兄の後悔
ミラとレオニス王子の婚約披露パーティーは、延期となった。
本来友好国であるはずの参列者が、謀反をでっち上げたり主役をさらおうとしたりといった混乱の中で、パーティーを強行することはできなかった。
それでも相手国の筆頭公爵なので、ロベリア王国で勝手に処罰することはできない。
ロベリア王国から、ラディアート王国の国王ゾラティスに使者が送られた。
そこでダモンとその妻が起こした行動を知ったゾラティスは、血管が切れるかと思われるほど激高した。
「ここまで愚かな連中だったとは!」
ダモンのやったことも、マリアンヌのやったことも、到底申し開きの出来ることではない。
友好国に対して、ハッキリと敵対行動を行ったのだ。
当然、ロベリア王国からの手紙には抗議の弁が書き連ねられている。
これでダモンやマリアンヌを擁護すれば、本当に戦争になりかねない。
ゾラティス王も決して戦を恐れはしないが、今は時期が悪い。
ダモンが反乱の鎮圧に手間取ったため、国内に不穏な空気が流れている。
「すべてダモンではないか!奴がいなければ、こんな面倒なことにならなかったのだ!」
その怒りを抑え込んで、ゾラティスは返書をしたためる。
「我が国は、貴国との関係を悪化させたいとは思っておらぬ。勝手な行動をしたタッカー公爵家の両名の処分は貴国に一任する」
これはある程度外交上の儀礼のようなもので、「それでは首をはねましょう」というわけにはなかなかいかない。
そんなことをしたら、相手に開戦の口実を与えかねない。
だからこう言われても身柄を送り返すのが普通だが、このゾラティスの返事は「ラディアートはダモン夫妻を守ろうとは思わない」と言っているのと同じだ。
11年も前の手柄を盾にふんぞり返っているダモンに対して、ゾラティスの怒りは頂点に達していた。
「帰ってきたらどうしてくれようか」
そう考えながら、目の前のことにも手を付けなくてはいけない。
友好を結んでいる国に対する反逆行為は、自国に対する裏切りに準ずるものだ。
タッカー公爵家を、このままにしておくわけにはいかない。
ゾラティス王は、タッカー公爵家の領地の中でも豊かな土地を取り上げ、国王直轄領とすることを決めた。
さらには、タッカー家を公爵から侯爵に格下げすることも決定した。
これを、ゾラティスはロベリア国王とダモンの息子リカルドに通達した。
この決定をダモンではなくリカルドに告げたということは、ダモンをタッカー家の当主とは認めないということだ。
ダモンの知らないうちにタッカー家は降格され、形式上だけでもダモンの身柄はロベリアの思うがままということになった。
リカルドは、まず父に会いに行った。
王から見捨てられたことを知ったダモンは、膝から崩れ落ちて立ち上がることができなかった。
「父上、今日からは私がタッカー「侯爵」家の当主となります。くれぐれも私の足を引っ張るようなことをして下さるな」
と釘を刺した。ダモンにその言葉が届いたかどうかは定かではないが、リカルドにはどうでも良かった。リカルドは、次に母のもとに向かった。
「母上」
「おお、リカルド!早くわらわをここから出すようロベリアの下人どもに伝えよ!敗北者どもがわらわに楯突くなど許せるものか」
「いい加減になされませ!」
リカルドの剣幕に、マリアンヌが怯む。
「父上と母上の暴挙により、タッカー公爵家は侯爵に格下げとなりました。また、父上と母上の身柄はロベリアにて好きにせよとの仰せです」
「そんな馬鹿な……」と呟いて、マリアンヌは牢の中で崩れ落ちた。
「わらわは、国王の従妹ぞ……」
「そのような立場だからこそ、考えなしに動いてはいけないのです。あなたたちのせいで、どれだけ私たちが迷惑を被ったか考えられないのですか!」
「王族たるわらわがやることに口を挟むのは許さん!お前よりわらわの方が王家の血は濃いのじゃ!」
リカルドは、ため息をついて言った。
「話しても無駄ですね。血筋以外に取柄のない母上」
「無礼な!血筋以上に大事なものなどあるものか!」
そう喚く母を無視して、リカルドは牢を後にした。
***
リカルドは、タッカー「侯爵」家の当主として、レオニス王子とミラに謁見を申し出た。
タッカー家としての狼藉を詫びておかなくては、礼儀知らずのそしりを免れない。
そこに現れた少女の姿を見た時、リカルドの脳裏に11年前の光景が浮かんだ。
平民の娘として虐めていたこと、そんな自分に治癒魔法を使ってくれたこと、誕生日を楽しみに戦場に向かい、……帰ってこなかったこと……。
「何の用だ、リカルド・タッカー」
前世でのリカルドの所業を知っているレオニス王子は、つっけんどんな態度で迎えた。
「この度は我が両親が狼藉を働きましたこと、お詫び申し上げたく参上いたしました」
「あの馬鹿どもの処分はこちらに任せると言って来たそうだな。外交上の慣例としてはそれでもそちらに送還するのが礼儀だが……」
「煮るなり焼くなり好きにしていただいて構いません。私は、両親の行いを心から恥じております。……14年前から」
王子とミラは、少し怪訝な顔をする。
「私には母違いの妹がいました、ミラ様と瓜二つの。父と母は、平民から生まれた妹を蔑んでいました。私も、それが当然だと思って冷たく当たっていました……いえ、いじめていました」
ミラが、息を飲む。呼吸が激しくなる。その手を、レオニス王子が優しく包み込む。
「ですが、妹は私が怪我をした時に治癒魔法を使ってくれたのです。気高き魂を持つ者にしか使えないという治癒魔法を。それから私は、父と母に疑念を抱くようになりました。ミラの……いえ、妹の魂を貴ぶべきではないかと」
ミラは、レオニス王子の手をぎゅっと強く握った。
「それでも私は、妹を守ることができませんでした。父や母やもう一人の妹のローズが妹をいじめるのを見ているしかできなかった。私は、父と母が怖かった……今でも私は、最後に戦場に向かう妹の笑顔を忘れることができません」
「……」
「誕生日パーティーを楽しみに、妹は戦場に赴きました。強い魔法力を持っていた妹は、その日も帰ってくると思っていた。そうしたら、父と母が見ていないところで頭を撫でてあげたかった。少しだけでも、治癒魔法のお礼を言いたかった」
そして、リカルドは胸元から薄汚れたしおりを取り出す。
「お見苦しい物をお見せして申し訳ありません。誕生日に妹が帰ってきたら、あげたいと思っていたものです」
押し花をあつらえて作ったしおりは、不器用な出来だった。
「お兄さま……」
ミラは、涙ぐんでいる。
「私は、ラディアート王国とロベリア王国の平和を願っています。汚らしくて申し訳ありませんが、このしおりをロベリア王国への忠誠の証として受け取っていただけますでしょうか」
ミラはふらふらと立ち上がり、リカルドのもとへ向かった。
兄が用意してくれていた誕生日プレゼントを大事そうに胸に抱き、うずくまる。
「ごめんな」
小さく呟いた兄に、ミラは抱きついた。
「お兄さまあ!」
リカルドは、ミラの頭を優しく撫でた。
こんなにかわいい妹をいじめていたことを、リカルドは心から悔いた。




