チャイニーズファイターとサンドバック
とんだ再会トラブルで時間を食ってしまったが、改めて行動再開ということで、俺とルティーナは再びメイド会場へとやって来た。
「さっきよりも大分人数が減ってるわね」
「だな。これでようやく動き易くなったってもんだ」
先程のシアンの件が功を成したのか、成金達の姿がほぼ全員見当たらなくなっていた。
他のメイドと比べても、シアンの容姿は上の上に組する美貌だ。
そんな上玉なメイドを見知らぬ男に奪い去られては、興醒めするのは当然と言えば当然かもしれない。
競りの声しか上がっていない殺伐とした会場内であったが、今はすっかり平和的な交流会のような雰囲気になっている。
本来はこれがメイ活のあるべき光景だったのかもしれない。
何にせよ、これで俺達も動き易くなったというもの。
誰よりもいち早く目ぼしいメイドを発掘しに行かなければ。
「目を凝らせルティーナ。お前の洞察力が俺よりも優れていると分かった以上、素直に頼らせてもらうぞ」
「……人に頼り切るのはあまり宜しい傾向とは思えないわね」
出た、またこれか。
ついさっきまでは率先して動いてくれていたのに、いざとなったら俺の器を見定めようとする。
こっちには余裕がないと、何度言えば分かるのやら。
「俺も一生懸命探しますから、貴女もご助力願えませんかねルティーナ様」
「ここの庭は設備が整っているわね。このお花はなんて言う名前の花なのかしら」
助力を貸す気も無く、近くにある大きな花畑の感想をぶつくさと述べている。
ダメだ、もうこいつは放っておこう。
キョロキョロと辺りを見渡すが、手の空いたメイドは誰一人として見当たらない。
誰かしら談笑をしていたり、己の特技をアピールしていたりと、積極的に活動している。
まずいな、完全に出遅れた。まだ何処かに手の空いたメイドはいないものか……?
根気強く城外のあらゆる場所を歩き回る。
探し続けていれば、きっと素敵な出会いが待っていることを信じて。
「…………あっ」
そうしている内に刻々と時は過ぎて行き、そろそろ一通り探し回ったのではないかと思い掛けたところで、ようやく暇しているメイドを発見した。
そのメイドは、堂々と城内の広場の中心に立っていた。
右手に何らかの文字が書かれた看板を持っていて、ジッと何かを待ち続けている。
「刺激は入りませんか……? 刺激は入りませんか……?」
近くに人が通ると、メイドは積極的に話し掛けに行く。
しかし通行人は足を止めることなく、見て見ぬフリをして顔を背けて立ち去って行く。
見てはならないものを見てしまった、というような面立ちで。
「そこのお方、ストレスは溜まっていませんか……? 鬱憤を晴らしたいと思っていませんか……?」
「ま、間に合ってます」
「そこのお方、性への欲求はどうしていますか……? 一人寂しい夜をお過ごしになられていませんか……?」
「心配無用なので……」
「誰か……刺激は入りませんか……? 刺激は入りませんか……?」
返事を返してくれている人もいるが、一蹴されるばかりで足を止めてくれる人はいない。
そうしてメイドは彷徨い続ける。何度断られようとも己が欲望に身を任せ、『時間無制限でこのメイドを虐め放題ヤりたい放題』という内容が書かれた看板を見せ付けながら。
「魅入られるかぁ!!」
反射的に身体が動いて、メイドが持っている看板を飛び蹴りで粉々に粉砕した。
「あぁっ、折角用意した自前の看板が……。再会した直後にいきなりこのような仕打ちをするだなんて、やはり貴方はビューティフルにバイオレンスですビャクトさん!」
「言ってる場合か! こんな見るに耐えないマッチ売りの少女がいてたまるか! 少しは周りの視線に気を配れや!」
ドMメイドことシフォンの周りは、いつの間にか痛い奴を見る目で溢れ返っていた。
『私を虐めろ』なんて露骨なアピールしていれば、そりゃこうなるのは当然である。
「分かっていますよビャクトさん。私のこのアピールの仕方は、誰から見ても異質なものなのでしょう。その影響あって、一人残らず私を見る目が冷たいものになっていますね。もしくは同情の目でもあるのでしょうか」
「分かってんなら潔く身を引けよ! 誰もお前みたいな変質者なんて雇わねぇから! 始まる前から確定してることだから!」
「えぇ、きっとそうなのでしょうね。それも既に理解しているつもりです。ですが……ですがですよビャクトさん。この可哀想な者扱いされるというのも、またオツなものであると感じ始めている私がいるんです。これはまたクセになるかもしれませんね」
「目先の欲より先の未来を見据えろよ! 趣旨が百八十度切り替わってんだろうが!」
「しょうがないじゃないですか! 止められない、止まらないんですもの! それに私、大勢の方々から一斉に虐げられることも夢見ていた若者なんです。そう、まさにこのような状況を体験してみたかったんです。こうして人は夢を叶え、次なる夢に向かって走り出すのでしょうね。これが青春というものなのでしょうか?」
「良い話風にまとめようとするんじゃねぇ! 黒く濁りきった夢に価値なんてあってたまるか!」
「それは人それぞれの捉え方で変わりますよ。価値観というものは誰しもが個別に持ち合わせているものじゃないですか。にも関わらず、ビャクトさんは自分の見解を正しいことだと主張する。そういう押し付けは良い趣味とは言えませんね〜?」
うっぜぇ……。まさかこいつに「悪い趣味をお持ちですね」なんて言われると思わなかった。
これだから自分の事を棚に上げて物事を語る奴は嫌いなんだ。
目に入って思わず手を出してしまったが、俺にはこいつを諭してやる義理も無ければ、メイ活アピールを自ら指導してやる義理も無い。関わるだけ時間の無駄だった。
「ったく……せめて周りに迷惑を掛けない範囲で活動しろよ。お前が自分を正真正銘のメイドと語るならの話だがな」
踵を返して、再びメイド探しを再開する。
しかし困ったことに身体が重い。まるで後ろから何かに引っ張られているかのように、前に進もうにも進めない。
そりゃそうだ。逃さんとばかりにクソメイドが背中に引っ付いているのだから。
「ビャクトさん。周りから卑下されるのは一向に構わないのですが、それはそれで誰からも雇われないのもまた事実。それでは私の本来の目的が果たせなくなってしまいます。ですのでここは――」
何も言わずに振り解こうとするが、その手が離れることはない。
無理矢理外そうとしても、見た目に反した握力の強さで抵抗してくるせいで、中々突き放すことができない。
「冗談じゃねぇ! なんで俺がお前のような道端の石ころを拾わにゃいかねぇんだ! こちとらアブノーマルな人員はもう間に合ってんだよ! お腹いっぱいで収まる隙間がないんだよ!」
「人として生まれたのならば、常に限界を追い求めてこそです! 収まる隙間が無いと豪語されようとも、私はその僅かな隙間に入り込んでみせましょう! えぇ、何も問題はありません。圧迫による痛みなど、私にとっては無に等しいですから!」
「無駄に執念燃やしやがって! お前がなんと言おうとも、俺は首を縦に振ることはねぇ! これ以上俺に付き纏うってんなら、女であろうと容赦しねぇぞ!」
「それはもう是非! 如何様に私を滅茶苦茶にしてくれるのか、楽しみで仕方ありません!」
駄目だこいつ、何言っても怯むことがない。
そもそもこいつに臆するという概念がまず見受けられないし、生粋のドMって凄い怖い。
ほんの僅かな期待を胸にルティーナの方を見るが、花畑に気を取られたまま見向きもしない。
フリだと思っていたが、本当に花に趣きがあるようだ。
今更ながらに思うが、こんな変質者と顔見知りになったのがそもそもの間違いであった。この世界に来てから過ち繰り返し過ぎでは?
「あぁうっぜぇ! これ以上俺に執着しようとするんじゃねぇ! 切羽詰まってる現状だってのに、お前に時間を割いてる猶予は残ってねぇんだよ!」
「なるほど。つまり、今ビャクトさんに迷惑を掛ければ掛けるほど、私はビャクトさんからあらゆる仕打ちを施されるというわけですね。ならば徹底的に私は貴方の障害となりましょう!」
「タチ悪っ! 友達無くすぞお前!」
「いらぬ心配ですね! 元より私に友達は一人も――」
と、自らボッチ発言をし掛けた時、ふとシフォンの姿が目の前から消えた。
いや、消えたという表現は間違いだ。正しくは、消えたと錯覚してしまうような速度で吹き飛んでいった。
会場に来ていた客らしき人物が何処からともなく飛んで来て、運の悪いことにシフォンはその道のラインに立っていた。
当然そんな立ち位置でいれば、シフォンが巻き込まれるのは必然であった。
「に、人間砲弾……。これもまたクセになりそうな痛みですね。これだから刺激の探求は止められないのです!」
吹き飛ばされて来た人物の下敷きなっていても尚、むしろシフォンは頰を綻ばせてグヘグヘと笑っていた。
お陰で助かりはしたものの、どっから飛んで来たんだ? 暴力沙汰なんて野蛮なことが起こっているとは思いたくはないのだが……。
「貧弱! そして脆弱! その程度の腕前で何処から自信が湧いて来るのか疑問ネ!」
この異界に似合わぬ中国人っぽい女の声。
それは、城の門のすぐ目の前という、この会場で一番目立った場所から聞こえて来た。
いつの間にか野次馬が出来ていて、何かが行われている様子。
さっきのシアンの件といい、ここは賑やかさに事欠かない場所だ。
痛みに悦楽している変態を捨て置き、俺も野次馬の元へと向かう。
「次なる挑戦者は誰ネ? ルーを雇いたくば、見事ルーに一矢報いてみせるネ!」
鬱陶しい野次馬を掛け分けると、大勢の人に囲まれたところで一人の少女がファイティングポーズをした状態で棒立ちしていた。
赤いチャイナ服に黒いズボンというシンプルな格好ではあるが、一応メイドのつもりなのだろうか。額に巻いているハチマキに『メイドです』と書いてある。あんな雑なメイドがいて良いのか疑問だ。
何のつもりかは知らないが、どうやら彼女は喧嘩相手をご所望のようで、挑発混じりの威勢の良さを見せ付けながら挑戦者を待ち望んでいる。
『私を雇いたくば私を倒してみろ』ねぇ……。
ようやくスカウトに値する人材に巡り会えたが、はてさてどうするか。
「次は俺様が挑戦させてもらうぜ!」
様子見している内に、先に次なる挑戦者が名乗りを上げた。
筋肉質な肉体に、ゴリラの風貌を彷彿とさせる濃い顔。
イメージとしては、終期末に蔓延る悪役のモブキャラといったところだろうか。
「今度はさっきのヒョロ男よりマシそうヨ。前準備が必要ないなら、さっさと掛かって来るネ」
「その前に改めて確認だ。挑戦者側がお前に勝ったら、一生お前はその挑戦者に尽くす。更に、命令には絶対服従を原則とする。そりゃ本当だろうな?」
何だそれ、年頃の娘がなんていう条件出してんだ。それこそメイドじゃなくて奴隷そのものじゃねぇか。
「ルーに二言はないヨ。御託はいいから早く手を出して来いヨ」
「だったら……行くぜぇ!」
『やっぱり無しで』なんて未練タラタラな言葉を発することもなく、何度目か知らぬ決闘が勃発し、ゴリラ男は勢い良く駆け出した。
「そのか細い身体をへし折ってやるぜ!」
相手が女であろうとも躊躇せず、ゴリラ男は走る勢いを利用してラリアットを仕掛けた。
「ハイヤッ!」
少女は上半身を後ろに曲げることで柔軟に避ける。
と同時に、ゴリラ男の脇腹に数発の打撃を叩き込んだ。
素人には対応出来ないであろう速度。見事なカウンターだ。
「はっはぁ! 蚊に刺されたかと思ったぜ!」
しかし見た目通りにタフだったようで、ゴリラ男にダメージを受けた様子は見られなかった。
「“アイアンアーム”!」
そろそろかと思っていた矢先、ゴリラ男が魔法を発動。大振りに構えていた右腕が鋼のように硬質化した。
完全に“メタルハンズ”の上位互換。あんなモブゴリラに俺のアイデンティティーを奪われるなんて、この堪え難い気持ちを何処に吐き出せばいいんだ……。
「一発くらえば即落ちだぜ!」
「なら当たらなければ済む話ネ」
暴風の如く振り回されるゴリラ男の剛腕。一発くらえば骨の一本や二本余裕で持っていかれるだろう。
ただ、そこで少女の目付きが変わった。
傲慢だった雰囲気が一変し、人が変わったかのように戦士の顔になった。
一撃一撃を綺麗な型で受け流し、確実に脇腹にカウンターの“二撃”を叩き込む。
決して威力は高くはないが、数さえあれば雨水さえも岩をも穿つのだ。
どれだけゴリラ男の身体が頑丈に出来ていようとも、同じ箇所を的確に狙い続けられれば――
「ぐっ……」
いつかは崩れる。盤石であったゴリラ男の姿勢が蹌踉めきを見せた。
「このっ、ちまちまと狡い野郎め!」
「これも立派な戦術の一つネ。自分の不利を相手のせいにするなヨ。その図体の割に、人としての器は米粒程度ネ」
戦闘のセンスにおいても、精神的な強さにおいても勝負あり。
頭に血が上ったことで、ゴリラ男の動きに大きな隙が生まれた。
「ホワッチャー!!」
空かさず少女はゴリラ男の懐に飛び込み、ガラ空きの腹部目掛けて瞬く間に九発の突きを叩き込んだ。
すると、ゴリラ男の身体が少しだけ宙に浮き上がり、連発された殴打の後遺症が遅れて一度に発現し、吹き飛んで行った。
目を凝らしてよく観察すると、少女の手は白い光を浴びて淡く発光していた。
今の不自然な時間差攻撃の正体は、純粋な戦闘技術ではなく、魔法だったらしい。
「九・連・勝! その程度じゃルーのご主人を名乗るのは程遠いネ!」
ファイティングポーズで勝利を飾るチャイナ娘。
魔法を扱える相手とはいえ、素人相手に連戦連勝してそんなに嬉しいか……?
彼女の手の内は大体把握した。今ならほぼ間違いなくあいつに勝てる。
冒険者になるためなら人を選んでいられないだなんてことは理解してる。あのチャイナ娘が必要最低限の強さを持ち合わせていることも見て分かった。
だが……やっぱ駄目だ。
俺にとってあいつは“最も必要としていない要素”を兼ね備えた人材であるがために、どれだけ腕があっても勧誘する気には至らない。
勿体無くはあるが、根気強く他を当たろう。
「さぁさぁ次なる挑戦者は誰ネ! ルーを雇いたいのなら掛かってくるヨ!」
「では次は私に探求――ではなく、挑ませてください」
「むっ、次は女の子……え?」
立て続けに現れる挑戦者。しかしその人物は恐らく、少女にとって天敵となるであろう。
いつの間にか復活していたドMメイドは挙手をしながらバトルフィールドに現れ、痛みに悶えるだらしの無い笑みを隠すかのように、薄っぺらいニッコリ笑顔のマスクを被っていた。
「メイドがメイドを雇いたいネ? 矛盾しているような気がするヨ」
「いえ、私は貴女を雇いたいと思って挑むわけじゃありません」
「ヨヨ? なら何故ネ?」
「それは勿論、私の身体を徹底的に痛め付けて――ではなく、貴女の強さを純粋に肌で感じてみたいと思ったからです」
「そういうわけネ。要は、お前も強い人と戦いたいことを望む戦闘オタクってことネ」
言い方と根本的なところが違うというだけで、概ね間違っていない。
「何処からでも掛かってくるネ。お望み通り、その身体に私の強さを叩きつけてやるヨ」
「それは願っても無いことです。では、何処からでも掛かって来てください」
「……いや、お前が掛かって来いヨ」
「いえいえ、そちらからどうぞ」
「「…………」」
受け身姿勢のチャイナ娘に、受けることだけを目的としたドMメイド。
どちらも自分から攻めようとせず、不毛な時間が過ぎて行く。
「ふむ、ならばこうした方が良さそうですね……」
ずっとこの状態が続くのかと呆れかけたところ、ぼそりと呟くシフォンの方から動き出した。
両手を大きく横に広げてガラ空きの身体を主張しながら、一歩、また一歩とゆっくり近付いていく。
「ヨヨッ……」
シフォンの邪なる気配を感じ取ったのか、半歩ほど引き下がる少女。シフォン一人だけを見据え、腰を低くして構えを取った。
「どうしました? ほら、見ての通り隙だらけですよ。貴女の闘争心に身を委ね、どんどん打ってきてください」
「……何か気持ち悪いヨ」
少女の目の前までやって来ても尚、シフォンは隙しかない身体を見せ付ける。
だがその行為が逆に少女の警戒を煽り、少女は背を向けないように後ろに跳ねて距離を取った。
「なんで逃げるんですか! まさかここまで来てお預けですか!? でもそれもまた一興――いやでも今は焦らしプレイという気分では!」
「露骨過ぎネ! 殴って来いと身体を差し出して来るだなんて、裏があるとしか思えないヨ!」
「ありませんよ。私の身体は至って平常です。小細工な魔法を使うこともありません」
「それを鵜呑みにする程、私は愚かじゃないネ!」
「だからそれは誤解だと言っているじゃないですか! 深読みし過ぎて当てが外れるだなんてことはよくありますよ! まさに今の貴女がそれです!」
「無駄ネ! そんな見え透いた誘いに私が乗るわけないヨ!」
「くっ……ならば実力行使です! これなら如何ですか!?」
待ってるばかりじゃ殴ってくれない状況を意地でも打破すべく、シフォンは手持ちのブラシを振り回して攻撃し始めた。
ただ闇雲に振り回すのではなく、身体の捻りを利用して力強い一撃を連続で放っている。
棒術に長けているのか、動き方がやたらとユニークでアクロバットだ。
「さぁさぁさぁ! このままでは防戦一方ですよ!? この状況を覆したくば、貴女のお得意の体術を見せてください!」
「くっ……やむを得ないヨ。だったらお望み通りにとっておきを打ち込んでやるネ!」
防戦に絞っていた少女の動きに変化が生じ、ブラシを手の甲で受け流すと同時に、シフォンの懐に入り込んで掌底を放った。
シフォンの身体が少し宙に浮き上がり、更なる猛打がシフォンを襲う。
直後、シフォンは七転八倒を繰り返して吹き飛んでいった。
「ありったけ打ち込んでやったネ。これをくらって立ち上がれる奴はそうはいないヨ」
「……足りない」
「へ?」
シフォンはすぐに起き上がると、自分の腹を摩りながら少女を睨んだ。
「なんですか今の乱打は? ふざけているんですか? 軽い打撃を何発叩き込まれようとも、私の身体はビクともしませんよ。もっと一発一発に力を入れて打ち込んで来ないと意味がありません」
「ヨヨッ!? まさかお前、今ので私の弱点を見抜いたネ!?」
「弱点? そんなものはこの際どうでもいいんです。私が求めているものは、ドラゴンに匹敵するであろう強大な力。欲を言えば、それすらも上回るパワーなのです。それと比べると、今の貴女の力は耳糞に等しい!」
「生き物ですらないネ!? そこまで侮辱されては仕方無いヨ。久し振りに本気の力を見せてやるネ!」
少女の目の色が変わり、覇気のような赤いオーラが少女の身にとぐろを巻いて纏わりつく。
「知っているネ? 人間の力という生き物は、無意識化に力を制限してしまっているんだヨ。そのリミットを外してしまえば、身体が崩壊してしまうからネ」
聞いたことがある。確か人間が常時出せる力の度数は約三十パーセントで、それを越えた力を発揮すると、骨が折れるなどの致命傷を負ってしまう。下手すれば一生癒えることのない重症も負う可能性があるとかないとか。
「しかしネ。この魔法はそのリミットを無理やり外すことで、一時的に肉体を大幅に強化することができるんだヨ。無論、デメリットもあるけどネ」
「そういうのいいので早くしてくれませんか? 心身共に滾って滾って仕方なくてですね……」
「“レッドスタイル”!!」
シフォンのノリの悪さとテンションの低さにイラッと来たのか、構えを取りながら憤りの声を荒げ――
「ホワッチャー!!」
少女の全身の皮膚が赤みを帯びたところで駆け出し、シフォンの顔面目掛けて激情の拳を放つ。
一瞬後ろに蹌踉めくシフォンだったが、ピタリと全身が静止した。
いや、正しくは“止められた”と表現すべきか。
直後、少女による一方的な乱打が打ち込まれる。
腕、脚、肩、腹と、あらゆる箇所に怪力の鉄拳がめり込み、シフォンの全身の骨を打ち砕かんとする。
止めどないラッシュが終わりを迎え、止めの一撃として回し蹴りがシフォンの胸に炸裂。
ズタボロになったシフォンは、力無く吹き飛ばされた。
「どうネ……ゼェ……これが私の……おぇ……全力ね……うっ……ぼろろろろ!」
ピクリとも動かないままうつ伏せに倒れるシフォンを見て、笑いながら汚らしく嘔吐する少女。
あれが“レッドスタイル”とかいう魔法のデメリットってやつなんだろう。確かにリスクが高い技だ。
実際に体感していないから確実ではないが、少女の力は明らかに増幅していた。
下手すれば死に至るであろう乱撃だったが、まさか死んでないよなあいつ?
「……星三つと言ったところでしょうか」
杞憂だった。異常な自己回復力により、すぐに立ち上がって復活していた。
「んなぁ!? なんで無事ネお前ぼろろろ!」
驚き余りに少女も堪らず二度目の嘔吐。
この数日に何があったのかは知らないが、あいつの頑丈さはより強固なものに変異していたらしい。
「先に言っておきますが、星十が最高点の評価ですよ。今の十倍の力は出してもらいませんと。それに手数ももっと増やして欲しいですね。むしろこれでは欲求不満になってしまいますよ。ドMの気心理解してます?」
その面立ちはまるでゾンビ。己が欲に身を委ね過ぎた末路か、シフォンの姿や表情が邪悪なものに染まっていた。
ゆらりゆらりと左右に傾きながら歩き出すと、少女はシフォンの威圧感に当てられて萎縮してしまい、嘔吐しないように口を塞ぎながら後退った。
「さぁ、まだ勝負は終わっていませんよ……。もっともっと存分に楽しみましょう……」
「びゃぁぁぁ!?」
奇妙な奇声を上げた少女は、シフォンに背を向けて逃げ出した。
周りの野次馬達もシフォンの悍ましさにビビってしまい、各々がパニックを起こして一目散に逃げ出していった。
「…………あり?」
ぽつんと取り残された間抜け顔の変質者を見て、俺は只々呆れるしかなかった。




