ビャクト様の言うことを聞かない人達なのに、私が頼んで言うことを聞いてくれると思いますか?」
「……すまん」
「あっ、いや、別に謝らせるつもりでは……」
ルティーナだったらミルクの言うことを聞いてくれそうなものだけれど、いなくなってしまったからにはどうしようもない。納得いかないが俺達だけで荷物処理するしかない。
「俺が重い物全般持つから、お前は運び易い物だけ持て。無理して転ばれても嫌だからな」
「あはは……。あんまりお役に立てなくてすいません」
「いないよりはマシだ。気にすんな」
一通り荷物を持って出口へと向かう。
こんなことになるなら、馬車に置きっ放しにしておけばよかった。
でも無人のところを盗みに入られるのも嫌だし、仕方無いと割り切るしかない。
ミルクがひーひー言いながら荷物を運んでいる姿を見守りつつ、馬車まで戻って来れたところで俺一人で馬車の中に荷物をしまう。後は家に向かうだけだ。
現在位置を確認するべく地図を取り出し、道なりを住所と照らし合わせる。意外と遠い場所にあるようだ。
「えーと、ここをしばらく真っ直ぐ行ってから左に曲がって、その後に交差点のところをまた左に曲がって、更にまた交差点があるからそこを右に曲がって……」
「なんだかややこしい場所に家がありますね。ちゃんと辿り着けるでしょうか?」
「地図があるんだしなんとかなるだろ。取り敢えず先に進むぞ」
馬の手綱を握って歩を進める。この距離からして大体十五分くらいで着けるだろうか……?
〜※〜
「…………何処だここ」
地図を見ながら家に向かっているはずだった。
しかし気付けば現在地が分からなくなり、何処が何処なのか分からなくなってしまった。
「もしかしてビャクト様、極度の方向音痴だったりしますか?」
「…………」
今まで何度か他の街に行く機会はあったが、その時は俺ではない誰か(主にピノ)に道行きを委ねていた。
その理由としては面倒臭いからというわけではなく、弱点を知られたくなかったからだ。
そしてその弱点を今の今まで忘れてしまっていた。こうして実際に地図移動したから思い出せはしたが、ミルクにとんだ痴態を晒してしまった。
何を隠そうこの野幌白兎、かなり地理に疎いのである。
決して方向音痴というわけではないのだが、地図という物を全く扱えないのだ。
そしてその原因は、未だ解明できぬままである。
「こんなことになるならお前に案内させるべきだった……」
「今地図見ても現在地が分かりませんしね。取り敢えず適当に進んでみますか?」
「ま、待て、落ち着けミルク。そんなことしたら余計に道が分からなくなる可能性があるだろ。こういう時は過去に通った道を振り返って地図と照らし合わせるんだよ。そうしたら自ずと現在地を特定できるだろ?」
「それはそうですけど、何処をどう通って来たか覚えてるんですか?」
「……全然」
「じゃあ無理じゃないですか! 何だか今のビャクト様からは私と似たものを感じますよ」
それは俺がポンコツになっていると言いたいのかこのクソ女神。
しかし認めざるを得ないのが辛い。
「どうするんですか、このままじゃ夜になってしまいますよ。そうなったら余計に家の場所が分からなくなりますし、ピノさん辺りにこのネタで弄られてしまうかもしれませんよ」
それだけは御免被る。あいつに弄られることがどれだけ俺のストレスを増長させることか。
「ここは素直にこの街の人に道を聞くしかないな。てなわけでお前が聞け」
「自分で聞けばいいのに、なんでわざわざ私に頼むんですか?」
「こういうのは野郎よりも女が聞いた方が親切にしてくれるもんなんだよ。ヒッチハイクとか良い例だろ」
「そういうものですか。なら私から聞いてみますね」
「すいません〜」と道行く冒険者の集団に声を掛けるミルク。
冒険者達は足を止めて、ミルクは説明のために地図を取り出した。
「あの、この場所ってここからどう行けば辿り着けますか?」
「「「「…………」」」」
ミルクの質問に答えようとせず、野郎グループはそれぞれ顔を見合わせてニヤリと笑っていた。嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
「あぁ、そこならそこの路地裏に入ってすぐだよ」
「あっ、そうなんですか。ありがとうございます」
「よかったら俺達が案内するよ。ついて来てくれ」
「へ? いやでもその路地裏入ってすぐだって……」
「まぁいいからいいから」
「は、はぁ……。あっ、ちょっと待ってください、ビャクト様も呼ばないといけな――」
と言って戻って来ようとしたミルクだったが、野郎の一人に手を引かれて近くの路地裏に連れ込まれてしまう。
「ビャ、ビャクト様ぁ〜!!」
路地裏入ってすぐに聞こえてくる叫び声。なんであいつはこうも絡まれ易いのか。
急いで馬車から降りて路地裏に入って行くと、奴らの姿は既に何処にも見当たらなくなっていた。足の速い連中だ。
三角飛びで上に上がっていき、屋根に登って周囲を見渡す。
「……あれか」
少し遠くのところにロープで拘束されて担がれているミルクを発見。
冒険者特有の能力なのか、中々に移動速度が素早い。
だが、追い付けない速度じゃない。むしろ余裕で追い越せる。
リュックの中から籠手を取り出して左腕に装着し、遠くの街灯の柱目掛けて特製針を発射。
ジェットエンジンを起動させ、柱に身体が引き寄せられていく。
柱に追い付く直前にワイヤーを思い切り引っ張って針を引っこ抜き、また次の街灯の柱に針を発射する。
その動作を永遠と繰り返し、間も無く奴らの元に追い付いた。
「な、なんだあれ!? 飛んでんのか!?」
野郎の一人が空中移動する俺の姿に気付き、それに釣られて全員が一旦足を止めた。
柱に針を発射するのを取り止め、柱を蹴って勢いを殺し、くるりと身を翻して地面に着地した。
「冒険者の身分で人攫いたぁ、余程良い教育受けて育ったんだなお前ら」
「誰が冒険者だ。俺達はただのチンピラだ!」
自分でチンピラとか言う奴初めて見た。
「冒険者の街とはいえ、ここらは人気が少ない場所だからな。金儲けには持ってこいの場所なんだよ」
「金儲け? どうやって?」
「顔の良い女を売っ払うんだよ。この街は美人が多くて有名だからな。このご時世、奴隷ってのは高く売れるんだよ」
なるほどそういうことか。つまりミルクを奴隷商人に売り渡せば、それなりの金が容易く手に入るというわけだ。
「……美味しい話だなそれ」
「いやちょっとぉ!? お金に目を眩ませないでくださいよ! 大事なパートナーを見捨てるつもりですか!?」
「お前をそんな立場にした覚えはない」
「そんな殺生な!」
どうしようかと悩んでいると、野郎の一人がニヤニヤ笑いながら詰め寄って来た。
「なんだ、お前さんもその口か。どうだ? ここは一つ俺達と手を組むってのは?」
「そうさなぁ……」
顎をしゃくりながらふと空を見上げる。
「……?」
正体不明の気配が近くの家の屋根から伝わって来ると、謎の人影が飛び降りて来るのが見えた。
「ぐぇっ!?」
人影はミルクを拘束していた男の頭の上に飛び降りると、ミルクの身を確保してバックステップで何歩か後退した。
「何か面白いことはないかと思って散歩をしていたんだけど、これはナイスタイミングってやつかな。大丈夫お嬢ちゃん?」
「は、はい! ありがとうございます!」
突如として現れた女にポカーンとしていると、野郎連中が彼女を見て大袈裟に恐れ慄いていた。
「や、やべぇ! “狩女”だ!」
「なんでこんな辺鄙な場所に!?」
「こ、殺される! 逃げるぞ!」
どうやら名の知れた有名人だったようで、野郎達は情けなくも尻尾巻いて逃げ出した。
「ちょいちょい、そんな勝手な行動を許すとでも?」
狩女とか言う女は呆れたようにため息を吐き捨てると、少し身を屈めて助走も無しに一気に飛び出した。
チーターのような圧倒的な速度で駆け抜ける彼女は、数秒と掛からずに野郎達の前に回り込んでいた。まるで獣みたいな女だ。
「一人一発で許してあげるから諦めた方がいいと思うけど」
「「「「…………」」」」
逃げることは叶わないと悟ったのか、野郎達は潔くその場に棒立ちして動かなくなった。
そうして、一人残らず脳天に踵落としを叩き込まれ、首から上を地面に埋め込まれた。
「雑魚はこれで大丈夫と。さてさてお次は……」
狩女は俺と視線を合わせてくると、獲物を見つけたハンターのように目を不気味に光らせた。
……次から次へと嫌な予感しかしない。




