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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
三章 〜ドMメイドとメイ活騒動〜
30/45

メイド狂者vs天性の殺し屋&辛口チャイナ娘 前編

「あ〜クソッ、動き辛いったらありゃしねぇ!」


 城内のメイド会場は乱戦に荒れ果てていた。


 どこもかしこもメイドだらけで、メイド服を着た女は一人残らず何かしらの武器を振り回し、正気を失っている。


 最初は正面門から出て行こうとしたのだが、出口はメイドの集団が密集していたせいで抜け出せず、城の奥に引き返すしかなかった。


 俺一人なら何人いようとどうにでもなったのだが、生憎今の俺はミルクという存在によって両手を塞がれてしまっている。


 せめて自己防衛くらいはできるようになってもらいたいものだが……まぁ無理だ。


 お客として来ていた男達はメイドの手によって始末され、死んではいないものの、それなりの怪我を負って動けなくなっていた。


 とどめは刺されていないので、放っておいても多分大丈夫だろう。


 そもそも赤の他人なんかより、今は自分の命が優先だ。


 現在進行形で大勢のメイド達が襲い掛かって来てるし、一度でも転べばリンチにあって一巻の終わりだ。


「外に出なくちゃいけないのに、なんで上に登ってるんですか!?」


「しょうがないだろ、他に逃げ道が無いんだから。文句あるならここで降ろすぞ」


「うぅぅ……。なんでこんなことになってしまったんでしょうか。一体誰がこんな危なっかしい騒ぎを起こしたんですか!」


「うるせぇな、俺の背中でいきり立つな。それを突き止めるためにこうして探ってるんだろうが」


「あっ、なるほど、そういうことだったんですね。でも万が一犯人がお城の中にいなかったらどうするんですか?」


「その時はお前を見捨てて一人で外に脱出するわ」


 腹に足を回して来た。是が非でも離れないつもりなようで。


「何にせよ、このままじゃジリ貧だな。はてさてどうしたもんか……」


「こんな状況でよくそんな冷静でいられますねビャクト様。今までどれだけの修羅場を潜り抜けてきたんですか?」


「平和ボケしていたお前にゃ考えられない場数は踏んで来てるだろうな」


 そんな呑気なことを言ってる間に追手のメイドの数が増え、何本ものナイフや包丁が飛んで来た。


 後ろ目で投擲物の軌道を確認しつつ、ステップを駆使して左右に避ける。数打ちゃ当たるなんて言葉は所詮迷信よ。


「ひぃぃ!? 無理ですビャクト様! ずっとこんな逃避行を続けていたら頭がおかしくなりそうです!」


「そいつはおかしな話だな。元々イカれた頭がそれ以上どうやっておかしくなると?」


「今はそういう皮肉いいですから! ほら、前見てください前! 左右に道が分かれていますよ!」


 走り続けている内に突き当たりが見えて来る。


 さて、どっちに進むのが正解か……?


「左ですビャクト様! 私の(センサー)がそう囁いています!」


「女の勘ってやつか。信憑性あるのかそれ?」


「こう見えて私は元女神です。何かこう、幸運的なものに恵まれている体質な感じがしませんか?」


「要は感じ方の問題じゃねぇか! ふわっふわしたことほざいてる自覚あるか?」


「いい加減な見解であることは否めませんが、迷って立ち止まる時間なんてありませんよ! 少しでもビャクト様に日頃の恩を返すためにも、名誉挽回の機会を私にください!」


「ほぅ、殊勝な心掛けだな。そこまで言うならお前の気持ちを汲み取ってやるよ」


 女神の幸運とやらの運命力を信じて、突き当たりを左に曲がった。


 その先にあったのは、何の変哲も無い真っ白な壁だった。


「うん、何となくこうなることは分かってたわ。てことで、歯ぁ食い縛れクソ女神」


「ビャクト様後ろ! 私の処分よりも最優先するべき人達がすぐ後ろにぃ!」


 左手でミルクの頭を鷲掴みにしようとしたところ、追手のメイド達が追い付いて来て、阿吽の呼吸で一斉に刃物を突き立てて来た。


「お前一旦降りてろ! それと言っとくが、カバーし切れる保証無いからな!」


 ミルクに被害が及ばないように、極力最速で眼前のメイド達を再起不能にするべく、ズボンのポケットに入れておいた警棒を取り出した。


 そして、まずは一人目と一手交えようとした時だった。


「ホワッチャー!」


 横の窓から何者かの叫び声が聞こえて来たと思いきや、窓を蹴り破って一人の女が襲来して来た。


 そうしてその女は、俺の頰に飛び蹴りという名のプレゼントを差し出して来た。


「もう大丈夫ネ、嬢ちゃん! 悪しき存在はルーが葬ったヨ!」


「いや……あの……」


 予想外の事態に、正気を失っているはずのメイド達も動きが止まる。


 俺は壁にめり込んだ頭を冷静に引っこ抜いて、何時ぞやに見掛けたばかりのチャイナ娘を見据えた。


「どいつもこいつも空気読めねぇ盲目馬鹿ばっかか! 何が敵なのか一目瞭然だろうが!」


「チッ、仕留めたと思っていたのにタフネスな敵ネ」


「誰が敵だ! 向こう見ろ向こう! 一方的に襲われてるのこっち!」


「ヨヨッ? ルーはてっきり、女タラシな男をメイド達が撃退しているのかと思ったヨ」


「ちっげぇよ! メイド達が謎の暴動を引き起こしてんだよ! 分かったらさっさと働けチャイナ娘!」


「なるほど、多勢に無勢で襲い掛かっていたのはお前達の方だったネ。そんな卑怯な奴らには鉄拳制裁ヨ! さぁ何処からでも掛かってくるネ!」


 闘志を燃やしてファイティングポーズを取るチャイナ娘。


 少しトラブったが、援軍に巡り会えたのは幸いだった。


 チャイナ娘と隣り合わせになって警棒を構え、再びメイド達が猛襲を仕掛けて来た。


「一人も後ろに通すなよ!」


「了解ネ!」


 まずは俺が単身で飛び出して的確に警棒を振るい、迅速に数多の刃物を弾き飛ばす。


 ほんの少しの隙を見据えていたチャイナ娘は、勇敢にもメイド達の懐に入り、鳩尾目掛けて踊るように突きと蹴りを叩き込む。


 しかし全員に攻撃できるわけもなく、残っていた数人がチャイナ娘に襲い掛かった。


 咄嗟に「屈め!」と叫び、チャイナ娘は眼を見張る条件反射で身を屈めた。


 チャイナ娘の背中に飛び込んで両手を伸ばし、背中を土台に逆立ちしたところで身体を捻り、独楽(こま)の要領で回転しながら足蹴りを放つ。


 狙いを全て顎に定めて一撃を叩き込み、瞬く間に生き残りのメイド達を一蹴した。


「流石ですビャクト様! まるで大道芸のような身のこなしでしたね!」


「いやまぁ、即席で思い付いた手段だったんだけどな……」


「見事なお手前だったヨ。初見で私の息に合わせてくるだなんて、只者じゃないネ」


 戦いぶりを見たのは実際二度目だが。


「そんなことよりお前、よくピンポイントで俺達が襲われている場所に駆け付けられたな。しかも今更気付いたけど、ここって五階だったはずなんだが……」


「この程度の高さなら、跳躍一回で飛び越えられるネ。ちなみに私が遭遇したのは偶然ヨ。何やら城内が騒がしくなってたから、様子を確認するために急いで駆け付けたネ」


 暴動が起こっていたことに気付いて無かったのにあの登場の仕方。中々にバイオレンスな脳筋ガールのようで。


「ま、ともかく助かったわ。俺はビャクトで、そっちはモブ子だ」


「私はルールー言うネ。にしても、モブ子だなんて変わった名前ヨ」


「誰がモブキャラですか! 私にはちゃんとミルクという名前がありますから!」


「ミルク……。雑巾臭そうな名前ネ」


「雑巾!?」


 不覚にも吹いてしまった。見掛けによらず大分毒舌らしい。


「って、呑気に自己紹介してる場合じゃねぇわな。早く暴動の元凶を突き止めねぇと、下手すりゃ騒動が城外にまで及ぶ危険があるぞ」


「そんなことになったらこの街がパニックになってしまいますよ!」


 しかもこの街は平和の象徴とも言える街の一つ。そんな場所で大混乱なんて起きたらどうなるか。


 世間的にこの街の評価がだだ下がりして、ここの住民達が次から次へと移住することでゴーストタウンになり兼ねない。


「でもその元凶の居場所が分からないヨ。きっと何処かに隠れているに違いないネ」


「そうかしら? 案外大ボスらしく、堂々とした場所にいるかもしれないわよ」


「ヨヨッ?」


 割れた窓の方からまた誰かの声が聞こえて来たと思いきや、魔法で空中に浮いた状態のルティーナが窓で頬杖をついていた。


「勝手にいなくなったと思いきや、今まで何処で何してたんだクソビッチ」


「あら、ミルクじゃない。なんで貴女がここにいるのかしら?」


「おい無視かコラ。仮にも主にシカトかコラ」


「フフッ、冗談よ。最初はお花の鑑賞をしながら歩いて回っていたのだれけど、途中で妙な魔力をそこら中から感知したの。それが気になってあらゆる場所を探っていたのだけれど……。催眠魔法だなんて久し振りに見たわね」


 やっぱりそういう類いの魔法だったか。趣味の悪い魔法があったものだ。


「で、この騒動の正体が催眠魔法であることを知ったお前だが、肝心の核なる人物の居場所は突き止められてるのか?」


「……催眠魔法というのは、術者と契約を交わすことで成り立つ魔法よ。そしてその契約が交わされた瞬間から、契約者と術者の間に目には見えない糸のような繋がりが生じるようになっているの。赤い糸、だなんてロマンティックなものとは程遠い糸がね」


 ルティーナはゆっくりと手を動かすと、真下の方に指を差した。


「四方八方に契約の糸が張り巡らされていたのだけれど、その糸は全て城内のメイ活会場に繋がっていたわ。九分九厘そこに元凶はいるでしょうね」


「ちょ、ちょっと待ってください。だとしたらなんで私は何ともないんでしょうか?」


「そういや私も何ともないネ。なんでヨ?」


「そもそもどうやってその契約を交わしたってんだ? そこが重要だろ」


「質問攻めのオンパレードね。これは私の推測なのだけれど、貴女達、メイ活に参加する際に何か契約書のようなものを書かされなかったかしら?」


「そういえば、会場入りする前に書かされました。しかも名前を書いた後に血判させられたんです。痛いから嫌だと言ったのに強制ですよ? 酷い話ですよ全く……」


「そんなもの書かなくちゃいけなかったネ? 面倒だから素通りしてしまってたヨ」


「恐らくその血判が催眠魔法のトリガーだと思うわ。でもそれだとミルクに効果が出ていないことが説明できないわね」


「……いや、その仮説は多分当たってるぞ」


「ダーリン? 何か根拠がある物言いね」


「こいつ、状態異常無効体質なんだよ。だから催眠魔法も聞かなかったってわけだ」


「あ〜、そういえばそうでしたね。すっかり忘れてました」


 初めてあった時にさりげなく自慢げに語っていたのに、自分のステータスを忘れる馬鹿がここにいた。


「これで全部判明したな。後は催眠魔法の解除方法が分かればいいが、それはどうなんだ?」


「催眠を掛ける条件が難しいことがデメリットの魔法だから、その効力は凄まじいものなの。故に解除方法は、術者を気絶させるか殺す他ないわね」


「単純明快ネ。だったら私達のやることは一つヨ」


 結局は元凶が終着点になるわけだ。こちらとしては手間が省けて大いに助かる。


「んじゃ、とっとと犯人半殺しにして帰るぞ」


 こちとら色々上手くいかなくて虫の居所が悪いんだ。憂さ晴らしには丁度良い。


「頑張ってダーリン。私は影ながら応援しているわ」


 絶対そんなことを言って来ると思ってた。慣れたわもう。


「私は別件でまた席を外すわ。元凶の方は頼んだわね」


「別件? 何処に行くんですか?」


「実はもう一つ妙な気配を感じているのよ。非力なんだから、ミルクは無理しちゃ駄目よ?」


「き、肝に命じておきます」


「フフッ、それじゃまた」


 そう言ってルティーナはふわりふわりと何処かへ飛んで行ってしまった。


 魔法に関する知識量といい、勘が鋭い推理力といい、本当に奇妙な奴だ。性欲以外に何考えてるのか全然分からんし。


「何はともあれ、ルティーナさんが来てくれて助かりましたね」


「……でもあいつ、見えないはずの糸がなんで見えていたネ? 一体何者ヨ? お前らの仲間ネ?」


「そうなんです。凄く頼もしくて優しい人ですよ。それに――」


「雑談はそこまでにしとけよ。話掘り返すなら後でやれ」


 魔族であることを隠しているようだったし、秘密は秘密のままにしてやっといた方がいいだろう。同じく秘密を持つ者としての情けだ。


「善は急げってな。階段から降りたらメイドとまた出会しそうだし、近道して降りるぞ」


「近道って、そんな道ありましたっけ?」


「あるわけないだろ。だから今から作るんだよ」


「何を言ってるんですかビャクト様。今から道を作るだなんて、工具も何も揃ってないのにできるわけないじゃないですか。ビャクト様も意外と天然なところありま――」


「よし、それじゃ放り投げるぞ〜。大丈夫、目覚めた時はもう一階だ」


「嘘です冗談ですごめんなさいでしびゃぁぁぁ!?」


 さっきとは違う窓からミルクを外に放り投げた。


 下は木やら芝生の塊やらで満ちていたし、落下死することはないだろう。


「鬼畜の所業ネ。腹黒いとかいう次元に収まってないヨ」


「お前に腹黒いとか言われたくねぇっての。それより、ルールーとか言ったか。硬いものを砕けるだけの筋力はあるか?」


「数を打てば楽勝ネ」


「そうか。じゃあ……」


 真下を見据えると同時に、全身全霊の力で右の拳を床に叩き付ける。


 ぽっかり空いた穴から亀裂が広がっていき、とんとんと足踏みしたところで床が砕き割れた。


「俺が壊すから転ばないように注意しとけよ」


「……お前らマジで何者ヨ?」


「俺はただの冒険者志望者だよ」


 着地と同時に床砕きを繰り返すことで、あっという間に一階へと到着。大理石造りの建物なんて脆いものだ。


「さっき通った道ネ。となると、大広間は正面のあの扉ヨ」


「ここまでよくもまぁ人様を弄びやがって……。その憎たらしい面を拝ませてもらおうじゃねぇか」


 二人並んで駆け出し、大広間へと続く扉の前までやって来たところで、同時に飛び蹴りを放つことで派手に扉を突き破った。


「いたヨ! きっとあいつネ!」


 大広間には、ゾンビのように動き回るメイド達が満ち溢れていて、その中心にピアノを弾くようなジェスチャーを繰り返している小太りのグラサン男が立っていた。


「おや? おやおやおや? 城内の曲者は全て掃除したと思っていたのですが、これまたとんだお邪魔虫が入ってきましたね」


「ひょほほほ」と奇妙な笑い声を上げるグラサン男は、ピアノを弾く挙動を加速させる。


 その挙動にメイド達がピクリと反応を示すと、大広間にいるメイド全員が一斉に襲い掛かって来た。そこにゾンビのような鈍い動きは一切無い。


「ルー、お前はメイドの始末を頼む」


「嫌ヨ! 私の狙いは端から元凶ただ一人ネ!」


 人の言うことなどばっさり聞き捨てて、ルールーは一人メイド達へと飛び込んでいく。猪突猛進とはまさにこのことだ。


「ヨヨヨッ〜!? 思ってたより人数が多かったネ〜!」


 先程とは段違いの人数が災いしたようで、馬鹿正直に突っ込んだことでメイド達に足止めされた。当然の結果である。


 ルールーを囮にタイミングを見計らって走り出し、大きく弧を描くように駆け抜けて、元凶の元へと無事に辿り着いた。


「お前がこの騒動の元凶だな」


「いかにも。これは吾輩の計画の第一歩なのだよ。そのためには、不穏分子を除去しておかねばならないというわけだ」


「計画ねぇ……。まさかとは思うが、メイドを洗脳してメイドだけの国作りをするとか、そういう浅はかなプランを練ってるわけじゃないよな?」


「否、だね。しかし遠からずと言ったところか。たかが国一つだなんて、吾輩の計画はそんな小規模では終わらぬよ。吾輩が目指す最終地点はズバリ、世界である!」


 思い描いていた予想よりもずっとしょうもない計画だった。


「メイドは素晴らしい人種だ。従順に付き随う僕であり、可憐な容姿で全ての者に癒しを与える。君も同意見ではないかね?」


「そッスね〜、メイドって本来そういうもんッスよね〜。でもここの連中は猫被って金巻き上げるだけの魔性のメイドばっかだったんで〜、もうそういう夢とか見れないんスよね〜」


「その点については心配ご無用。吾輩の催眠魔法にかかれば、全てのメイドが私を前に(こうべ)を垂れる。いかに腹黒い女と言えども、吾輩の命に逆らうことは不可能なのだよ」


「そりゃ凄い。つまりその力さえあれば、メイドによる世界征服も夢物語ではないと」


「そういうことだ。どうだ? 見た感じ君は腕が立ちそうだし、吾輩に協力すると言うのであれば、おこぼれとしてメイドの一人や二人を与えてやっても構わないが」


「そうさなぁ……」


 僅かに右足を後ろに下げて、ゆらりと右手を後ろに引く。


「俺、和服美人にしか興味ないんで。そういうことなんで、くたばれ」


「……価値観の相違だね」


 思い切り地面を踏み込んで超加速し、一瞬の間にグラサン男の懐に飛び込む。


 俺を見くびっていたのか、気味が悪いくらいに隙だらけ。躊躇なく腹目掛けて掌底を放った。


 急所に入る手応え――を感じられるはずだった。


「ひょほほほ、蚊に刺された感触にすら劣るよ」


 何かをされる前にバックステップで後退する。


 カウンターを放って来る様子はない。完全になめて掛かって来てやがる。


 仕留めたはずだった。ガードなんてされていないし、ゲロを吐かせるつもりでそれなりの威力を込めていた。


 しかし奴はご覧の通り、タフネス等という言葉じゃ表現できない頑丈さで、ほんの少しも身体が傾くことなく仁王立ちしている。


 硬い、と最初は思った。


 でもそうじゃない。奴の身体に打ち込んだ瞬間、身体に触れた感触がなかったのだ。


 恐らく何かしらの魔法に違いないが、いかんせん情報が少な過ぎる。見掛けによらず厄介な魔法使いやがる。


「威勢の良さは口だけかい? 吾輩の野望を止めるのだろう?」


 見え透いた挑発。それで俺の冷静さを欠こうとしているつもりだとしたら、何処までもナメ腐った野郎だ。


 この場合は攻めに転じるよりも、守りに専念してカウンターを狙った方が賢明か。


 しかし奴が守りに特化した魔法使いだとしたら、こちらから攻めざるを得ないが……。


「ぺっ!」


「うぉぉ!?」


 相手の出方をジッと伺っていると、飴でも舐めているように口の中をもにょもにょ動かして、何かを吐き出して来た。


 咄嗟に横に避けて後ろを確認すると、ヘドロのような液体が床をドロドロに溶かしていた。所謂、溶解液ってやつだ。


「ぺっ! ぺっ! ぺっ!」


「汚い汚い! 真面目に戦うつもりあんのかお前!」


「ひょほほほ、元から吾輩は大真面目だよ」


 間髪入れずにヘドロを吐き出して来る。


 当たれば身体を溶かされる危険性よりも、唾のような汚い物が付着する不快感が俺に危機感を与えた。


 弾速は大したことなく、数を増やされようとも掠ることなく避け続ける。牽制のつもりなのだろうか。


「……そろそろ頃合いかね」


「……?」


 芸のないことを繰り返され続けながら奴の観察に徹していると、周りに薄い紫色の霧のようなものが漂っていることに気付いた。


 なるほど、相手も馬鹿じゃないらしい。


 片膝をついて動きを止め、口に手を当てるが時既に遅く、煙はもう俺の体内に侵食していた。


「範囲は薄いが効果は抜群の神経毒だ。命に別状はないが、ここ数日は動けなくなるであろうね。ただ、吾輩はそこまで待ってやるつもりはないがね!」


 グラサン男はポケットから折り畳み式のサバイバルナイフを取り出すと、とどめの一撃を穿つべく急接近して来た。


「…………なんてな」


「んっ!?」


 俺の眉間にナイフの刃先が突き刺さる直前で立ち上がり、ナイフを持った右腕をいなすと同時に、顎を突き上げるように掌底を放つ。


 グラサン男の身体が僅かに宙に浮き上がると、ガラ空きの身体目掛けて乱打を叩き込み、決まり手の回し蹴りを頰目掛けて振り切った。


 余すことなく直撃を受けたグラサン男は七転八倒して、やがて仰向けになったまま動かなくなった。


 それなりの手数を叩き込んでやったが……どうだ?


「ん〜、これは驚いた。毒を吸って尚も動けるとは」


 何事も無かったかのように起き上がって来た。打ち込んだ箇所には擦り傷の一つすらついていない。


 もしもの話、あいつがルティーナのような魔防壁を常時展開できるような魔法を扱っていたとしたら、この戦いの勝機を見出せないかもしれない。


 何故なら、俺にはその魔防壁を打破する術を持っていないからだ。


 ……いや、落ち着け。ルティーナは魔法のエキスパートという特別な魔族なんだ。あんな強力な魔法はルティーナ以外に扱えるとは思えない。


 所詮相手は人間だ。多分固有魔法に違いないのだろうが、きっと何処かに穴があるはず。


 魔法と言っても万能ではない。何かしら欠点があるはずだ。


 確信も確証もないが、その僅かな可能性を信じるしかない。


 この毒攻撃が切り札だったら都合が良いのだが、どうにもまだ手を隠しているように思える。


 長期戦に持ち込まれる前に、短期決戦で終止符を打ってやる。


「毒の抗体でも持っていたのかい? だとすれば、並大抵の人間ではないようだね」


「…………」


「堂々とシカトとは酷いね」


 腹に重い一撃を入れても無傷。


 全身に満遍なく乱打を叩き込んでも無傷。


 威力を込めようと、手数を増やそうと、見えない壁のようなものに遮られた。


 まだだ。まだ何か方法があるはずだ。奴に対して使用していない攻めの一手が。


「ホワッチャー!」


 試行錯誤を繰り返して脳細胞を活性化させていると、ようやく洗脳メイド達を片付けたようで、上空に飛び上がったルールーが加勢に舞い戻っていた。


 グラサン男の脳天目掛けて、真上からかかと落としを叩き込む。


 音からして重い一撃が入ったように見えるが……。


「ぐぬぉぉぉ!? 何ヨこいつ! 頭が鉄か何かでできてるネ!?」


 案の定、結果はご覧の有様だった。


 かかとを抱えながら右へ左へとのたうち回り、奴の頑丈さに返り討ちに遭っていた。


「隙を突こうが無駄さ無駄。吾輩の絶対防御が破れることはない。二人掛かりで攻められようと、結果は同じなのだよ」


「うっさいネ! デブのくせに硬いとか矛盾してるヨ! 全国のデブに謝罪するネ!」


「それは君の偏見というやつではないかね?」


「減らず口叩くなヨ!」


 自分から振っといて逆ギレを起こし、目を三角にしてまた飛び掛かって行く単細胞馬鹿。


 止めるべきなんだろうが、あの様子だと何言っても無駄っぽい。


 我武者羅にグラサン男の身体を殴るルールー。


 対するグラサン男は無敵を保ちつつ、ヘドロとナイフを駆使して反撃する。


 ゼロ距離の接近戦が続くが、ルールーは反撃を全て避けながら打撃を打ち込んでいた。


 冷静さを欠いているように見えて、相手の動きはちゃんと見切っているらしい。


「メイドで世界征服とか意味不明ヨ! そもそもメイドで征服した後のこととか考えてるネ? どうせ周りからチヤホヤされることしか考えてないに違いないネ!」


「ひょほほほ、そんなことはない。メイドクッキェーやメイドチョコレータを商品化し、各地に売り捌くという政治的なこともしかと考えてあるよ」


「そら見たことヨ! 大雑把な理想しか思い描いていないネ! 中身のない絵空事を偉そうに語って恥ずかしくないネ?」


「メイドを馬鹿にするか貴様ァ!!」


 急にブチ切れるグラサン男。


 その威圧感に一瞬だけ怯むルールーだったが、攻めの手を収めることはなかった。


「神をも超越した存在こそがメイド! 究極の癒しを分け隔てなく施してくれる存在こそがメイド! 故にメイドはこの世の真理であり、希望であり、世界そのものなのだ! それをコケにするとは、己の愚かな存在意義を見直せ小娘ぇ!」


「私が馬鹿にしたのはお前という人格ネ! そんなことも理解できない馬鹿が、世界なんて支配できるわけないヨ!」


「黙れ黙れ黙れぇ! メイドを侮辱する者は誰一人として生かしはしない! 吾輩の理想郷の前に朽ち果てるがいい!」


「あ〜もう、拉致が明かないネ……」


 挙動が荒ぶり出したグラサン男から一旦距離を取ったルールーは、腰を落として静かに目を瞑った。


「生半可な攻撃じゃ効果が無いというのなら、私の全身全霊を解き放ってやるネ。“レッドスタイル”!」


 シフォン戦で見せた超筋力強化魔法を発動するルールー。


 あのデメリットから考えるに、限られた短い効果時間の間にケリをつけるつもりか。


「どんな魔法であろうと吾輩には効かぬわぁ!」


 臆することなく接近して行くグラサン男。


 ルールーは一度長い呼吸をすると、左手を広げて前に突き出し、右の握り拳を少し後ろに引いて構えた。


「我流拳術奥義……“十牙拳(とおがけん)”!!」


 グラサン男との距離が再び縮まった刹那、暴風の如くルールーの動きが爆速に加速した。


 猛虎のような猛々しいオーラを身に纏い、グラサン男の腹部目掛けて激情の猛打を叩き込む。


 怒涛の一撃をモロに喰らったグラサン男は、泰然自若(たいぜんじじゃく)な印象を打ち消すかのように、耳が(つんざ)くような悲鳴を上げていた。

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