姉の後悔
ミラの前世での姉であるローズは、ヘッケル侯爵家に嫁いでいた。
王家の血を引く母と、公爵家の血を誇りに思う父の娘であるローズは、見事にわがままに育った。
その血筋を考えると嫁ぎ先も引く手あまたになってもおかしくないが、何分本人の評判が悪すぎた。
ミラをいじめていた性質そのままに成長したローズは、おおよそ思いやりというものを持っていない。
タッカー家の使用人でさえ、ローズに見つからないようにコソコソと動いていた。
公爵令嬢たるローズ・タッカーは当然社交の場にもよく現れるが、自分が一番だと思っているので周りを常に不快にする。
そのうえ気前も良くないため、取り巻きになっても得るものがない。
だから、社交の場でもあまりローズに近づく者はいなかった。
さらに、ローズはそれほど見た目も突出していなかった。
そのような状況により一層ローズの心は歪んでしまい、良い嫁ぎ先も見つからなかった。
この血筋であれば他国の王家や同格以上の公爵家に嫁ぐことも不可能ではなかったが、誰も欲しがらなかったのだ。
そうして血筋に見合う縁談はことごとく消え、力の弱まっていたヘッケル侯爵家へ嫁ぐことになった。
そこでももちろんローズは、侯爵家の者を見下していた。
何か気に入らないことがあると「あら、公爵家ではこのようなことはあり得なかったんですけど」と蔑み、周りの者を顎で使い続けた。
それでもタッカー公爵家に睨まれるとヘッケル侯爵家の存続にも関わりかねないので、ローズの言うことを聞くしかなかった。
そもそも、ローズを押し付けられたのもヘッケル侯爵家の力が弱まっていたからだった。
ローズがヘッケル侯爵家に嫁いで来てから7年、その夫も義父母も使用人も、腹に据えかねる日々を過ごしていた。
ある意味ではダモンも格上の王家から妻をもらって苦労していたので同類とも言えるが、ローズの方が陰湿だった。
そんな時に、ダモンとマリアンヌの失態によってタッカー公爵家が侯爵に降格となったのだ。
ヘッケル侯爵家も落ち目ではあるが、格下げになるほどの恥辱は受けていない。
その知らせを受けた時、侯爵家の人間は内心ほくそ笑んだ。
ローズが今までどおりの態度を取ると、常に「降格されるような家の常識は存じませんな」と言い返される。
もうタッカー家の力を恐れる必要はなくなったのだ。
そこでローズは王家の力を頼ろうとしたのだが、国王がタッカー家に対して激しい怒りを抱いている。
従妹のマリアンヌに対する怒りも相当なものだったので、その娘のローズにも良い感情を持てるはずがない。
ローズがいくら窮状を訴えても、なしのつぶてだった。
5通目の懇願の手紙に対してようやく返事が来たと思ったら「分を弁えよ」の一言のみだった。
ダモンの息子リカルドは、侯爵に降格後、周りに低姿勢に謝罪を行った。
両親を反面教師に、周囲との軋轢を避けて良好な関係を築こうと努めた。
両親の申し開きを一切せず、罪人の息子として慎ましくあることを心掛けた。
だから、王家も周りの者もリカルドに対しては同情的な目を向けた。
しかし、両親の資質を一身に受け継いだローズは、何も変われなかった。
ミラをいじめていた時と同じ精神性でいたため、周囲から嫌われていった。
子供だったミラはその扱いを受け入れるしかなかったが、ヘッケル侯爵家で周りにいるのは大人である。
自分たちと同格に下がったうえ罪人の娘という傷を負ったローズに対して、それまでの意趣返しをすることにためらいはなかった。
ローズに対する扱いはぞんざいなものとなり、そのことでローズの心はさらにささくれだった。
そんなある日、ローズは使用人に紅茶を持ってくるように言いつけた。
その言いつけに従って使用人が淹れた紅茶は、以前よりもずっと質の落ちるものだった。
それはヘッケル侯爵家当主の指示によるものだったが、ローズは激高してその使用人を張り倒した。
それは珍しい光景ではなかったが、今のローズに許される所業ではなかった。
ローズの義父であるヘッケル侯爵家当主はそのことでローズを糾弾し、離縁を申し付けた。
ローズの夫も妻を庇うことはなく、ローズはタッカー侯爵家に戻されることとなった。
リカルドには妹を見捨てることはできなかったので優しく迎え入れたが、タッカー家は以前のタッカー家ではない。
豊かな地を取り上げられたタッカー家は、裕福とは言い難いのだ。
「ローズ、これからは贅沢はできぬと思っておいてくれ」
「なぜですの!私は何も悪いことなんてしていないのに!」
「無理を言うようなら、ここからも出て行ってもらうことになるよ」
「……」
ここに来て、ローズはようやく自分に味方がいないことを理解した。
そして、もっと王家に取り入っておけばよかったと後悔した。
ローズは、何も理解していなかった。
ミラの親友である11歳のローズと比べると、前世のミラをいじめていた24歳のローズはあまりにも幼かった。




