旅は道連れ世は情け
「あっちぃ……あっちぃよぉ……」
燦々と大地を照らす暑苦しい太陽。夜中以外は一日足りともサボるようなことはせず、鬱陶しい日差しをこれでもかと浴びせて来る。
周囲には木々の一本すら生えておらず、ただただ緑が生い茂った広大な大地が何処までも続いている。無論、まだまだ目的地は遥か彼方にすら見えない。ゴールはまだまだ先のようだ。
「あちぃ……あちぃんだってぇ……」
にしても熱い。まさか道のりがこんな高気温だったとは誤算だった。こんなことになるならもっと事前準備をしていたものの、俺としたことが迂闊だった。
水分確保のための水樽はあるものの、これは長旅を続けるための生命線だ。何も考えずに水を飲み干してしまっては、その計画性の無さに自分の身を滅ぼしてしまう。貴重な水源は大事に扱わねば。
「ぶはぁぁぁ……。よし、生き返った」
「あの、ビャクト様。ピノさんが頭から水樽被ったせいで水が無くなってしまったんですけど……」
「馬車の中がびちゃびちゃね。水浴びは外でやらないと駄目じゃないピノ」
「いやだって外熱いし。日にも焼けたくないし」
「言ってる場合ですか!? 何をしてくれてるんですかピノさん! まだ目的地まで四日は掛かるのに、水全部無くなっちゃったじゃないですか!」
「まぁ……そういう日もあるっしょ!」
「……ビャクト様? いつもならこのタイミングでピノさんをぶっ飛ばしてるところですけど、何もしないんですか?」
生憎こっちは誰かをしばき倒す余力が無ければ、その返事に答える気力も無い。
何となく分かってはいた。こいつらと長旅なんてすれば、何かしらの問題やトラブルに巻き込まれるなんてことくらい。むしろ波風立たずに何も起こらない方がおかしいって話だ。
一番深刻な食料問題を最も危惧していたのに、その結果がこれだ。予め多めに用意しておいた水樽だったのに、ウンターガングを出てはや三日で底を突いてしまった。
一日目にミルクがペース配分を考えずに一樽を飲み干し、二日目にルティーナが風呂代わりに水樽の中に入って使い物にならなくして、そして今回のピノの水浴びがトドメとなった。
先程ミルクが言っていた通り、向こうに辿り着くまではまだ最低四日は掛かる。何処かで水源を確保しなければ、先に待つのは干からびによる死だ。
しかし辺りは大地が続くばかりで、湖や川の一つすらありはしない。ちらほらと草食の魔物がそこら中にいるだけで、水のみの字すら見えない。
「……損ばかりの人生だったな」
「急に縁起でもないこと言わないでくださいよ! らしくないですよビャクト様!」
「黙れ疫病神一号。そもそも水が枯渇の一途を辿るキッカケを作ったのはお前だ。もし俺がこのまま干からびて死ぬようなことになったとしたら、地獄に墜ちることになろうともお前を呪い殺しに化けて出てやるからな」
「気が滅入ってるせいでいつもより発言がハードになってるわね」
「私にとっては素晴らしいことです。是非ともそのキツい口調で私を罵って欲しいんですが、そんな余裕も残ってないみたいですね」
「長旅は食料問題が一番シビアだからねぇ。甘く見ていた私らの落ち度だよ」
「そこまで分かっていたならなんでこんな大胆な扱い方したんですか!」
「そういう気分だったからだけど?」
「……私も初日にミスを犯したから強くは言えませんけど、ピノさんに至っては論外の領域ですね」
「はははっ、照れるな」
「誰も褒めてないんですけど!?」
「騒ぐなポンコツ。叫ぶと余計に喉乾くだろうが。ポンコツだからまともに体調管理もできねぇのか?」
「うっ……。す、すいません……」
あの凶悪なドラゴンと対等に渡り合った俺だが、ある意味あの時よりも今が一番窮地に立たされているのかもしれない。こればかりは根性やら気合いやらでどうにかなる問題じゃないし。
「あぁ……あっちぃ……あっちぃよぉ……」
「結局熱いんじゃないですか。水浴びした意味無いじゃないですか」
「だって熱いものは熱いんだもん。一回水浴びしたくらいでどうにかなるわけないよね」
「平和的に日々を過ごしたいと願っている私ですけど、こんなにピノさんを張り倒したいと思った日はありませんね」
「でしたらその代わりとしてこの私が代役を!」
「シフォンさん、今そういうの本当にいいので」
「ダーリンも大概だけど、ミルクも熱さでイライラが増して来ているみたいね。普段の穏やかさは何処へやら」
普段滅多に怒ることがないミルクであったが、最近は結構憤りの反応を見せることが多くなって来た。その原因は全てピノなのだが。
「どうしましょうビャクト様。このままじゃ私達全員仲良く干からびて死んでしまいますよ。そんな悲しい最後を迎えるなんて絶対嫌ですよ」
「だったら一日目に飲み切った水を今ここで吐き出せばいいんじゃねぇの」
「あっ、なるほど。そういう手があるんですね」
「……え?」
冗談で言った発言を鵜呑みにしてしまったミルクは、空になった樽の中を覗き込むように顔を入れた。
「うっ……お゛ぇ……う゛ぇぇ……」
人差し指を口の中に突っ込んで気色悪い嗚咽を漏らすポンコツ女神。何を見せられているんだ俺は。
「馬鹿お前、本気で試そうとするやつがいるか。そんなことしたら余計に体内の水分が排出されて――」
「お゛ぇえええ!!」
止めようとしたが時既に遅く、大量のゲロが樽の中にぶちまけられた。今が食事時だったら間違いなく食欲失せてるところだ。
「ずびばぜんビャグド様……。ごれだけじが出ぜまぜんでじだ……」
「うわ臭っ!? ミルクのゲロめっちゃ臭っ!?」
圧倒的腐臭が馬車内に蔓延する。クソ天然のせいで状況は悪化する一方だ。
「これは強烈ね。ミルクという名前だけあるわ」
「それどういう意味ですかルティーナさん!?」
「どうでもいいからその樽捨てろ。腐臭がこの中に染み付いたら最悪だぞ」
「は、はい……」
ミルクはゲロ樽を外に捨てて戻って来ると、肩を落としてしょんぼりと落ち込んだ。
「窮地に立たされた人は時に奇跡を起こすと聞いていたのですが、所詮は迷信だったってことなんでしょうか……」
「奇跡を起こすためにゲロ吐くことがまずズレてることに気付けや。知能指数皆無のカスが」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですかぁ!」
「くっ付いて来んなゲロ臭ぇんだよゲロ女神」
「その女神の引用だけは止めてください!」
そろそろストレスも限界値を超えそうだ。いつ爆発してもおかしくない。むしろここまで耐えられていることが不思議でならない。
「…………(ごくごくごく)」
「……あれ? ルティーナさん、それ何を飲んでいるんですか?」
「これ? 水だけど何か?」
「何処に隠し持っていたんですか!?」
隠し財産ならぬ隠し水源を持っていた魔女が一人。通りでこいつだけ余裕な素振りを見せていると思った。
「別に隠し持っていたわけじゃないわ。魔法で無から水を生成しただけの話よ」
「流石は魔法のスペシャリスト! 私にも頂戴!」
「えぇ良いわよ」
珍しいことに自分から相手のために率先して動くとは、今度は何を企んでいるのやら。
ルティーナは右手の人差し指を立てると、指先からもやもやした水が発現した。
そしてその指先をピノの口の中に――入れると見せかけて、ミルクの口の中に突っ込んだ。
ミルクはちゅぱちゅぱ音を立ててその指先を吸い取り、十分な量の水を飲んだところで吸うのを止めた。
「ぷはぁ……。助かりましたルティーナさん」
「いやいやなんでミルクやねん! 良いわよって言ったじゃん! 私に飲ませる流れだったじゃん!」
「誰も貴女に差し出すと言った覚えはないけど?」
「ひでぇ! ひでぇよ! 餌をチラつかせるだけチラつかせてお預けたぁ、一体何処の女王様のつもりでぃ!」
水が欲しい欲しい言ってる割には元気だなこいつ……。
「シフォンも何口かどうかしら? 味は私が保証するわ」
「でしたら焦らすように一滴一滴飲ませてはもらえないでしょうか? ピノさんの言う通り、どうにもルティーナさんは女王様の素質があるようですし、それっぽい感じで私を虐めるように――」
ルティーナは指先から野球ボールくらいの大きさの水の球体を発現させると、銃弾を打つようにシフォンの口目掛けて水弾を発射した。
「これはこれで良いですね」と、顔面びしょびしょでご満足なご様子のドM。ルティーナでもこいつの取り扱いは面倒に感じるらしい。
くだらないやり取りをジッと見物していたところ、ルティーナは真の標的を定めるべく俺を見つめて来て、ニヤリとお得意の笑みを浮かべた。
「ダーリンも……欲しいわよね?」
「…………別に」
「フフッ、強がりが見え見えね」
考え過ぎかもしれないが、もしかしたらこいつはこの状況が出来上がることを予め予想していたのかもしれない。
強がっているのは正直否定できない。本当は俺も喉から手が出るくらいに水が欲しいと願い続けているのだから。
しかし、しかしだ。ここで首を縦に振ろうものなら、またこの魔女に良からぬ何かを仕掛けられるのは必然の理。わざわざ罠に落ちに行くなんて愚行を犯すわけにはいかない。
「どうせこの先に水源があるオアシスなんて見つからないだろうし、飲める時に飲んでおくのが得策だと私は思うのだけれど、そこのところダーリンはどう思ってるのかしら?」
「…………さぁな」
「意固地なプライドを尊重して命を落とすくらいなら、魔女に借りを作ってでも生き残る方が賢い選択だと思うのだけれど、そこのところダーリンはどう思ってるのかしら?」
「お前に答える義理はありません」
「さっきから心の中で『水欲しぃ! 水欲しぁッス!』と叫んでる声が聞こえて来るのだけれど、そこのところダーリンはどう思ってるのかしら?」
「だから人の心を勝手に読むなと何度も言ってんだろうが!」
執拗に水を飲ませようと捲し立てて来る。これで警戒しない方がどうかしてる。釣り針が見えている餌に喰らいつく馬鹿が何処にいるってんだ。
「ルティーナさんの言う通りですよビャクト様。意地を張るくらいなら素直に甘えておきましょうよ。旅は道連れ世は情けと言うじゃありませんか。仲間同士助け合っていきましょうよ」
「フンッ、何が仲間同士の助け合いだ。そういう綺麗事を語る奴に限ってピンチになったら一人で一目散に逃げるんだよ。薄皮一枚で形取られたような友情に何も意味なんて無ぇよ」
「…………」
「……何だよ」
「いえ、人ってどういう生き方したらこんな皮肉屋な性格に捻じ曲がるんだろうと思いまして……」
「喧しいわ!」
可哀想な奴を見る目で見つめて来る慈愛の女神。そういう目を向けられるのが何よりも一番腹立つ。
「まぁまぁよビャクト。ルティーナの天然水を飲む機会なんて今回くらいなものかもしれないよ? 飲める時に飲んでおこうぜ? なぁ?」
そう言いながらさり気無くルティーナに水を強請るピノだが、やはりルティーナはピノをいないものとして扱っていた。色んな奴から嫌われ過ぎだろこいつ。
「もしかしてあれですかビャクト様? ルティーナさんの指を咥えて水を飲むのが恥ずかしいんですか?」
「嫌だし屈辱的だし気持ち悪いから無理」
「なるほど。つまりドSであらせられるビャクトさんは、相手に頭を下げて頼むような真似をしたくないというわけですね」
「ドSと宣言した覚えはないが、強ち間違いでもないな。とにかく俺はこいつに借りを作りたくないんだよ。後悔先に立たずってな」
こいつらは魔性の女の恐ろしさを体験したことがないから余裕なんだろう。ある意味羨ましい奴らだ。
「別に借りだなんて思わなくてもいいわよ。私はあくまで善意で言ってるんだから」
「ほんとお前はペラな女だな……。とにかく俺はお前から水の施しを受けるつもりはないからな」
「別にそれはそれで構わないのだけれど、でもそれだと水の枯渇問題が解決できないと思うのだけれど? と言っても、対象はダーリンとピノの二人だけだけど」
「いやだから私は欲しいってさっきから言ってんじゃん!? 早く私にもルティーナの天然水飲ませてよ! それが駄目なら下の聖水でも一向に構わないから!」
「言葉を選んで下さいピノさん……」
ルティーナの魔法には頼れない。水源地も期待はできそうにない。水を蓄えてそうな魔物は何処にもいない。何をどうしようと今すぐ水を手に入れることは不可能だ。
どうする野幌白兎……。この難局をどう乗り越える? 何か最善の手立てを思い付かない限り、最悪こいつに頼る羽目になってしまうぞ。
「あっ、だったらビャクト様、この空の樽の中に水を入れてもらってはどうですか?」
「そうだなそれが最善解だな。でもそんなつまらないことをこいつが無償でしてくれると思うか?」
「別に私は構わないわよ。無論、条件は付けるけど」
ほら見たことか、やっぱり条件を提示してくる。俺もそれは一番先に思い付いていたことだが、こうなることを予期していたから黙っていたのに。
「ちなみにその条件というのは何ですか? 私の犬になりなさいとかですか?」
「それはそれで面白そうではあるわね。でもそんな条件を提示すればダーリンに半殺しにされるわ」
そういうところは空気読むのか。自分の身の危険に繋がってるからなんだろうが。
「そうね……だったらこういうのはどうかしら? ダーリンの迫真の演技力をもって私に愛を囁いて欲しいわ」
「そんなことでいいのか。だったら別に良いぞ」
「「「「……え?」」」」
四人全員に目を丸くされた。今この一瞬だけ皆の意思が一つになった気がする。
「意外な答えが返って来たわね。だったら是非お願いするわ。ちゃんと耳元まで近付いて囁くようにしないと駄目よ」
「なんか気持ち悪そうだから私耳塞いでるわ」
「勝手にしろ。んじゃ、いくぞ」
ミルクとシフォンが顔を赤らめながら見物してくる中、俺はルティーナの横に座り直してそっと耳元に近付いた。
「愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛…………」
「違うわダーリンそうじゃない」
言われた通りにこれでもかと愛を囁いてやったというのに、いきなり文句を言われては堪ったものじゃない。
「何が違うってんだ。ちゃんと愛を囁いただろうが」
「今の絶対わざとよね? 分かっててやってるのよね?」
「御託はいいからとっとと水出せや」
「いやいやビャクト様、今のが愛を囁くという意味なのでしたら、世の恋する乙女の熱は全て冷めてしまうかと……」
「ある意味で氷河期の到来ですね。少子化や高齢化がより進む一方になってしまいますよ」
この世界にも少子高齢化の問題があるのか。世知辛い難題は何処もかしこも同じなんだな。
「それに今のダーリンの言い方は、ただ愛という言葉を囁いていただけだわ。ちゃんと感情移入してくれないと駄目よ」
注文の多い奴だ。そもそもこんなことをされてこいつに何の得があるのか。女の考えることは常々理解できん。
「わーったよ。感情を込めて囁けばいいんだな?」
「そうよ。熱が込められた感じでお願いするわ」
再びルティーナの耳元に近付いてセカンドトライ。今度はしくじらないぞ。
「お前は本当に愛らしい……“一思いにぶっ殺してやりたいくらいにな”……」
「違うわダーリンそうじゃない」
ちゃんと感情移入して囁いたというのにまたもやNG判定。まるで審査が通る気がしない。
「ちゃんと感情込めてただろうが。何が悪いってんだ」
「私が求めていた感情と真逆の感情が込められていたからに決まってるじゃない」
「最初の言葉は取って付け加えただけで、後の言葉が本命みたいな感じでしたね。包み隠さず殺気が漏れ出してましたよビャクトさん」
「知らねぇよ。要望に応えたんだからとっとと水出せや」
「いやいや無茶苦茶ですよビャクト様! そんなにルティーナさんに愛を囁くのが嫌なんですか? たった一言でも駄目なんですか?」
「虫唾が走って反吐が出らぁ」
「フフッ、ここまで徹底的に拒絶されるとむしろ清々しい気分になるわね」
「むっ……? 今のは聞き逃しませんでしたよルティーナさん! 今の発言はM道を極めようとする者の第一歩です! 興味があるのでしたら是非私が手取り足取りレクチャーを――」
「じゃあもう膝枕してくれるだけでいいわ。それで妥協してあげる」
諦めがついたのか、要望レベルが一気に下がった。その潔さがまた怪しくはあるのだが、深読みするのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
「初めからそう言えや。だったら早くやることやれ」
「はいはい」
ルティーナは苦笑しながら指先から水を発言させ、適量の水を空の樽の中に注ぎ込んでいく。
やがて空の樽が水で一杯となり、貴重な水源が復活を遂げた。
「こんなものかしら。これでしばらくは大丈夫でしょう?」
「うっひょ〜、これで浴びるように水が飲めるね。それじゃ記念の一口目は私が――」
「前科持ちは後に決まってんだろ図に乗るなカスが」
「ですよね〜」
ピノの首根っこを掴んで水樽から遠ざけた。こいつにまた好き勝手されては二の舞になるかもしれんし、もう二度と同じ過ちを繰り返してたまるか。
一足先に両手で水を掬い取り、一気に水を啜る。
すると、軽い水が喉の奥まで浸透していき、全身が潤うかのような感覚に包まれた。そんじゃそこらの天然水とはわけが違う旨さだ。
「何から何までチートだなお前は……」
「フフッ、満足してくれたようで何よりね。それじゃ、約束を守ってもらうわよ」
「へいへい」
ルティーナは横になると、約束通りに俺の膝に頭を乗せて来た。
「このまま少し寝るわ。夕食の時間になったら起こして頂戴」
「少しどころかガッツリ寝るつもりじゃねぇか。そんな時間になるまで膝枕しろってか」
「時間の長さを宣言はしていないもの。詳しく聞かなかったダーリンの不手際よ。というわけで、おやすみなさい」
癪に触るコメントを残して、やがてルティーナは寝息を立てて眠りについた。眠りが深いこいつのことだし、本当に夕食の時間まで寝るつもりだろう。
「ふぅむ……」
眠っているルティーナを見て、ピノが顎に手を当てて眉を伏せながら唸っていた。
「……こうして見てみるとさ。ルティーナの寝顔っていつもの妖艶さが無くなるよね」
「あっ、それ分かります。まるで小さな子供のような雰囲気ですよね」
「これが所謂ギャップってやつかぁ……。うん、萌えるね。段々と欲情してきたよ」
「手を出さないでくださいよ。ルティーナさんに怒られても知りませんからね」
「へーい」
そこで会話が一旦止まり、馬車の音だけが耳に入る静かな空間が訪れる。
少しして周りを見てみると、全員馬車に揺られながら眠りについていた。ようやく大人しくなったかと思うとほっと息が出た。
俺もルティーナが寝る姿を見ているからか、段々と睡魔の誘惑に陥落しそうになってきた。ゆっくり昼寝できる時間なんて早々ないだろうし、ここは俺も静かに眠らせてもらうとしよう。
ふと目を瞑り、少し仮眠を取るつもりで脱力する。万が一の時に備えて、俺だけは熟睡しないようにしておかなければ。
「…………?」
最終的に皆仲良く昼寝に没頭する中、体内に何かしらの違和感を感じ取った。この感じはまさか……。
ギュルギュルと腹が不吉の音を鳴らし始める。やがてそれは音だけに止まらなくなり、尋常ならざる腹痛を引き起こした。
「むぐっ!? なんつータイミングの悪……さ……」
タイミングが悪い? 違う、そうじゃない。変な物を食べた覚えはないし、急に腹を壊すだなんてあまりにも不自然だ。
可能性があるとすれば、俺がついさっき体内に含んだもの。仮説でしかないが、もしそれが決定的な毒牙であったとしたら……。
早急に一度馬車を降りようと立ち上がろうとするが、その前に膝の上で寝ているルティーナを取り除くべく、頭を掴んで離そうとした。
「…………っ!?」
しかし、どれだけ力を入れてもルティーナの頭は離れなかった。まるで接着剤でくっ付いているかのようだ。
これで確証が確信に変わった。全てはまたこいつの策略だったということだ。
「ハメやがったなテメェこの野郎!? 狸寝入りしてんじゃねぇぞ!」
「…………(ニヤッ)」
「ち、畜生ぉぉぉ……」
最初から分かっていたことだ。こいつは魔女であると同時に無類の悪戯好き。何の悪巧みも模索せずに人に親切にするわけがなかったんだ!
「おい誰かこいつ取り除くの手伝ってくれ! 腹が! 腹が限界なんです!」
返事は無い。誰も彼も熟睡しているせいで、起きてくれる気配すら無かった。
「くそっ……なんでこんな俺ばっか……もう嫌だこいつらぁ……」
「楽しそうで何よりね」
「お前いつか絶対張り倒してやるからな!? ぐぉおぉぉ……」
新たな街、新たな環境で始まる本格的な冒険者ライフ。しかしその前にこの世の全冒険者に一つ聞いて欲しい切実な願いがあります。
誰か……俺とパーティー取り替えてください……。




