即席プロポーズは唐突に
あっという間に一日が過ぎて、メイ活の開催日である当日。
午前十時開始の時刻に合わせて、俺達はメイ活の開催会場である中心部の城に向かっていた。
「当日なだけあって、周りの人達が露骨になったわね」
「だな。何処もかしこもメイドだらけだ。今まで鳴りを潜めていたってことなんだろうな」
俺達の周りには、俺達と同じく城に向かう人達で溢れ返っていた。
この街に来てから一度も見掛けなかったメイドだったが、逆に今はメイドしか見当たらなくなっていた。
メイドオタクがこの光景を見ようものなら、歓喜に心を躍らせて激アツなオタ芸を披露するに違いない。
しかし周りにいるのはメイドだけとは限らず、いかにも金持ちそうなおっさんの姿もちらほら見える。
大方、俺と同じ目的を持った人達なんだろう。
「今更かもしれねぇけど、メイドを雇うってことは金が必要不可欠ってことだよな……」
「そうかしら? メイ活という行事を建前として、別の目的で来ている人もいるかもしれないと思うわよ」
「何だよ別の目的って」
「例えば、男漁りとかかしら。それに婚活という路線もあるかもしれないわね。はたまた◯◯◯◯フレンドを見繕うために……」
「最後のはお前のことだろうが。でもそうか、そういう可能性もあるわけだな」
てことは、冒険者志望のメイドがいる可能性はやはり無きにしも非ずってわけだ。
武芸に長けたメイドなんてかなり人数が限られているとは思うが……。
それに、見ず知らずのおっさんが高い金を出して、俺の目の前から武芸メイドを取り上げていく可能性も十分にある。
何もかも金で解決されれば、一発アウトコース真っしぐらだ。
「昨日一通りメイ活の詳細を調べておいたのだけれど、なんでもメイ活メイドは二つの部類に分けられて審査されるそうよ。一つ目が家事業務に長けた一般的なノーマルメイド。二つ目が一部の芸に優れたアブノーマルメイド。それぞれそんな風に呼称されているらしいわ」
「アブノーマルメイドて……」
もっと他に良い呼び名があるだろうに。呼称の考え方が雑だな。
兎にも角にも、家事に優れたメイドは眼中にないから、俺はアブノーマルメイドの中から武芸メイドを探し当てれば良いわけだ。
街歩くメイドの人数からして、特定するのは骨が折れそうだ。
ルティーナからメイ活の詳細を教えてもらいながら歩いているうちに、いつしかメイ活会場の城に辿り着いた。
遠くから見てもでかい城だとは分かっていたが、こうして目の前で見ると絶景だ。
日本で例えるならば、スカイツリーと肩を並べるレベルの大きさなんじゃないだろうか。
城門を潜り抜けると、目に優しい大きな花畑がある庭園が広がっていて、あちこちにご馳走が並べられた丸テーブルが設置されていた。
メイ活というよりは、パーティーと表現した方がしっくりくる。
アブノーマルメイドの披露場所は、この庭園を中心とした城外で行われるとのこと。
折角だから城内にも入ってみたいところではあるが、それはノルマを達成できたらの話だ。
にしても凄い人の数だ。さっきはメイドの人数が圧倒的に多かったが、会場は五分五分の人数といったところか。
嫌でも競争率の不安が過ってしまう。果たして上手くいくのだろうか。
〈〈ご来場の皆様方、本日はいかかお過ごしでしょうか? メイドの方々のコンディションは整っているでしょうか? お客様方は財布の中がメタボリックでしょうか?〉〉
「あら、そろそろ始まるみたいね」
これも魔法の一種なのか、何処からかスピーカーを使っているかのような男の声が聞こえて来た。
緊張しない性格であるはずが、妙にドキドキして身体が震え出す。
これは武者震いか、それとも……。
〈〈長話は嫌いなのがワタクシめでございます。というわけで、ちゃっちゃと始めちゃってください。はい、メイ活開始でございます。くれぐれもお怪我をしないようにお気を付けくださいませ〉〉
「とことん雑な対応だなぁ……」と、司会の乏しい対応力に呆れる俺。
しかし、呆れている場合ではないと、この三秒後に思い知らされることとなる。
「三百万ゴールドォォォ!!」
「なんの! 五百万ゴールドォォォ!!」
「えぇい! 八百万ゴールドォォォ!!」
「…………マジか」
メイ活の開始宣言終了のコンマ数秒後のことだった。
メイ活会場は瞬く間に、億万長者の戦場と化した。
芸を披露するはずのメイドだが、まだ芸を見せていないにも関わらず、億万長者の熱烈な競りが飛び交っている。間違いなく第一印象で決め付けているんだろう。
「宜しくお願い致しますわ、旦那様」
「よっしゃぁ!!」
かなり額が上がってきたところで、何人かのメイドがご主人様を断定し始めた。
案の定、頭の中で描いていた想像通りの結果になってしまった……。
「まるで奴隷オークションね。言うなれば、表向きの奴隷オークションと言ったところかしら」
「言ってる場合か! 俺達もとっとと探すぞ!」
このままじゃ成金共に金の力で制圧されてしまう。
誰よりもいち早く目ぼしいメイドを見つけなければ、ここに来た意味がパーだ。
旅費が掛かっている以上、それだけは絶対に許さん!
「ダーリン。あそこで剣術を披露しているメイドがいるわよ」
「マジか! でかしたルティーナ!」
会場内を走り回り出す最中、真っ先にルティーナが武芸メイドを発見。
俺は一直線にそのメイドの元へと駆け寄った。
「美しい……。なんと鮮やかな剣捌きだろうか!」
「うむ、まるで滝登りをする鯉のような力強さだ」
「いやぁ、その例えば如何なものかと……」
「奥深き地中から這い上がって来たゾンビのような力強さだ」
「だから微妙だっつってんだろ」
多くの観客に囲まれながら、そのメイドは完成され尽くした剣術を披露している。
周りの野次馬達が言っている通り、その剣捌きは見事なもので、どれだけの修練を積み重ねたのかをその腕前が物語っていた。
ていうか、以前にもあの太刀筋を見たことがあるような……?
そもそも、あのメイドの顔を見たことがあるような……?
「あら、偶然ね。あの時の騎士じゃない」
「あぁ〜……」
そうだ、思い出した。何時ぞやの成金坊ちゃんに購入されて、可哀想なことにルティーナに敗北していた奴隷騎士だ。なんだってこんなところに?
「む?」
こっちがジッと見つめていたからか、視線に反応して向こうも俺達の存在に気が付いた。
振舞っていた剣術を一旦取り止めると否や、野次馬達の中を掻き分けて近付いて来る。
目の前までやって来たところで立ち止まり、律儀に頭を下げて挨拶してきた。
「久方振りでございます、ビャクト殿。私のことを覚えているでしょうか?」
「お、おぉ。あの時の騎士……だよな?」
「はい。名をクレアと申します」
そういや名前知らなかったっけ。周りから奴隷騎士と呼称されてたからなぁこの人。
「話は全部聞いてるぞ。奴隷の身分から解放されて、今は自由の身になったんだってな」
「えぇ。ビャクト殿の隣におりますその魔女に為す術無く敗北してしまったことで、一切の信用を失った私は契約破棄扱いとなり、主君に解雇されました。と言いましても、解雇の手引きをしたのは元主君の父君なのですが」
「良かったじゃねぇか。あんな奴に仕える人生送るなんて馬鹿馬鹿しいってな話だ。で、自由になったお前はメイドになりたい願望を叶えようとしていると」
「あぁいえ、これには色々と事情がありまして。端的に言うと、新しく仕えている主君に頼まれたのです」
「貴女も懲りないわね。折角自由の身になったんだから、自分のやりたいことをすればいいじゃない」
「私は騎士であるが故に、誰かの為に身を尽くすことを生きる糧にしているのだ。貴様のような狂気なる魔女と違ってな」
俺に対してはフレンドリーなのに、ルティーナに対しては露骨な態度を取るクレア。
嫌悪していると言うよりかは、恐れて警戒しているように見える。
無理も無い。あんな目に遭わされれば、大抵の人間はルティーナという異形な存在を警戒するだろう。
俺の場合は単純に嫌ってるだけだが。
「フフッ、あの時のことを根に持っているのね。過去の出来事を引っ張り続けていると、重い女というレッテルを貼られるかもしれないわよ?」
「軽い女の代名詞であるお前が言えた義理じゃないがな」
「どちらかと言えば、魔性の女と言ってくれた方がしっくりくるのだけれど」
「あっそ……」
自分で言っちゃってるよ。世話の掛からん魔女だ。
「で、その新しい主君ってのは、今何処で何してんだ?」
「主君でしたら、シアン殿をプロデュースしている最中かと」
「シアンを?」
シアンってあの踊り子の女の子だったか。
てことは、まさかこいつの新しい主君ってのはもう片方の……。
「はいはい寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ここにおりますのは、いずれは世界一の踊り子になるであろう一角が一人! 汚れなき川のような美貌も兼ね備えた舞姫メイドですよぉ!」
「あっ、どうやら始まったみたいですね。今の声の主が私の主君です」
何時ぞやの魔法使いの大喝采が会場全体に響き渡る。どうやったらあんな馬鹿でかい声を出せるのやら。
大勢のお客の注目を第一声で集めたことで、大人数がウェーブとなって移動していく。
一度巻き込まれてしまえば、ひとたまりも無い勢いだ。
「どれどれ……」
あの中に突っ込むのは愚策だと考え、近くにあった木によじ登って遠くから確認してみる。
そして案の定、俺が想像していた人物が立っているのが見えた。
魔女帽子がトレードマークの女の子である、シアンの相方のコレッタが。
「どうですかどうですか!? まるで月下の元で咲き誇る夜桜のような美しさでしょう!? それもそのはず、彼女はかの有名な歌姫、オノリラ様の一人娘なのでございます!」
その歌姫のことは認知してないが、かなりの有名人だったようで、その一声で観客達が喚きに喚き出した。動物園の猿山と同じくらい騒々しい。
「凄まじい人気ね。あの様子だと億単位は約束されてるんじゃないかしら」
空中に浮かぶ魔法も使えるようで、隣でふわりと宙に浮いたルティーナがシアンを見て感心していた。
「まぁ普通に可愛いしなあの子。それに性格も良かったし、非の打ち所がない人物ってあの子のような人を指すんだろうな」
「なるほど……。つまりダーリンの好みのタイプは清純系であると」
「今はそういう話してないんですが……」
でも強ち間違ってはいない。腹黒い人間である俺は、真逆の世界で生きる清純な人間に憧れを抱いてしまうのだ。
「五千万ゴールドォォォ!!」
「きゅ……九千万ゴールドォォォ!!」
「三億!!」
「うぉお……」
ここからでも聞こえてくる競り合戦だったが、一気に額が飛んでとんでもない金額に。三億もあったら一生遊んで暮らせるのでは?
「ねぇダーリン。あの子泣いているように見えるのだけれど、私の見間違いかしら?」
「はぃ?」
ここからじゃ表情まではとても見えない。むしろなんでこいつにはそこまで見えて――いや、それも魔法か。なんでも魔法の一言で片付けられるなこいつ。
「あぁ、ここからじゃダーリンには見えないわよね。なら見えるようにしてあげるわ」
「うっ!?」
そう言うと、ルティーナが俺の額に人差し指の先を付けてきた。
蛍のような淡い光が発光し、一瞬視界がぐにゃりと歪む。
その気持ち悪さに立ち眩みがしたが、頭を左右に振ることで堪えた。
「おぉ、見える見える。便利な魔法持ってんなお前」
目を凝らすと驚くことに、遠くの景色がはっきりと一望できた。
双眼鏡を使ってもいないのに、何だか妙な感覚だ。
無論、シアンの表情も確認できた。
確かにルティーナの言う通り、シアンは若干涙目になっていた。
第一印象による俺の偏見でしかないが、シアンは踊り子でありながら大人しめな女の子に見える。
その性格から考慮するに、あの子をメイドに仕立て上げたのはコレッタなのでは?
成金野郎のパーティーに入っていた時も、資金目的で従っていたと言っていた。
それを踏まえると、恐らく今回も資金稼ぎが目的なのかもしれない。
流れとしては、シアンとクレアをメイドに仕立て上げて、金の亡者共から大金で競り落としてもらった後に、しばらくメイドとして働いた後に離職する。
とまぁ、あくまで俺の予想でしかないが、きっと当たっているのではないだろうか。
でもあのシアンの様子から察するに、シアンはこの計画にあまり乗り気じゃなさそうだ。
大方コレッタに根強く頼み込まれて、そのまま押し切られたと言ったところか。
「五億!! ワシは五億出すぞぉ!!」
「だったらこっちは破産覚悟で八億だ!!」
「…………二十億で」
「さ、流石はオノリラ様の一人娘様ですね〜! と、とんでもない金額に目が飛び出しそうでございます!」
規格外な金額にビビったのか、金の亡者達にドン引きした様子を見せるコレッタ。
……いくらなんでもやり過ぎでは?
それにあれだけの額を掛けてくる奴らだ。何が何でもシアンを手放すような真似はしないはず。離職なんて以ての外だ。
「ったく、しょうがねぇな……」
このまま黙って見ているのも癪だ。あいつらには迷惑掛けた借りもあるし、知り合いのよしみで救いの手を差し伸べてやるとしよう。
俺が木から飛び降りたところで、ルティーナが「へぇ……」と意味深に呟いた。
「助け舟を出しに行くつもり? ダーリンも気まぐれを起こすことがあるのね」
「失敬な。俺にも良心の一つや二つあるわ。俺を何だと思ってんだお前」
「……言って欲しいのかしら?」
ニヤリと歪んだ笑みを浮かべる魔女。蛇足だったようだ。
「お前はここにいろよ」とルティーナに指示を出したところで、単身で猿の群れに突っ込んで行く。
本当なら籠手を使って飛んで行きたいところだが、あれをこんな大勢の人達の前で使うのはNGだ。
可能性は限りなく低いが、俺が只者ではないとバレてしまうかもしれないから。
我ながら面倒臭い生き方をしていると常々思う。
「はいはいちょっと通りますよ。つーかどけ」
「いてぇな! 押すんじゃねーよ小僧!」
「あ゛ァ?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
狭い人の道を潜り抜けていくのは怠いので、強引に人の群れを足で跳ね除けて前に進んで行く。
勿論文句を言ってくる奴はいるが、ガンを飛ばすことで黙らせた。
そうして人混みを抜けたところで、ようやくシアン達の元まで辿り着いた。
「はいそこまで〜。有象無象は散った散った」
「あれ!? ビャクトさん!?」
「触角君!? なんで貴方がこんなところに……」
「んなこと今はどうだっていいわ。とにかく、この競りはシアンの意思を尊重して無効だ。金持ち共は別の人材を探して雇うこったな」
「「「ざけんなぁ!!」」」
大勢からの怒号を受けて、ブーイングの嵐があちらこちらから飛んで来る。
「誰だお前! 何の権限があって言ってんだ!」
「ここは子供の来るところではない! 早々に立ち去りたまえ!」
「こっちは今日という日のために生きて来たようなものなんだ! 僕のメイド百人ハーレム計画の邪魔をするなぁ!」
「煩悩丸出しかこいつら……」
ただ、面倒臭いことにこいつらの言う通りだ。
俺にはこの競りを無効にできるような権利も権力も持ち合わせてはいないのだから。
「……やるしかないか」
このまま強引に押し切る方法でも構わないのだが、それだと後に報復しに来る奴らが現れるかもしれない。
なればこそ、俺もここのルールに乗って勝ち取るのが定石か。
本来ここで行われているのは、メイドを金で競り落とすオークションではない。
ここは他でもない、メイドとの疎通によって主従関係を結ぶメイ活という場。
つまり、メイドを金で落とすという先入観を覆しても構わないわけだ。
金があれば何でも買える、という誤った認識をしているこいつらに教えてやろう。
時には金という価値すらも超える、人の気持ちというやつを。
「あんたらが文句を垂れるのは無理もねぇ。何処ぞの者ともしれない小僧が何を抜かしてんだって話だ。仮に俺があんたらの立場にあったとしたら、同じ反応を示してると思うよ」
「そこまで分かっているなら早々に立ち去って欲しいんだが」
「そうだそうだー」と野次馬コール。それで大人しく言うこと聞いてたら世話が無い。
「それでも悪いが引けねぇな。惚れた女が金で買われようとしてるってのに、見て見ぬフリして見過ごせるわけがないだろ」
「…………え?」
「はぃ!? 触角君今なんて!?」
ちらりと横目でコレッタを見つめ、片目を瞑ってアイコンタクトを送る。
「察してくれ」という俺の意図が伝わったのか、驚き余りに間抜け面になっていたコレッタだったが、すぐに平常心を取り戻して頷いた。
敢えてシアンにはサインを送らない。もしシアンが演技下手だったとしたら、茶番で終わってしまうかもしれないから。
騙すようで悪いが、これもこいつらを助けるためだ。
「この踊り子メイド、シアンは元々俺と同棲していた俺の彼女だ。だが最近金銭問題で喧嘩して、自分の金は自分で稼ぐとシアンは出て行ってしまった。それで今日、偶然こうして見つけたわけだ」
「か、彼女!? 同棲!? え? え?」
当然聞いたこともない事情のオンパレードなので、当の本人は顔を真っ赤にさせて混乱していた。
「少ない給料の中、それでもシアンは文句の一つも言わずに俺について来てくれていた。対する俺は、仕事によって積み重なるストレスで気が滅入っていき、シアンに当たり散らすような真似をしてしまった……」
「要は全部お前のせいだろ」
「よく顔を見せられたなお前」
「もういいから帰れよ。話長い」
人が下手に出てるからって調子に乗りやがって……。今すぐその眼球に金貨を捻り込んでやりたい。
「最初は一人に慣れてせいせいしたと思っていた。だが、刻々と時間が過ぎていき、長い間一人になってしまったことで気付いてしまった。シアンという心の拠り所の存在を」
「だから」と、成金達からシアンに身を向ける。
俺が振り向いたところでシアンはびくんと肩を跳ねさせ、身体をカチカチに固めたまま目を丸くさせた。
「客観的な目線で見て分かる通り、俺は最低の男だ。そして、一度犯してしまった過ちはもう二度と引っ込み付かないってことも理解してる。でも……やっぱり俺はお前がいないと駄目みたいなんだ。情けないったらありゃしねぇ」
「あ、あの、ビャクトさ――」
「頼む、シアン。一度はお前を突き放してしまったが、次こそ必ずお前を幸せにすると心に誓う。だから……だから俺の元に戻って来てくれ! 俺はお前を心から愛している!」
「っ!!?」
我ながらなんて臭い台詞。身の毛がよだち、鳥肌も立ち、穴があったら飛び込みたい気分だ。
シアンの顔から湯気が立ち上り、金魚のように口をパクパクと動かしている。
対する俺の中の罪悪感は、着々と膨張する一方だ。
しかしここまで茶番を演じてしまったからには、もう後には引けない。
遠足は家に帰るまでが遠足であるように、演技も幕引きがあって初めて終わるものなのだから。
心の中で何度も謝罪しながら、シアンの身を引き寄せて強く抱擁する。
女の子独特の良い匂いに一瞬気を取られそうになるが、頭を小さく横に振って邪念を振り払った。
「頼む……シアン!」
「………………す」
「……す?」
「す……末長く……よ、宜しくお願いしま……す……」
「シアン!」
ミッションコンプリート。いつかは世界一の踊り子になるであろう踊り子は、公衆の面前にて陥落した。
俺は成金達に見えないようにニヤリと笑みを浮かべ、お姫様抱っこでシアンの身を持ち上げた。
「というわけなので……さらばっ!」
「「「…………」」」
シアンが堕ちたことで全員が呆然としていて、俺が逃げ出しても誰一人として追って来る者はいなかった。
予想外の展開について行けてなかったのか、単純に諦めたのか、それを知る由は無い。
〜※〜
一旦メイ活会場から離れて城外へと出た俺達は、人目の付かない路地裏まで避難した。
一時はどうなることかと思ったが、ここまで来ればもう大事にはならないはずだ。
後からコレッタとクレアが合流し、更に何分後にルティーナもやって来たところで、ようやく俺は一息をついた。
「あぁぁ〜……。慣れないことはするもんじゃねぇな……」
「あ、あの、ビャクトさん……」
「ん? お、おぉ、悪いなシアン」
抱き抱えていたシアンを下ろして、近くに置いてあった木箱の上に腰を下ろす。
まだメイ活は始まったばかりだというのに、どうして俺はこう毎度ながらトラブルに巻き込まれるのか。以前はこういう騒ぎとは無縁だったはずなのに。
「いやぁ、助かったわ触角君。あのまま流されていたら、シアンの人生がメイド道真っしぐらだったわね。私ったらうっかりさん」
テヘッとした態度で舌を出すコレッタ。
そのウザさにミルクと近しい何かを感じ取り、気付けば俺はコレッタの顔面にアイアンクローを仕掛けていた。
「散々周りに迷惑掛けといて反省の色無しか。良いご身分ですなぁ魔法使い様?」
「いだだだだっ! ごめんってごめんって! まさかシアンにあそこまで人気が出るとは思わなかったのよぉ!」
無知で無計画とは何と浅はかなことか。付き合わされたシアンとクレアもご苦労なことで。
「その辺にしてあげてビャクトさん。コレッタちゃんの無茶振りな行動はいつものことなの」
「……人が良いのも考えものだぞシアン」
ご本人の許しが出たので、骨を軋ませる前に解いてやった。
「た、助かった……。というかそもそもだけど、なんで触角君がこんなところにいるのよ。まさかメイドを雇って疚しいことを考えてたんじゃ……」
助けてもらった恩人に対してその言い分は如何なものか。
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ。メイドを雇いに来たことは否定しないが、その目的は人員確保のためだ」
「人員確保っていうと、冒険者関連の話? まだ人数揃ってなかったのね」
「冒険者稼業が不況な世の中だからな……。で、その言い方から察するに、まさかそっちは最後の一人を揃えられたってのか?」
「まあね。そこはシアンがどうにかしてくれたわ。ほら、シアンってやる時はやる女だから。……色んな意味で」
「コレッタちゃん、誤解を生み出すような発言は控えて欲しいんだけど」
流石の踊り子様もイラッときたのか、笑顔を見せながらもこめかみ辺りに血管を浮かばせていた。
「まぁ何にせよ、メイドご奉仕で現金巻き上げプランは失敗か〜。今回は上手くいくと思ったんだけど、人生って上手くいかないものね」
「主君。シアン殿は残念な結果に終わってしまったが、まだ私が残っております。現に私の剣術を披露した際に、目を付けてくれていた者達が多勢でした」
「いや、止めておくわ。貴女も見た目のスペックかなり高いし、シアンと同じようなことになりそうだから」
「ふぅむ……無念なり」
「いいのよ気にしなくて。それより、メイ活があんな感じで進行するだなんて思わなかったわ。あれじゃまるでオークションじゃない。リンクスの奴隷オークションと何ら変わらないわよ」
それに関しては同意する。俺も同じこと考えていたわけだし。
「でも金目当てでメイドになる奴ばかりでもないだろ。成金達の熱りが冷めれば、メイドに純粋な誇りを持った人も見つけられるはずだと思うがな」
「そうね。少なくとも知り合いに一人だけそういう人がいたわけだし」
「あいつの話はするんじゃねぇ……」
見掛ければ嫌でも目立つであろう変態メイドのはずだが、結局その姿は見掛けなかった。
アブノーマルメイドだろうから同じ会場にはいたんだろうけど、今頃何をしているのやら。
「それで、この後お前達はどうすんだ?」
「そうねぇ……。ここまで来てすぐに帰るのも癪だし、どうせなら最後までメイ活を見届けて行こうかしら。二人はそれで良い?」
「うん勿論。でも私の場合は着替えて来ないと、また面倒なことになりそう……」
「私に意見を述べる権利は持ち合わせておりません。故に、主君に従います」
結局最後までは滞在するらしい。自由で余裕のあるこいつらが羨ましい……。
「じゃ、俺達はそろそろ行くわ。また縁が会ったら会えるといいな。行くぞルティーナ」
「えぇ。それでは、御機嫌よう」
用事も済んだことで、俺とルティーナは今一度メイ活会場へと向かうため、路地裏から出て行く。
「あ、あの、ビャクトさん!」
……とまぁ、すんなりと去って行くことも叶わず、案の定シアンに呼び止められてしまった。
「な、なんだシアン。まだ何か用か?」
「えっと……その……さっきの――」
「あー! あれな! あの演技のことな! お前には悪いと思ってるけど、他に良い案が思い付かなくてあんな形になったっつーか!? すぐには無理かもしれないが、即刻忘れてくれるよう祈ってる的な!? は、はははっ……」
「え、演技……。そ、そっか、そうだよね……。あ、あはは……」
何を期待していたのか、笑顔の裏に落ち込んだオーラを映し出している。
目を覚ませシアン。今お前が抱いているであろう感情は、その場の勢いで舞い上がってしまった一時の思いだ。
熱りが冷めれば、すぐに気付けるはずなのだ。
「あの時の私はどうかしていた」と。
「……ねぇ触角君。貴方って鈍い男ってわけじゃなさそうだし、とっくの昔に気付いて――」
「エスケープ!!」
「あっ……逃げましたね」
あの子を光と表すのならば、さしずめ俺は闇の住人だろうか。
光は決して闇と混ざり合ってはいけない。それが世界の理なのである。
あんな出来た子はこんな腹黒い人間に“それ”を抱いてはならないのだ。
シアンにはもっと良い人が見つかると、俺は密かに願っておくとしよう。
「ダーリンってそっち方面に関してはチキンなのね」
「…………うっせ」
「フフッ、意外な反応ね」
血涙が出そうになるくらい腹立たしいが、否定し切れないことで強く出ようにも出られない。これが童貞という重荷か。
また会えたらと言ったばかりの俺だが、もう二度とあいつらと会わないことを祈っていた。




