メイド狂者vs天性の殺し屋&辛口チャイナ娘 後編
グラサン男は音も無く吹き飛び、城壁をも貫通して姿形が見えなくなった。
重い一撃どころか、十分に致命傷を与えるであろう奥義だった。これが文字通りの必殺という技か。
あんな華奢な身体の何処にあんな力を秘めているのやら……。
「うっ……ぼろろろろ!」
“レッドスタイル”の持続時間が切れて、吐き気というデメリットに崩れ倒れるルールー。
奥義を放った影響なのか、前に見た時よりも嘔吐の量が増えていた。
「うっぷ……これを喰らって立ち上がれた奴は過去一人もぼろろ……いなかったヨ……。いくらタフネスとはいえ、私の奥義の前には意味を成ぼろろろ……成さないネ……」
「無理して自慢する必要ないからな?」
「私にとっては必要なことぼろろ……。どうやらこの勝負、私の勝ちみたぼろろ……」
「喋ったり吐いたり忙しい奴だな」
ただ、こいつの言ってることは強ち間違いではない。
実際に奴も悲鳴を上げていたし、それだけ堪える技であったと物語っている。
“メタルハンズ”を使っていなかったとはいえ、身体能力強化魔法というのは、どうにも馬鹿にできない代物らしい。
俺がどれだけ打ってもビクともしなかったのに、たった一度の連撃であれだけの致命傷を与えてしまうのだから。
つくづく俺の周りは個性溢れた魔法を使いやがる。俺も俺だけのイカした魔法が使えたらいいのに、最近覚えた魔法があれだからなぁ……。
何はともあれ、まずは奴の身柄を拘束しないと。万が一まだ意識があったとしたら、今度こそ息の根を止め――はしないが、気絶くらいはしてもらわねば。
ていうか、これだけの騒動を起こした犯人を捕まえたとなれば、ギルドの方から感謝金とか貰えるのでは? やばいテンション上がってきた。
「…………やってくれたねぇ」
「「え゛っ?」」
不吉な声が耳に入り、思わず背筋が凍ってしまった。
ルールーと共に恐る恐る前を見ると、顔面が崩壊した男がこちらに向かって歩いて来ているのが見えた。
蜘蛛のような気色悪い顔に、蜂のような針の尻尾や、背中から生えた四本の腕。
俺の見間違いじゃなければ、あれはもう人間とはとても呼べない。
「お前……魔族だったのか?」
「いかにも。しかしそこら辺の魔族と一緒にされては困るよ。何せ私は、あの三代目魔王様に仕えし幹部の一人なのだからねぇ」
「はぃ? 魔王?」
何言ってんのこいつ。魔王はもう現勇者が倒したって聞いてるんですけど?
「驚いた顔をしているね。討伐されたはずの魔王がいつの間に復活を遂げていたのかと。それもそのはず、魔王様は復活なされたわけではない。あるお方が後継者となり、三代目魔王の名を継いだのだよ!」
「後継ぎだぁ!? そんなのアリかよ!」
てことは何? 今更ながらに俺の本来の目的が復活してしまったと?
こちとら平和な世界で裕福な生活を夢見ようとしていたってのに、やっぱり魔王倒しに行ってくださいと?
そりゃ勝手が過ぎるってもんじゃないですか。どこまで人を振り回せば気が済むのだ異界クオリティ。
しかも魔王が滅んだってことで、現在神様はニート生活中で、更には神の機関的な組織も無くなったって話だったはず。
それはつまり、現魔王は各地でやりたい放題やっていることに他ならない。
……あれ? もしかしてこれってやばいのでは?
勇者一人が各地を回ろうにも限度があるだろうし、冒険者の人数は廃れている一方だと言われているし、このままだといずれ数の暴力によって世界が制圧されてしまうのでは?
俺の平和な異界生活とは一体なんだったのか。所詮は夢見事でしかなかったというのだろうか。
「三代目魔王様は素晴らしいお方でねぇ。自分のやりたいことを好きにやれと、吾輩達に魔力を与えてくれたのだよ。何をしようと何も咎めぬ。それが三代目魔王様の新たな方針となったのだよ!」
「てことは、お前以外にも好き勝手暴動を引き起こしている幹部ってのがいるわけか」
「何をしているかは吾輩には分からないが、この世の仮初めの平和に浸かっていた連中にとっては、災害となることを齎しているかもしれないねぇ」
今更過ぎる。今の俺は勇者候補として完全に冷めてしまった仮の冒険者だ。
それに、新しい魔王は現勇者が倒してくれるだろう。
俺が何かしらのアクションを起こそうが起こさまいが、最終的に行き着く結果は同じ。勇者が魔王を倒して万々歳のハッピーエンドだ。
ただ重要なのが、そのハッピーエンドに行き着くまでの道のりだ。
きっと各地では多くの犠牲者が続出することだろう。各地の冒険者が積極的に動かない限り。
なら俺は? 明日にでも冒険者になりたいと思っている俺はどうするべきか? その答えは既に出ている。
魔王の復活? 世界存亡の危機? 勇者候補として責務を果たす義務?
知らんわ。んな面倒事に付き合ってられっか。そもそも話のスケールデカすぎてついていけんし。
魔王云々の前に、こちとらパーティーメンバーの管理をしているだけで一杯一杯なんだ。目の前のことで手一杯なのに、世界なんて救えるか。
昔も、今も、そしてこれからも、俺の生き方は曲がらないし、曲げるつもりもない。
世界の人々がどうなろうと、俺は自分の周りを見据えるだけだ。
「……運が無かったな、お前」
「ひょほほほ、運が無いと? むしろ吾輩は幸運であると自負しているがねぇ。何せ、幹部になって間もない時に、このような機会に巡り会えたのだから。世界中からメイドが集まるこの場所にねぇ」
「そういう意味じゃなくてだな。俺と出会ってしまったことが運の尽きだって言ってんだ」
単純な怪力では効果が無い。
その怪力の手数を増やしても意味はない。
しかし、ルールーの猛撃に関しては、抜群の威力を示していた。
一度考え方を変えて、奴の未知なる魔法を解き明かすのではなく、俺とルールーの違いは何かと考えた。
その結果、答えはすぐに出た。
ルールーがいてくれたからこそ気付けた、奴の魔法の穴。
この礼は奴を打ち倒すことで返させてもらうとしよう。
今更魔族の姿になったところでもう遅い。早々に本気を見せればよかったものの、奴は余裕を持ち過ぎた。
「蚊の一匹に遭遇したところで何か問題が? 虫除けの必要もないくらいの小物が妨げになるわけもない」
「小物かどうかはすぐに分かるさ。そんじゃま、お喋りはここまでってことで……」
魔法だけじゃない。奴のあらゆる“形”は既に見切った。
残るは詰み将棋を進めるだけ。一手一手、着実に。
お互いに待った無しと、俺が飛び出すと同時に、向こうも攻めに転じて駆け出して来る。余裕が無くなった証拠だ。
「ひょほほほ! 君も中々手練れではあるが、文字通りのこの手数には遠く及ばまいよ!」
計六本と化した腕でそれぞれナイフを握り、真っ向から切り掛かって来た。
我武者羅に振るわれる数多の斬撃。一般人であれば微塵切りにされているであろう手数は、一撃足りとて俺の身体を掠めることはない。
「な、何故当たらない!? これだけの手数が何故!?」
どうせこいつは、一度にできる攻撃手段の数が増えれば、どんなに素早い相手だろうと関係無いと思っているクチなんだろう。
しかしそれは大きな間違いだ。
素人が沢山の刃物を手にしたところで、一本の刃を携えた達人には到底敵わない。
要は、武器を扱う者の強さというのは、いかにその武器を扱うことに慣れているのかが大きく影響するわけだ。
武器の手数が増えようと、戦いの経験の差には絶対に敵わない。
俺とこいつとでは、潜って来た修羅場の数が違うのだ。
こうして刃物と交えていると、嫌でも思い出してしまう。
統率の取れた手練れの集団を相手に、単独で立ち回っていたリンチのような訓練の日々を。
それに比べればこの程度、どうということはない。
「小賢しい!」
避けられ続けることで苛々が溜まっていき、やがて痺れを切らした蜘蛛人間は、六本の腕を同時に後ろへ振り上げた。
頭に血が上ったことで、挙動が大きなものに変化する。こいつが気の短い馬鹿で大助かりだ。
「これならどう――っ!?」
蜘蛛人間の刃が俺に届く前に、警棒の先で全ての手首を穿つ。
一本残らずナイフが手元から下に落ちて、蜘蛛人間に大胆な隙が生じた。
俺は奴の懐に飛び込み、ガラ空きの身体にありったけの打撃を――叩き込むことなく、口に向けて警棒を突き放った。
「馬鹿な!? 何故分かった!?」
「鏡見ろや。答え顔に書いてあっから」
ナイフで攻めて来ていたのは奴のブラフ。
蜘蛛人間の真の狙いは、口から吐き出せる蜘蛛の糸を駆使することで、真っ向から仕掛けて来る俺を拘束することだった。
しかしその手も把握済み。予想でしかなかったが、顔が蜘蛛になった時点で大体の予測を付けていた。
案の定、俺の予想通りだったわけだ。
残る手札は尻尾の針のみなのだろうが、既に勝負の終わりは目前であることを悟った。
「腹に力入れとけよ。無駄な努力だろうがな」
俺は一度深呼吸すると、左手を広げて前に突き出し、右の握り拳を少し後ろに引いて構えた。
「ヨヨッ!? あの構えはまさか!?」
一通り嘔吐し終えたルールーの驚嘆の声を背中に浴びながら、右腕に捻りを加えて解き放った。
「“十牙拳”!!」
回転を加えた光速突きの“二十連打”。
奴の肉に触れた感触をようやく感じ取り、十分な手応えに確信を持った。
これで、詰みだ。
蜘蛛人間の身体がくの字に曲がり、声にならない断末魔が城外まで響き渡ると、音も無く吹き飛んでまた姿が見えなくなった。
「いってぇ!?」
勝利の余韻に浸ろうとした瞬間、右腕全体に激痛が迸った。
今思えばこの技は、人間の筋力の百パーセントを使って放っていた奥義だ。
それを半端な力量で使えば、反動が大きいのは当然であった。
「マジかヨお前……。私の技を真似るどころか、アレンジ加えて更に工夫を重ねたネ?」
「でもそのせいでご覧の有様だけどな。しばらく筋肉痛取れねぇだろこれ」
「諸刃の剣と言っても過言じゃない技なんだヨ。でも大したものヨ。太鼓判押してやるネ」
なんでこいつは上から目線なのか。
どう見ても俺の方が年上なのに、敬いという言葉を知らんのか。
「あいつ何処まで吹っ飛んでったネ? 大分遠くまで断末魔が響き渡ってたヨ」
「さぁな。一応加減はしたつもりだったんだが、まぁ死んでるなんてことはねぇよ」
「あれで加減……? にしてもお前、それだけの身体能力をどうやって見に付け――」
「じゃ、俺あいつの後追い掛けるんで。メイド達の介抱頼んだぞ」
「あ、ズルいヨ! 一番手間の掛かること押し付けていく気ネ!?」
良からぬ疑問の回答を求められる前に、未だ動けなくなっているルールーを置いて、ぽっかりと穴が空いた城壁から外に出た。
「あっ、ビャクト様……」
蜘蛛人間の姿を確認しに行く前に、全身木の葉だらけのボロボロの姿になったミルクと出会した。
「楽しそうだなお前。さぞかし自然と戯れていたんだろうな」
「ビャクト様の仕業ですからね!? あんな高いところから落とされて死ぬかと思いましたよ!」
「女神に死なんて概念があんのか? どうせ年齢偽ったババアなんだろうし、長生きできてるだけでもありがたいと思っとけよ。今もちゃんと生きてんだし」
「誰がババアですか! 神様は寿命が無限大という偏見を持たれているようですけど、それって迷信なんですからね?」
「あっそ」
「急に素っ気無く!?」
戦いの後だってのにうるさい奴だ。それだけ喚く元気があるのだから、その体力を仕事に生かして欲しいものだ。
「そう言えばなんですが、ついさっき誰かが向こうの方に吹き飛んで行くところを目撃したんですけど、あれってビャクト様がやったんですか?」
「まぁな。この騒動の犯人が実は魔族だったんだよ。多分、お前が言ってたスカウトマン張本人だ」
「魔族!? しかもスカウトマンさんが犯人って……。あの人はどう見ても人間でしたよ?」
「化けの皮被ってたんだよ。擬態魔法ってやつだろきっと。悪質な魔法があったもんだよな」
「魔王が滅んだ今、悪い魔族はもういないものと思っていたんですが……。世の中何が起こるか分かりませんね」
「そうだな。ちなみにその魔王のことなんだが、何でも三代目として魔王が復活したらしいぞ」
「へー、そうなんですか。あの魔王が復活…………え゛っ?」
無駄話をしながら奴が吹き飛んで行った方角に歩いていると、ギョロリと眼球を見開かせたミルクに後ろから肩を掴まれた。
「痛いわ。非力のくせに何処からそんな力出してんだ」
「そんなことはどうでもいいです。え? 冗談ですよね? 魔王が復活だなんてそんなこと……ねぇ?」
「あの魔族人間、魔王軍の幹部の一人らしくてな。信憑性は高いと思うぞ」
「……だとしたらまずくないですか? 天国機関は無くなっちゃったままなんですけど……」
「そもそも天国機関って何する組織なんだよ」
「それは勿論、魔王に対抗するために存在した組織のようなものですよ。彼、彼女らの支援があったからこそ、初代魔王を討伐することができた……と思います」
「ふーん……。ま、俺にはどうでもいい話だ」
「どうでもよくないですよ!? 仮にも勇者の立場である方が何を言ってるんですか! むしろ本来の目的が復活して好都合じゃないですか!」
やっぱり魔王討伐を推してくるか。仮にも元女神だったんだし、当然と言えば当然の反応か。
「今こそ勇者ビャクト様の名を馳せるチャンスですよ! 多くの仲間を募り、魔王を討つ。それがこの世界に転移されたビャクト様の使命であり――」
「あっ、いたいた。ちゃんと気絶してるっぽいな」
「人の話聞いてますか!?」
不毛な話に聴覚をシャットダウンして、大の字になってぐったり倒れている蜘蛛人間の側に寄る。
あの短時間で腹に集中攻撃されたことで、腹の辺りが真っ赤に膨れ上がっていた。
数本は肋骨が折れていることだろう。これなら目を覚まそうが関係無い。
「グッ……吾輩としたことが……何たる……」
「うわっ、マジかよ。まだ意識あんのかお前」
とても動けそうに無い重傷を負ってはいるものの、魔族のタフさには感心させられる。
「まさかあの短いやり取りの中で……吾輩の魔法の穴を見抜かれるとは……思っていなかったよ……」
“初撃を無効化する魔法”。正式な肩書きは分からないが、恐らくそれがこいつの魔防壁の正体だったんだろう。
あらゆる角度からの初撃を無効化することが可能で、しかし一度その角度から攻撃されると魔防壁が解ける。
つまり、同じ箇所に連続して攻められると、ダメージが通るという仕組みだったわけだ。
しかしこの魔法の厄介な特徴が、とある角度から一度攻撃されると仮定して、それからものの数秒時間が経過すれば、その角度から攻撃されたカウントがリセットされるということだ。
何も知らずにこいつに連撃を浴びせていた際に、無意識にも俺は鳩尾目掛けて何度か突きを放っていた。
但し、連続してではなく、ほんの数秒の間が空いた後に。
その結果から考えるに、カウントリセットの秒間は恐らく二秒前後。
その仕組みを理解できていなければ、俺は負けていたかもしれない。持久戦となれば話は変わるかもしれないが。
兎にも角にも、今回は俺の勝ちだ。戦闘経験の差と、仲間の存在が大きく影響していたと言えるだろう。
「メイドで世界征服なんてくだらないこと考えるからこうなるんだよ。本気で世界を掌握したいと望むなら、もっと機転を利かせろよ」
「ひょほ……ひょほほほ……最後の最後で敵からアドバイスされるとは……無惨としか言えないねぇ……」
蜘蛛人間はぷるぷると震える右腕を動かすと否や、ズボンのポケットから何かを取り出した。
「また何かするつもりか。今すぐ取り出した物を捨てろ。じゃねぇとその右腕をへし折――」
――ピィイイイイ!!
「ひゃあっ!?」
突然の甲高い音にミルクが身を竦める。
「ひょほほ……ひょほほほ!」
蜘蛛人間の手元から何かが落ちると、最後の余力を振り絞るかのように笑い上げた。
手元から落ちたのは、白いホイッスルのような道具だった。小さな突起が付いており、そこを押すことで今の音を鳴らしていたようだ。
「吾輩の願いは潰えてしまったが……ならせめて、魔王様に認められた者の一人として、平和の象徴と呼ばれているこの街を滅ぼそうではないか! ひょほほほ……」
そうして、蜘蛛人間は意識を失い、やがてピクリとも動かなくなった。
「あぁびっくりした……。悪質な悪足掻きでしたね」
「…………」
「ビャクト様? どうかしましたか?」
「……羽音」
「へ?」
気のせいでもない。幻聴でもない。よく耳を澄ませば、不吉そのものを運んで来るような音が聞こえて来る。
最近聞いた音だからこそ、嫌でも覚えてしまっていた。
現代では間違い無く聞くことが無かったであろう、巨大生物の羽音が。
次第に、ゆっくりと、着実に近付いて来る。
遥か上空で待機していたのであろう、最恐最悪の使者が。
「ビャ……ビャクト様……あ、あれってまさか……」
イタチの最後っ屁にしてはかなり悪質だ。
いや、悪質だなんて言葉じゃ収まらない悪意と言えようか。
この俺でさえも、自然と冷や汗が滴るまでに至る脅威。
全長数十メートルはあるであろう、全身真っ黒な鱗に包まれたトカゲの化け物。
姿形がハッキリ見える場までやって来たところで、その化け物は街全体に行き渡る荒々しい咆哮を上げた。
「ままま魔竜ぅ!? 魔竜ですよビャクト様! 分かります魔竜!? 現代で言うドラゴンってやつですよ! ファンタジーの王道モンスターですよ!」
「見りゃ分かるっつの……」
俺の記憶違いでなければ、あのドラゴンは最近勇者によって討伐されていたはず。
その根拠として、新聞の記事に『勇者、魔竜グラムブラム討伐!!』と大きな見出しで載っていた。
但し、その記事に載っていたのは勇者一人だけ。討伐されたと言われていた魔竜の姿は載っていなかった。
そこで考えられる可能性は二つだ。
そもそもデタラメの記事を載せていたのか、または討伐したと見せ掛けて打ち損じていたか。
もし勇者が噂通りの強者であるのなら、後者の可能性が必然と高くなる。
何にせよ、魔竜グラムブラムは生存していた。
それが何を意味するのかは、この天然クソ女神でも理解していることだろう。
「逃げましょうビャクト様! 街が崩壊する前にとっとと逃げましょう! もうこの街は終わりです! 現勇者がいない以上、奇跡でも起きない限りどうにもなりません!」
「女神のくせに元も子もないことを……。それにお前、今まで散々俺のこと勇者呼ばわりしてなかったか?」
「それはそれ、これはこれです。いくらビャクト様が強いと言えど、相手はあの巨大モンスターなんですよ? 一人でどうこうなる相手じゃありませんよ。大勢の冒険者様方がいれば話は変わるんでしょうけど……」
それは叶わぬ願いだと、ミルクの目が物語っていた。
時代の流れと共に廃れている冒険者業であるがために、そんな都合良く大勢の現役冒険者がいるわけもない。
俺が知る限りでは、今この街で戦える者は極少数の若者のみ。
指で数えられる程度の人数では、あの化け物には太刀打ち出来ない――という話をしているんだろう。
「あんな化け物がいるところをこうして見ると、この世界って本当に現代とは別世界なんだな」
「今更ですね!? 悠長なこと言っていないで、早く逃げましょうってば!」
街中に警報の音が鳴り響く。周りもようやくあの脅威の存在に気付いたらしい。
やがて、城下の方から住民の喧騒が聞こえて来た。
何度も悲鳴が上がっているところ、この短い時間でパニックに陥ってしまったらしい。
平和の象徴と言われている街だし、今まで争い事とは無縁の日々を送っていたんだろう。
避難訓練なんてあって無いようなものだろうし、いざ緊急事態になればこうなるのは必然だ。
警備員もちらほら見掛けはしたが、ドラゴン相手じゃまともに戦うどころか、足止めすることすら敵わないのは目に見えている。
こういう時こそ勇者の出番なのだろうが、現役勇者はこの場にいない。
故に、街を見捨てて逃亡を企てることこそが、この街に住む住民の最善手と言えよう。
……ただ、そう都合良く逃げられるとも思えない。その根拠はザッと“二つ”。
まず一つ目は無論のこと、あのドラゴンの存在だ。
あの巨大生物から逃げ延びるのは、至難の技と言えるだろう。
「……ビャクト様。私の見間違いじゃないとしたら、向こうに見えるのって全部魔物ですよね?」
そしてもう一つが、ここから見える街の外の景色。
夥しい魔物の面々が、この街に向かって大行進しているのが見えてしまったのだ。
つまり、蜘蛛人間が呼び込んだのはドラゴンだけではなかった。
恐らく配下なのであろうあの魔物達も、ドラゴンと同じくして呼び込んでいたというわけだ。
街の上空にはドラゴンが蔓延り、逃亡先の街の外は魔物の包囲網が広がっている。是が非でもこの街を住民ごと滅ぼすつもりらしい。
「仲間探しに来たつもりが、とんでもない騒動に巻き込まれてしまったようね」
魔物の面々に目を奪われていると、単独行動していたルティーナがふわりふわりと宙を漂いながら戻って来た。
「籠城も逃亡も許されないこの状況。このままだと確実にこの街は破壊されるわね。勿論、この街に住む住民もタダでは済まないでしょうね」
「それって私達も含まれますよね? 他人事じゃないですよね?」
「私達は正当防衛の手段を持ち合わせているのだから、いざとなれば逃亡なんて容易いものよ。それで、どうするのかしら? 私は貴方の意見が聞きたいわ、ダーリン」
「意見ねぇ……」
正直なことを言えば、誰よりも一目散にウンターガングに帰りたいと思っている。
まだ冒険者にすらなれていないというのに、どうしていきなりこんな窮地を体験しなくてはならないのか。
最初の緊急クエストにしては、ハードルが高過ぎるって話だ。
今の俺の立場上、この街と住民を守る義務なんて持ち合わせていない。
故に、誰を見捨てて逃げようが、誰からも咎められることはない。
……と、理論的にはそう考える。そこに人情というものが加われば、話が変わってしまうのだ。
見て見ぬフリして見捨てるのは、あまりにも癪であると。
自分のことで一杯一杯なはずなのに、何故に赤の他人共のために労力を削ろうと思ってしまっているのか。自分のことながら理解が追い付かない。
「ルティーナ。お前ならあの魔物の軍勢を制圧できるか?」
「その気になればどうとでもなるわ」
「そうか。分かった」
咆哮を上げるだけに止まっていたドラゴンだったが、口から炎を吐き出すことで、ついに街に襲撃を仕掛け始めた。
災害が降りかかる光景を目にしてため息を吐き捨て、背中のリュックから籠手を取り出して左腕に装着した。
「持ってろ。無くすなよ」
「え? あ、はい……」
ミルクにリュックを投げて預けると、辺りを見回して武器屋の所在を探る。
すると運が良いことに、少し先のところに都合良く武器屋を発見。既に店番の人も避難済みのようだ。
「ルティーナ。お前は魔物の軍勢の方を頼む」
「……もしここでも私が嫌だと言ったらどうするの?」
「茶化そうとしないで答えだけ言えや」
「フフッ、冗談よ。いいわ、今回は引き受けてあげる。だから“後ろ”の心配はしなくても大丈夫よ」
「都合の良い時だけ引き受けやがって……。一匹残らず対処しとけよ。その気にならずともどうにでもなるんだろうからよ」
「えーと……」
一人話について行けずにあたふたしているミルクは、何をどうするつもりなのですかと、目で訴え掛けて来た。
「お前はルティーナの方に付いて行っとけ。そっちの方が安全だろうからな」
「それはいいんですけど、ビャクト様はどうするつもりなんですか?」
「今の会話の流れ的に分かるだろ普通」
目を凝らして武器屋の方を見ると、上質そうな剣が武器屋の窓からちらりと見えた。あれなら多分事足りる。
俺は一人武器屋の方に歩みを進め、振り返らずに堂々と宣言する。
「一世一代のトカゲ退治だよ」




