家族だから
ノエルは、ミラのことが可愛くて仕方なかった。
たまに、いつもひっついてくるミラを面倒に思うこともあるが、それはミラが嫌いだからではない。
これから、ノエルも自立をしていきたいお年頃になっていくのだ。
だが、ミラが5歳を過ぎてしばらく経ってから、ノエルに対して距離を置くようになった。
アルヴェイン家の家族も召使もみんなが心配するほどにミラが泣きわめいた後、確かにミラの態度は変わったのだ。
以前は、ノエルの顔を見ると無条件にこぼれるような笑顔で「お兄さまぁ」と言って自分に縋り付いてきていた。
だが、最近は唇を嚙んで見えないところに逃げていく。
何より、「お兄さま」と呼んでもらえなくなった。
自立したいからと言って、かわいい妹に嫌われたいわけではない。
それでもしばらくの間はその葛藤を胸に秘めていたが、やがて我慢できなくなって母に相談をする。
「お母さま、最近ミラの様子がおかしくありませんか?」
以前のようにミラに懐いて欲しいという願望を精一杯隠しながら、ノエルは母に相談した。
「ミラのことを気にかけてくれてありがとう、ノエル。確かにミラは何かがおかしいわ。あなたにだけじゃなくて、私やパパにも態度がおかしいのよ。ノエルを嫌いになったわけじゃないのは確かよ」
「本当でしょうか。この前私がおやつをミラよりたくさん食べたからじゃないでしょうか?あ、3日前に算術の試験でミラの方が点が良かったから髪の毛を引っ張ったから……?それとも入っちゃいけないと言われている物置に強引に連れて行ったから……」
「……ノエル、いろいろと聞かなくてはいけないことがあるみたいね。まず物置の件から聞きましょうか……」
「ひっ!ごめんなさい!!いや今はミラのことを……」
「まあノエルのイタズラはいつものことだから後でげんこつするとして、ミラのことは心配ね。何か気付いたことがあったら教えてね、ノエル」
7歳のノエルをしつけることも忘れず、それでいて一人の人間として頼りにもするクラリスの教育方針は、ノエルの成長に良い影響を与えていた。
兄として、ミラの方が算術の成績が良いことは隠しながらおやつや物置のことは正直に告白し、ノエルは母にげんこつをもらった。
そして、ノエルはそのことをミラに笑いながら話した。
その時もミラはノエルに話しかけられただけで体が硬直していたが、その内容にリラックスして吹き出した。
それを見てノエルは嬉しく思ったが、次の朝にはまたミラの態度はよそよそしくなっている。
7歳のノエルは、さすがに妹の態度に腹を立てた。
そして、自分の部屋に呼び出してどういうことかと問い詰める。
問い詰めると言うと言葉が悪いが、要は腹を割って話したいのだ。
「怒らないから、何があったか言ってごらん?」という奴だ。
以前にも、ミラが何かを隠しているようなことがあった時にこうしたことがある。
もちろん、ノエルはそう言った以上は怒らないことを心に決めていた。
その時は大事なおもちゃを壊されていたので、ノエルは泣きたいのをこらえてミラを許し、母の部屋に行って大泣きした(クラリスはちゃんとミラを嗜めておいた)。
今回もそれを覚悟しつつ、それで済むなら安いものと思っていた。
ノエルも成長しているのだ。
だが、ミラの返答は思いがけないものだった。
「申し訳ございません」
と言って頭を下げたのだ。
「……」
ノエルは、言葉が出てこなかった。
たった5歳の妹が、自分に対して「申し訳ございません」??
大事なおもちゃを壊された時だって、「ごめんなさい」だったのだ。
「ミラ……」
出来るだけ優しい声で、ノエルは妹を呼んだ。
ノエルは、ミラが大好きだから。
***
ミラも、ノエルが大好きだった。
だが、ミラの中に奇妙な記憶が蘇る。
「兄なんて呼ぶな、庶民のくせに!」
「そうよ!あんたなんか妹とは認めないわ!」
その記憶が、ノエルを「お兄さま」と呼ぶことをためらわせた。
「あなたは家族ではありません!」
という言葉が、ミラの脳裏を埋め尽くす。
ミラは、ポロポロと涙をこぼしながら「申し訳ありません」という言葉を繰り返す。
それは、神の嫌がらせか、暇を持て余したいたずらか。それとも意図せぬ不具合か。
ミラは、前世での経験を年齢と共に思い出していく。
前世での5歳のミラは、母を失って継母や義兄姉にいじめられていた。
実母のエリーが死に、継母のマリアンヌや義兄姉のリカルドとローズに「家族じゃない」と
言われて虐げられた日々。
その記憶が、ミラを委縮させる。
だが、ノエルはそれを許さない。
「家族でそんな口の利き方をするな!」
その言葉を聞いた時、ミラはぽかんと口を開いた。
「ミラは奴隷や従者じゃない!家族なんだ!ミラの方が年下だからちょっと僕の方が偉いけど、僕がおやつをたくさん食べたら怒ってもいいんだ!僕が何か悪いことをしたなら言ってくれ!謝るから!」
ノエルのその言葉は、ミラの予想外の言葉だった。
「家族じゃない」と言われ続けた記憶を、ノエルの言葉が塗り替える。
「お兄さま……本当に私は、家族なの…ですか?」
「当たり前だろう!」
そう言って、ノエルはミラを抱き締めた。
ミラは、ノエルに抱きつきながら大声で泣き続けた。




