秘めるべき悩み
家族だと言ってくれたノエルに、ミラは心を開きつつあった。
毎日襲ってくる記憶に怯えながらも、ノエルのことは信じられそうだった。
ミラは、以前のようにノエルについて回るようになった。
前世でのリカルドと違うことを自分に言い聞かせるように「ノエル兄さま」と呼びながら。
ノエルはそんなミラをより一層かわいく思い、優しく接した。
ただ、わざわざ名前をつけて呼んでくることに少し違和感もあった。
他にも兄弟がいるのならそれも変ではないが、兄は自分しかいない。
「ミラ、なぜ名前をつけて呼ぶんだ?」
とノエルは聞いた。
「他にも兄さんがいるみたいじゃないか」
「私をいじめていた兄さまがいるの」
ミラは、精一杯考えてそう言った。
けれど、ノエルにはそれは難しかった。
「ミラの兄さんは僕だけだぞ?」
「あのね、何かわからないけど他にお兄さまとお姉さまと、別のお父さまとお母さまがいるの」
ノエルもまだ7歳だ。それは前世の記憶だろう、などと考えられるはずもない。
何を言っているんだろう、と思案にふけった時、ミラがさらに続けた。
「ノエル兄さま、私、何だか怖いの」
「どうしたんだ?ミラ。何でも言ってみろよ」
そうして、ミラは毎日頭の中に流れ込んでくる記憶について話そうとした。
「あのね、ママが死んでから周りの人が冷たくなって……」
その言葉が、ノエルの逆鱗に触れた。
7歳のノエルは、人の死を考えることが増えている。
勉強の中での英雄の死、両親から聞かされる祖父母の死、父が行った戦争での兵士の死、さらには父自身も死にそうになったという話も聞かされた。
それをミラという少女が救ってくれたことも。
だから、ノエルは言葉を抑えられなかった。
「ママは生きてるだろう!変なこと言うな!」
ノエルのその怒鳴り声は、前世でのリカルドの声と重なった。
「申し訳ありません!」
ミラは、泣きそうになりながら謝った。
前世でのミラのように、怯えながら、卑屈に。
「申し訳ありません……」
そう繰り返しながら、ミラはノエルから距離を取る。
「あ……」
ノエルは、自分の失敗を悟った。
でも、ママは死んだりしない。
ノエルは、どうしても自分が悪いとは思えなかった。
なのに、自分はミラを怯えさせてしまった。
思考も感情もぐちゃぐちゃになったまま、部屋から出て行くミラを見送るしかできなかった。
ミラも、ノエルに怒鳴られたことがショックだった。
前世の記憶と重なったことがとても悲しかった。
ここでもやっぱりあの記憶と同じ……?
自分の部屋に戻って、ミラは前世と同じように一人で泣き伏した。
次の朝、ミラが部屋から出るとノエルが立っていた。
一晩中考えていたのだろうか、真っ赤な目をしている。
そして、ノエルは「ごめんなさい」と言って頭を下げた。
普段ちょっと喧嘩をした程度だと「ごめん」と軽く済ましていたが、この「ごめんなさい」は母親に叱られた時くらい真剣なものだった。
とは言っても7歳のノエルの思考には限界がある。
決してミラの苦悩をちゃんと理解したわけではない。
ただ、自分にはわからない辛さをミラが抱えていることだけは理解した。
それを受け入れ、少しずつ分かって一緒に癒していきたいとノエルは思った。
前世の記憶の中には絶対に出てこなかった兄の謝罪に、ミラは混乱した。
ただ、その『ごめんなさい』という言葉にも温かみを感じた。
自分を想ってくれているという温かみを。
ミラは「ノエル兄さま……」と呟いた。
その潤んでいる瞳を、ノエルは愛おしく思った。
そして、ノエルはミラを抱き締めた。
ミラは、その愛情を感じて嬉しくなった。
しかし、ノエルが自分を愛してくれていることと、前世の記憶についての悩みを理解してくれることとは違う。
もう一度、あの話を蒸し返すことはできなかった。
前世の話をしても、もう怒鳴られることはないかもしれない。
だが、それはノエルが感情を抑えているだけだ。
ノエルが優しくしてくれていることは分かる。
でも、またあの話をしたら困らせてしまう。
ミラは、そんな気がした。
そして、両親にも言わない方がいいと感じた。
この悩みを、ミラはしばらくの間一人で抱え続けることになる。




