特別なベッド
ミラは、ノエルには少し心を開くことができた。
それでも、5歳以前の天真爛漫なミラとは様子が違う。
それは、仕方のないことだった。
たった5歳の子供の頭に、毎日前世の記憶が蘇ってくるのだ。
そこでさらに厄介なのが、前世のミラと今のミラの外見がほとんど同じことだった。
カシウス・アルヴェイン侯爵の妻クラリスのお腹の中に入ったミラの魂は、その名前と外見を受け継いだ。
ミラの頭に蘇る記憶に出てくる少女は、ミラそのものだった。
外見が違っていれば、誰かの記憶として傍観できただろう。
だが、自分とまったく同じ外見の少女が虐げられている記憶を毎日見ていると、当然5歳の子供は影響されてしまう。
だから、日に日にミラは家族に対してよそよそしい態度を取るようになっていった。
ミラ自身も、それを申し訳なく思っている。
記憶の中にあるダモン・タッカー公爵家での待遇と、こことでは全く違っていた。
愛してくれているのがわかるのに、それを受け入れるのが怖いのだ。
一生懸命心を開いてくれた兄のことは、ノエル兄さまと呼んでいる。
記憶の中で出てくるリカルドという名前と混同しないようにだ。
自分の姉でリカルドの妹のローズという名前も、ミラは嫌な記憶として覚えている。
だが、前世での両親の名前がわからない。
親が子供に対して自分の名前を名乗ることなどあまりない。
パパ、ママ、父さん、母さん、そして……ミラはお父様、お母様と呼んでいた。
***
もちろんミラの両親も、この状態を好ましいとは思っていない。
つい先日までは、ミラは天真爛漫で明るい女の子だったのだ。
それなのに、突然よそよそしくなってしまった。
何かの病気だろうかと医者にも診てもらった。
それでも、原因は分からなかった。
ノエルには少し以前に近い様子で接するようになったことで、カシウス侯爵とその妻クラリスは少し安心した。
だが、それと同時に「なぜ自分たちにはよそよそしいのだろう」と余計に考えるようになった。
大人げないとは思っても、「なぜノエルだけ」という嫉妬心が芽生える。
おずおずしながらもノエルの後ろをついて歩くミラは、かわいくて仕方ないのだ。
カシウス侯爵が、まず我慢できなくなった。
ミラのために、大きなぬいぐるみを買って帰った。
「ミラ、お土産だよ」
猫なで声でお土産を渡す父。
それを見て、ノエルが不平を漏らす。
「ミラだけずるい、不公平だ」
ミラも、そんな兄の機嫌を損ねたくなくて素直になれない。
さらに、記憶の中の姉、ローズのぬいぐるみに触って怒鳴られた記憶も恐怖を感じさせた。
父の作戦は、こうして失敗に終わった。
***
もちろん、クラリスもミラを可愛く思っている。
何とか以前の笑顔を取り戻したいと願っていた。
そこで、食事の後にミラが好きだったケーキを焼いてあげた。
「ミラ、ケーキはいかが?」
ミラの顔は、一瞬輝いた。しかし、それは長くは続かなかった。
ケーキをもらおうと食器に触れた時に立ててしまった音が、ミラを委縮させた。
「なんてお行儀の悪い!やっぱり平民の子ね!」
という罵倒が蘇る。
さらに、ノエルも不平を漏らした。
ミラが好きなのは甘酸っぱいチーズケーキだったが、ノエルはもっと甘くて重厚なバターケーキが好きだったのだ。
「またミラだけひいきして!」
ニュアンスは全然違うのだが、5歳のミラには前世の兄リカルドの叱責に近いものに聞こえてしまった。
母の作戦も、失敗に終わった。
***
それでもカシウス・アルヴェイン侯爵とその妻クラリスは、ミラのことをそれはそれは愛していた。
ミラの笑顔のためなら領地の半分を投げ出してもいいほどだった。
この二人がお互い勝手に動いた作戦は失敗したが、とても仲睦まじい夫婦だったので、ある夜に話し合った。
ミラを笑顔にするにはどうすればいいかと。
そして、とてもストレートな行動に出ることにした。
ミラが寝る時に、二人で襲撃するのだ。
この時代の貴族は、親子が一緒に川の字になって寝ることはない。
子供を早く一人前にするためだったり、寝室も社交の場であったりするからだ。
だが、カシウス夫妻はミラの寝室に入り込んだ。
「ミラ、私たちと一緒に寝ましょうか」
ミラは、とても驚いた表情になった。
前世で、そんなことはなかったからだ。
いや、実母のエリーはずっと一緒に寝てくれていた。
だが、貴族はそんなことをしないのが普通なのだ。
それに関しては、ダモン・タッカー公爵やその妻のマリアンヌが薄情だったわけではない。
この夫婦が型破りなのだ。
そして、これはミラにとってもひたすら嬉しい出来事だった。
前世の記憶において、このような場面で拒絶されることはない。
そもそも、前世では父や義母が寝室に入ってくることもなかったのだ。
父と母が自分のベッドに潜り込んで抱き締め、頬ずりをしてくれる。
それはミラにとって新鮮で、エリーを思い出させる嬉しい感触だった。
前世の記憶に邪魔されずに幸せを感じていたその時、寝室のドアが勢いよく開けられた。
「またミラだけひいきしてる!」
それは、いつもより騒がしい屋敷を訝しんだノエルだった。
両親がミラを囲んでベッドの中で楽しそうにしているのを見て、ノエルはのけものにされている気がした。
カシウス侯爵とクラリスがどう取り繕おうかと考える間もなく、ミラが「ノエル兄さまも来て!」と言って、布団から飛び出して兄の手を引いた。
こうして、親子4人が一つのベッドの中でもみくちゃになりながら戯れる楽しい時間が出来上がった。
やがて子供たちは嬉しさと楽しさを噛み締めながら眠りに落ち、その両親は幸せを噛み締め合った。
なお、子供たち二人は決して寝相が良くはないので、両親はしっかり眠ることができなかった。
その結果、カシウス侯爵は親子四人で寝ても十分な広さのベッドを特別注文したのであった。




