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マッドサイエンチビスト

 拳と拳が幾度となくぶつかり合い、血反吐を吐きながら闘魂を燃やす武闘家。


 紙一重の剣戟を交じえ、刹那の斬り合いに冷や汗を流す剣士。


 燃え盛る炎と凍て付く氷塊が衝撃波を引き起こし、大掛かりな大道芸のような規模の戦闘を繰り広げる魔法使い。


 最初に見物したキチガイメイドの戦いとは打って変わって、闘技場ではそれらしい戦いが引き続き行われていた。


 勝ちを重ねてファイトマネーを得るために躍起になっている出場者達は、それはもう必死な様子だった。


 ある者は狂ったように斧や槍を振り回し、またある者は死んだフリをして相手の隙を突き、またある者は相手の股間を何度も蹴り上げていた。


 まるで金の亡者に見える出場者達は、男女問わずに野蛮人のみに統一されていて、見ているこっちは穏やかな気分になれなかった。


 戦って勝つだけでお金が貰えるというのだから、野蛮人からしたら何よりも都合の良い場なのだろう。


 少なくとも、三回ほど連勝することができれば、町内クエストの給料よりも断然稼ぐことができる。


 それだけ聞いたら冒険者の身として美味しい話なのかもしれないが、ここまで露骨な荒事となると気が引けてしまう。


 いくら実力があるからといっても、俺はあくまで平和主義者であって、できることなら如何なる揉め事であろうと穏便に済ませたいのだ。


 と言っても、それができないから頭を抱える始末なのだが。


「こうして見てると、どいつもこいつも大した腕じゃないな。魔法はどうこう言える筋合いはないが、武器の扱い方とか戦闘の立ち回りがまるでなってない」


「……まるで戦闘のプロフェッショナルみたいなことを言う」


「でもお前も同じ意見なんじゃないか?自分の腕に覚えがあるんだろお前も」


 マフラー女の動きは一部しか観察できていないが、様々な相手と相対して来た経験があるからこそ、彼女が強者であると分かってしまう。


「……純粋な戦闘力であれば貴方には劣る。実際試合をすれば私が勝つけど」


「ほほぅ?」


 妙に引っかかる言い方をしてくる。


 俺は女が相手だろうが、華奢じゃなければ無表情で顔面にグーパンできる男だ。


 そういう意味で私が勝つと言っているのであれば、それは大きな勘違いだが、多分そういうことではないのだと思う。


「……と言っても争う気はない。私は平和主義者」


「そりゃ気が合うな、俺も同じ主義者だ」


「……ドSがなんか言ってる」


「誰がドSだ!」


 MかSかと問われればそりゃS寄りの人間なんだろうが、ドが付くような鬼畜野郎になった覚えはない。


 だが、俺を横目に見るミルクの視線は、否定の意味合いが込められていた。


「私はヒノカさんの言う通りかと。最近のビャクト様は以前よりも丸くなってくれたように感じてはいるものの、責め立てて来る時なんて泣きそうになりますからね。実際泣いてるわけですし」


「その責め立てる原因を作ってる奴のことを考えて発言しろ馬鹿。俺だって好きで怒ってるわけじゃねぇよ」


 突拍子もなく的外れなことばかりされ、そこに迷惑が加わるとなれば黙ってなどいられない。


 そこらの優男なら「気にしないよ」と爽やか笑顔で流すのかもしれないが、生憎俺は「反省しろ戯けこの」と容赦しない人間なので、優しさを期待してはいけない。


「というかそろそろ見物してるのも飽きてきたな。割と時間は潰せたが、こうも面白くない試合を見続けるのはどうにも――」


 と不満の口を滑らせようとしたところ、俺の口は自然と動きを止めていた。


 退屈な試合が終わってまた新たな試合が始まろうとする最中、闘技場に現れたチャレンジャーに目を奪われたからである。


 無地の黒いシャツを着て、ベージュ色の短パンと茶色のブーツを履いた、小柄で赤髪の少女。


 そして一際目立つ、パンティーの形をした白い仮面を被っていた。


「うわぁ……」


 一目見て、そんな声を漏らすミルク。


 シフォンには全く気付かなかったのに、あの変態に関してはすぐに気付いているようだった。


「やぁやぁ我こそは誇り高きエロの守護神!Ms.エロスと人は呼ぶ!うら若き美男美女よ、私の前に屈するがいい!そして敗北の証に身に付けている下着を差し出すのだ!」


 先程までとは違う意味で盛り上がる――もとい騒つく闘技場の観客達。


 世間に死亡扱いすることで存在を亡き者にした元変態怪盗のピノだが、あんな目立ち方したら疑われてしまうのではなかろうか。


 実は変態怪盗が生きていただなんて世間に知れ渡れば、再び奴は追われる身になることだろう。


 それはつまり、冒険者になれたはずの俺達にも被害が及ぶわけで、変態怪盗を匿っていたという誤解も生まれて、最悪俺達も犯罪者の片棒を担がされることになりかねない。


 あの馬鹿を止めに入るべき……なのだろうが、下手に出て行っても逆に怪しまれそうだし、今は様子見をするしかない。


 せめて仮面の形が普通の物であればよかったものの、一体何処であんな仮面を仕入れたのやら。


「何考えてるんでしょうかあの人。自ら醜態を晒しに来るだなんて、とうとう頭がおかしくなってしまったんでしょうか」


「何言ってんだミルク、元々あいつの頭はとち狂ってるだろ」


「それもそうですね。にしてもピノさんが闘技場に参加するだなんて、お相手の方が可哀想です」


 まだ見ぬ試合相手に同情するミルク。


「……強いのあの人?」


「強い……というよりは厄介と表現した方が宜しいかと。端的に言えば、これからピノさんのお相手をする方は間違い無くセクハラされることになります」


「……言ってることがよく分からない」


 理解不能と首を傾げるマフラー女。


 奴がどんな戦いをするのかは、実際に見て貰った方が理解が早く済むだろう。


「相手は……んん?」


 ピノの被害に遭うことになるであろう対戦相手が登場し、俺は目を疑った。


「なぁ、あれって子供だよな?」


 そう、現れた対戦相手が見るからに子供なのだ。


 身の丈に合わない猫の着ぐるみのようなぶかぶかな服を着ていて、特に袖が長くて完全に手が隠れてしまっている。


 猫耳がついたフードを深く被っているため顔が見えないが、背丈がピノよりも更に小さいので、明らかに子供であることが分かる。


 しかもこれといった武器を持っておらず、持っているのは大事そうに両手で抱えている熊か何かに見えるぬいぐるみだけだ。


「や、やばいですよビャクト様。このままだと教育に宜しくない試合が始まってしまいますよ。一生物のトラウマ植え付けられちゃいますよあの子」


「さ、流石に大丈夫だろ。いくらあのピノと言えども、まさか子供相手にやらしいことをするわけが無いって」


 そんな淡い期待を込めてピノの様子を伺ってみる。


「ショタか……唆るぜ」


 じゅるりと口の端から垂れる涎を手の甲で拭い取るピノ。


 あいつの許容範囲を甘く見ていた俺が馬鹿だった。


「駄目だあいつ見境無いぞ。今すぐ止めないと大惨事になっちまう」


 子供が変態に犯されることを予期して止めに入ろうと立ち上がったが、マフラー女に腕で阻まれた。


「……その焦りは杞憂に終わる」


「は?どういうことだ?そもそも子供が闘技場に参加してる時点で色々とおかしいだろ」


「……見た目は小さくても、クーロンの実年齢は十六歳。それに見掛けに反して中々強い」


 どうやらマフラー女の知り合いだったようだが、見るからに小学生の十六歳だなんて初めて見た。


「……良い機会だからよく見ておくといい。固有魔法の強さが分かる」


「え?マジで?というか友達か何かなのあいつ?」


「……友達も何も、パーティーメンバーの一人」


「あー、そういうわけか」


 憎しみで殺してやりたい例のクソ女と、このマフラー女と同じパーティーメンバーともなれば、あのちびっ子も相当強いんだろう。


 俺の詐欺固有魔法とは違う本物の固有魔法がどれだけ強力なのか、じっくりと拝見させてもらうとしよう。


 そして、本日何度目か分からないドラム音が響き渡り、ピノとちびっ子による試合が始まった。


「先手必勝じゃい!」


 試合開始とほぼ同時にピノは走り出していた。


 右手に短刀を持っている辺り、まずはスリップスラッシュで相手の服を剥ぐ魂胆なのだろう。


「よ〜し、今日も頑張ろうねメルちゃん」


 声質からして男の子っぽいちびっ子は、ぬいぐるみに語り掛けながらそれを上に掲げた。


「真っ白な素肌を晒しなぁ!“スリップスラッシュ”!」


 ちびっ子相手だろうと手加減無用の斬撃の嵐が放たれる。


「いくよ〜メルちゃん。大きくな〜れ〜」


 服剥ぎの乱撃がちびっ子の服を引き裂くと思いきや、ちびっ子が持っていたぬいぐるみが突如として巨大化し、全長五メートルはあるであろう巨大なぬいぐるみに変貌を遂げた。


 ちびっ子を庇うようにぬいぐるみが立ち塞がり、代わりに全ての斬撃を浴びたのだが傷の一つも付いておらず、何事も無かったかのようにピンピンしていた。


「嘘やん……」


 見た目はファンシーで可愛らしいぬいぐるみだが、その頑強さにピノは顎を外して愕然としていた。


「ゴーゴーメルちゃん!“モコモコラッシュ”!」


 ちびっ子の合図と共にぬいぐるみの全身が青色の淡い光を纏い、パンチによる怒涛の乱撃がピノを襲う。


 一撃一撃が地面に風穴を空ける強烈な威力で、最早あれはぬいぐるみと言うよりはモンスターと表現した方が正しい。


「ひょえぇぇ!?」と情けない声を上げるピノだが、仰天しながら目玉を飛び出しそうになっているものの、右に左にと器用に攻撃を回避していた。


 何とか致命傷を避けて凌ぎ切ると、バックステップでちびっ子と大きく距離を取った。


「あれ、これやばくね?下手したら死ぬんじゃね私?」


 ピノからしたらここは絶好のセクハラスポットなのかもしれないが、その実態は生きるか死ぬかの間際を彷徨う戦場であって、決して変態の至福を満たすような場所ではない。


 ようやく自分が置かれている危機的状況を理解したのか、先程まで余裕たっぷりの態度が一変し、冷や汗を垂れ流しながら顔色を蒼白にしていた。


「逃しちゃ駄目だよメルちゃん。今度は”ウールーキャノン“だよ!」


 ぬいぐるみが両腕を前に伸ばすと、腕から数え切れない糸が生えてきて、束になって腕の形を変形させていく。


 やがてそれは巨大な二本の砲となり、照準をピノに合わせて構えを取った。


「発射ー!」とちびっ子の合図と共に、砲弾がピノ目掛けて放たれる。


「な、何だあれ?」


「なんかモコモコしてますね」


 しかし妙なことに、放たれた砲弾が歪な形をしていて、それはまるで砲弾というよりは毛むくじゃらの毛玉のようだ。


「ハッハッハッ、いくらなんでも私を舐めすぎでしょ。そんなのひょひょいと避けられちゃうってーの」


 速度も速いと言えば速いのかもしれないが、決して避けることが困難なわけでもなく、再び余裕を取り戻したピノはササッと右に避けて回避した。


 が、その油断が命取りとなる。


 避けたと思われた毛玉がピノの真後ろで爆散し、何本もの長い糸となってピノを襲った。


「ぎょえっ!?」と間抜けな声を漏らす時にはもう時既に遅く、全身を糸で何重にも縛られてしまい、浜辺に打ち上げられた魚のようにじたばたすることしかできなくなってしまっていた。


「やったーメルちゃん!よくできましたー!」


 ちびっ子は嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねると、ぬいぐるみの頭の上から降りてピノに歩み寄って行く。


「お姉ちゃん、一本だけ髪の毛貰うね」


 ピノのすぐ側までやって来ると、そっと手を伸ばしてピノの髪の毛を一本だけ抜き取った。


「よーし、これで準備完了だよ。後は――」


「馬鹿めぇぇぇ!!油断しよったなちびっ子がよぉぉぉ!!」


 もうじたばたすることもなくジッとしていたピノだったが、それはちびっ子が自分の間合いに入って来ることを待っていただけだった。


 例の覚醒魔法“アンリミテッド”でも使ったのか、強引に力で糸の拘束を弾くように振り解き、ちびっ子に飛び掛かった。


「もう勝ったと思ったかい?勝ち目しか見えなくなっていたかい?フハハッ、甘いんだよお子ちゃまがよぉ!?虎視眈々と絶好の隙を伺っていたことに気付けないだなんて、所詮は低脳な子供だなぁ!?」


 ちびっ子を押し倒して四肢を腕と足で拘束し、極悪な表情で舌舐めずりしながら煽りに煽る。


「は、離せー!止めてよー!」


「止めないねぇ!止めるわけないねぇ!むしろどう料理してやろうか検討中で御座いますよぉ!さてさて何処から(むし)り取ってやろうかな〜?」


「ここかな?それともここかな?」と、ピノはちびっ子の身体を(まさぐ)るように手を這わせ、変態の本領を顕わにさせていく。


 これには会場の客達もドン引きで、明らかに周りの空気感が変わってしまっている。


「あの人一度死んだ方がいいんじゃないですかね」


「元女神がそういうこと言っちゃうの?」


 ピノを見るミルクの目は、既に人を見る目では無くなっていた。


 言葉もシンプルかつ辛辣なものとなっており、今後ピノに対する気遣いは一生無いであろうことを悟った。


「うあぁぁぁん!」


 ついにちびっ子が泣き出してしまい、周囲がブーイングを飛ばし始める。


「おーおー可愛く泣いちゃってまぁまぁまぁ。それで私が同情すると思った?反省して手を止めてくれると思った?残念止めませぇぇぇん!むしろもっと虐めたくなっちゃいますぅぅぅ!!」


 ゲス顔でちびっ子の身体を舐め回すようにお触りするピノは、誰が見ても犯罪者のそれでしかなかった。


「……終わった。勝負あり」


 ぽつりと呟くマフラー少女。


 どっちが、とは聞かなかった。


 何故なら、俺にもこの先に待ち受けているであろう展開が理解できたから。


 その根拠はというと、ちびっ子から離れた場所で立っているぬいぐるみの様子が変化していることにある。


 ちびっ子の泣き声に反応するかのように身震いし始めたと思いきや、ゴキゴキと骨が軋む音を鳴らしながら身体が変形し始めた。


 ファンシーなぬいぐるみの面影はそこにはなく、腕が八本に足が六本と生えて、獣と虫が混合したような完全無欠の化物に変貌を遂げた。


 轟音のような悍しい雄叫びを上げ、化物は物凄い迫力と速度でピノの元へと突進していく。


「うるっさ!?何今の――お゛っ……」


 死そのものを体現したかのような化物を目にして、ピノは絶句すると共にちびっ子から身を離し、即座に離脱するため駆け出した。


 化物は逃走するピノを追いつつ、全ての手の平に紫色の魔力の塊のようなものを発生させると、やがてそれらは禍々しいオーラを纏う槍へと変形した。


 計八本の槍の矛先がピノへと差し向けられ、次から次へと投げ放たれた。


「あばっ!?うぼっ!?へぶっ!?んにゃ〜!?」


 死に物狂いで槍を回避するピノ。


 槍が刺さった地面がドロドロに溶けていて、一発でも当たってしまえば即死は免れない。


 あんな化物を返り討ちにできるような手段を持ち合わせているわけがないし、ピノが逃げ惑っていられるのも時間の問題だろう。


「やべっ!?」


 死と隣り合わせの最中、ほんの小さな小石に足を取られてしまい、態勢を崩して転んでしまった。


 更には壁際の方に追い詰められてしまい、完全に逃げ場を失った。


「こうさ――むぐっ!?」


 負けを認めようと降参と言おうとした刹那、口を塞ぐように鷲掴みされてしまい、何も喋れなくなってしまう。


 そのまま身体を宙に持ち上げられて、七本の槍先が目と鼻の先に突き付けられた。


「ん゛ん゛ー!?」と口を塞がれたまま泣き叫び、手を振り解こうと両手でぺちぺち叩くものの、そんな抵抗で脱出できるわけもなし。


「お、おいおい、いくらなんでもあれはやばいんじゃ?」


「死んだら死んだですよビャクト様。せめて墓石に骨だけは埋めてあげましょう」


「どんだけあいつのこと嫌いなんだよお前は!」


 痛い目に遭って反省して欲しいとは思っていたが、あのまま放っておけば本気で殺されるのは火を見るよりも明らかである。


 ここでも目立つことは避けたかったが、仮にも仲間であるあいつを見殺しにするわけにもいかない。


 そう思い立って身を乗り出した時だった。


「メルちゃんそこまでだよ!」


 化物の主であるちびっ子が呼び止め、化物の動きが止まった。


「駄目だよメルちゃん、殺しちゃったら捕まっちゃうんだから。殺すのは魔物と悪い人だけって約束したでしょ?」


 化物は魔法の槍を消滅させると、魂が抜けたように弱っているピノに指を刺す。


「確かにその人も悪い人だけど、ここでは殺しちゃ駄目。殺すならお外でやらないと……ね」


 可愛いちびっ子が見せた一瞬の闇。


 それは決して気のせいではなく、雰囲気がまるで別人のように変わっていた。


「あっ、でもそのまま口は塞ぐように待っててね。ここからがお楽しみの時間なんだから、沢山楽しまなきゃ」


 そう言うとちびっ子は猫耳フードを脱いで、可愛い素顔を曝け出した。


 短髪の白髪で、まるで女の子のような愛らしい顔は、小型犬のような愛嬌を感じる。


「ねぇねぇお姉ちゃん。これ、なーんだ?」


 ちびっ子はニコニコしながら袖の中から何かを取り出し、高々とピノに見せ付けた。


 それは、人間の形をした白い無地の人形だった。


「これはね、呪いのお人形さんなんだよ。お腹の部分に穴が空いてて、ここにお姉ちゃんの髪の毛を入れると……」


 先程ピノから抜き取っていた一本の髪の毛を、人形のお腹の中にごそごそと入れ込む。


 すると、無地だった人形が色付いて形を変え、ピノそっくりな可愛い人形に変化した。


「じゃじゃーん、お姉ちゃん人形完成ー!凄く出来が良いでしょ?」


 可愛らしい人形のはずなのに、愛くるしさはまるで感じられなかった。


 むしろ得体の知れない代物として気味が悪いと思えるくらいで、ピノも何かを感じ取ったのか、只でさえ悪い顔色をより一層悪くさせていた。


「これで準備ができたね。それじゃ始めよっか」


 ちびっ子は意気揚々とピノ人形を上に掲げ、


「楽しい楽しい公開処刑の時間だぁ」


 ガラリと雰囲気と声色を変え、不気味な笑みを浮かべた。


 純粋無垢な子供という印象を霧散させるその黒い笑みは、場の空気を凍て付かせるには十分な威圧感であった。


「これは“ダミーコネクト”という魔法でさ。例えばこんな風に頭を殴ると――」


「もがっ!?」


 ちびっ子がピノ人形の頭に拳骨を入れると、ピノ自身の頭に同じ拳骨が叩き込まれていた。


「ほら、こんな感じで本人にも同じ影響が及ぶんだよねぇ。つまりこの人形の心臓部に針でも突き刺さそうものなら……どうなるか言うまでもないよなぁ?」


 魔族と勘違いしてしまいそうな程に悪魔的な笑顔を浮かべ、懐から取り出した長めの針をピノ人形の胸部に突き付ける。


「簡単に人を殺せるせいでこの魔法は禁術扱いされてるんだけどさぁ。でもだからって止められるわけないよなぁ?死と隣り合わせになった奴の怯える姿といったらもう……。滑稽過ぎて逆に目の保養になっちまうんだよなぁ!」


 魔女か何かのような笑い声を上げるちびっ子は邪悪に満ちていて、何をどうしたらあんな歪んだ人間が出来上がるのか理解不能であった。


 毛を一本奪われるだけで身体どころか命すらも掌握されてしまうだなんて、俺が今まで見てきたどの魔法よりも強力で、次元の違いを見せ付けられたような気がした。


「じゃ、手始めに腕か足の骨でも折っちゃうかぁ。ねぇお姉ちゃん、どっちからが良い?選ばせてあげるよ」


 既に戦意喪失しているピノに対して、あまりにも酷な選択を迫るちびっ子。


「っ〜〜〜!!」


「え?なんて?人語でお願いできないかなぁ?」


 しかも口を塞がれているピノは返答できるわけもなく、ちびっ子は(とぼ)けながらわざとらしく聞き耳を立てていた。


 とんだドS野郎だ。絶対に関わり合いになりたくない。


「因果応報とはいえ、あのままだとピノさんとんでもないことになってしまいそうですね」


 と言うミルクは無表情で、危機的状況化にあるピノの心配など皆無であった。


「何喋ってるか分かんないし、もういっそのこと同時にやっちゃおうか」


 ちびっ子はわざとらしく(とぼ)けながら、人形の右脚と右腕を指で挟むように持ち替えた。


「あぁ痛い、痛いよぉ〜?骨が折れる瞬間って声が出ないっていうくらいだからねぇ〜。じゃ、いくよ?」


 弱者を見下すいじめっ子のような悪い笑顔で、ピノに見えやすいように人形を前に突き出す。


「さーん……にー……いーち……」


 ガクガクに震えながら泣き叫ぶピノは、抵抗虚しく追い込まれ――


「ボキィィィ!!」


 ちびっ子の大声を耳にした途端、ガクンと首が前に傾いて動かなくなった。


「……なーんちゃって、ね」


 塞がれている口の隙間から泡を吹き出し、失禁して下半身をびしょ濡れにした状態のまま、ピノは意識を手放していた。


 ちびっ子が本当に折ろうとしたのはピノの手足ではなく、ピノの心だったというわけだ。


「ま、それなりに楽しめたかな。ご苦労様、メルちゃん。もう元に戻っていいよ」


 ちびっ子が化物の足に触れると、化物は一瞬にして白い煙に包まれ、元の手持ちサイズのぬいぐるみに戻った。


 その後すぐに勝負ありの宣言が下り、逆に醜態を晒したピノは無様にも裏へと運ばれて行くのだった。

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