魔法を使える記憶
家族そろって一つのベッドで寝ることは、貴族としてはとても珍しい。
だが、カシウス侯爵の家族は常識よりもミラの笑顔を選んだ。
前世の記憶に縛られない楽しい時間、ミラはとても幸せな夜を過ごした。
5歳の子が記憶に翻弄されつつある中で、家族の絆はミラを笑顔にした。
ただその記憶は午前中まではミラを幸せにさせたが、午後になると前世の不幸に包み込まれる。
それくらい、前世での記憶は強烈なものだった。
自分を家族ではないと言い、少しの粗相でも大声で怒鳴りつけてくる母、そんな自分を嘲り笑う兄姉、素知らぬふりの父。
必死に泣くことを耐えていても、嘲笑われ、惨めになる。
5歳の子供にとって、これはとても辛かった。
それが前世のものだということも、子供にはわからない。
なぜか自分の記憶に刻まれていく出来事は、事実かそうではないかの区別もできない。
だから、ミラは混乱する。
実際に現世で体験した記憶と、前世の記憶。
そのどちらが正しいのか、どちらが重いのか。
ベッドでの時間以外、ミラは幼いなりに悩んでいた。
そうして6歳を過ぎた時、その悩みを解決してくれるのではないかという記憶がミラに訪れた。
そう、ミラは魔法が使えるということを記憶が教えてくれたのだ。
その記憶の中では、ずっと自分に興味がなさそうだった父親が初めて笑顔を見せてくれた。
これを見せればきっと自分は本当に愛される、とミラは信じた。
誰もいないところで、ミラはその魔法を試してみた。
蘇った記憶と同じように、ミラは火球を扱うことができた。
ミラは、喜び勇んで家族を庭に連れ出した。
そして、自分の魔法を披露した。みんなが喜んでくれることを想像しながら。
しかし、カシウス侯爵は驚きながらも笑いはしなかった。
「ミラ、どうしてこんなことができるんだ?いや、なぜできることを知ったんだ?」
思っていたのと違う反応に、戸惑うミラ。
戦争が終わってから、魔法使いが魔力を持った者を探すようなことは行われていない。
少なくとも表向きには。
「クラリス、どういうことだ?」
カシウス侯爵は、少しきつい口調で妻に問いかけた。
だが、妻のクラリスは動じることなく応じた。
「私たちの家に魔法使いなんて来るわけがないでしょう。来たとしても、それをあなたに隠しておく必要がどこにあるんです?」
そう言われて、カシウス侯爵は「しまった」と思った。
「い、いや、すまない。決して君を疑っていたとかそういうわけではなく……」
「カシウス、私はあなたが私や家族を愛していることを知っているわ。そして、あなたがおっちょこちょいだということも。でもね、あなたも私を信じて欲しいわね」
こうして、カシウス侯爵は頭をうなだれて妻に謝罪をした。
その隣で、ノエルがミラに話しかける。
「ミラ、戦争には男が行くんだ。父さんが怒ったのも、ミラを戦場に出したくないからだ。僕は戦いに行くかもしれないけど、ミラは家を守っているのが役目だ。わかるか?」
男女平等なんて考えはこの時代にはない。
平均的に男性の方が力が強いうえ月経などの影響もないから戦に向いている、子供を産めるのは女性だけだから家を守って欲しい、そういう考え方だ。
そのノエルの言葉を、ミラはあまり理解できなかった。
前世での父であるダモン・タッカー公爵は、今まで一度も見せたことのない笑顔で喜んでいたのだ。
6歳の少女には、その笑顔とカシウス侯爵がベッドで見せる笑顔の違いがわからなかった。
ただ、カシウス侯爵の笑顔の方が好きだな、と思った。
そんなミラに、カシウス侯爵が話しかける。
「ミラ、その才能は素晴らしいものだ。戦争中だったら、ミラは国を救う英雄になっていたかもしれない。でもね、今はそんな力を使う必要はない。だって、それは戦いに使うものだから。ミラが幸せになるためには、そんな力を使う必要はないんだよ」
そして、クラリスがミラを抱き締めて言った。
「ミラ、そんな力を使わなくてもあなたは幸せになれるわ。そんな世界を、ママやパパが作っていくの。だから、その力は他の人に見せてはいけないわよ」
抱き締められている感触が、ミラはとても温かくて幸せだった。
難しいことはよく分からなかったけれど、この力を使ってはいけないのだということは分かった。
この力で愛されると思っていたのに、それは叶わなかった。
それなのに、それ以上に愛されていることを感じてミラは幸せだった。
それが、次の日に訪れる辛い記憶によって塗りつぶされるまでの間だけのものだったとしても。




