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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
二章 〜奴隷ビッチと成金坊ちゃん〜
18/45

偽りの仮面を被ったクソビッチ

「よしよし……。ったく、何がA級危険種だよ。こんな愛らしい生き物を危険種扱いとかどうかしてんだろ」


 すっかり身体も牙もちっこくなったグリズリーボア。


 抱き上げてあやしてやると、ペロペロと頰を舐めてきて甘えて来た。


 元々動物は大好きだが、これはまた何とも癒し深い生き物だろうか……。


「ば、馬鹿な!? 子供であることを見破った上に、子供とはいえあのグリズリーボアを手懐けただと!?」


 ワロスから見て、俺はかなり奇想天外なことをしてのけているようで、魔物と戯れている俺を見て顎が外れるくらいに大口を開いていた。


 こいつが子供なんじゃないかと疑問を抱いたのは、決闘が始まった時にこいつが突進して来た時だった。


 口を大きく開いて迫り来る姿を見た時、俺は真っ先にボアの“歯”を見ていた。


 常人ならば『なんて鋭い牙が生えているんだ』と恐れの感想を抱くだろう。しかし俺の場合はそうではなく、すぐに歯の違和感に気付いていた。


 歯の本数が少しだけ少なくなっていて、何本か生えていない歯がちらほらと見えたのだ。


 ただの直感でしかなかったが、この巨体で完全に歯が生え変わっていないことに違和感を感じ、もしかしたらこいつはまだ子供なんじゃないだろうかと思い至った。


 相手は熊ではなく、異界に生息する魔物だ。現代に住む熊の常識が通じるわけじゃないし、むしろ魔物だからこそ変則的な育ち方をする可能性も十分にある。だからこそ、この手はリスクの高い賭けだった。


 もし相手が子供だったとしたら、恐らくこいつは圧倒的強者による威圧感をまだ経験していないのではないか。そう判断したことで、殺し屋修行期間で身に付けた底知れぬ殺意を威嚇として行使し、こうして重症を負わせることなく無事に制圧できたというわけだ。


 一か八かの勝負に賭けるのはあまり好きではないのだが、結果的に上手くいったから良しとしよう。終わり良ければ全て良しだ。


 さて……そろそろ仕上げといこうか。次でこの決闘にフィナーレを招き入れてやろう。


「おい、聞いてるかワロス! この場にいる全員が見た通り、第五回戦は両者戦意喪失ってことで無効試合だ! でもそれだと俺達の賭け事が成立しなくなっちまう! だからここは一つ、俺の提案に乗らねぇか?」


「て、提案だと……?」


「そうだ! 本来お前が戦う予定だとこっちは思ってたんだ! だから今一度、こいつの代行としてお前が決闘の場に降りて来い! それでこの勝負に決着付けんぞ!」


「くっ……」


 俺が想定外のことをしたことが効いているのか、ワロスは今になって後悔しているように見える。


『僕は喧嘩を売ってはいけない相手にちょっかいを掛けてしまったのではないか』と、震えているその瞳が物語っていた。


「まさか今更怖気付いたとは言わねぇだろうな? お前が出ればこの決闘は呆気なく終わるんだろ? なぁ、疾風の剣技の異名を持つエンターテイナーさんよぉ?」


「こ、この貧困民め! グリズリーボアを制圧したからって調子付くとは、その浅ましさが実にテラワロス!」


 ワロスの指示で魔防壁が消滅して、憤怒した様子のワロスが客席から飛び降りてくる。


 腰に差している鞘からレイピアを引き抜き、切っ先を俺に向けるように片手持ちで構えの姿勢を取る。


「それほどまでに僕の剣技を味わいたいと言うのであれば、その身で直に体感するがいい! 貧相なその身体に風穴を開けてやろう!」


 司会ピエロの合図も無しに、元々予定の無かったエキシビションマッチが勃発。突きの構えを取ったままのワロスが駆け抜けてくる。


「ヒョッ!」


 俺の近くまで接近してきたところで、素早くレイピアを突いてくる。


「鈍い」


 魔法も使わずに片手で刀身を掴み取ることで、まるで大したことのない一撃を容易に受け止めた。


「ば、馬鹿な!? 僕の疾風の一撃を受け止めただと!?」


「何が疾風だ。お前の攻撃を疾風と言い表すなら、ウチの変態は音速だな」


 刀身を握り締める手に力を注ぎ込み、ぽっきりと刀身をへし折る。


 レイピアの本分である鋭い切っ先が失われたことにより、ワロスの武器は武器として機能しなくなった。


「な……何故だ何故だ何故だ!? 高貴な貴族たるこの僕が、どうしてこのような貧困民に遅れを取る!? 僕の剣技は絶対的な――」


「御託を立て並べるのもそこまでにしろ」


「むぐっ!?」


 ボアを頭の上に乗せたところで右腕を伸ばし、ワロスの頰を挟み潰すように持ち上げる。


 少しだけ足が宙に浮くと、ジタバタと足を動かして無駄な足掻きを見せてきた。


「何が高貴な貴族だ。所詮は親の金に縋り付いているだけの坊ちゃん貴族。それが剣の腕の実力に比例するわけがねぇ。身の程を知れ、成金野郎」


 手に更なる力を注ぎ込み、頰の肉を圧迫させる。


 ギロリと力強く睨んでやると、ワロスは「ひぃ!?」と情け無い悲鳴を上げた。


「人の命を弄び、金の力で魔物の命すら遊び道具にするその所業。報いを受けるには十分過ぎる罪だな」


「っ~~~!?(何をするつもりだ!?)」


「何をするかって? そうだな……じゃあお前、今から全裸になって裏の世界を一通り走り回って来い」


「っ!!?」


「できねぇってんなら別に俺はそれで構わねぇよ? ただその時は……こいつの餌食になるだけだがな」


 頭の上にいるボアが小さな牙を剥き出しにして、今にもワロスに襲い掛かって行きそうに身を乗り出す。


 子供とはいえ、魔物は魔物だ。無抵抗のところを襲われたら一溜りもないだろう。


「さぁ、どうする? 全裸マラソンか、魔物の餌食か。選択肢は二つに一つだ」


 殺し屋らしく邪悪な笑みを浮かべて、止めの恐喝で脅しを掛ける。


 実際は魔物の餌食にさせるつもりは毛頭無いが、俺のハッタリを鵜呑みにしたワロスは泣き叫んでいた。


 手を開いて離してやると、ゴールドが入った袋を乱暴に投げ捨てて、半裸になりながら俺に背を向ける。


「くっ……! 覚えておくがいい貧困民! この屈辱はいつか必ず晴らさせてもらう! 高貴な貴族たるこの僕を陥れた今日という日を忘れぬぞぉぉぉ……」


 そうして、ワロスは負け犬の遠吠えを響かせ、会場から去って行った。


 律儀に金を置いていくような奴だ。本当にこれから全裸でひとっ走りしに行くつもりだろう。


 これを良い機会に少しは温厚になってくれれば言うこと無しだが、まぁ無理だろうな。


「ビャクト様~!」


 ワロスがいなくなった後にボアと戯れていると、ずっと応援ポジションにいた馬の骨パーティーが階段から降りて来た。


 敵チームだったシアンとコレッタも駆け付けて来て、敵味方共々勢揃いだ。


「やっぱりビャクト様はビャクト様ですね! えぇ、私は最初から信じていましたよ! ビャクト様ならこの苦難を乗り越えられると!」


「嘘吐けや。今すぐ棄権しろと魂のシャウトしてた奴が言えた台詞か」


「ねぇ触角君。実際のところ、どんな魔法を使ったのよ? 子供とは言え、一応その子ってA級危険種の魔物なのよ? それを触れずに制圧してしまうだなんて普通じゃないわ」


「普通じゃないのは俺じゃなくて、こいつにA級危険種というレッテルを貼った能無し共だろ。こ~んな愛らしい生き物が危険なわけないだろうが。なぁ?」


「ガウッ」と俺の問い掛けに答えるボア。


 子熊だから危険っちゃ危険だけど、懐かせてしまえばこの通り。熊も犬も俺にとっちゃ然程変わらん。


「めっちゃ良い笑顔なんですけどこの人。私らには絶対こんな顔しないのに、人間贔屓だよ人間贔屓」


「馬鹿か、贔屓して当然だろうが。普段からロクでもないことしかしてない異端者に優しさを見せる義理は無い」


「失礼な。私は異端者じゃないよ。歴とした変態と言ってもらわないと」


「大差無いだろどっちも」


 むしろ変態の方がタチ悪いわ。変態行為をする者だと明確に分かっているのだから。


「ビャクトさんって実は凄く強い人だったんだね。何処かで鍛えてた経歴とかあるの?」


「え? いや、まぁ、そうだな。身内に戦闘馬鹿が何人もいるから、半ば強制的に鍛え上げられたってだけだ」


「へぇ~、変わった家系なんだね」


「ま、まぁな……」


 嘘は言ってないぞ。クソ親父と兄貴を筆頭に、他にも自分の身体を鍛えることだけに人生を捧げるような奴ばっかだったし。もう会わなくて済むのが異界に来たメリットの一つかもしれない。


 皆が野次馬のように湧き上がる中、たった一人だけ少し距離を取ったところに佇んでいる魔女が見えた。


 未だにフードを被っていてよく顔が見えないが、口元はニコッと柔らかく微笑んでいる。


「…………くすっ」


 少し顔を上げて来て、奴の右目と視線が合う。


 魔女はほくそ笑むと、ゆったりとした動きで俺の元に近付いて来た。


「お見事なお手前でしたわ貴方様。鮮やかな身のこなしに、あの巨体を投げ飛ばす程のパワー。思わず私も惚れ惚れとしてしまいましたわ」


「……あっそ」


「ふふっ、素っ気無いのですわね。段々と貴方様の性格を理解できてきましたわ」


 喧しいってんだ魔女が。俺の素性をそう簡単に理解されてたまるか。こっちも隠し事には長けてんだ。


 にしても、無事に金が返って来てくれたとはいえ、実に不毛な時間だった。


 周りの馬の骨共には振り回されるし、最後にゃ無駄な体力浪費させられるし、わざわざ遠出して来たのに散々な目に遭うことばっかだ。


 今日はもうとっとと帰ろう。早く宿に戻ってシャワーでも浴びたいところだ。腹もかなり減ってるし。


「俺は一人で先に帰る。金が無いから何もできないだろうが、寄り道せずに帰って来いよ」


「あっ、ちょっと待ってビャクトさ――」


「悪いなシアン。でもお前らとはまたどっかで会うだろ。んじゃ、またな」


 枷になるものを全員置いていき、俺は頭の上にボアの乗せたまま会場からそそくさと立ち去って行った。




〜※〜




 後日。暇人貴族のお遊びによって疲弊した俺達は、ほぼ一日中ニートになっていた。


 俺は勿論のこと、ミルクもピノもヒールドリンクで身体を治療していたとはいえ、精神的なところまでは回復できたわけではない。


 一日経っても魔女以外は全員疲れ切ってて、全く動く気にもならなかった。


 ただ、全く何もしていなかったわけでもない。ちゃんと受けるべき報告は受けて、やるべきことは全部済ませておいた。


 まず、ボアの件についてだが、一応魔物というカテゴリーの危険な生き物ではあるが、ギルドに報告してみたところによると、冒険者の中には魔物をパートナーとして活動している人も少なくないんだとか。


 じゃあもうこのまま俺のパートナーにしてしまおうと最初は思った。


 だが、金銭的な問題でそれは虚しくも叶うことなく、ボアの身柄はギルドの方に受け渡しておいた。


 ちゃんと恐喝(はな)しておいたから、殺して処分するようなことはまずしないだろう。


 恐らく冒険者にパートナーとして提供するか、元の場所に返すかだろうが、後者はリスクが高いし、きっとパートナーの方で採用されると思う。


 次にワロスの件だが、昼頃に俺達が泊まっている宿にシアン達が探して会いに来てくれて、その時に全部教えてもらっていた。


 何でもあいつは俺の命令通り、本当に全裸になって裏の世界を走り回っていたらしい。


 派手に醜態を晒したことで、元々顔の広い貴族だったワロスは裏の世界に出入りできるような立場じゃなくなったため、貧困民に喧嘩を売って決闘ショーを開くような真似はしなくなった――というか、できなくなった。


 更には、全裸マラソンの事実があいつの家内にも流れ回ってしまったらしく、我が一族の恥と言われたワロスは家庭から永久追放となった。


 お小遣いだったらしい金は全て取り上げられて、高貴な貴族という肩書きすらも取り除かれたんだとか。俗に言う因果応報ってやつだ。


 しかもシアン本人達からの話によれば、実はシアン達はワロスの一時的な雇われパーティーだったらしい。


 今はもう自由の身となったシアン達はワロスの元から離れ、ワロスに借金を無理矢理背負わせて報酬を支払ってもらったんだとか。


 実際に見せてもらったのだが、思わず息を飲むようなとんでもない額だったので、だからこそシアン達もワロスの話に乗ったんだろう。


 つまり、あいつもあいつで正式な冒険者とは言えない者の一人だったわけだ。


 有名人なくせに俺の身分と大差無かったとは、最後の最後まで惨めな坊ちゃんだ。


 ちなみに例の奴隷騎士は、ワロスの我が儘に付き合わせた謝罪という意味を込めて、ワロスの親がシアン達に契約者の権利を譲っていた。


 そのためシアン達には、常にあの奴隷騎士が付き従うようになり、本人達の話では、後一人だけメンバーを集めて正式な冒険者活動をするつもりなんだとか。


 無論、その枠に入りたいと俺は激しく懇願した。


 しかし、俺の枷共が全力で邪魔立てしてきて、結局その話は無しになった。


 本当に俺の邪魔しかしない枷な女共だ。もっと早くにシアン達と出会っていればこんなことにはならなかったものを……。


 そんなこんなで色んな報告をしてもらい、俺はシアン達と友好を深め、ウンターガングで暮らしているという所在を打ち明けることで連絡先を伝えておいた。


 近いうちに遊びに行くと言い残して、一緒に夕食を食べた後で元ワロスパーティーは去って行った。


 気の良い奴らだったし、また会って話がしたいものだ。


 そうして三日目が終わり、飯も風呂も済ませた俺は寝静まろうとベッドの上に――転がり込もうとしたのだが、訳あってそれは止めた。


 俺の直感が告げていたのだ。そろそろ“奴”が動き出す頃合いなのではないか、と。


「…………」


 時間帯は夜中の二十三時。後一時間で日が移り変わるという頃、俺は自分の部屋で息を殺して身を潜めていた。


 微かにだが、部屋の向こう側の廊下から何者かの小さな足音が聞こえて来る。


 足音は徐々にこっちの方に近付いて来て、俺の部屋の前でピタリと止まった。


 嫌な汗を滲ませながら様子を伺っていると、ふと俺の部屋のドアが開かれた。


 向こう側から現れたのは、怪しげな一人の人影。十中八九、“奴”だろう。


 人影は忍び足で部屋の中に入って来ると、音を立てないようにドアを閉めて、こっそりと部屋の奥まで侵入して来た。


 ドアに鍵を掛けていたはずだったが、“奴”からしたらそんなものはオモチャに等しいのだろう。


「……フフフッ」


 ベッドの上の布団の膨らみを見て、侵入者は魔女のような不気味な笑みを浮かべる。


 やはり“この機会”を狙ってやって来たんだろう。俺の直感はまだまだ現役でいてくれているようだ。


 膨らんでいる布団を引き剥がそうと、侵入者はゆっくりと両手を伸ばしていく。少しずつ、少しずつ、誰に見せているわけでもないのに焦らすように。


 そしてついに布団に手が掛かり、勢い良く布団が上に引き剝がされた。


「……?」


 布団の中に隠れていたのは、俺ではなく、俺の荷物と枕だった。


「はい捕まえた」


 高い天井に張り付いていた状態から落下して、背後から侵入者の腕を抑える。


 そのままうつ伏せに布団の上に倒して、身動きが取れないように腕を捻ってやることで拘束した。


「そろそろやって来るとは思っていたが、俺の想像通りだったか。こんな安い手に引っ掛かるとは、お前もミルクと一緒で浅はかな野郎だ」


 俺は空いた片腕で警棒を取り出し、侵入者の後ろ首に持ち手の部分を突き付ける。


「最後の足掻きだ。弁解の余地くらいは与えてやるよ……“変態”」


「いやん、ビャクトったら激しいのね……。バックから攻めてくるだなんて、ところ構わずイッちゃいそう――」


 奥歯に予め挟んで持っていた小型の電流スイッチを押して、警棒の持ち手部分からピノの体内に電流を流し込む。


「あばばば!?」と悲鳴を上げる変態は、ビリビリと身体を痙攣させたまま、全身の毛を逆立てて動かなくなった。


「こっちは疲れてるってのに、手間掛けさせんじゃねぇよクソパンツが」


 替えの布団で簀巻き状態にした後にロープで硬く縛り付けて、廊下の方にポイっと投げ捨てる。これで不穏分子は消え去った。


 今日は三日目の夜。つまり、三日前に飲まされたピノの妙な特効薬の効果が現れる日だ。


 変態である以上、あいつが俺の状態を確認しに訪れないわけがない。だからこうして身を潜めていたが、案の定やって来たものだから呆れてしまう。


 それに幸いなことに、我が身が発情状態になるようなこともなかった。


 偶然にも抗体があったのか、はたまた出まかせの特効薬の副作用だったのか、どちらなのかは確認する余地もないが、無事ならそれはそれで良しとしよう。


「あ~疲れた疲れた。さっさと寝よ」


 変態の処理も済んだことだし、明日に備えてさっさと寝よう。


 裏の世界だけじゃなくて表の世界も色々と見て見たいし、明日はのんびりと街に散歩でもしに行こう。


 そうして俺は布団の中に入り、スヤァと寝息を立てて意識を引き取った。





















 ――なんて、特に何事もなく一日が無事に終わってくれるはずがなかった。


「っ!?」


 突如身体に妙な感覚が迸り、後少しで眠り掛けていた意識が一気に覚醒する。


 発情、ではない。身体は熱くなっていないし、女を抱きたい欲望に支配もされていない。


 ただ、身体が全く動かない。まるで金縛りにでもあったかのように、声を発することすらもできない。一体何がどうなっている?


「フフッ……フフフフフッ……。もう少しで眠るところだったけど、結果的に起こすような真似して悪かったわね」


 部屋のクローゼットの中から聞き覚えのある笑い声が聞こえて来る。


 姿を確認するまでもなく、そいつが誰なのかを察した。


「本当なら起こさないように事を済ませておきたかったのだけれど、貴方は気配に敏感なのかしらね。まさか麻痺状態にしただけで起きちゃうとは思わなかったわ」


 スラリとした美脚がクローゼットの中から覗かせて来る。


 そうしてそいつは、ついに本性を曝け出して俺の前に現れた。


「っ~~~!」


「フフフッ、喋れないでしょう? 麻痺とはそういうものなのよ。大声でも出されて助けを呼ばれたら厄介だし、少しの間だけ大人しくしていてもらうわよ」


「っ~~~お」


「あら?」


 喉に力を入れて声を搾り出す。


 大声は出せないが、何とか平常時の声を出すことに成功した。


「お前……これは何のつもりだ? 答えやがれ魔女野郎」


「フフッ、フフフフフッ……。やっぱり良いわぁ貴方。不完全とはいえ、私の魔法に抗えるだなんて。十分過ぎる素質だわ」


 恍惚とした様子で息遣いを荒くさせるルティーナ。


 肌のあちこちから汗が滲み出ていて、身体付きが今まで以上に妖艶に見える。


 それに発情しているのか、妙に顔が赤い。


 うっとりとした目遣いを見ていると、こっちまで変な気が移りそうになる。


「ようやく正体を見せる気になったってか。にしては偉く過激じゃねぇか。いきなり何のつもりだ?」


「フフッ、決まっているじゃない。“こういうこと”をするために来たのよ」


 と言うと、ルティーナはゆらりとした動きで近付いて来て、俺の顔の横に自分の顔を近付けてくる。


「少しお味を拝借」


 何をしてくるつもりかと思いきや、俺の右耳の穴に舌を這わせて突っ込んで来た。


「んがぁぁぁ……!?」


 掠れた声の悲鳴が上がり、気色悪くも気持ち良い舌の感触が耳の中を駆け巡る。


 ヌメヌメとした舌の感触に、動かない身体を身震いさせていると、一通り右耳を舐められたところで舌を引き抜かれた。


「ふぅ……。どう? 気持ち良かったでしょう?」


「こ、この野郎……」


 舌舐めずりして妖艶に笑うルティーナ。


 正直なことを言うとめっちゃ気持ち良かったが、しかしそれ以上に相手がこのクソビッチなせいで胸糞悪さの方が遥かに凌駕した。


「夜這いか? 夜這いしに来たってのか? わざわざ部屋の中で息を潜めて?」


「えぇそうよ。“化け物”である貴方に、私の処女を捧げに来たの」


「誰が化け物だこの野郎」


 マジで何を考えているのか分からない。


 夜這いだと? 経験人数皆無のこの俺に? 相手のチョイス間違ってんだろ。


「性欲の鬱憤晴らしたいなら人と場所を選べよ。裏の世界にゃそういう店がごまんとあっただろうが」


「分かっていないわね。別に私は性欲に飢えているというわけではないわ。それに、相手は誰でも良いというわけでもない。貴方のような“化け物”だからこそ、私の処女を捧げる価値があるのよ」


「さっきから自分を処女だ処女だと言ってるが、クソビッチが虚言をほざくなよ。今まで何人の男達と交わって来たのか数え切れないくらいの尻軽女が」


「人を見た目で判断してはいけないわ。こう見えて私はまだ未経験よ。膜が残っているのがその証だけど……見る?」


「膜言うな! 見るわけねぇだろ!」


「そう、残念。今日しか見られる機会はもう無いのに、勿体無いことをするのね」


 ルティーナは俺の腹の上に馬乗りになってくると、今度は首筋のところに顔を寄せて来た。


 また舐められるかと思ったが、今度はくんくんと匂いを嗅いできた。


「男らしい良い匂いね。相当の修羅場を乗り越えてきたような、そんな怪しさが混じった匂い。私には分かるわ。貴方、裏稼業の人間でしょう?」


「……さぁな」


「フフッ、惚けるのね。そんな素っ気無い態度取られちゃうと……」


 ペロリとまた舌を出して、首筋から顎の下までなぞるように舐められる。


 背筋に悪寒が迸り、ぞくぞぐっと身の毛がよだつような感覚に襲われる。


「こんな風に、ついつい虐めたくなっちゃうじゃない」


「お、お前大概にしろよ。こんなことして後でどんな目に遭うのか分かってんのか?」


「そんなことを気にしていたら夜這いなんて仕掛けられないわ。それに貴方も満更ではないのでしょう?」


「なわけねぇだろ! 言っただろうが! 俺はクソビッチが嫌いなんだよ!」


「でも身体は正直みたいよ? ほら、ここがもうこんなに……」


 さわさわと“あそこ”をいやらしく触って来る。そんな風に触られりゃそりゃそうなるに決まってんだろ!


「そんなに照れちゃって、可愛いのね。私どちらかと言えば年下の方が好みだし、貴方に出会えて本当に良かったわ」


 俺の胸の上で頬杖を付きながら、足をバタバタさせて寛ぎ始める。


 俺の気も知らずに楽しそうにしやがって……。


「話してもらおうか。お前の目的と、ずっとひた隠しにしていたその正体を」


「別に話すのは構わないけど、貴方この状況を分かっているのかしら? 今や命令できる権利は私の方にあるの。そんな焦らないで、まずは貴方のことを教えて頂戴」


「断る」


「フフッ、そう……。だったらもう始めちゃおうかしら?」


 下から服の中に手を這わせるように入れて来て、人差し指で乳首の先端を突っつかれる。


 ヤバい、この状況はマジでヤバい。さっきからかなりの力を入れているのに、身体がピクリとも動いてくれない。


「話してくれないなら別に良いのよ? 貴方の身体に直接聞けば済む話なんだから。それで……どうする? 私は優しいから、もう一度だけチャンスを上げるわ。正直に話す? それとも……ヤる?」


 もしここで断れば、俺は間違いなくこいつに犯される。


 しかし潔く口を割ってしまえば、今までずっと隠し通せていた秘密をバラしてしまうことになる。


 誰にも知られずに一生を終えようと思っていた、この秘密をだ。


「…………誰にも言い触らさないと約束できるか?」


「さて、それはどうかしらね?」


 軽く殺意が湧き上がる。魔性の女なんて滅べばいいのに。


「フフッ、冗談よ。誰にも言うつもりは無いわ。これは私と貴方だけの秘密にしてあげる」


「……正確には三人だけどな」


「あら、そうなの?」


「…………ハァ。分かったよ、話せば良いんだろ話せば」


 貞操の危機が迫っているとなれば仕方あるまい。


 俺は一生物にしようとしていた秘密の紐を自ら解き、ルティーナと密着した状態のまま長々と話し始めた。

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