3.王命をもぎ取って来たラッセル・バチェラー
「残念ですが、いくら王命とはいえ、あなたとの婚約には応じられませんわ」
「それがどういう意味で、どういう結末を迎えることになるのか、理解しているのか?」
「ええ、もちろんですわ。我が家が王命を無視すれば、没落する可能性は否めません。ですがそうなれば、我が伯爵家は早々にこの国を出て行きますわ。他国でも十分にやっていけますし、なんなら亡命のお誘いも来ていますしね」
アデラがここまで強気に出れるのには、理由がある。
それは、オルコット伯爵が、魔獣を使役する能力を得たからだった。
アデラの父親であるオルコット伯爵が得た能力で、魔獣を使役し、軍事力として消化することにより、絶望的だった魔物討伐を容易にした。
これが他国に渡ればどうなるか、一番に恩恵を受けている騎士団長のラッセルには、嫌というほど分かっていた。
だが引き下がれないラッセルは、高圧的に発言する。
「ほう。あなたの我儘で、伯爵家が国外逃亡する羽目になるというのか?」
「これは私の我儘ではなく、あなたの我儘でしょう? 我が家に権力が集中しないよう配慮してきたというのに、あなたの我儘でそれが無駄になるのですから」
ぐっと言葉に詰まったラッセルに、アデラは尚も口撃する。
「それにあの夜会で、私の友人たちから上がった話を覚えているかしら? 下位貴族の方を紹介してくださるというお話。既に顔合わせをして、順調に婚約への話が進んでいますのよ」
得意げに言ったアデラに、ラッセルは「だがこれは王命だ!」と繰り返す。
はあ、と大きくため息を零し、アデラが呆れたように言い返した。
「別に私でなくてもいいのでしょう? 私に特別な感情を抱いているわけでもあるまいし。あなたの権力と財力なら、選びたい放題でしょうに」
侯爵家の嫡男で、顔はまあまあ整っている。背も高く、濃い目の赤い髪と強い眼差しが意志の強さを感じさせる。すこしばかり怖い印象を与えるが、騎士団長という役職ならばそれくらいが丁度いい。
そんな役職に就いているのだから、縁談など降ってわいてくるだろうに、何故そこまでして自分に執着するのか、アデラには解らなかった。
ちなみに、アデラとラッセルには面識はない。先日の夜会で初めて会ったのだ。テレンスからの紹介という体ではあるが、ラッセルからしてみれば、アデラの噂も相まって、あまり良い出会い方でもなかった筈で。
一体どういう目的で自分を選んだのかが分からず、アデラは真意を探った。
だが、素直に話すとは思えず、とりあえず質問を投げかけることにする。
「そちらの家がお金に困っているというのならば、話は別ですが」
「金に困っていれば、婚約するのか?」
意外にも食いついて来たことに、もしかして、実は侯爵家は財政難なのかと目を瞠る。
そしてアデラは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「そうですわね。お金を工面する代わりに、たくさんの条件を呑んで頂きますが。それでもよろしければ婚約を考えてもよろしくてよ」
ここでアデラは、上からの物言いに切り替えた。条件を通りやすくするためでもあり、主導権を握るためでもある。
だが現実は、そんなに甘くはなかった。
「金には困っていない。だが、条件を呑めば、婚約をするという流れにはならないのか?」
「はあ⋯⋯なるわけないでしょう? 弱みがあってこその条件ですわよ?」
「そんなに酷い条件なのか?」
「まあ、好きでもない相手にこの条件を出されては、苦痛以外の何物でもないでしょうね」
「その条件を、今ここで聞くことは出来ないか?」
「我が家の弱みになりかねないので、無理ですわね。諦めて、他の令嬢に求婚してくださいな」
またまたぐっと押し黙ったラッセルに、アデラは溜息を吐き出した。
「もう十分でしょう? いくら粘られたところで、求婚はお断りいたしますので早々にお帰りください」
「まさか、本当に王命に逆らうつもりなのか?」
なんだかんだ言っても、王命だ。従うはずだと安易に考えていたラッセルはギョッとする。
「ええ、もちろんですわ。むしろ王命を出された時点で、我が家は王家に強く抗議を致しますし」
王命を使ってまでの強引な婚姻は、伯爵家当主が一番厭う行為だとアデラは知っていた。
なにせ家族同然であった魔獣たちを、王命で取り上げれられたのだ。そのときも強く抗議したが、所有権はオルコット家にあるし、魔獣たちも主はオルコット家にあると態度で示しているため、いくつかの条件を設け、合意した。
そんな事情だけに再び『王命』を出されたら、父親は間違いなく、即刻他国へ渡るだろう。しかも国外逃亡で、などという弱気なものではなく、祖国を見捨て、挙げ句破滅にまで追い込む未来が見える。
アデラはそれでも、この婚姻に頷くことはしたくなかった。
「ま、待ってくれ」
「もう、手遅れですわよ。安易に陛下に泣きついたようですが、あなたの我儘のせいで、我が伯爵家と王家には、益々深い溝ができてしまいました。私たちの家族である魔獣たちも、軍から引き揚げさせて頂きます。そうなれば、この国は衰退の一途を辿ることになるでしょうね」
確かにその通りだった。実際、王命を出してもらう際にも、随分と渋られたのだ。
それをラッセルが強引に取り付けた。
大きな嘘をでっちあげて。
それは伯爵家の権力集中を利用した、狡いやり方だった。
自分とアデラは恋仲で、だが権力集中の件があり、婚姻出来ない。
それでも諦めきれないと、王に泣きついたのだ。
迫真の演技にすっかり騙された父親と国王に、罪悪感よりもしてやったりと思っていたラッセルは、まさか伯爵家が王命を蹴ってまで、国外逃亡へ走るとは考えてもみなかったのだ。
爪の甘い自分自身を呪いながら、上手く事を収めなければと、ラッセルは焦る。
「そ、それこそ、弱みになるのではないか?」
「は?」
「俺の我儘で、軍から魔獣を取り上げられれば、この国は立ちいかなくなる。その責任を取る形で、我が家は最悪、没落する可能性だって出てくるだろう」
実際、ラッセルはその魔獣部隊が置かれている第二騎士団の団長だ。
自らの首を絞める行為に、アデラは何故そんなことをしたのかと疑問に思う。
だが今回の件で没落まではいかないだろうと、安易に考えた。
ラッセルの家は、現国王の実の妹が嫁いだ侯爵家。なんだかんだ、理由をつけて存続させるのだろうと結論付ける。
「それは言い過ぎでしょう」
「いや、言い過ぎなものか。俺は第二騎士団長だ。伯爵家の恩恵を一身に受けている。その俺の我儘で、国が傾くことになれば、処刑される可能性だってある」
「だから? それが弱みだと?」
「そうだ。俺と侯爵家の未来を救うために、そっちの条件を呑む」
真剣な顔でラッセルが言う。だがすぐに信用は出来ないと、アデラは提案をした。
「先ずは、我が伯爵家が国外に出たとして、本当に侯爵家が没落して、あなたが処刑されるのか、確かめなくてはいけませんわね。条件をお話するのはその後ですわ」
「ああ、分かった」
神妙に頷いたラッセルは、そのまま伯爵家を後にした。
数日後、ラッセルとアデラの婚約に向け、書類作成を行うことになった。
前回、ラッセルが王命の書状を持ってきた時に言っていた、侯爵家の没落及び処刑が現実味を帯びてきたからだ。
アデラが父親に王命の話をするまでもなく、噂はすぐに王宮内に広がっていた。
以前の夜会の出来事の噂が収束する前に、渦中にいるラッセルの強引な王命の取り付けに周囲は益々沸き立った。
その噂を聞きつけたアデラの父親は、アデラの気持ち云々よりも王命での婚姻に激怒していた。
そして国王陛下に国外へ出る旨を怒鳴りながら告げると、その場を立ち去ろうとする。
このまま国外へ出そうな勢いの伯爵を、なんとか説得のため足止めをし、侯爵家当主と子息であるラッセルが召集された。
ちょうどラッセルがオルコット家から軍の宿舎に戻ったところだった。
国王が伯爵を引き止めている間に、宰相がアデラのもとにやって来て、二人の婚約を伯爵家当主が反対しているようだと、申し訳なさそうに告げた。
実際は、アデラも婚約話を突っぱねているのだが、ラッセルの演技にすっかり騙されていた宰相は、アデラとラッセルの間に愛が存在しないというその事実を知らない。
だからだろう、宰相は憐れみに満ちた表情をアデラに向けた。
「オルコット伯爵は、王命に対して腹を立てているだけだと思うのだが、もしアデラ嬢に辛く当たるようであれば、私たちが間に入るから安心してほしい」
漸く二人が結ばれるかもしれないというこの時に、王命を出してしまったがために引き裂かれてしまうなどとあってはならないと、それは親身に宰相が話し出す。
「あのラッセルが、漸く腰を落ち着けてくれると喜んでいたのに、まさかこんなことになるなんて⋯⋯」
消沈しきった宰相に、アデラはどうしたものかと考え込む。
「あれは浮いた話しの一つもなくてな、ずっと心配していた。それが実は想い人がいて、でもどうしても結婚出来ない相手だと、諦めていたと言うじゃないか。伯爵家の権力集中の話しさえなければ、とっくに婚約していただろうに。アデラ嬢にも辛い思いをさせた。いや本当に、申し訳ないことをした」
宰相の話しに、『なるほど、そうやって王命をもぎ取ったのか』とアデラは納得する。
だが、何故その相手が自分なのかと、アデラはその答えを得られず、モヤモヤとした。
「本当に伯爵がこの国を出れば、大変なことになる。きっとラッセルは君を追って国外へ出たいだろうが、彼の父親は間違いなく処刑されるだろう。そんな父親を置いて、君を追いかけることは出来ないだろうし、きっとラッセルも父親の後を追うだろう」
「それは⋯⋯また⋯⋯」
宰相の言葉に、アデラはギョッとする。
確かに国の損失は大きいだろうが、第二騎士団がいなければ魔獣の使役にも支障が出るほどに重要な存在なのだ。
その第二騎士団長の父親を処刑とは、流石に事が大きくなりすぎだと、アデラは目眩を覚える。
青い顔でふるりと首を振ったアデラに、残酷な言葉に衝撃を受けているのだろうと勘違いをした宰相の表情は、益々暗くなった。
「⋯⋯流石に責任を取らねばならないからな。伯爵家がこの国から出て行く原因を作ったのはラッセルだ。王家としても庇いきれない」
「⋯⋯そうですか」
神妙に頷いたアデラだが、内心ではほくそ笑む。
先ほどラッセルの言った通り、これは大きな『弱み』になる。ならば思いっきり条件を盛り込んで、婚姻してしまえばいい。
それでも何故自分を選んだのかという疑問に、アデラは思いの外拘った。
その辺の事情をラッセルに聞いて、素直に答えてくれるかどうかと訝しみつつ、では他の誰かにと思ったところで、そんな当てもないなと諦めた。
「何故、こんなことに⋯⋯。せっかく王命で婚約出来るというのに」
嘆く宰相に、先ずはこちらを何とかしなければと、アデラが提案をする。
「⋯⋯その⋯⋯私から父に話をしてみます。恐らく父も私の希望ならば叶えてくれるかもしれませんので」
権力集中の話しが流れるのならば、問題はないだろうとアデラは楽観的に考える。
「おお、そうか! そうだな!」
オルコット伯爵の愛娘への溺愛ぶりは有名だと、宰相は顔を綻ばせた。
アデラも父親の説得には自信を持っていた。意外なことに、アデラの筋肉好きは家族には知られていない。侍女や侍従は知っているのにだ。
だから父親にとってアデラは、どこに出しても恥ずかしくない淑女で、自慢の娘なのだ。実際、見目も良く、それなりに博識であるアデラは、意外にも縁談には事欠かない。家の力もさることながら、アデラのその美貌にも異性は惹きつけられていた。
まあ、中身はアレだが。
そんな変態アデラは、心の中で使用人たちに感謝しながら、一つ懸念事項があると、宰相に相談することにした。
「その、問題が一つございます。兄の婚約者のことなのですが。侯爵家の嫡男と私が婚約するとなると、権力集中を避けるためにも、男爵家の方に変えなくてはならなくなると思うのですが、それは流石に申し訳ないかなと思いまして。今現在の婚約者、子爵家のご令嬢ですが、婚約解消となると、あちらに非はなくともそれなりに瑕疵がつきますし」
それらしく、暗い声を出したアデラに、宰相は満面の笑みを見せた。
「ああ、それならば問題ない。その子爵家の令嬢は、昨日投獄された。必然的に婚約は解消になるし、瑕疵どころか罪人だ。子爵家がオルコット家に執拗に縁談を持ちかけていたことも皆知っているし、逆にオルコット家の方が罪人と婚約させられていたのだから、迷惑の何ものでもないしな」
「は? 投獄?」
一体なにをしたのだと、アデラが目を丸くした。
そんなアデラの心情などどうでもいいのか、鼻息荒く、宰相が意気揚々と話し出す。
「あの女、仕えている公爵家で、盗みを働いたのだ!」
行儀見習いとして、公爵家で侍女をしていた兄の婚約者の犯罪行為に、アデラは首を傾げた。
「え? ですが、特にお金に困っているわけではありませんのに。何故かしら?」
「元々手癖が悪かったらしくてな。まあ、良かったじゃないか。そんなのを家に入れずにすんで」
「ええ、まあ、それは⋯⋯そうですわね」
確か、子爵家の当主がしつこく娘を売り込みに来て、頭を何度も下げられたと聞いていた。父が面倒だからと、婚約を結んだと言っていたことをアデラは思い出す。
良く調べもしないで婚約を結んだのか、元より問題があることを把握していて、後ほど向こうの有責で婚約破棄を考えていたのかは分からないが、とにかく婚姻を結ぶ前にやらかしてくれたことに、アデラは感謝した。
と、ここで、宰相が前のめりになる。
「ではオルコット嬢、ラッセルとの婚約は進めてもいいのだろうか?」
「そうですわね。まずは父に話しをしてみます」
「おお、そうか! よし、すぐに王城へ行こう!」
「いえ、出来ればゆっくりと、家でお話をさせて頂きたいので、すぐに父に家に戻るように言って頂けませんか? 母も随分と不安になっているようですし、今一度家族で話し合いをしたいのです」
先ほどから扉の前で落ち着きなく様子を見守っている母親に、アデラは苦笑いをする。
「だ、だが⋯⋯」
「大丈夫ですわ。私もラッセル様と、婚約したいですから、ちゃんと説得いたしますわ」
「そうか、そうか! では、頼んだよ!」
一目散に王城へと帰って行った宰相は、しっかりと伝言を伝えてくれたようで、アデラの父はすぐに家に戻ってきた。
そして驚くほど呆気なく、アデラの説得に応じる。
結局のところ、国外への引っ越しが、思いの外面倒だったことが一番の要因であった 。
◆ ◆ ◆
「条件が多すぎないか?」
「ですから最初に申し上げました。たくさんの条件があると」
「なんだよこの、身体に触らせろアピールは。この単語だけで十回は出てきてるぞ」
「見せるというのも、結構あると思いますけど?」
「いや、そこを張り合ってどうするんだよ」
条件の殆どは、筋肉を見せろ、触らせろ、というものばかりだ。
例えば、家に帰ってすぐ、『ハグをされても文句を言わないこと(その際、身体を撫で回すのにも文句を言わないこと)』や、『お風呂上がりは半裸で、過ごすこと(お触りにも文句を言わない。また、季節によって半裸でいる時間は変動)』など、あらゆる場面で半裸やお触りがある。
「どうでしょう? まあ、思いっきり詰め込みましたので、少しは削っても構いませんわよ? 流石に嫌ですわよね。好きでもない女に身体を触られるのは」
「別にそこは気にしてないけどな」
「え? 嫌ではないのですか?」
「まあ、筋肉が苦手よりかは、全然マシだろ」
「は? 筋肉が苦手?」
理解に苦しむ、とアデラは眉間に皺を寄せた。
筋肉好きのアデラには、筋肉の何が苦手なのか、想像も出来ない。
「俺があんたに拘った理由は、筋肉好きだって聞いたからだ」
「まあ!」
アデラの念願が、ついに叶った瞬間だった。
筋肉好きと婚姻する、それ即ち、触り放題である。
夫公認なのだ。思う存分に触っていいということである。
だが、ラッセルの両親の手前、そこまでベタベタは出来ないだろうと、消沈した。
全ては自室に入ってからかと、お触りの時間が随分と短いことに、アデラは不満を抱く。
「うちの家族、というか、女どもは、俺と親父のことを毛嫌いしているんだ。暑苦しいとか、鬱陶しいとか、大きくて邪魔とかな。妹に至っては、俺たちの姿を見ただけで、気分が悪くなるそうだ。だから父もあまり家には寄り付かない。騎士団の宿舎に部屋もあるしな」
「それはまた⋯⋯嫁姑問題が、一気に不安になりましたわ」
「はは。そこはまあ、大丈夫だ。母親は田舎に引っ込んでいて、こっちにはいないからな。妹は学園の寮に入った」
それは夫婦仲が悪いせいなのか、それとも違う理由からなのか、聞くに聞けないもどかしさに、アデラは唸る。
そして妹の方は、そこまで嫌なのかと、筋肉好きのアデラには全く理解が出来ないと、また唸った。きっと妹の方も、アデラのことは理解出来ないし、したくもないだろうが。
「だとすると、触りたい放題ですわね!」
ラッセルの父親も家に寄り付かないと聞いて、アデラは喜んだ。
だがラッセルもまた、騎士団の宿舎に部屋を持っている事実をアデラは知らない。
「いや、流石にあまりベタベタされるのはなあ」
「駄目ですの?」
「駄目じゃないが、限度はあるだろう?」
「限度など⋯⋯なくて良いと思いますわ! それにこれもしっかり条件に入っていますからね!」
「まあ、それはそうなんだが⋯⋯」
苦笑いをしたラッセルに、アデラは口を尖らせる。
それでも概ね自分の希望通りの婚姻が出来そうだと、ほくそ笑んだ。
そんなアデラは、向かい側に座るラッセルへと忍び寄る。
ひと一人分空けて、隣に座ったアデラに、ラッセルは首を傾げた。
そんなラッセルを他所に、アデラが意気揚々と提案をする。
「では、ラッセル様。予行練習をいたしましょう」
「予行練習?」
「ええ、そうですわ! 先ずは上半身裸になってくださいませ」
ぽかんと口を開けたラッセルは、この後の展開を想像し、絶句する。
バッと部屋の隅に目をやれば、侍女の姿が目に入った。それも二人。そしてその二人もまた、ラッセルと同じタイミングで顔を横に逸らした。
そんな侍女たちの前で、上半身裸になって、アデラに身体を撫で回されるのかと思うと、羞恥とともに冷や汗が流れる。
「いや、流石にここで半裸は不味いだろう」
「ですから、慣れるための予行練習です」
「慣れるって⋯⋯それは婚姻した後は二人きりになれるから特に気にはしないが、ここには侍女もいるわけだし」
「侍女がいなければ、問題ないと?」
「まあ、そうだけど。だがまだ婚約中だからな。密室で二人きりというのは無理だろう」
「では、私はどうしたらいいのでしょうか?」
欲望を抑えきれないと、目で訴えるアデラに、ラッセルは顔を引き攣らせる。
本来ならば、立場が逆だろうと思うも、普段から母親や妹の蔑むような視線にさらされていたせいか、満更でもないとラッセルは妥協案を口にした。
「とりあえず、服の上からで我慢、ってところか?」
「来年の挙式まで?」
「そこはまあ上手く⋯⋯二人で抜け出して、とかさ」
「な、なるほど!」
顔を寄せ合って、ヒソヒソと話しながらも、アデラは鼻息荒く興奮する。
「じゃあ、服の上からな」
そう言って、ラッセルはアデラの手首を掴み、自分の胸に触れさせた。
「あ、聞くの忘れた。どこの筋肉が好きなんだ?」
そう問いかけたラッセルは、アデラの顔を覗き込む。
そのアデラの顔が真っ赤に染まっていることに気づき、驚いた。
「な、何だよ、大胆なことを言う割りに、そっちが照れてどうするんだよ!」
つられて顔を赤くしたラッセルだったが、アデラの手首は放さなかった。
「と、とととととりあえず、ててて手を⋯⋯」
バッと慌てて手首を放したラッセルは、冷静になろうと必死になる。
だが心とは裏腹に、声には動揺を隠し切れなかった。
「な、慣れるというのは、確かに重要だな。うん。お、お互いに、慣れないとだな。うん」
バクバクと煩い心臓に、顔の熱もなかなか引かない。
まともにアデラの顔を見れないラッセルは気づかなかった。
アデラがじゅるりと涎を垂らしていたことを。
お読み頂き、ありがとうございます。




