最強の魔人魔道士vs天性の殺し屋
翌日。お約束であるかのように、俺は自分の部屋にメンバーを総動員させていた。
「命乞いをしたいってんなら聞いてやる。何か言い残したいことはあるか?」
「フフッ、まさか逆に私が命乞いをする立場になるなだなんて思いもしなかったわ」
「余計な私語は慎め。ピノ、石追加」
「へ~い」
強制的に正座させているルティーナの膝の上に、石のブロックをズシリと置かせる。
これで合計四枚重ねとなったが、ルティーナの表情は未だ澄まし顔だ。
「お前絶対魔法使ってんだろ。反省の色無しかクソビッチ」
「反省も何も、私は悪いことをしたと思っていないもの。強いて言えば、人としての本能に従っただけよ」
人でもない魔族が何か言ってる。
むしろ悪いことしかしてないのに、どんだけ神経図太いんだこいつ。
「あの~ビャクト様? そろそろ許してあげたらどうですか? これ以上はルティーナさんの膝が壊れてしまいますよ」
「お前は本当に人の話を聞かねぇ奴な。今のこいつは膝に何らかの魔法を使ってんだ。辛いも何も、今のこいつには石なんてまるっきり効果ねぇんだよ」
「ディアヴル族……と言いましたっけ? 魔力に長けた種族だとビャクト様は言っていましたけど、それって本当なんですか? ルティーナさんは何処からどう見ても人間ですし……」
昨晩のあの件の後、俺はミルクに誤解を解いた後でルティーナに聞かされていた正体を明かした。ルティーナは絶滅種だったはずの魔族であることや、俺を付け狙っていた理由の全てを。
ルティーナの前髪を掻き分けてやり、二人に魔眼の右目を見せ付ける。
「これがディアヴル族の証らしいぞ。明らかに人の目じゃないし、普段は角やら羽やらが生えているらしいが、それも魔法で見えないようにしてるんだと」
「おぉ~、かっけ~。ちなみにその目って周りはどんな風に見えてんの?」
「別に普通よ。人よりも格段に視力が良くて、幻覚といった幻を看破することができるくらいね」
「いや普通じゃねぇだろ。強者の香りがぷんぷんするわ」
いかにも厨二臭い目だが、見掛け倒しの魔眼ではないらしい。
まるで主人公が持っていそうな隠し能力だ。地味な固有魔法しか使えない俺と違って格好良い。
「ルティーナさんは強い人を探して奴隷になっていたんですよね?」
「えぇそうよ。でもその奴隷生活はもう終わったの。ダーリンという強者とようやく巡り会えたから」
上目遣いで見つめてきて、懲りずに色仕掛けを仕掛けてくる。
昨晩は発情の副作用で堕とされそうになったが、今となってはビッチ臭丸出しの誘惑など取るに足らん。俺にとっては下手物な見掛けでしかない。
「強い人だということは前々から分かっていたことではありますけど、実際ビャクト様ってどれくらい強いんでしょうか? 魔法のレパートリーは乏しいですけど、何と言ってもA級危険種の魔物を戦わずして圧倒してしまうくらいですし……」
「私もあれにはビビったね。私と勝負した時も思ったけど、ビャクトの身体能力は見るからに異常だよ。ぶっちゃけビャクトって何者なの?」
「ただの一般人だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そ、そうですよピノさん。ビャクト様はあくまで一般人です。上から下まで汚れなき一市民の一人です」
黙って入れば良いものを、ミルクは汗をダラダラと流しながら身振り手振り動かして訂正を入れる。むしろ怪しませるような反応示してどうする。
「絶対嘘でしょそれ。んだよ~、勿体振ってないで教えろよ~」
「フフフッ……。ダーリン達は誤魔化しているわけではないわよピノ。だって本当に一般人だもの」
「その口振りからしてルティーナも知ってる感じ? おいおい、私だけハブとか勘弁してくれよ相棒」
「誰がバディだ。俺のことはいいんだよ。今はルティーナの処遇を決めるのが最優先だ」
「処遇も何も、気に食わないなら契約破棄すればいいじゃん」
「お前が勝手に競り落とした奴隷のくせに好き放題言ってんじゃねぇよ!」
そうしたいのは山々だが、ルティーナは俺の秘密を知ってしまった数少ない者の一人。今ここでこいつを追い出せば、俺の知らないところで何を言って回るか分かったものじゃない。
それに、今のこいつが興味を持っているのは俺だ。
たとえ契約破棄して突き放そうとしても、ストーカーの如く俺の周りに取り巻いてきて、隙あらば貞操を奪いに掛かって来てもおかしくない。馬鹿でも目に見える未来だ。
かと言って、このままこいつを無条件で俺の近くに置いておけば、また昨晩のように寝込みを襲って来る可能性が大きい。
被害が及ばないように^_^するには、やはりこいつを上手いこと説得するしかないのだが……。
「……ルティーナ。改めて一つ聞くが、お前が求めていた強者ってのはどういう逸材のことを示している?」
「昨晩に教えてあげた通りよ。誰にも覆すことのできない圧倒的武力を持った人。そして、絶望的状況に陥っても決して揺るがぬ屈強な精神を持った人。そのどちらも携えた人が私にとっての最上級ね。無論、ダーリンがその一人よ」
圧倒的武力と屈強な精神。つまりルティーナは、それらを持ち合わせた俺の姿をその目で見たから、俺にターゲットを絞り込んでいるわけだ。
「もう一つ質問だ。お前が言う強者ってのは、お前自身よりも強い奴のことを言っているのか?」
「いえ、そういうわけではないわ。でもダーリンの場合は私よりも強いんじゃないかと思っているわ。だからこそダーリン以外にもう相手は考えられないのよ」
「……そうか」
冷静になって考えてみると、解決策は意外と単純なことに気が付いてしまった。
今一度俺の強さをこいつに確認してもらい、ボアと戦っていた時の俺は偶然だったと思わせるくらいの貧弱っぷりを見せ付ければいい。
するとどうなるだろうか? 俺の本当の強さを知ったルティーナは幻滅して、俺に手を出そうとする意思を自ら引っ込めるのでは?
俺の戦いっぷりはまだ一度しか見せてないんだ。あれは偶然だったと思わせられる可能性はゼロじゃないはず。
あの巨体をぶん投げた実績があるせいで苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、そこに少しでも望みがあるのなら俺はそれに賭けよう。
「ルティーナ。今から外に出て俺と決闘しろ」
「はぃ!? 何言ってるんですかビャクト様!?」
「きっとワロスとの決闘で戦いに快楽を覚えたんだよ。戦闘狂の変態とかマジウケるんですけど」
「お前にだけは変態呼ばわりされたかねぇよ!」
「外野は黙ってろ!」と押し黙らせる。話に水を差す邪魔な部外者は引っ込んでいてもらいたい。
「また急な話ね。何を企んでいるのかしら?」
「勿論、ただの決闘じゃねぇ。勝った方は負けた方に何でも一つだけ命令できる条件付きだ。お前にとっても悪い話じゃないだろ?」
「フフッ……そうね」
勝てば何でも好きな命令が一つだけできるんだ。そりゃ乗ってこないわけがない。
だが、俺にとってこの決闘は勝敗なんてどうでもいい。
何故なら、どちらに転んでも俺が得することができる仕組みになっているからだ。
ルティーナは必ずこの決闘に乗ってくるはずだ。決闘に勝利し、俺の貞操を手中に収めるために。
しかし俺は、その敗北条件を分かっている上で、この決闘にわざと負けるつもりだ。
上手いこと粘り続けて、最後にはわざとルティーナにやられて人間の貧弱っぷりを見せ付ける。
そうすると、俺を強者だと思い込んでいたルティーナは俺という器に幻滅し、命令権を自ら放棄する。
弱者に興味がないこいつなら、必ずそうするはずだ。
そうなれば、たとえ奴隷契約破棄後であろうとも、ルティーナは弱者である俺のことなど綺麗さっぱり忘れるだろう。
つまり、俺が殺し屋だとバレる不穏分子が一人消滅するわけだ。
無論、仮に俺が勝ったとしても、命令権を行使して俺の身柄を諦めろと告げればいい。
俺の貞操が狙いで引っ付いて来ているのだから、それができなくなれば、それはそれでルティーナは身を引くだろう。
どっちに転んでも俺からしたら美味しい話。なんて素晴らしい決闘プランだ。
このクソビッチは今、俺の掌の上で転がされているに等しい。実に滑稽で仕方無い。
「どうする? この話、乗るか? それとも、乗らないか?」
「……フフフッ」
「その笑みは肯定と捉えても?」
「お好きに解釈してもらって構わないわ」
「だったら決まりだな。今から町の外に出て、人目の付かない平野に行くぞ。雑菌のお前らはここで待機してるように」
荷物を持って席を立ち、ルティーナを連れて部屋を出て行く。
しかし当たり前のように、聞く耳持たずに雑菌二人も後を付いて来ていた。
「人の話聞いてた? 付いて来んなって言ったんだ俺は」
「そんなこと言ってビャクト、人目の付かない場所にルティーナを連れてって何するつもり? けしからん、実にけしからんよ思春期男子。大人しくそのポジションを私に譲りなさい」
「決闘しに行くってついさっき言ったばかりだろうが!」
「でもそれが建前な可能性があるわけじゃん? ていうか建前なんでしょ?」
「あら、そうなのダーリン? 私はそれでも一向に構わないわよ」
人の話を聞かないどころか勝手に解釈し出して、全く違う話へと方向転換して歪んでいく。
……出費が手痛いが、致し方あるまい。
リュックを開けて中から小袋を取り出し、ピノの手に無理矢理手渡した。
「五万ゴールド入ってる。それで裏の世界にでも遊びに行って来い」
「……賄賂?」
ブチリと一瞬だけ自制心が切れて、開いた窓を向かい側にピノの顔面を蹴り飛ばす。
宙を舞う変態は美しく弧を描き、滑らかな動きで窓から下に落下して行った。
「大盤振る舞いですねビャクト様。そんなにピノさんに見られたくないんですか?」
「当たり前だろ。あまり人と戦う姿を見られたくないんだよ。殺し屋だってバレる可能性があるにはあるんだからな」
秘密を知らない唯一の枷は消えた。金を使い果たして戻って来る前に、早々に決着を付けなければ。
〜※〜
冒険者が多くいる街なだけあってか、すぐ外には周りの目に付かないような場所が多かった。
お陰様で決闘の場所選びはそう時間が掛かることなく、呆気なく見つけることができた。
杉の木が密集した林を抜けて、だだっ広い岩場が広がる山の麓。もし万が一ルティーナが派手な魔法を使って来たとしても、ここならどれだけ地形が変わろうとも目立つことはない……はず。
幸いこの辺りに魔物は潜んでいないようで、人どころか草食の魔物一匹すら見当たらない。まさに絶好の決闘場と言えるだろう。
「ミルク、巻き込まれて死にたくなかったら遠くまで離れてろ。自殺願望があるなら止めねぇけど」
「嫌ですよ生きたいですよまだ! でもそこまで激しい決闘になるんですか?」
「念の為だ。あいつがどんな魔法使って来るか、まだよく判明してないからな」
ただ、あいつの話が本当のことだとしたら、ディアヴル族は魔族の中でも随一の魔法使い。数多の魔法を自由自在に扱える化け物だろう。
負け試合とはいえ、重症を負わないように上手く立ち回なければ、下手すりゃ死ぬかもしれん。
「そろそろ準備は良いかしら、ダーリン?」
「まぁ待て。今用意するから急かすな」
形だけでも本気で戦うような姿を見せ付けるため、ポケットに武器一式を入れて、左腕に籠手を装着し、仕込めるものを全部仕込んでおく。
「よし、いいぞ」
準備万端の合図として手を挙げる。
ルティーナはほくそ笑み、宿を出てからずっと被っていたローブのフードを脱いだ。
「それじゃ早速始めましょうか――と思ったんだけど、勝負を始める前に私が命令しようと思っていることを先に言っておくわね」
「……?」
ルティーナは掌を上に向けるように自分の胸の前に右手を添えると、目を細めて不気味に笑った。
「もし私がこの決闘に勝利したら……私は貴方を――」
掌の上に、幾何学模様の小さな赤い魔法陣が出現する。
「殺す」
「…………え゛っ?」
魔法陣から野球ボールくらいの大きさの丸い火の玉が出現し、数え切れない火の玉がふわりふわりと宙に浮き上がる。
構えている右腕を左から右に大きく振り払う。
その瞬間、火の玉がルティーナの殺意そのものであるかのように、高速で一斉掃射された。
あの数を避けるのは至難の技だと本能的に悟り、“メタルハンズ”で両手を鋼鉄化して手刀の構えを取る。
飛来してくる火の玉に手刀を放ち、真っ二つに分散する。
分散した火の玉は背後で小爆発を起こし、地形を少しだけ変えてしまっていた。
全身を動かし、幾度と無く放たれてくる火の玉に手刀を放ち、余裕があれば紙一重のところで躱す。
しかし玉の数は無制限なのか、ルティーナの右手の魔法陣から次から次へと生成されては飛んで来る。
このままあいつの魔力が尽きるまで躱し続けるのも有りと言えば有りだが、魔力に一番長けた魔族である以上、いつ魔力が切れるのか予測が付けられない。ずっと先の話かもしれないし、はたまた切れることがない無尽蔵の魔力を持っているかもしれない。
そう考えると、この状況をキープするのは危険と見た。
無闇に突っ込むのは得策ではないが、状況を打破するために、一か八か真正面から突っ込んで行く。
既に目が慣れたため、走り際に火の玉を捌くことは容易だった。
ある程度の距離まで近付いたところで、踏み込む足に一気に力を注ぎ込む。
超加速で爆発的に速度を上げて、ルティーナの目前まで接近する。
「恐れを知らぬその顔。良いわ、溜まらないわダーリン……」
戦闘中に恍惚とした様子で頬に手を添えるルティーナ。
その大きな隙を見逃さず、その顔を鷲掴みしようと手を伸ばす。
刹那、ルティーナの姿が幻だったかのように消失した。
「こっちよダーリン」
背後の方から声が聞こえて振り向くと、さっき俺が強く踏み込みを入れた場所にルティーナの姿があった。
「“メテノラ”に“ワープ”。初級中の初級魔法だけれど、渋い顔をした反応からしてダーリンは扱えないのかしら?」
人を小馬鹿にするような笑みを向けて来る。
安い挑発には乗らず、ポケットから警棒を取り出して再び突っ込んでいく。
「接近戦がお望みとあらば、私もそれに応えてあげるわ」
ルティーナが掌を下に向けるように右手を伸ばすと、今度は地面に黄色い幾何学模様の魔法陣が出現した。
その中から金色に輝く薙刀が出てきて、ルティーナが手に取った瞬間に薙刀自体が稲妻を帯びた。
軽く振り回して達者な薙刀捌きを披露してくると、今度は逃げずに真っ向から勝負を仕掛けてきた。
見た目は派手な薙刀だが、切れ味はどれほどのものか。
敢えて避けようとはせず、横振りに警棒を振るう。
ルティーナも横振りに薙刀を振るって来て、お互いの得物が衝突した。
「っ!」
薙刀と交えて火花が散り、ピリピリとした痛みが全身に流れ込んでくる。薙刀に纏わり付いている稲妻が原因か。
「さぁ、耐えられるかしら?」
縦横無尽な動きであらゆる角度から薙刀の猛攻を仕掛けてくる。
スレンダーな身体付きとは思えない力強さに圧倒され、次第に俺の方が防御の一点張りに変わっていく。
薙刀を受け流す度に警棒を握る手に強く電流が迸り、上手く力が入らなくなっていく。
やがて完全に右手に力が入らなくなってしまい、警棒を上に跳ね飛ばされてしまった。
「取ったわ」
ルティーナはくるりと身を回転させて遠心力を利用し、薙刀の石突部分で腹を突いてきた。
刹那、全身に強い電流が音を鳴らして迸った。
「……あら?」
一瞬つまらなそうな表情になるルティーナだったが、俺の顔を見て少し驚いた様子を見せた。俺に電流が通じていないことに気付いたようだ。
ギロリと目を見開き、ルティーナの顔に向かって勢い良く手を伸ばす。
だが寸前のところで後ろに飛んで避けられてしまい、再び距離を取られてしまった。
「十メートル級の魔物でも一発で気絶する威力なのだけれど、流石だわダーリン。何度でも私をゾクゾクさせてくれるのね」
自分の身体を抱き締めながら身をよじらせて、口の端から涎を垂らすルティーナ。
殺し屋修行期間において、一時期その辛さから発狂しそうになった頃があった。
それは、痛みに強くなることを目的とした仮の拷問訓練だった。
殺し屋である以上、相手に捕まって捕らえられる可能性は大きい。その後、情報収集のために拷問される可能性は無きにしも非ず。
そういう万が一の状況のことを予見し、あのクソ親父が俺に強制的に施してきた。
とにかく痛みに耐え続ける訓練を強いられ、その中には全身に電流を流し込まれることもあった。
最初はあらゆる痛み余りに一瞬で気を失っていたが、同じことを繰り返される度に耐性が付き始めて、最終的には痛みに動じない天性の殺し屋が出来上がったというわけだ。
もう少し早く意表を突ければ捕らえられたかもしれないが、思いの外ルティーナの反射神経が鋭かった。最強の魔導魔族なだけあって、やはり油断できない。
「ねぇダーリン。私が貴方を殺すと言った時、貴方は間抜けな顔して驚いていたわよね? 何故私があんなことを言ったのか分かる?」
「…………」
「私の中では、既にダーリンは最上級の強者になっているの。この私よりも遥か上に君臨する強者として。でももしこの戦いでダーリンが負ければ、私が思い描いていたダーリンの強者な姿は消滅する。そうなったら私にダーリンは必要ない。むしろ、私をここまで誤解させてくれたことに対して死を与えてやりたいと思うのよ」
誤解も何も、お前が勝手に俺を買い被っているだけの話だろうに。
なのにそれが勘違いだった場合は殺すって、それってただの八つ当たりなのでは?
自分の都合で他人の命を振り回そうとしやがって、ミルクやピノとは全く異なったタチの悪さだ。
ルティーナの言葉に死という不吉の象徴が隣り合わせな以上、むしろあの二人のウザさが可愛く思えてくる。
「ダーリンの強者たる器を直に堪能できる場を設けてくれるなんて、これ以上に喜ばしいことはきっとないわ。さぁ、もっと見せて頂戴ダーリン。私という化け物を乗り越えて、貴方の本当の強さを見せて!」
左手の掌を下に向けて赤色の幾何学模様の魔法陣を展開し、今度は炎を纏った薙刀を二本出現させた。
稲妻の薙刀が消滅して、新たに生成した炎の薙刀を手に取る。
こっちの警棒はルティーナに跳ね飛ばされてしまったため、奴の後ろの方に落ちてある。下手に取りに行こうとすれば、間違いなくこっちがやられるだろう。
電気はともかくとして、炎に焼かれれば流石の俺も重傷を負う。戦況は俺が圧倒的に不利だ。
「ビャクト様〜! ここは潔く逃げるべきですよ〜! じゃないとルティーナさんに殺されてしまいますよ〜!」
馬鹿か。あいつの前で逃亡と命乞いは絶対タブーだ。あいつにとってそれは弱者の証でしかない。今以上に絶大な規模を誇る魔法で抹殺されることは明白だ。
とは言え、この状況で武器無しのまま戦えば無事では済まない。しかし武器を取りに行く暇はまず無い。
……だからこその“チャンス”なのだが。
「この危機的状況を覆してみなさいダーリン! できなきゃそこで貴方は終わりよ!」
二本の炎の薙刀を構えて襲い掛かってくる。
俺が素手になっているからか、奴に少しだけ慢心が見える。
ここで猛攻を仕掛ければ終わりだと、奴の目が自分の未来を物語っている。
「…………」
脱力し、肩の力を抜く。
前のめりにゆらりと動いて、ルティーナの動きをジッと見据える。
呼吸、足運び、武器の扱い方、ありとあらゆる動きをさっきのやり取りと照らし合わせ、奴の動きの癖を分析する。
奴の薙刀捌きは驚くことに秀でた才能を示している。魔法を扱うことに長けているわけではなく、武芸にもそれなりに心得があるようだ。
でもそれは完璧じゃない。奴の猛攻は力強いだけで、“それ”の可能性を全く危惧していない。それこそが、奴を出し抜く大きな隙だ。
仮の話、もし一人の殺し屋が暗殺に失敗し、相手に見つかった時があったとする。
自分は何一つ得物を持っておらず、対する相手は確実に命を奪い去るであろう武器を携えている。
援軍の便りも無く、たった一人でその状況を打破しなくてはならない。
そんな時、その殺し屋は真っ先に何を考えるべきだろうか?
暗殺に失敗した時点で、本来ならば逃走を図るべき。しかし、俺のこの状況のように逃げられない場合もある。
故に、その答えは“逃走”ではない。
だったらどうすれば得策なのか。実のところ、それは言うだけならとても簡単な話だ。
逃げ道は無い。武器も無い。だったら――
「っ!?」
死に物狂いで相手の動きを読み取り、相手の持つ得物を奪えばいい。
ルティーナが猛攻を仕掛けようとした瞬間を見計らい、素手のまま真正面から突っ込んでルティーナの懐に入り込む。
まさか俺が真っ向から突っ込んで来るとは思っていなかったようで、ルティーナの動きが少し鈍る。
相手を懐に入れた時点で、その反応は致命的なミスだ。
俺の身体に刃が通る前に、ルティーナの手首を取って捻る。
右手の一本を手元から落とし、透かさず薙刀を握り締め、すれ違いざまに腹の辺りに向けて振り払った。
盗刀流剣術。相手の武器を盗むことに特化し、同時に相手に致命傷を与える自己流派。天性の殺し屋の素質を持っていたからこそ会得できた、俺だけの秘技である。
ルティーナの背筋が伸びて、その場に立ち尽くして上を見上げたまま固まる。
その隙に俺は警棒を回収し、ポケットの中にしまい込んだ。
「…………フフフッ」
ルティーナはほくそ笑み、蛇のように右腕を伸ばして俺の首を鷲掴んで来た。
そのまま身を引き寄せられて、背中から地面に叩きつけられる。
身体が地にめり込み、全身に大きな痛みが迸った。
「残念だったわねダーリン。駄目じゃない、人の話はちゃんと覚えておかないと」
そのまま首を持ち上げられ、足が地面に届かないスレスレの高さまで首を絞め上げられる。女性らしかぬ異常な腕力だ。
「私の身体は魔力を受け付けない。それが何を差しているのか分かる?」
ルティーナの出した薙刀は、ルティーナ自身が“魔法”で生み出したもの。
つまり、魔法生成した武器で切り裂こうとも、ルティーナの身体には擦り傷一つ付けられないということだ。
――分かってんだよそんなことくらい。
「命乞いをしたいのなら聞いてあげるけど……どうする?」
左手に持った薙刀を構えて、刃先を俺の喉元に添えるように突き付けてくる。
反撃を警戒せずに油断し、目と鼻の先まで俺を近付ける。この距離感をずっと待ち侘びていた。
「……命乞いなんて」
大口を開き、両手を口の中に突っ込む。
「するわけねぇだろ!」
タイミングはこの瞬間。ずっと口の中に隠し込んでいた鉄製のワイヤーを取り出し、ルティーナの首の周りに大きく広げた。
「なっ!?」
ルティーナは慌てて俺の首から手を離し、左手に持っている薙刀を捨てて消滅させる。
同時に俺はワイヤーを引っ張り、ルティーナの首を思い切り絞め上げた。
何重にもなったワイヤーがルティーナを首を絞めるが、しかしそれでルティーナの首が切り落とされることはなかった。
「フフッ……フフフッ……。流石に今のは死ぬかと思ったわ」
いつものようにほくそ笑むものの、その表情は汗ばんでいて、焦っているように見える。実際のところ本当にギリギリだったんだろう。
首が斬れていないのは恐らく、首回り、または全身に魔法の薄い防壁のようなものを張ったのだろう。
こいつの頭を鷲掴んだり、正座させて石を置いたりしたことがあったが、それもこの防御魔法を使っていたに違いない。
「寡黙に戦っていたのは、口の中にこれを仕込んでいたからだったのね。でもその奥の手も通じなかったみたいだけど、もしかしてこれで終わりかしら?」
「……いいや」
ワイヤーから手を離し、ルティーナの身体を自分側に引き寄せる。
そのまま俺は、ルティーナの口に自分の口を重ねた。
「「っ!!?」」
ルティーナ本人と傍観者のミルクが目を皿のように見開いて、時が止まったかのようにカチンと固まる。
「…………ダーリン?」
数秒してから顔を離し、俺はニヤリと笑った。
「チェックメイトだ」
寝惚けたように口を開いたまま惚けているルティーナ。
その口の中に向けて無理矢理警棒を押し込み、電流スイッチを押した。
ルティーナは体内に電流を流し込まれたことで痙攣を起こし、仰向けに倒れてぐったりとしたまま動かなくなった。
対外は魔防壁で守れるとしても、体内までは守ることができないのではないか。その可能性に賭けた不意打ちだったが、どうやら読みが当たってくれたようだ。
「ったく、手間掛けさせやがって……」
唾を吐き捨ててルティーナを見下ろすと、実に良い笑顔を浮かべて気絶していた。
無防備にさせるためとはいえ、ファーストキスを献上する相手としては不愉快極まりない魔女だった。
母さんの十八番戦術を使ってはみたが、こりゃ俺には向いてない。場合によってはセクハラ事案で即お縄行きになりそうだし。
二度と使わないことを心に固く誓い、何度も口元を拭って不快な感触を消していた。




