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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
四章 〜生真面目眼鏡と冒険者認定試験〜
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試験官と元殺し屋の格の差

 三人の試験終了後、俺は一度試験の進行の取り止めを申し出て、パーティーメンバー達を招集させていた。


「お前ら一旦そこに正座しろ」


「え〜? 正座とか足痛くするだけじゃん。やだよそんなの」


「説教するつもり? なら私は対象外よね? 今回私は特に何もしていないもの」


「あっ、誰か石のブロック持っていませんか? 数があればあるだけ嬉しいです」


「無駄口叩いてねぇで早よ座れ。クソパンツとクソメイド、お前らに言ってんだ」


「何をそんなに怒ってるのさビャクト。ちゃんとノルマは達成したじゃん? 文句の付け所のない鮮やかな手際をむしろ褒めてくれても――」


 二人の頭の上にそっと手を添えると、ありったけの力を込めて地面に押し出し、首から下までを地面に無理矢理埋め込んだ。


「コンクリートの地面の上から人を埋めるって、どんな怪力してんのこの人」


「あぁっ! なんて強引で力強い圧力! やはりビャクトさんの武力こそが私にとってのナンバーワンです!」


 身動きが取れないまま興奮して身悶えするシフォン。


 その馬鹿面の上に足裏を押し付けて、シフォンの首から上までをも地面に押し込んだ。


 これでこいつは喋る事もままならない。無駄口を叩かれずに済む。


「毎度のこと注意を促していることではあるが、どうしてお前らはそう何度も何度も他人様に迷惑掛けておきながら堂々としてやがる……」


「迷惑? ノンノン、それは違うよビャクト。私の行いは全てエンターテイメントなんだよ。現にこうして喜んでくれている観客がいるわけだし?」


「“男”は一人残らず喜んでるって話だろうが」


 ミルク共々ピノに対する女性の方々の視線が痛い。


 この世に目で殺せる技術が実在していたとしたら、既にピノは何十何百という数も死に至っていることだろう。


「今後は魔物に携わる仕事が増えるわけだからセクハラのしようが無いだろうが、今後こういう機会があったらセクハラ抜きにして機転を生かせよ。というか、さっきの金色のオーラみたいなのは何なんだよ?」


「あ〜……あれは話すと長くなりそうだから、雑談してる時とかに説明するわ。取り敢えず、身体引っこ抜いてくれない? さっきから抜け出そうとしてんだけど、全っ然抜けないんだよね」


「……事が済んだら抜いてやるよ」


「事? あぁ、ビャクトの試験が終わったらってことか」


「違う。お前にゃ周りが見えないのか?」


 睨んでいるだけじゃ我慢できなくなったのか、殺気に満ちた女性の集団が群れとなってぞろぞろと近付いて来ているのが見えた。


 あの方々の怒りを鎮める方法は“制裁”以外に思い付かない。


 故に、この変態にお灸を据える役割はあの方々に譲渡しておこう。俺としても手間が省けるというものだ。


「ちょっと待ってビャクト、サラッといなくなろうとしないで。駄目だって、洒落になってないってこれ。私にシフォンみたいな趣味は無いから、ボコられる耐性とか皆無なんだって。ねぇお願い人の話を聞いて――あっ、やだ、駄目、口の中はNGだって……あ゛ぁぁぁ……」


「……因果応報ですね」


「そうだな」


 袋叩きにされるピノを置き去りにして、今度は俺が試験の場へと降り立つ。


「よっしゃぁ! ようやく私の出番ネ!」


 闘気に満ちて拳と拳を合わせながら、ルールーも試験官としての役割を果たさんがために広場の中心に降り立った。


「あの幹部野郎と一緒に戦ってた時から思ってたネ。こいつは一筋縄じゃいかない強敵だって。そもそも初対面の時に只者じゃないことは薄々勘付いていたけど、ビャクトは過去に何か習っていたこととかあったネ?」


「……ねーよ。ただ人より運動神経が優れているってだけで、武術の心得の一つすら学んじゃいねぇよ」


 大嘘である。むしろ俺自身すら記憶に収まり切らない数知れずの武術の感覚を修行時代にひたすら身体に滲み込ませていた。あの時のことを忘れたことは一日足りとも無い。


「見え透いた嘘を吐くネ。いくら運動神経が良いからって、常人外れの動きをしていたことはこの目がしっかり見て覚えているヨ。それに、私が長年かけて編み出した“十牙拳”を、ビャクトはたった一度見ただけで扱ってみせたネ。しかも更なるアレンジまで加えてヨ。それでも自分を一般人だと言い張るネ?」


「当たり前だ。見様見真似で奇跡的にできた偶然の産物だったんだからな」


「……分かったヨ。なら今はもう何も聞かないネ」


 やる気で気分を高鳴らせていたルールーは、一度深呼吸をして息遣いを整えると、意識を切り替えるように目付きを鋭くさせて武術家らしい構えを取った。


「言葉じゃ何も伝わって来ない。だったらその身体に直接聞くネ。確証を確信に変えるために」


 暗黙の了解で急遽試験が開始される。


 せっかちな奴だ。これもまたあいつの弱点と言えるのかもしれない。


「先手必勝! 徹底抗戦ヨ!」


 カウンターを得意とするため受け身体勢で待たれると思っていたのだが、余程俺と手を合わせられることを望んでいたのか、無鉄砲にも向こうから攻め込んで来た。


「あっ、ちょっと待った」


「ぶごぉぉぉ!?」


 このタイミングに持ち掛ける話ではないことは理解していたが、それでも一つの提案を申し入れるために手を挙げると、俺の反応に呆気に取られたルールーが勢い良く転んだ。


「空気読めヨ! もう試験開始されてるのは明白だったネ! 闘争心が収まり切らなくて浮き足立ってるこっちの身にもなるネ!」


「まぁそんな怒るなよ。どうしても聞いて欲しい提案があんだよ。お前は怒るだろうけど」


「もう怒ってるネ! 何ヨ!?」


「単純な話だ。お前の先輩も相手になってくれねぇかって提案だよ」


「…………は?」


 要は、不完全燃焼でこっ酷くやられているリティアさんにも、俺の試験相手をして欲しいということだ。


 ちなみにこの提案には、俺なりに二つの意図がある。


 まず一つ目は、リティアさんに対する気遣いだ。


 ルティーナはともかくとして、あの変態コンビに踊るだけ踊らされて理不尽な目に遭わせられたんだ。まともに相対することもできずに終わるだなんて、生真面目な性格である彼女のプライドが許さないはず。


 だからこそ、俺がまともに相手をしてやって気持ち良く“負けさせる”。それで納得してくれると踏んだわけだ。


 そして二つ目は、俺の実力が世間の目にどう写るのかを確かめるためだ。


 さっきミルクにも言われたが、冒険者として活躍するということは、それだけの実力を備えていると立証するようなもの。冒険者稼業をやるからには徹底的に勤めを果たすつもりであるがために、目立つ時は嫌でも目立ってしまうことになるだろう。


 もしそうなった時、俺は周りからどういう目で見られるのか?


 逞しき強さを持った者として好印象な目で見られるのか、それとも恐怖すら感じる狂気的強さに恐懼(きょうく)するのか、それをこの機会に確かめたくなったのだ。


 正直なことを言えば、この実力を露見させることは控えたい。ずっと周りの目を気にしながら生きて来てしまったが故に、本当の自分を曝け出すことが怖くなってしまっているから。


 あいつらの前では威勢良く強がってはいるが、本当の俺は誰よりも臆病者だ。裏表なく自分を曝け出しているあいつらとは比較できないくらいに。


 でもそれじゃ駄目なんだ。そのままじゃ駄目なんだ。何故なら――



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「臆病者ぉ〜? 普段強がってオラオラ気取ってんのに、それは臆病者である自分を隠すためであったと? 何それちょー可愛いんですけどぉ〜!」


「ま、まぁビャクト様も人間ですからね。怖いものは沢山あるでしょうし、普段は怖いもの知らずの自分を装っていたとしても限度があるかと思います」


「可愛い顔ではあったけど、実質中身も可愛い部分があったのね。もしかしてツンデレと呼ばれる所以はそこにあるのかしら?」


「素直になりましょうビャクトさん。臆病者であったとしても、ビャクトさんには私を喜ばせるだけの力があるじゃないですか。臆病者は臆病者なりの長所を活かせれば問題ありませんよ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 万が一にもあいつらに臆病者呼ばわりされてイジられるかもしれないことにめっちゃ腹立つから。


「こ、この野郎……。私だけじゃ役不足言うネ……?」


 ルールーからしたらそういう意図があると思われても仕方無い。


 大いに誤解ではあるが、あいつの場合は怒らせておいた方が強くなるだろうし、ここは敢えて誤解させたままにしておこう。


「お前はまだまだ未熟なんだよ。だからリティアさんも参加させろ。リティアさんもそれで良いですよねー?」


 少し遠くの方で立っている彼女に呼び掛けると、遠慮したような反応を見せながらも正直に答えて来た。


「試験官として多対一というのは些か気が引けるのですが、このままではあの変態達が冒険者という肩書きを利用して、己の欲を満たすために好き勝手暴れる恐れがある……。ビャクトさんには申し訳なく思いますが、その提案を受け入れさせて頂きます」


 あくまでリティアさんの敵はピノとシフォン。俺に恨みはないんだろうが、数で俺を攻め立てようとも合格を阻止したいらしい。


 その気持ちがよく分かるからこそ、俺からは文句の一つも言えない。


「勝手に話を進めるなヨ! 私一人で十分だって言ってるネ!」


「ならお前を倒した後でリティアさんと手合わせするだけだ。止めたきゃ俺を倒してみるこった」


「上等ネ! さっきから上から目線で物を語りやがって、ブサイクな泣きっ面が拝めるまでぶん殴り続けてやるヨ!」


 怒りの闘志を矛へと変えて、今度こそ真っ向から飛び掛かって来る。


「威勢が良いのは結構だが、手合わせする前に一つ約束しろ」


「知らないネ! 約束する前に捻り潰すまでヨ!」


 愚策にも直線的に飛び込んで来て、俺の顔面目掛けて拳を突き放って来る。


 俺はそれを左手で受け止め、静かに一息を吐いた。


「俺を人と思わず、悪しき魔物と思え。そして本気で殺すつもりで掛かって来い。さもないと――」


 頭の中に眠る不吉のスイッチを押し込み、非情の心を植え付ける。


 そして俺は、




「お前が死ぬぞ」




 普段包み隠している殺気の塊の紐を解いた。


「うっ!?」


 逃走本能が働いたのか、顔面を蒼白させたルールーは咄嗟にバク転して、大袈裟な距離を取って退いた。


 リティアさんも長年の勘が冴え渡ったようで、反射的に鞘からレイピアを引き抜いていた。


「ルールーさん、二人掛かりでやりますよ。異論は無いですね」


「……んっ」


 あれだけ一人で戦うことに頑なだったルールーだったが、今はリティアさんに従順な態度を示し、別人と化した俺の姿に集中している。


 まだ手を合わせてもいないのに、二人の全身は緊張の汗を滲ませていた。


 息遣いも少し荒くなり、僅かに身体を震わせている。無論、それは武者震いなどではない。


 俺はこの反応を幾度と無く見て――いや、体感している。


 未だ嘗てない圧倒的強者を目の前にすると、人は決まってあのように萎縮する。そして、その先のイメージが勝手に頭の中を()ぎるのだ。


 自分の肉体が肉片と化した姿。即ち、死のイメージが。


「ぉぉお゛!!」


「っ! 駄目ですルールーさん! 今は相手の様子を伺い続けるべきです!」


 息が苦しくなる一方の沈黙に堪え兼ねたようで、半ばヤケクソ気味に遠吠えを上げたルールーが単身で攻め込んで来た。


 上段蹴りや下段蹴り。真っ向からの突きや回し蹴り。どれもこれも武闘家の基本の型に習った攻撃だ。


 故に俺には通じない。たとえ目を瞑っていたとしても、頰に掠ることすらない。


「くそくそくそっ! 全然当たらないネ!」


「視野を広くしろ、足元緩くなってんぞ」


「うわっ!?」


 攻めの一手にのみ集中していたことで守りが薄くなり、タイミングを見計らって足を払ってやると、ルールーはあっさりとうつ伏せに倒れ込んだ。


 その隙を逃さず、しゃがみ込んでから後ろ首を狙ってそっと手刀を添えた。


「もし俺が本気でお前を殺す気でいたとしたら、お前これで死んでるぞ」


「このっ……!」


 俺の手を振り払ってネックスプリングで起き上がると、また退いて俺との距離を開いていき、ある程度離れた場所で身を屈めて右手を地面に付けた。


「“ブルースタイル”!」


 あいつの十八番である“レッドスタイル”の別バージョンがあったのか、ルールーの全身から水色の蒸気のようなものが発現した。


「本当の勝負はここからネ!」


 ルールーは地面に亀裂が生じるまで強く踏み込み、より強く蒸気が噴き出した瞬間、疾風の如く駆け出して来た。


 俺の周りで円を描きながら高速移動し、何人にも分裂したような残像が見え始める。さっきまでとは比較にならない速度だ。


 レッドが火力を上げる魔法だとすれば、ブルーは速度を上げる魔法なのだろう。表現が極端であるが故に分かり易い。


 シンプルな効果ではあるが、だからこそ汎用性が高い。こいつもまた俺が羨む魔法の持ち主だったらしい。


 どいつもこいつも一丁前な魔法ばっか使いやがって、不平等なこと極まりない。


「この速さについて来られた奴は過去に誰一人としていないネ! でもってこの奥義で今度こそ終わりヨ!」


 只でさえ速い動きが更なる飛躍を遂げて加速する。そろそろ仕掛けて来る頃合いか。


「“十幻拳(とおげんけん)”!!」


 向こうから仕掛けて来るのを見計らっていると、十人に分身したルールーが全方位から突っ込んで来た。


 回避の余地が無い攻撃――に見せ掛けた虚仮威(こけおど)しだ。


 左腕を真横に伸ばし、九時の方向より飛び蹴りを放って来ていたルールーの足を掴み取った。


 残り九体のルールーが一斉に襲い掛かって来るが、全て俺の身体を擦り抜けて消失した。


「こ、これまで見切るのかヨ……」


「未熟だからだよ。所詮は実体の無い幻だ。気配を読み取ればどれが本体かなんて丸分かりだっつの」


 “ほぼ同時”の分身攻撃ではあったが、個体は一人であるがために、最後の一人は周りの残像とのタイムラグが生じていた。


 本体は最後に攻撃を仕掛けるのだから、残像の中で最も後方から突っ込んで来ていた奴が本物ってことになるわけだ。


「どんな目してるネお前!? 視力が良いとか悪いとかの話じゃないネ!」


「驚いてる場合じゃねぇぞ。相手を撹乱させる技を会得したいってんなら、今から手本を見せてやるよ」


 掴んだ足を前に向けて投げ飛ばしてやると、ルールーは受け身を取って倒れることを避けた。


 追撃を仕掛けるつもりで直進的に突っ込んで行き、ある程度の距離まで詰めたところでさっきのルールーの動きを真似て、円を描くように高速で駆け続ける。


「ぐぐぐっ……」


 ルールーは周りを見回して本体を見切ろうとするが、見事に撹乱されて戸惑い続けている。“目”だけで追おうとしているのだから当然だ。


 何処もかしこも隙の穴だらけ。そろそろ仕掛けようと見極めて、更に動きを加速させた。


 そして、真後ろに回り込んだ瞬間にルールーの後頭部に狙いを定めて突っ込み、薙ぎ払うような払い蹴りを放った。


「お?」


 だが、その一撃が当たることはなかった。


 リティアさんがルールーの援護のために飛び出して来て、俺の蹴りを腕で受け止めて来たのだ。


「リティア!?」


「一旦下がってください! 今の貴女ではまともに抵抗もできません!」


 俺の蹴りを弾き飛ばすとほぼ同時にレイピアを構え、怒涛の連続突きを放って来た。


 先程見せた連続突きとは威力も速度も段違い。彼女も本気でぶつかって来ているんだろう。そうでもしないと勝ち目を見出せないと悟ってしまったから。


 何度も訓練を積み重ねていたのであろう手並み。一撃一撃が全力の力を振り絞っていて、それでいてブレのない正確な突き。彼女の努力が生み出した型であると見受けられる。


 しかし皮肉な話、正確過ぎるその動きは致命傷となる。


 彼女もルールーと同じく、基本的な型に習い過ぎているため、変則性の要素が欠片も無い。


 警棒を取り出すまでもない。人差し指一本あれば事足りる。


 一発足りとも見逃さず、右の人差し指を駆使して俺目掛けて放たれる突きを払い除ける。


 なんてことはない、数手先まで相手の出方を読み取って指を添えているだけの話だ。


「“シックスク――」


「遅い!」


 まともな剣技だけじゃ一矢報いることすらできないことを理解したようで、魔法頼りの剣技を発動しようとして来た刹那、魔法発動のためにレイピアを構え直そうとする大胆な隙を突いた。


 レイピアを持つ左手の手首に人差し指の爪を突き立てる。


 ビクッと震えた左手から一瞬力が抜け、その隙にスルリとレイピアを盗み取った。


「うっ!?」


 レイピアの柄の方をリティアさんの腹に打ち付けると、一瞬全身がビクッと反応を示し、腹を抱えながら片膝を突いた。


「突き方が一定間隔な上に範囲が狭過ぎる。それに魔法を繰り出す際の起こりが見え見えだ。不利だからと魔法に頼ろうとした決断が生んだ結果だな」


「くっ……ならば!」


 リティアさんの左手が金色の淡い光を浴びる。


 光は瞬く間に膨張し、剣の形を象ったエネルギー状の剣が生成された。


 俺の(はらわた)を切り裂くつもりで、逆手持ちの剣を横薙ぎに振って来た。


 反射神経が働いて咄嗟に後ろに飛んで躱すと、逃がさんとばかりに追撃を仕掛けて来て、右手でも同じ性質と形状の剣を生成した。


 レイピアの次は二刀流。さっきまでの正確な連続突きとは違い、何度も全身を錐揉みさせながらアクロバティックな太刀筋で乱撃を叩き込んで来る。


 眼を見張る見事な腕前だ。独特な動きが変則性を生み出していて、太刀筋の軌道が断然読み辛くなっている。伊達に総本部の調査隊に所属してるわけじゃないらしい。


 だが残念ながら、彼女なりに応用を加えて来たとしても、それが必ずしも俺に通じるとは限らない。


 大抵の人は誰しも“動きの癖”というものがある。


 規則性なんて自覚せずに動き回り、やがてその者には自分の身体に適合した動き方が染み付くようになる。


 そしてその染み付きは、ちょっとやそっとでは拭い取れなくなってしまうのだ。


 そうなってしまうと、例え自覚しながら自身の動きに変化を齎そうと動いたとしても、染み付いた“慣れ”のせいで自然と鈍くなってしまう。


 やがて身体は無意識にも馴染まない動きに拒絶反応を起こし、元の慣れ親しんだ動きに戻ってしまう。今のリティアさんは正しくその状態に陥っているのだ。


 普段はレイピアばかり扱っているのであろうがために、攻撃手段に着々と“突き”が混じり始めている。


 逆手持ちだった剣もいつしか正式な剣の持ち方に戻ってしまい、次第に変則性のある動きも失われ、最終的に二刀流の連続突きという型に収まった。


 恐らく何十、何百、何千と訓練を積み重ねていたのであろう彼女の努力は、彼女の身体に癖を染み付かせてしまった。俺からしたら皮肉な話だ。


 何せ、彼女が努力を惜しまずに鍛錬し続けてくれていたからこそ、分かり易い動きの癖を簡単に読み取れてしまうのだから。


 最早彼女に勝ち目無し。リティアさんの可能性を見定めた俺は、静かに眼を瞑った。


「無刀式・風々流……」


 “メタルハンズ”を発動させ、腕を前に伸ばしてクロスさせるように構えを取る。


 そして、直進的な突きを同時に二本放つ気配を察知した瞬間、音の無い優しい風が彼女の頬を撫でるように通り過ぎた。


「“そよ風ノ太刀”」


 辺りが静寂に包まれ、リティアさんが振るっていたエネルギー状の剣が弾け飛ぶように消失した。


 彼女は空を見上げながら口を開いて、背筋が伸びていた身体が後ろに傾いて仰向けに倒れた。


「次元……が……」


 直に圧倒されてようやく気が付いていた。


 自分の為せる技の全てを見切られてしまった時点で、勝ち目を見出すことなど不可能だったのだと。


 これでリティアさんは再起不能。後は毒舌チャイナを仕留めれば終わりだが、それも間も無く終わるであろう。


「“十牙――」


 知らぬ間に“レッドスタイル”を使用したルールーが背後に回っていて、渾身の多重乱撃を叩き込もうとして来ていた。


 リティアさん一人に集中していたことで、背中がガラ空きになっていた。その虚を突くのは今しかないと思ったんだろう。


 それが仕組まれた罠であることに気付きもせずに。


 只でさえ焦っていたルールーだ。リティアさんがやられたことで更に焦りは加速して、一発逆転の無謀な賭けに挑もうとするのは目に見えていた。


 そしてその賭けで扱う技は、恐らくルールーが切り札としている“十牙拳”しかないと踏んだ。案の定、思い通りに動いてくれて何よりだ。


 突きが放たれた気配を察知し、真下に身を屈めて紙一重のところで回避。


 同時に顎目掛けて掌底を放ち、カウンターが決まった。


「背中に目でも……ついて……」


 顎に衝撃が走ることでルールーは脳震盪を引き起こし、目の焦点が定まらなくなり、右往左往と身体が揺れ動いていた。


 完全無防備と化したチャイナ娘。勝負ありと判断を下し、自分の中の殺気に紐を縛り付けて、溢れていた禍々しい気配に蓋をした。


「丁度いいや。お前実験台になってくれ」


「な……にっ……」


「はい、お口あーんしてください」


 俺は悪たらしい笑みを浮かべながらルールーの口を無理矢理開かせて、左手で銃の形を象って人差し指を口内に向けた。


「“ポイズンガン”」


「んぐっ!?」


 名前負けした毒魔法を解き放ち、微量の毒液を口内に流し込んだ。


「ちょっと!? 何してるんですかビャクト様!?」


 緊張感が漂っていたことでずっと静まり返っていた周囲だったが、ミルクの間抜けな大声によって空気が変わった。


 ほぼ終わったような試験だからか、まだ勝負の途中でありながらもミルクが近付いて来て、凄い剣幕で目と鼻の先まで距離を詰められた。


「今の魔法って毒ですよね!? それをモロに口の中に打ち込むって、ルールーさんを殺す気ですか!? いけません!殺傷はいけませんよビャクト様!」


「耳元で叫ぶなキンキンするだろうが。安心しろ、この魔法で人を殺すのは不可能だから」


「ついに頭イカれましたかビャクト様。毒って何か知ってますか? 死へと誘う薬物ですよ? そんなことも知らないだなんて、頭が良いのか悪いのか分かったものじゃありませんね」


「ここぞとばかりにディスってくんなお前……」


 こういう馬鹿には論より証拠を見せた方が早い。この魔法がいかに名前負けした魔法であるかということを知ってもらうとしよう。


「うぐっ!?」


 作用が効き始めたようで、ルールーの顔色がすぅっと真っ青になった。


「あぁぁ!? 大丈夫ですかルールーさん!?」


 それを見越したミルクは慌ててルールーの介抱をしようとするが、何をどうしようとルールーの“それ”が止まることはない。


 新たに会得した固有魔法“ポイズンガン”。初見は紫色のショボい水鉄砲という、残念過ぎる結果で終わっていた。


 しかし諦めの悪い俺は、このショボい魔法に何かしらの有用性があるのではないかという微かな希望を抱き、一度とある実験を行っていた。


 ただ実験と言っても、様々な器具を使うような大それたことをしたわけではない。誰でもできるようなことを一度だけ試しただけだ。


 自分自身で“ポイズンガン”を飲み込むという、常人からしたら自殺行為にしかならない馬鹿げた実験。無論毒消しの道具は用意していたが、今思い出しても命知らずなことをしていたと思う。


 しかし、そんな自傷行為を働いたからこそ、俺は気付くことができたのだ。この魔法は俺にとって“かなり都合が良い魔法”であったことを。


 “ポイズンガン”とはただの飾りでしかない上っ面だけの名称。その真の特性とは――


「は……腹がぁぁぁ!!」


「…………え?」


 即効性の超強力下剤作用。即ち、毒液を摂取した者の便意を強制的に引き出すという、ある意味本物の毒薬なんかよりも悪質な下剤魔法であった。


 ルールーの腹が有り得ないくらいギュルギュルと音を搔き鳴らし、生まれたての子鹿のような足取りでトイレを探し始めた。


「も、漏れる! これキテる! かなりキテる! もう穴から先っちょ見え隠れしてるヨ! あがぁぁぁ……」


「お腹……が痛いんですか? どの辺ですか? この辺ですか?」


「ちょっ、馬鹿! 腹に触るなヨ! そんな優しい刺激を加えられたら――」


 ミルクが悪意の無い余計なお世話を働いたことにより、ルールーの尻の部分から聞いてはいけない音が“漏れた”。


「うわっ!? 臭っ!」


「……………………」


 自分で介抱しておきながら、ルールーから漂う悪臭に堪らず鼻を摘むミルク。これこそまさに鬼畜の所業と言えるのではないだろうか。


「……あれ? ルールーさん? ルールーさん!?」


 公共の面前にて究極の痴態を晒してしまったルールー。


 野次馬達は空気を読んで一人残らず広場から立ち去って行き、ルールーはその場に立ち尽くしたまま白目を剥いて気絶していた。


 こうして冒険者認定試験は、広場一帯に腐臭を撒き散らすことで幕を閉じた。

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