温かい風
ダモンやマリアンヌの犯した行為は、ロベリア王国に対する敵対行為としか言いようがないものだった。
筆頭公爵のその行為は、ラディアート王国がロベリア王国に敵意を抱いていると思われても仕方がない。
だから、ロベリア王国はラディアート王国の使節を追い返した。
レオニス王子とミラの婚約披露という場に、敵国の使節などを参加させることはできない。
もちろんこの場には他の国の使節も来ていたため、ラディアート王国の暴挙は知れ渡った。
その外交的失点を取り返すためにも、ラディアートのゾラティス王はダモンやマリアンヌを罪人とし、タッカー家を降格させざるを得なかった。
結局他国の使節にも「安全を保障できない」として帰国を願い、婚約披露は無期延期ということになった。
この一連の事件の中で、ミラは前世の母であるマリアンヌと顔を合わせた。
ミラを「平民の娘」と罵ったことをレオニス王子が咎め、牢に入れることになったが、その時王子はミラのことを心配していた。
以前は、ダモンの姿を見るだけで倒れていたのだ。
だが、この時のミラは自分でも驚くほど冷静だった。
今のミラには、レオニス王子にローズ、アンナ、アルベルト先生、家族、などたくさんの頼れる存在がいる。
「この人は、血筋以外に頼れるものがないのではないか」
と、ミラは前世の母に憐みの気持ちを抱いた。
そして、マリアンヌやダモンへの恐怖心がなくなった。
レオニス王子がマリアンヌを咎めている間、ミラはずっと前世の母を見つめていた。
臆することなく、真っすぐに。
その視線がより一層マリアンヌを逆上させたが、ミラは動じなかった。
たくさんの信頼できる人たちの支えが、ミラを動じさせなかった。
その日の夜、ミラの部屋にローズがやってきた。
もちろんアンナも仕事を終えてミラの部屋にいる。
「私、今日前世の義母に会ったの」
ミラがそう言うと、ローズもアンナも心配そうな顔をした。
「全然大丈夫。それどころか、何か可哀想な気がしたわ」
「可哀想……ですか?」
アンナが意外そうな顔で聞き返す。
「今の私は、ローちゃんやアンナや、レオニス王子や、たくさんの人に良くしてもらっているわ。こんな幸せを、あの人は味わったことがないんじゃないかと思って」
「貴族様の気持ちは私にはわかりませんねえ」
そう言うアンナに「私たちも貴族なんだけど」とミラとローズが枕を持って襲い掛かる。
「ミラ様は優しい貴族様です。ローズ様は……へんてこりんな貴族様です」
「何よ、それ!」そう言って取っ組み合いをしながら、ローズはしみじみと続けた。
「相手が誰であっても、意地悪するより仲良くした方が楽しいのにね。そんなことも分からない人が公爵夫人なのね」
「うん、こんなふうに笑うところが全然想像できない人だった」
「そんな方って、子供の頃はどんなだったんでしょうか」
そのアンナの問いに、ミラは真剣な顔で考えた。
「あの人にも子供の頃があったんだよね……想像もつかないや」
ミラがそう言うと「私たちの両親の子供の頃もあまり想像できませんね」とアンナが続けた。
それでも、義母のような仏頂面ではなかっただろうとミラは思う。
「ところで、婚約披露パーティーは延期になっちゃったけど、レオニス王子と結婚する意志は固まったの?前はよく分からないって言ってたけど」
「まだ実感はわかないけど、でもレオニス王子は信頼できる人だと思ってる。もしかするとこのまま……」
そこまで言った時、ミラの頬が赤く染まった。
改めて意識すると、恥ずかしくなってきたのだ。
ミラの中で、レオニス王子への好感度は確実に高まっていた。
「いいなあ、私もそういう相手が欲しいな」
ローズがそう言うと、アンナが
「ローズ様と結婚する方は苦労するでしょうね。喧嘩したらきっとローズ様の方が強いですから」
格闘技を習い始めたローズは、結構筋が良かった。
まだ習い始めたばかりだが、この分だとかなり上達しそうだ。
取っ組み合いをしているだけでも、アンナはローズが強くなっていることを感じた。
「う、確かに。筋肉ムキムキの妻なんていやがられるわよね……」
「兄さまはあまり運動が得意ではないから、ローちゃんが強くなった方がいいかも」
ミラがそう言うと、ローズは顔を赤くして「な、な、な」と口ごもった。
「時々兄さまがローちゃんのことを聞いてくるから、格闘技のことも話したの。そうしたら、『強い女性もいいなあ』って言うようになったのよ」
「私、頑張ってもっと強くなるわ!」
張り切って言うローズに、ミラは思わず笑いがこぼれた。
「私もミラ様をお守りできるように、強くなりたいです」
アンナがそう言うと
「いいわね、あなたと手合わせができる日を楽しみにしているわ」
とローズが返す。
「二人が強くなっちゃったら私だけのけ者みたいでいやだなあ。私も格闘技を習おうかな」
「ミラ様は、レオニス王子の好みを確認してからにして下さいね」
「そうね、王子は結構良い結婚相手だと思うから大事にね」
そう言って、三人で笑い合った。
「私たちはどんな大人になるんだろう」とミラは思った。
***
後日、ラディアート王国から正式な謝罪の使者として新筆頭公爵のロジャー・ウェストンとダモンの息子、リカルド・タッカー侯爵がロベリアを訪れた。
その際の真摯な態度とダモンやマリアンヌへの処分を聞いて、ロベリア国王のレオンハルトは謝罪を受け入れた。
こうして、両国の和解は成った。
その施設の帰国の際、レオニス王子がリカルドに「そなたの屋敷を訪れても良いか」と尋ねた。
リカルドは「どうぞお越しください。歓迎いたします」と答えた。
使者が帰った後、王子はミラに言った。
「やはり、挨拶はしておきたいからな」
「ローちゃんやアンナや、私の前世を知っている人も連れて行っていいかな?」
「ああ、さすがにラディアートから亡命したアルベルト先生は無理だが、みんなで行こう」
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懐かしいと言っていいのか、あまり良くない記憶の多い場所。
前世のミラが生涯を過ごした、タッカー家の屋敷。
今は、ダモンもマリアンヌも姉のローズもいない。
リカルドは、客人を離れに案内した。
そこには、「エリー」と書かれた小さく粗末なお墓があった。
「ママ……」
ミラは、小さく呟いた。
ミラは、お墓の存在を知らなかった。聞ける雰囲気ではなかった。
だが、さすがに死者を弔わないわけにはいかなかったのだろう。
「汚れていて済まない。僕が家を継いでからは手入れをしているんだが」
そう言うリカルドに、ミラは頭を下げた。
レオニス王子が、ミラの母のクラリスに「今のお母さまには、本決まりになってからご挨拶させてください」と断りを入れた後、お墓に向かって話しかける。
「もしかすると、私はミラの夫になるかもしれません。だから、ご挨拶に伺いました」
その口上に、一同は微笑んだ。
ローズは「決意表明に聞こえるわね」と思った。
そして、レオニス王子はひときわ声を大きくして言った。
「ミラを産んでくれてありがとうございました!」
そう言った後、深々とお墓に向かってお辞儀をした。
カシウス侯爵やその妻クラリス、ローズやアンナたちもそれに倣う。
その様子を見て、ミラは涙ぐんだ。
「ママ、私はこんなに幸せだよ」
お墓に向かってそう語りかけたミラの頬に、温かい風が触れていった。
お読みいただき。ありがとうございました。一旦、ここで完結です。ミラがもっと幸せになっていく様子やローズ、アンナの成長など書きたいことはありますが、まだまとまっていません。アイディアがまとまったら、続きを書き始めるかもしれません。感想をいただけると嬉しいです。
次に何を書くかも決まっていませんが、また皆様にお会いできるよう頑張ります。
改めて、最後までお付き合いいただきありがとうございました。




