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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
二章 〜奴隷ビッチと成金坊ちゃん〜
16/45

ただ運が良くて偶然が起きただけ

「俺がする質問にだけ答えろ。いつの間にか新調していたあのパンツの赤みの正体はなんだ?」


 勝負も折り返しということで一旦小休止を入れてもらい、短い休憩時間を使って瀕死になっているピノを問い詰める。


 意識があるかないかのギリギリな顔になってはいるが、幸か不幸か死んでいるということはなかった。


「…………」


 質問に答える余裕がないのか、はたまた黙秘権を行使しているのか、一向に口を開こうとする気配がない。どちらにせよ、このまま黙らせておくつもりはない。


「俺の気が長いうちに答えておいた方が良いぞ。たとえ瀕死であったとしても、俺はお前に容赦も加減もするつもりはねぇからな」


「…………」


 無言を貫き通したまま手を動かすと、尻ポケットに手を突っ込んでヒールドリンクの試験管を取り出した。


 コルクの栓を指で弾くように外して、いつもなら苦い顔して飲み込むところを、無表情のままで一気に飲み干した。


 さっきまでのミルクのように全身ズタボロだった身体が見る見るうちに回復し、完全完治したところで表情を変えぬまま立ち上がった。


「……イリュージョンのバリエーションを増やしたいと思ったのがキッカケだったかな。例のカラシパンツのように、自らの身を代償にして色んな物を試していたことがあったんだよ。自分自身でその威力を体感した方が、より効果に確証を持てるからね」


「……で?」


「つい先日の話。夜中にミルクが寝静まったところを見計らって、またこっそりと実験してたんだよ。そしてその実験により、私は過去最高の苦痛を感じさせることができるパンツの開発に成功してしまった。その時に使ったのが……これだよ」


 ヒールドリンクの試験管が入っていた方とは逆のポケットに突っ込むと、血の色をした真っ赤っかな液体が入った小瓶を取り出して見せてくる。


「……何だそれ」


「超激辛ハヴァネロエキス」


 ピノに止めの一撃を放つつもりで、脳天に強めの拳骨を叩き込む。


 回復したばかりのピノは、粛清の一撃によって再びダウンした。


 例の如く名前が少し違うものの、要はハバネロエキスだということだ。


 俺の記憶によれば、ハバネロは皮膚に付いたら滅茶苦茶痛い調味料の一つで、下手すりゃ医者に見せに行かなくてはいけないような危険物だったはず。うら若き女の肌に対してこればかりはいくらなんでも洒落にならん。


 他者の人体に害を成す変態に明日が訪れるものか。相手を裸に引ん剝くような行為も十分タチが悪いが、身体に後遺症や痕が残るような仕打ちだけは絶対NGだ。この拳骨でその罪の重みを理解してくれればいいんだが……。


 ピノのポケットの中を漁ると、ラスト一本だったヒールドリンクを入手。本人の許可も取らずに頂戴して、ワロス一行の方へと歩み寄っていく。


「大丈夫コレッタちゃん? 赤いのがついた部分がただれてるみたいだけど……」


「逆に聞くけど、これが大丈夫に見える……? 下半身めっちゃ痛いし、魔力使い果たして身体動かないし、もう最悪よ……」


 ワロスが用意したローブを着て身体を隠せてはいるものの、コレッタはぐったりと倒れたまま動けなくなっていて、ハバネロによって爛れているらしい下半身の痛みの影響で涙目になっている。


 パンツを履いていた部分が爛れているということは、つまりは“そういうこと”。申し訳ない気持ちしか込み上がってこない。


「おい、お前ら」


 声を掛けると、真っ先にワロスが睨み付けて来た。


「この貧困民め……。一度ならず二度までも僕のパーティメンバーを傷物にするとは、その罪は万死に値するぞ!」


 すぐ傍までやって来たところで、再びワロスに邪険に扱われる。他はともかくとして、こいつにどう思われようがぶっちゃけどうでもいい。


「お前は邪魔だ。俺はそっちの二人に用があるんだよ」


「貴様さては、動けなくなっているコレッタに止めを刺しに来たな? そうはさせんぞ愚物め!」


「あの、申し訳ありませんワロス様。失礼ですが、そこを通して上げてはくれないでしょうか?」


 言語道断と立ちはだかるワロスだったが、コレッタの傍にいるシアンが声を掛けてくれたことにより、ワロスは「ちっ……」と舌打ちをして道を開けた。


 ワロスを素通りして二人の元に近寄ったところで、ついさっき拝借したばかりのヒールドリンクをシアンに差し出す。


「あの馬鹿がいつも何本か持ち歩いてるヒールドリンクだ。飲めば爛れた肌もすぐに治るだろうから、その魔法使いに使ってやってくれ」


「えっと……気持ちは嬉しいんだけど、一応私達は敵同士なんだよ? 相手に塩を送るようなことをするのは、ビャクトさんの立場的に良くないことなんじゃ……」


「まだ戦えるってことなら話は別になるかもしれんが、お前とその魔法使いは既に敗北した身だ。なら別に傷を治してやるくらいのことをしても問題ないだろ。別に損するようなことは無いんだし、素直に受け取っとけって」


「しょ、触角く~ん!」


 敵チームの施しに感激の反応を示すコレッタ。固定なのかそのあだ名。


「あの、ありがとうございますビャクトさん」


「酷い目に遭わせたのはこっちの方なんだし、礼なんて言う必要はねぇよ。むしろこっちの方が謝りたいくらいだしな……」


「そんな……。ビャクトさんが謝る必要なんてないよ。私達の敵はあくまであの変態なんだから。あんな奴と一緒にいるだなんて、ビャクトさんも色々大変そうだね」


「っ……」


「ビャクトさん?」


「あ、いや、なんでもねぇ。あははは……」


 俺の苦労を理解してくれる乙女がここに一人。


 思わず涙が出そうになったけど、何とかグッと堪えてミルク達の元に戻って行った。


 いやはや危ないところだった。下手すりゃあの子に惚れてしまっていたかもしれん。


「こちらがストレート勝ちするつもりだったが、妙な変態がよくここまでかき乱してくれたものだ。しかし台風の目であった変態が脱落した今、やはり僕達に敗北の文字はない。次なる一手で君達は完全にジ・エンドだ。君達の逃れられない過酷な運命にテラワロス!」


「次の一手、ねぇ……」


 どういうことなのか、向こうチームの三人目の姿が何処にも見当たらない。


 二日前には確かもう一人だけ取り巻きの女がいたはず。一体何を企んでいるのやら。


「ワロス様」


「おぉ、来たか」


 すると、何処からか黒いスーツを着た眼鏡の女が忍のように現れた。


 ワロスの耳に耳打ちして何かを伝えると、ワロスは「うむ」と頷いた。


「決闘の場を見るがいい貧困民。僕達の三番手はあの者だ!」


 ワロスはビシッとドームの下の方に指を差す。


 釣られて俺達も、同じ方向に首を振り向けた。


 前の奴隷オークションのように中央の方に大きな穴が開いていて、何かがゆっくりと下から上に上がって来る音が聞こえてくる。


 そして完全に上がり切ったところで、俺は思わず口が半開きになった。


「あれ? ビャクト様、あの人って確か……」


「あぁ。“あいつ”だな」


 光沢のある立派な白い鎧。艶やかな長髪の金髪。そして首元には、奴隷の証である例の首輪が嵌められている。


 間違いない。常に無表情でいるあの凛々しい女は、前の奴隷オークションで競り落とされていたあの女騎士だ。なんでこんなところにあいつが?


「もしかしてあの方を競り落としていた人って、貴族さんの関係者だったってことでしょうか?」


「だろうな。それ以外に接点なんて考えられねぇ」


 次の相手は誰かと思いきや、まさかあの女騎士が出てくるとは想像していなかった。


 人数が足りている正式な冒険者のくせに、パーティーメンバーじゃなくて部外者の奴隷を戦力に加えるのか。これだから金持ちの成金野郎は……。


 俺も殺し屋の端くれだった人間だ。過去に何人もの強者(つわもの)をこの目で見てきたからこそ分かる。


 あれは紛れもなく、“本物の騎士”だ。


 相当の修羅場を何度も潜り抜けてきているのかは定かではないが、雰囲気が重くて目が据わって見える。


 まるで、見た目が人なだけというだけの感情の無いロボットのようだ。


 あんな奴が相手となると、分かっていたことではあるが、俺以外に三番手として出られる奴はいないだろう。


 仮にピノがまだ戦える身であったとしても、多分勝てる相手じゃない。鎧着てるから決め手の“スリップスラッシュ”が通用しないだろうし。


「戦わずに楽して勝ちたいところだったが、こうなった以上はどうしようもないな。次は俺が出るから、お前らはここで大人しく見物して――」


「お待ちになって貴方様」


 皆に背を向けて決闘の場に赴こうとしたところ、階段を降りようとした途中でルティーナに呼び止められた。


「貴方様は私達の最後の砦。まだあの騎士様の詳細も判明していないのに、貴方様が三番手を切るのは良策とは思えませんわ。ここは一つ捨て駒を使うこととして、私に三番手の役目を務めさせては頂けないでしょうか?」


 どういう風の吹き回しなのか、魔法も何も使えない“はず”の奴隷が名乗り出て来た。


 ここは絶対に俺が出た方が良いはずな上に、こいつにとってこの勝負は何の需要も利益もない。


 それに自分で自分が無力であることを話していたのに、一体何の企みがあって手を挙げて来たのか……?


「捨て駒も何も、お前が出たところで結果はたかが知れてる。ミルクの二の舞になることは目に見えているし、負けて怪我して戻って来ることは明白だろ。そんな奴を無意味に闘牛の前に差し出せるかよ」


「……それは私の身を心配しておっしゃってくれているのですか?」


「なわけねぇだろ。俺はただ、誰かが一方的にやられるような光景を目にしたく無いってだけだ。あまり良いものじゃないし、胸糞悪くなるからな」


「いやいやちょっと待ってくださいよビャクト様! だったら一番最初の私は何だったんですか!? 今ビャクト様が言ってることそのままの光景だったじゃないですか!」


「お前は例外だからいいんだよ。むしろもっと苦しめと思ってるくらいだクソ女神が」


「そんな殺生なぁ……」


 しょんぼりと肩を落として落ち込むクソ女神。


 自分で埋めて育てた災いの種の責任を取ってもらうのは当然だ。同情する余地なんてあるわけがない。


「ふふっ……貴方様は相手が奴隷であろうとも、何でもない普通の一般人として接するのですね。今一度貴方様という素晴らしい人柄を見直しましたわ」


「あっそ……」


 白々しい……。恐らく内心ではそんなこと思ってないくせに、よくそんな出まかせな発言を堂々と立て並べられるものだ。


「貴方様の言い分は最もですが、やはりここは私に行かせてはくれませんか? 勝ち目はないのかもしれませんが、こう見えて逃げ回ることに関しては長けていると自信を持って言えますの。私が時間稼ぎをしている間に、貴方様はあの騎士様の動きを見て学んでおいて欲しいのですわ」


「それは正直言うと助かるが、本当に良いのか? 多分あの女騎士は丸腰の相手でも躊躇なく斬り掛かって来るはずだ。半端な怪我じゃ済まないかもしれないぞ」


「仮に斬られたとしても、所詮私は奴隷の身分。悲しむ方は誰一人としていませんわ」


「そんなことないですよ!!」


 自分の身を軽んじているルティーナの発言に、ミルクが憤った様子で急に怒鳴り声を上げた。


「たとえ身分が奴隷だとしても、ルティーナさんはもう私達の大切な仲間の一人なんです! 少なくとも、ルティーナさんが危険な目に遭ったら私が悲しみます!」


「俺は仲間と認めた覚えはないけどな」


「だからなんで水を差す発言をするんですかビャクト様! 少しは相手に対する思いやりを持ってください!」


 と言われても、こういう性格になるように親から教育を受けていたのだからしょうがない。殺し屋は疑り深いのだ。


「ありがとうございますわ、ミルク様。ですが安心してください。私は本当に大丈夫ですから」


「そこまで言うのならもう何も言いませんが……。もし危なくなったら迷わず降参してくださいね? たとえルティーナさんが負けたとしても、私達にはビャクト様がいるんですから」


「結局は俺頼りなのかよ……」


 もうツッコむのも面倒臭いし、やりたきゃ勝手にやらせておこう。


「もう好きなようにしてくれ。俺は知らん」


「分かりましたわ。それでは、行って参りますわ」


「気を付けてくださいね、ルティーナさん!」


 ローブの裾をたくし上げて俺達にお辞儀をした後、ルティーナは自分の身と顔をローブで隠したまま決闘の場へと降りて行く。


「宜しくお願い致しますわ」


 女騎士の向かい側に立ったところで、俺達にしたのと同じように相手にもお辞儀をする。


「…………」


 女騎士は微動だにせず、本当に機械なんじゃないかと思うくらいに反応を示さなかった。


「それでは、長らくお待たせ致しました! 準備が整ったということで、後半戦に参りたいと思います! 双方、覚悟は宜しいですね?」


 司会ピエロの確認の言葉がトリガーとなったかのように、女騎士が鞘から剣を抜いて構えを取る。


 これまた切れ味の良さそうな立派な(つるぎ)で、鳥の羽のような形の鍔に、刀身には龍の刻印が刻まれている。


「……其方(そなた)は抜かぬのか」


 ぼそりと、初めて女騎士が発言する。


 ルティーナは今一度ローブのフードを深く被り直して、ニコッと笑った。


 口元だけしか見えないようになっているからか、今まで以上に笑みが不気味に見える。


「生憎武器は持ち合わせておりませんの。そもそも武器なんて物を扱うこと自体、全く経験がないものでして」


「……そうか。だがこの場に立つ以上、其方は斬られる覚悟があるということ。遠慮はせぬぞ」


「えぇ、勿論ですわ。たとえ私が斬られることになったとしても、貴女を恨むようなことはしませんわ。だってこれは――」


 気のせいなのか、それとも見間違いか、もしくは見た通りのままだったのかは、定かではない。しかし今の俺の目にルティーナは――


「命を賭けた死闘ですもの」


 口の端を釣り上げるように邪な笑みを浮かべていて、この決闘を誰よりも楽しんでいるように見えた。


 女騎士もルティーナの変化を感じ取ったのか、途端に目付きが鋭くなる。


 この勝負、すんなり女騎士が勝つことになるのか。それとも、大番狂わせな展開が巻き起こるのか。その結果は未だ定かではない。


「それでは参りましょう! ワロスの奴隷騎士vsビャクトの奴隷娘! 試合開始――」


「はぁっ!」


 勝負開始の合図すれすれのところで、女騎士が一気に距離を詰めてルティーナの懐に入った。


 凄まじい勢いの速度にルティーナは出遅れ、女騎士は容赦なく上段構えの剣を振るう。


「……くすっ」


 ルティーナは密かにほくそ笑むと、女騎士が剣を振った瞬間に右手を伸ばして、剣の平地の部分に手を添えて優しく突き飛ばした。


 刹那的なやり取りの中で、女騎士の剣が受け流されてルティーナの横を掠めた。


「あら、“偶然”にも捌けてしまいましたわ」


 ルティーナの与太発言に反応するかのように、続けて横振りに剣が振られる。


 だが今度は逃げる隙があったため、ルティーナは後ろに飛んで刃の脅威から逃れた。


 空かさず女騎士はルティーナの後を追い、追撃の刃を振るい続ける。


 上段、下段、中段と、ありとあらゆる剣の持ち方を駆使して、あらゆる角度から勢いのある斬撃を放つ。


「す、凄いですね……」


 二人の戦いを見て率直な感想を述べるミルク。


 どちらの方のことを言っているのかは知らないが、素人の目から見ても“あいつ”は異常だ。


 俺の目から見ても、やはりあの女騎士の剣の腕は一流かそれ以上のレベルだ。もし俺が一戦交えていたならば、何発かのかすり傷を受けていたかもしれない。


 だが、今実際に対峙しているルティーナは違う。


 丸腰でありながらもかすり傷一つすら負うことなく、殆どの斬撃を避けては時折受け流して、女騎士の背後に回っている。


 もしあいつが武器を持っていたならば、背後に回った時点で勝負が付いていたことだろう。


 この勝負の立ち回りをこの目で見て、今一度確信することができた。


 やはりあの女は、俺達に隠している“何か”がある。


 でもそのことを追求したところで、あいつは決して口を割らずに下手な誤魔化しを押し通すだろう。何故なら――


「私も運が良いですわ。奇跡的に貴女の猛撃から逃れられているのですから」


 偶然や奇跡といった言葉を立て並べて、これだけの動き様を見せ付けておいて尚も、自分は運が良いと言い張っているのだから。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 剣を空振り続けているからか、女騎士の疲労が著しくなってきた。


 剣というものは、何かに当てるよりも空振りする方が体力をより削がれてしまうもの。それにこれだけの猛撃を仕掛けておいて一発も当てられていないとなると、精神力の方も大幅に削がれていることだろう。


「はぁぁっ!!」


 顔全体に汗を滲ませながらも、女騎士は剣を振るうことを止めない。


 しかし疲労の影響により、剣の速度は先程よりも見るからに遅くなっていた。


 ルティーナは少し身を傾けるだけでそれを躱し、女騎士の横を歩いて通り過ぎる。


「どうやら疲れが見えてきたようですわね。これ以上戦っても泥試合になりそうですし、そろそろお止めに致しませんこと?」


 女騎士の肩に手を置いて、ルティーナは魔女の囁きのように、遠回しな言い方で『降参しろ』と静かに告げる。


「……でないと――」


 すると、ルティーナは会場内の誰にも聞かれないようにするために、女騎士の耳に手を添えてそっと耳打ちをし、また何かを告げた。


「っ!!」


 何を言われたのか、女騎士は突如目を見開くと否や立ち上がり、振り回すように剣を振るい始めた。


「あァああ゛ァっ!!」


「あら、物騒な形相ですこと」


 まるで獣の雄叫びのような叫声(きょうせい)を上げて、取り乱すように我武者羅に剣を振るう。


 その表情は酷いもので、さっきまでの凛々しさとは縁遠い“怯えた感情”を曝け出すように大口を開いていて、幾度となく咆哮を上げている。


 次第に叫声は悲鳴のような声色に変わっていき、動きが極端に鈍くなる。


 やがて女騎士の手元から剣がすっぽ抜けてしまい、荒々しく息切れを起こして地に両手を付いてしまう。


「ハッ……ハッ……ハッ……!」


「随分とお疲れですわね。(それ)、拾わないのですか?」


 落ちている剣に指を差すルティーナ。女騎士は落とした剣を拾いに行く余裕もないのか、苦しそうに息を切らして動けなくなっている。


「仕方ありませんわね。代わりに私が拾って差し上げますわ」


 そう言うとルティーナは、落ちている剣を本当に女騎士の代わりに拾い上げると、目上の人に差し出すように剣を両手で持って差し出した。


「ほら、貴女の剣ですわよ。早くお持ちになって」


「~~っ!」


 女騎士は大口を開いたまま手を伸ばし、剣の柄を握ろうとする。


「ふふっ……」


 ルティーナは悪戯っ子のように笑うと、少し後ろに身を傾ける。


 女騎士の伸ばした手は宙を空振り、弱々しくうつ伏せに倒れてしまう。


 この試合を見ている観客達は、俺達を含めて静寂としていた。


 誰も彼もが口を閉ざしていて、黙り込んだまま二人のやり取りをジッと見つめている。


 その表情は女騎士と似たもので、怯えや戸惑いといった恐れの感情が見て取れた。


「ほらほら、こっちですわよ。早くお受け取りなさって」


 子供のように軽くぴょんぴょんと飛び回りながら、女騎士の背後に回る。


 女騎士はふらつく足に鞭を打ち、膝を震わせながらも何とか立ち上がった。


「かえ……返せ……それは私の……騎士たる証だ……」


 辛そうに目を半開きにしながら、よたよたとした足取りでルティーナの元に歩み寄っていく。


 少しずつ、少しずつと、次第に距離は詰められていく。


「うぅっ……!? くぅっ……」


 後もう少しというところで、女騎士に妙な変化が起こる。


 口の端から涎が垂れ流れたところで、首を両手で掴んで地に片膝をついてしまった。


「がはっ……ハッ……ハッ……」


「大丈夫ですの? ほら、お立ちになって」


 ルティーナは剣を地に置いて、女騎士に向かって手を差し伸べる。


「早くお立ちになって。さぁ、早く」


「っ…………ぁぁ………………」


 女騎士は白目を剥くと、震えていた口の動きが線が切れたかのようにピタリと止まり、ぐらりと身が傾いて横に倒れた。


「あら、倒れてしまいましたわ。……フフフッ」


 ピクリとも動かない女騎士。それはまるで、魂が抜けた抜け殻のようだった。


「あ、あの、ビャクト様? あの奴隷騎士さんなんですけど、まさか死んでたりしませんよね?」


「……多分な」


「多分って……ままままさか本当に死んで!? 人間って疲れ過ぎるだけであんな風に倒れてしまうものでしたか!?」


「喧しいぞクソ女神。少し静かにしろ」


「うっ……。すいません、取り乱しました」


 女騎士が倒れたことで、司会ピエロが彼女の元に駆け寄る。


「ふむ……気絶しているみたいですね」


 どうやら、死んでいるわけではないようだ。見た目や倒れ方が死ぬ時のそれと似ていたから、勘違いしてしまった。


「勝者、ビャクトの奴隷娘!」


 ルティーナの勝利が宣言されるが、観客達は一向に湧き上がることがない。しーんと静まり返ったままだ。


「お、おい、あいつってまさか……?」


「ローブでよく顔が見えないが、恐らくそうだろうな。何だってあの女がこんなところに……」


「誰かに競り落とされたってことだろ。きっと見た目にそそのかされた余所者が名乗り出たんだろうよ。何も知らずに馬鹿な奴だ」


 ずっと静かだった周りから、意味深な発言がちらほらと聞こえてくる。曰く付きなの確定だろこれ。


 平然とした様子で階段を上がってくるルティーナ。


 俺のすぐ目の前までやって来たところで、和やかな笑みを向けて来た。


「戻りましたわ貴方様。偵察だけのつもりだったのですが、騎士様の体調が優れていなかったのでしょうね。逃げていただけで勝ててしまいましたわ」


 最後の最後まで白々しい態度を押し通す魔女。作り笑いを取り繕う気にもならない。


「何が『逃げていただけで勝ててしまいましたわ』だ! 自分で見苦しいと思わねぇのかその言い訳!」


「言い訳? 何のことかさっぱりですわ。被害妄想は宜しくないですわよ貴方様」


「喧しいわ! どんな手を使って勝ちやがったか白状しろや!」


「貴方様が見ていた通りですわ。ただ運が良くて偶然が起きただけ。それだけのことですわ」


野郎(にゃろう)……」


 俺の思っていた通り、追求しても返ってくる言葉は『運の良さ』と『偶然』のみ。魔女が澄まし顔の佇まいを崩すことはなかった。

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