タッカー家の落日
ダモンとマリアンヌは、ロベリア王国からラディアート王国に返還された。
だが、国王のゾラティスは元公爵のダモンにも、従妹のマリアンヌにも顔を見せなかった。
さらには、息子でありタッカー侯爵家を継いだリカルドさえ出迎えに来なかった。
その待遇に、マリアンヌは激怒した。
そこで息子のところに乗り込もうとしたが、マリアンヌはすぐに拘束されてしまった。
「何をするのじゃ!わらわは国王ゾラティスの従妹であるぞ!」
いくら喚いても、兵たちは手を緩めない。
マリアンヌは、そのまま牢に入れられてしまった。
これは、ロベリア王国の判断を追認するという意味だ。
マリアンヌは、叫び続けた。
「無礼者!我が血筋を何と心得る!すぐに解放せぬと、反逆罪に処するぞ!」
……どれだけ騒いでも、何の反応もない。
なぜこのようなことになってしまったのか。
いくら考えても、マリアンヌにはわからなかった。
その二日後、リカルドが面会に訪れた。
「おお、リカルド!早くわらわをここから出してたもれ!誰がこのような不当なことをさせているのじゃ!?王にも早く来るよう伝えよ!」
マリアンヌは、半狂乱になって息子に叫んだ。
「母上、なぜ自分が牢に入れられているのか、本当に分からないのですか?」
「当たり前じゃ!国王の従妹たるわらわが、牢に入れられるのはおかしかろう!」
リカルドは、ため息をついて言った。
「母上、あなたはミラ……友好国の王子の婚約者を害そうとしました」
「ミラじゃと?あんな平民の娘風情が王子の婚約者!?そんな秩序の乱れた国はとっとと滅ぼしてしまえばいい!そうじゃ、あの娘は魔法が使えたはず。その脅威を取り除くためにわらわは働いたのじゃ。褒められこそすれ、牢に入れられる覚えはない!」
「母上、それではもし私が有能でロベリア王国にとって脅威だったら、ロベリアの者は私を殺しても良いと仰るのですか?」
「お前は公爵の嫡男、あの娘は平民、同列に語るものではない。平民など石ころのようなものじゃ。それにロベリアは我がラディアートの下風に立つ国。ええい、馬鹿なことを言っておらずに早くわらわをここから出せ!」
「ロベリアは友好国です、母上。それに平民でも有能な者は重用されるべきでしょう」
リカルドは、その後に(高貴な血筋でも無能な者は、母上のようになるのです)と心の中で付け加えた。
「何を馬鹿なことを言っておる!ああ、わらわは息子の教育を誤った!この親不孝者め!」
そう喚いている母親に対して、リカルドは「何か必要なものがあればお申し付けください。できるだけお心に沿うようにいたしましょう」と言って背を向けた。
さらにその二日後、国王のゾラティスがマリアンヌの牢に顔を出した。
その頃には、喚き続けていたマリアンヌの声も枯れていた。
「おお、従兄上……ようやくわらわを助けに来てくださりましたか……早くこのような不当な扱いをやめさせてくだされ」
かすれた声で訴えるマリアンヌに、国王は冷たい目を向けた。
「従妹殿、リカルド・タッカー侯爵が言うようにまったく反省しておらぬようだな」
「あの息子は、何て親不孝なんだろう!それにタッカー家が侯爵などと!従兄上、何の冗談なのですか!」
「お前は何も理解せずとも良い。お前を甘やかした叔父上にも咎はあるのだろう。美食くらいは許してやるゆえ、ここで生涯を終えよ」
そう言われたマリアンヌは、枯れた喉から血を吹き出しながら叫んだ。
「わらわの、何が間違っていたというのか!」
そして、マリアンヌの脳裏には王子と笑い合っていたミラの姿が浮かぶ。
「平民の娘めが!なぜわらわがお前より下にならねばならん……・」
マリアンヌは、公爵の妻に降嫁させられたことが不満だったのだろうか。
牢の中で気が触れてしまったマリアンヌの本心は、誰にも分らない。
***
ダモンにも血筋を誇る気持ちはあったが、王家の血筋であるマリアンヌを妻に迎えてからは、かえってコンプレックスを抱くことが多かった。
妻にいつも血筋で蔑まれ、思うように行動できなかったのだ。
平民のエリーと情を交わしたのも、その鬱憤晴らしと言っていい。
そしてエリーは、ミラを産んだ。
そのことで、ダモンはマリアンヌから大いに責められた。
その後、エリーが死んでミラを屋敷で養うことになってからは、マリアンヌにより一層気を使うようになった。
この娘さえ産まれなければ、と何度思っただろう。
だが、その娘には魔法の才能があった。
これを利用してのし上がってやる、とダモンは思った。
小才のある者が、自分の能力を過信することは珍しくない。
実際には人望を得ることすらできていないのだが、ダモンは「自分の能力で思いどおりに世の中を渡り歩いてやる」と思っていた。
血筋でマリアンヌに劣っているからこそ、そちらに走ったのだろう。
だが、ダモンが持っていたのは所詮小手先の才に過ぎなかった。
ダモンは、今もそのことに気づいていない。
それでも、自分が失敗をしたことは分かっている。
そのことを、ダモンは恥じた。
そのため、あまり人と会いたがらなくなった。
ダモンも、ロベリア王国にいた時と同様に自室に軟禁されている。
そこでは、ずっと酒を飲んでした。
その際に情けない嗚咽やみっともない言葉を発してしまうことを恐れて、部屋の前の見張りを遠ざけていた。
牢にこそ入れられていないがダモンも罪人扱いであるから、外から鍵をかけることを条件にして。
その日も、ダモンは酒に溺れていた。
自分はこんなところで終わる人間ではないと思いながら。
ここからどうやって再起を果たすか、と考えていた時、突然胸を締め付けるような激痛が走った。
冷や汗が流れ、息が思うようにできない。
「だ、誰か……」
必死の思いで声を出すが、部屋の前には誰もいない。
ダモンは、部屋の真ん中に倒れ込んだ。
誰かを呼び出すための呼び鈴は机の上にある。
扉には、外から鍵がかかっている。
呼び鈴を鳴らすために立ち上がることも、扉を開けることもダモンにはできない。
苦悶の表情を浮かべるダモンの脳裏に浮かぶ走馬灯の最期に、11年前に戦場に見捨てたミラの絶望の表情が映った。
それと同じ表情を浮かべながら、ダモンは救いのない死を迎えた。




