弱音吐いたら思わず貴方を……
「じゃあな。俺達がいない間もしっかり働いて、今後の資金を極力稼いでおけよ」
一週間が経過し、あっという間にメイドの地へと赴く出発日。
前と同じく馬車をレンタルして、後ろにルティーナ一人だけを乗せている。
「納得いかないッスわ〜。私達だけ労働を強いられるとかパワハラッスわ〜。訴えちゃっても良いんだぜ? ギルド総本部に物申せば一発だぜ?」
「お前の場合は告訴したところでの話だろ。生きてたことがバレて死刑になるの確定だぞ」
「バッカだなビャクト。女には化粧という変装技法があるの知らないの?」
「お前の場合は化粧じゃなくて仮装だろ。しかも下着被るだけの。それはそれで別の罪で捕まるだろ」
「人の揚げ足ばかり取って……。貴方はいつからそんな子になってしまったの? そんな風に育てた覚えはないわよ!」
「出発〜」
「せめて最後までツッコんでってよ!」
単独での大道芸のような喚きっぷりを背に、俺は手綱を引いて馬車を出す。
しばらくあいつの顔を見なくて済むだなんて、久し振りに良いことに巡り会えた気がする。
「そういえばダーリン。ミルクが見送りに来てなかったみたいだけど、一声掛けていかなくても良かったの?」
朝から一人で何処に行ってしまったのか、朝方に皆で食事を取った後から、ミルクの姿が見当たらなくなっていた。
人としての成長がどうのこうの言っていたし、もしかしたら一人で仕事に向かったのかもしれない。
……なんて、そんなわけないんだが。
「いない奴のことなんて放っておけ。別にあいつはパーティーに入るってわけじゃないんだし、いなくなったらいなくなったで俺としては万々歳だ」
馬の気持ちの良い足音を聞いているうちに、ウンターガングの町が遠くなっていく。
こうも立て続けに遠出はしたくなかったんだが、戦うメイドを見つけるまでしばしの我慢だ。
「……町が見えなくなってきたわね」
「……そうだな」
「……辺りが静かね」
「……そうだな」
「…………二人きりね」
「…………ハッ!?」
背後に邪なる邪気を感知。反射的に右手で警棒を取り出した。
前を見たまま真後ろに向けて警棒を突き放つ。
手応えを感じると、どさりと馬車の中で倒れ込む音が聞こえた。
「馬鹿かお前は。二人きりってことは、お前一人に警戒心剥き出しってことだぞ。周りが見ていないからって簡単に俺を襲えると思うなよ」
「流石ねダーリン。まるで背中に目が付いているかのような危機察知能力。フフッ、惚れ惚れするわ……」
今更なことではあるが、サーヴァントに辿り着くまでは丸三日間も掛かる。つまり俺は、このクソビッチと三日間も二人きりで過ごさなくてはいけないわけだ。
前は油断して寝込みを襲われ、ある意味ナイスタイミングで現れたミルクに助けられた。
が、今回はミルクもいなければピノもいない。奇跡的な救いの手が入る可能性は皆無だ。
今はまだ俺のことを様子見しているのか、ここ最近は比較的大人しくなっていて、真夜中に魔法を駆使して夜這いを仕掛けてくるようなことはなかった。
ただ、それは今日という日を待ち望んでいたがための潜伏期間だったのかもしれない。
未だに底知れない魔女なんだ。決して油断はできない。特に夜は、奴が熟睡するところを見届けるまで眠らないようにしなければ。
手綱を手に持ったまま、何となく辺りの景色を見続けながら先へと進む。
ちらりと横目で後ろを確認してみると、ルティーナは馬車の窓に頬杖をついて、ニヤついた顔のまま俺と同じように景色を眺めていた。
「ずっとこうしていると退屈になってくるわね」
ぽつりと呟くルティーナだが、知らん顔してスルーする。
「ダーリンもずっと前だけ見ているし、手持ち無沙汰になっているわよね。少し私とお喋りでもしない?」
「……探りなら間に合ってるんで」
「疑り深いのね。でも警戒しなくても大丈夫よ。今は本当にただお喋りしたいだけだもの」
『今は』という言い方が妙に引っ掛かる。
「お喋りも何も、お前との話のネタなんて何一つ思い付かねぇよ」
「無いならゼロから捻り出せば良いのよ。好きな食べ物だったり、今ハマっている趣味だったり、話のネタなんて探せばいくらでも出せるわ」
「そんなありきたりな会話をしてお前は楽しいのか?」
「えぇ勿論。ダーリンのことなら何でも知りたいわ」
とろんとした妖艶な目付きで見つめてきて、ペロリと色っぽく舌舐めずりする。
獲物を見つけた淫魔のような顔だ。ビッチ臭がこれでもかと言わんばかりに漂ってくる。気色悪いことこの上ない。
「これ以上お前に俺の情報を流してたまるか。それよれも逆にこっちがお前に聞いておきたいことがある」
「良いわよ。私に答えられることなら何でも答えてあげる。まず、私の性感帯は――」
「そういう話に無理矢理繋げようとするんじゃねぇ! お前の性癖も性感帯もどうだっていいわ!」
この通り、こいつは頭の中が淫乱の一言に満ち溢れている痴女ではあるが、仮にも魔法のエキスパートの魔族だ。恐らくそっち方面の知識には博識なはず。
「俺が聞きたいのは魔法のことについてだ。魔法関連のことなら大体分かるんだろ?」
「大抵のことなら知っているわ。それで、魔法の何を知りたいの?」
「単刀直入に言うと、魔法適正についてのことだ。魔法適正ってのは、生まれた瞬間からどんな魔法が一番適しているのかって決定付けられてんだろ?」
「そうね。中には魔法そのもの自体の適性が無い人も稀にいるけど、大抵の人間と魔族は何かしらの魔法適正を備えているわ。で、それが何か?」
「……俺が冒険者登録しようとした時に、例の水晶を使って俺に適した魔法が何なのかを調べてもらったことがあってな。その結果は“アナライズ”と“メタルハンズ”という固有魔法が使えるだけ。基本的な魔法適正は一切無かったんだ」
「それはまた珍しいパターンね。同情とかした方がいいのかしら?」
「やかましいわ! で、その適正についての質問なんだが、魔法適正をどうにか身体に適合させるような方法ってあったりするか?」
「なるほど、そういうこと。要は魔法のレパートリーの数を増やしたいってことなのね?」
「……まぁな」
察しが良い奴だ。話が早くて助かる。
パーティーメンバーの補充という問題も重要ではあるが、俺には魔法の才能が乏しいという個人的な問題もある。
これから魔物と関わっていくのだから、せめて一つくらいは中距離や遠距離魔法を覚えたいところなのだが……。
「まず結論から言うと、適正を身体に染み付かせる方法はあるわ。と言っても、決してお勧めできる手段ではないのだけれど」
「やっぱデメリットはあるのか。ちなみにどんなリスクが?」
「単純な話よ。下手すれば死ぬ可能性があるってこと」
終わったかもしれん、俺の新魔法会得計画。
「死ぬって、それはまた穏やかじゃないな。具体的にどんな方法で染み付かせるんだよ?」
「そうね……。例えばの話だけど、ダーリンが火属性の魔法を覚えたいと仮定すると、その火属性の魔法をひたすら身体に浴びるの。それで運が良ければ火耐性の核が体内で自然に構築されて、火属性の魔法を扱えるようになるわけ」
要は、魔法攻撃を受け続けて我慢しろってことか。
そりゃキツいというか、無理難題な話だ。
身体が頑丈な魔族か、生粋のドMでもない限り不可能な方法と言えるだろう。
……だが逆に言えば、限界まで我慢し切れれば適正を染み付かせることができるってわけだ。
だとしたら、だ。“あの魔法属性”ならば、俺にも会得できる一縷の望みがあるかもしれない。
「お前って魔族のエキスパートなんだよな? てことは、基礎的な属性の魔法は全部扱えるのか?」
「えぇ。火や水と言ったように、誰でも知っているような属性魔法は一通り」
どうしようもない奴らばかりと関わり合いになって損してばっかりだったが、もしかしたらこいつと出会えたのはラッキーだったとも言えるのかもしれない。
どうせ今日はずっとこのままなんだ。暇潰しがてら、頼んでみるとしよう。
「ルティーナ。今から俺に電撃系の魔法を当て続けろ。できる限り強力なやつで頼む」
「急に俺を痛ぶってくれだなんて……。Sに見えて実はMだったのねダーリン。私と相性ピッタリじゃない」
「今までの話からそういう方面の話に繋がると思ったか? そういう意味じゃなくて、雷属性の魔法適正を身に付けたいから言ってんだ」
「フフッ、冗談よ。でもそれは本気で言っているの? さっきも言ったけど、お勧めできる手段じゃないのよ」
「安心しろ。他の属性攻撃ならまだしも、電気ならいくらでも耐えられる自信がある。そういう風に鍛えられて育ったんだ」
「そこまで言うのなら止めはしないけど、本当にそこそこ強力なやつを放つわよ? 下手すれば私が言っていた通り、ダーリンは死――」
「御託はいいから早よやれや。死んだら死んだで自己責任だ。お前にゃ迷惑掛けねぇよ」
「そう……。そこまで覚悟が決まっているのなら、もう何も言わないわ」
俺は重たい腰を上げて、馬車の手綱をルティーナに預ける。
ルティーナのすぐ後ろに腰を下ろして、背中を向けるようにして胡座をかく。
荷物のリュックは馬車の角を方に放り投げて、魔法を受ける準備を整えた。
「おし、良いぞ。いつでもこい」
「それじゃ、まずは四分の一くらいの電圧を流すわ。キツかったら言って頂戴」
「いくわよ」と言うと、ルティーナの右手にバチバチと青い電気が発生した。
やがて電気は強さを増していき、野球ボールくらいの大きさの電気の玉が生成された。
「ぐぅっ!?」
玉の形が綺麗な球体になったところで、背中に向けて雷玉を押し付けられた。
直後、ただならぬ雷が俺の体内を駆け巡る。
全身に焼き付くような痛みが先の先まで伝わり、思わず呻き声が出てしまった。
次第に体内に残された電流が弱くなっていき、完全に消滅した。
くらった瞬間は痛みに顔を歪ませてしまったが、我慢できないほどじゃない。これなら長時間電流を流され続けていたあの頃の方がよっぽど辛い。
「ま、お前の言っていた通りにそこそこの威力だな。これで四分の一か」
「余裕の表情ね。なら次は一気に半分くらいの力でいいかしら?」
「おう。どんどん来いや」
魔法と称したところで、所詮は無から電気を作り出すだけのこと。化学じゃ立証不可能の摩訶不思議な力ではあるが、威力に関しては想像していたよりもずっと脆弱――
「ギャァァァッ!?」
なんて、余裕をこいていられたのはついさっきまでのこと。
先程とは比にならない強力な電撃が全身を迸り、予想外の痛みに別の意味で開いた口が塞がらなくなった。
電撃が止まり、口から黒い煙の塊が吐き出る。
ピリピリとした感覚が付いて離れず、あらゆる箇所がまだ放電の痕跡を残していた。
「これでも意識が飛ばないだなんて、ダーリンのタフネスさは眼を見張るものがあるわね。これで雷耐性が付いていないというのだから驚きだわ」
「おまっ……今の半分じゃねぇだろ!? ほぼ全力出してたろ!」
「意表を突いて四分の三程度の威力で試してみたの。ダーリンの驚く顔を見てみたくて。案の定、期待通りの反応だったわ。フフフッ……」
このドS野郎め……。さっき自分で下手すれば死ぬとか言ってたのに、割と本気で殺しに来やがった。狂気に満ちた愛情なんて余程の物好きじゃないと耐えられん。
「常人相手なら死んでいてもおかしくない威力だったのだけれど……。何か身体に違和感は?」
「……ただただ全身が痺れて痛いんですが」
「でしょうね。これで適正が染み付いたら苦労しないもの。例えるなら、屋台の型抜きの一番高い値段のやつの判定クリアのレベルってところかしら」
「要は不可能に等しいってことじゃねーか! そういうことは先に言えや!」
「だから前もってお勧めしないって言ったじゃない。魔法適正を付けたいためにわざと魔法を受けるだなんて、そんな人を見たのはダーリンが初めてだったわ。でも、そのチャレンジ精神にまた私は唆られてしまったわ……」
魔法適正は一切身に付かず、代わりにクソビッチの好感度が一つ上がった。
俺は意のままに操られる傀儡じゃないというのに、お人形遊びなら幼稚園のボランティアにでも行って欲しい。世の子供に貢献しているだけあって、その方がまだマシだ。
「そもそも私からしたら、固有魔法を二つも使うことができるダーリンの方が特質だと思うわ。固有魔法はその名の通り、その人だけしか使えない二つと無い魔法だもの」
「物は言いようだな。固有魔法ってレアリティ満載な言い方してるが、実際は知らない言語を全て理解できて、手を絶対防御の鋼鉄に変えられるくらいなんだぞ。俺からしたら数多の魔法を使えるお前の方がチートだっての」
ルティーナの体質は正しく、理不尽な力で無双しているラノベ主人公だ。
本来ならばその体質は俺が身に付けているところなのに、何故にこんなクソビッチにチート能力を授けてるんだか。
俺とは一生相容れないな、異界クオリティ。
「基礎的な魔法の会得は絶望的かもしれないけど、実はまだダーリンには希望が残されているのよ。これは私の勘だけど、今後ダーリンは他の魔法も扱えるようになると思うわ」
「なんでだよ。その発言は俺に対する嫌味か? さっきから魔法適性が無いって言ってんだろうが」
「基礎属性の魔法の話じゃないわ。今私が話しているのは、固有魔法の会得についての話よ」
「固有魔法の……?」
ついに頭おかしくなったかこいつ。
生まれた時から決定付けられているのが固有魔法だというのに、今後新しい固有魔法を会得できるかもしれないだと? 只でさえ固有魔法は扱える者が限られているというのに、そんな都合の良い話があってたまるか。
「フフッ、まるで信じてないって顔ね」
「当たり前だろ。お前の言っていることは、固有魔法の定義が矛盾してるからな」
「それはダーリンが固有魔法の秘密を知らないってだけよ。確かに固有魔法というものは、生まれた瞬間から一人一人に定められているものよ。でも人によっては、固有魔法の潜在能力を目覚めさせられていない人がいるのよ」
つまり、今はまだ“アナライズ”と“メタルハンズ”しか扱うことができないが、俺の中にはまだ目覚めていない固有魔法が眠っていて、今後そのあるか無いか分からない魔法が扱えるようになるってわけか。
しかしだ。この世界に来てから今までの経験を踏まえると、そんな美味しい話があるわけがない。
「ちなみにその確率は?」
「そうね……。お祭りのくじ引きで一等を当てるくらいのレベルかしら」
「さっきからなんで祭り屋台で例えてるんだよ……。分かり易いけど」
ほら見たことか。魔法適性を付けるに等しく、ほぼ望み無しの可能性だ。
今後の魔法の進展に関しては高望みしないでおこう。叶わぬ夢を望むなんて虚し過ぎる。
やっぱり手持ちの魔法だけで今後やってくしかないか。便利そうに見えて不都合だらけの世界だ。
まともな魔法が扱えないとなると、今後俺が取るべき行動は何か。
人員確保は当然のこととして、戦闘に関しては持ち前の技術でほぼ完成している。
となると、残されている手段といえば……。
「……盲点だったな」
「ん? 何の話かしら?」
「いや、こっちの話だ」
改めて戦い方を見直してようやく気付くことができた。
どうやら俺は、魔法という言葉に捉われ続けていたらしい。
様々な種類が実在するのが魔法。故に、様々なことに応用が効く幅広い使用の意図がある。
ともなれば、魔法の力を施した武器なんて物もあるのではないだろうか?
そういえば、こんなファンタジーな世界に来ているというのに、鍛冶屋や武器屋という場所に一度も赴いていなかった。
サーヴァントに着いたら、宿を取った後に行ってみるとしよう。
特にそれ以上会話をすることもなく、ルティーナに手綱を預けたままにしてから数時間。
馬車の中で横になって熟睡しない程度に眠っていたところ、またルティーナが呼び掛けて来た。
「ダーリン。気持ち良く眠っているところ悪いけど、ここを超えるまでは気を張っていた方がいいわよ」
「あァ?」
重い身体を起こして座り込み、真正面の方角を見つめる。
さっきまでは何の変哲もない平野が見えていただけだったはずだが、いつの間にか先々に立ち塞がるように森が広がっていた。
やたらと木が多い上に、一本一本が大樹のように太い。
目を細めて凝視すると、あちらこちらに奇妙な鳥らしき生き物が木の上で佇んでいる。
ジロジロと視線を飛ばして来る鳥の魔物の群れ。生気を感じられないボーっとした目を見ていると、こっちにまで眠気が移りそうだ。
「あまり目を合わせない方がいいわよ。あいつらは油断している相手に眼術魔法を使って来る魔物だから。ずっと目を合わせていたら、幻術に貶められる可能性があるわ」
あんな見た目でそんな恐ろしい魔法使って来るのか。魔物も人と同じで見掛けによらないってことか。
「ちなみに食用には向いてないわ。どんな工夫を施しても食べられたものじゃないわね」
そもそも魔物を食べようとする気にならないって話なんだが。
「いかにも魔物の巣窟そうな森だな。迂回して進むことはできないのか?」
「無理ね。左右に進んだ先にあるのは断崖絶壁の崖だもの。ここを抜けない限り、サーヴァントには辿り着けないわ」
旅をすることにおいて、極力避けて通らなければならない道ランキング堂々一位は森だ。
何故なら、何が潜んでいてもおかしくない魔の領域であり、抜け出そうにも簡単には抜け出せない迷宮区域だからだ。
異界に来た以上は必ず通る道だとは思っていたが、まさかこんなにも早くこの機会が訪れようとは。ルティーナの言う通り、おちおち眠ってもいられないようだ。
「この森を抜けるには大体どのくらい掛かるか分かるか?」
「半日もあれば抜けられるはずよ。今から森に入るとすれば、夜中頃には突破できると思うわ。……何事も無ければの話だけど」
「意味深な言い方でフラグ立てんじゃねぇよ。やっぱ危険な魔物とか住んでたりするのか?」
「フフフッ……どうかしらね」
何故勿体振るのか。超ウザいんですけど。
「手綱貸せ。お前はいつ何が襲い掛かって来ても大丈夫なように、常に周りに気を配っておけ」
「分かったわ」
その言葉だけ聞いていたなら不安なんてありはしなかったが、くすくす笑っている辺り大いに信憑性に欠ける。
魔物は魔物で厄介だけど、一番厄介なのはこいつなのかもしれない。
ルティーナから手綱を受け取り、再び俺が馬車の操作感を握る。
ルティーナは俺の隣にベッタリとくっ付いて座って来たが、蹴り押して無理矢理距離を取らせた。油断も隙もない奴だ。
手綱を引いて馬車の進行を再開する。
幸い入口付近にはそれらしい魔物は蔓延っておらず、点の目をした奇妙な鳥だけがそこら中にいるだけ。今のところは大丈夫そうだが……。
「グェーグェー! ギゥイイイ!」
「ゴゴォー! オゴッ、オゴゴゴゴッ!」
「ギュァァ……ギュア……ギュアギュア……」
……鳴き声の独特性よ。見た目に反して鳴き声ががっつり肉食系だ。鳥と言うより恐竜と言い表した方が正しい気がする。
「素人が奏でる演奏会よりも酷い鳴き声セッションだな。蹴散らしたいんだがあいつら」
「基本何もしなければ無害だけれど、一度でも刺激したら洒落にならないわよ。集団で襲い掛かられたら一溜まりも無いわ」
「でもお前ならあれくらいの魔物くらい余裕で倒せるんだろ? もしもの時は頼むぞ。俺じゃあの数は凌げないだろうからな」
「…………」
急に黙り込むルティーナ。
異変を感じて横目でルティーナの様子を確認してみると、怪しげな雰囲気を漂わせてニタリと笑っていた。
「全面的に私に頼むなんてつまらないわダーリン。強者であるダーリンなら、あんな鳥の集団くらいどうってことないはずよ」
「さっきと言ってること矛盾してんぞ。集団で襲い掛かられたら一溜まりも無いって言ってたばかりだろうが」
「……そう言えば、一つダーリンに言っていなかったことがあるわね」
「あのな……御託はいいからまずは警戒を――」
不意にルティーナが右腕を横に伸ばしたと思いきや、掌から小さな小刀のような刃物が出現し、切っ先を俺の喉元に添えるように刃を突き付けてきた。
「おいコラ。いきなり何のつもりだクソビッチ」
「私はね、ダーリン。私を打ち負かした強者という肩書きを守り続けているダーリンが好きなのよ。でも今のダーリンは弱音ばかり吐いて言い訳ばかりしているわ。そんな姿を見せられ続けでもしたら……」
妖艶なる恍惚とした目が怪しく光り、歪んだ笑みを前に若干鳥肌が立つ。
「貴方を殺してしまいそうになるわ」
「……はははっ、ご冗談を」
「私は本気よ」
「…………」
愛情と殺意が混ざり合った謎の想い。人はそれを何と呼ぶのだろうか。
狂気、だなんて言葉でまとめられる程、こいつの厄介さは表現できない。
やっぱりこいつと二人旅だなんて愚策過ぎた。後悔後に立たずとはまさにこのことよ。
「俺が好きなのか嫌いなのかハッキリしてくれませんかね」
「勿論愛しているわ。今のところは、ね」
よし、決めた。今から引き返してあの穀潰し共も連れて来ることにしよう。このままだと俺にはどうにもできない魔法とか使われてマジで殺され兼ねない。
「はい、迂回しま〜す」
「…………」
手綱で馬を操って回れ右――をしようとしたところ、スッとルティーナが前に右腕を伸ばして、掌から例の火の玉を発生させた。
「おい、待て、落ち着けクソビッチ。早まっちゃいけない。その判断はお前も面倒事に巻き込まれる形になるぞ」
「…………フフッ」
微かにほくそ笑んだ瞬間、火の玉が発射される。狙いは無論のこと、俺達を囲んでいる鳥の魔物の一匹だった。
突然の襲撃に狙われた鳥は羽ばたこうとするも間に合わず、直撃を受けて全身が燃え上がり、見た目がグロい焼き鳥と化した。
一斉に鳴き声を上げる鳥の魔物達。
一匹残らず上に飛び上がって群れとなり、俺達の方へと急速落下してきた。
「旅先でいきなりのピンチ。さぁ、乗り越えてみせてダーリン。貴方の強さを今一度私に見せなさい」
「お前マジでざっけんなよ!? 何してくれてんだぁ!!」
俺はリュックの中から警棒を取り出し、単独で馬車の中から飛び出して行った。




