公爵の妻
レオニス王子は、ミラやローズと楽しく魔法の修練をした後(アンナは結局ずっと眠っていた)に、父王にその日の出来事を報告した。
ロベリア国王レオンハルトは激高し、ラディアート王国に使者を送った。
その使者の用件は、二つある。
ロベリア王家第二王子のレオニス・ロベリアと婚約関係にあるミラ・アルヴェインを、無理やり自分の孫と見合いをさせようとしたことに対する抗議だ。
それは、ミラとレオニス王子を侮辱する行為でもある。
だから、ロベリア王家としても放っておくことはできなかった。
本当はアンナの件も取り上げたかったが、証拠がないので諦めざるを得なかった。
そしてもう一つは、レオニス王子とミラの婚約披露会への誘い。
『二人の婚約が正式なものであると発表する場に出席されることで、二度とこのようなことがないようにしていただきたい』という文言での誘いは、ハッキリとしたダモンへのけん制だと言ってよい。
これはつまり、ダモンにロベリア王国まで出向いて謝罪せよと言っているのに等しい。
婚約披露会への誘いは、ラディアートからロベリアへ来いということ。
特に婚約を無視するような行いをしたダモンは、出席しないわけにはいかない。
ラディアート国王のゾラティス・ラディアートは、ダモンを呼び出してその手紙を突き付けた。
その手紙の意味を汲み取って青くなっているダモンに、ゾラティスは冷たく言い放つ。
「わしは無能は嫌いだ」
国王は40代半ばでダモンとほぼ同年代だが、国王としての威厳は他を圧するものがある。
ダモンの背中を、冷たい汗が流れる。
「先の戦で功を上げたから、お主を筆頭公爵とした。だが外交での失態に続き今回の非礼な行動。先の戦がまぐれだったのか、それともお主が耄碌したのか……」
「も、申し訳ございません」
「本来なら筆頭公爵の座をはく奪し、一部の領地も召し上げたいところだが……」
ダモンは身を縮めながら、『本来なら』という言葉に希望を見出す。
「お主の妻は我が従妹のマリアンヌ。その名に免じて今回のことは許してやる」
「ははっ!ありがたき幸せにございます!」
「ただし、きちんとロベリアに出向いて謝罪をして来い。子供とは言えお主の孫のロイドも非礼をなしたのだから、家族揃って頭を下げねばなるまいな」
「……」
ダモンは、自分が味わうであろう屈辱を思うと悔しくて仕方がなかった。
だが、この命令を拒否するわけにはいかない。
唇を噛みながら、「御意」と答える。
「戦勝国たる我らラディアートが、ロベリアごときに下手に出ねばならんのはお主のせいだ、ということを胸に刻め!」
厳しい叱責に、ダモンはより一層身を縮める。
「この言葉を屈辱だと思うなら、それなりの働きをしてみせよ」
そう言い捨てて、国王ゾラティスは席を立った。
残されたダモンは、周りの者からの蔑むような視線を感じていた。
ダモンは、逃げるようにその場を去った。
***
その夜、ダモンは妻のマリアンヌにロベリア行きを告げた。
「なぜ私までロベリアくんだりまで行かねばならないのです!」
王家の公女たるマリアンヌは、少しの屈辱にも耐えられない。
それなのに、最近は夫の失態のせいで周りから哀れみの視線を受けることが少なくない。
そのうえ、格下(だと思っている)のロベリアに謝罪のために赴かなければならないとは。
「済まないと思っている。だが、王命なのだ」
妻に頭を下げながら、許しを請うダモン。
そのことにも屈辱を感じているが、妻のおかげで筆頭公爵の座を降りずに済んだのも事実だ。
マリアンヌもヒステリックに怒りはしたが、自分が行かないと事態が収束しないことは理解している。
王の従妹である自分が行くことで、ロベリアの者もこちらの誠意を感じるだろう。
そこまで考えてようやく冷静になったマリアンヌは、夫に尋ねた。
「なぜ侯爵の娘ごときにそんなにこだわったのです?私たちの孫の嫁なら、もっと家格の高い者を選べるでしょうに」
「昔、家にいた平民の娘を覚えているか?魔法の使えた……」
「ああ、確かミラとか言った……。その娘がどうかしたのですか?」
「その侯爵の娘が、そっくりだったんだよ。顔だけじゃなく、魔法力まで」
「それでこちらに取り込もうと?まあ確かにあなたには軍事的な才能など欠片もありませんからねえ。だからその娘を使って軍功を立てようと?」
軍事的な才能が欠片もないと言われたことに内心モヤモヤしながら、ダモンはそれを肯定した。
「どう考えても、こちらが婚姻を申し込んでから王子との婚約を決めたとしか思えんのだ。それは我らに対しての侮辱だと思わんか!?」
王家に生まれた妻と侯爵家に生まれた夫。
この夫婦は、生まれながらにして周りが自分のために動いてきた。
だから、思いどおりにいかないことへの耐性が低いのだろう。
「王子と婚約させてまで守ろうとしているということは、ロベリアもその娘に価値を感じているということですわね?」
「む……そうだな。王家はその娘が魔法を使えることを知っていると言っていた。もしまたロベリアと戦うことになったら、あの娘は大きな脅威となるだろう」
実際に知っているのはレオニス王子だけだが、ダモンは王子の言葉を信じていた。
そんなダモンの言葉を聞いたマリアンヌは、夫に任せてはおけないと思った。
(そんな脅威的な存在なら、回りくどいことをせずにさらうなり命を奪うなりすればいいだけじゃない)
マリアンヌは、冷たい笑みを浮かべた。
***
「婚約披露パーティー!?」
ロベリア国王レオンハルトは、使者を送った日の夜にレオニスとミラを呼んでパーティーの開催を告げた。
それに対して、王子はともかくミラまでも不躾な声を出してしまった。
「も、申し訳ございません……」
と改めてかしこまるミラに気付かずに、王は嬉しそうに言った。
「レオニスが好きな娘を連れてきたのじゃ、これは大々的に発表せねば!」
「ち、父上!アルヴェイン侯爵家には銀鉱脈もありますゆえ、王家のためを思って……」
「まだそれは確かにはなっておらんだろう?何よりお前は、『銀鉱脈がなくても婚約を後悔しません!』と言ったではないか」
「父上!」
レオニス王子は抗議の声を上げた後、真っ赤になって固まってしまった。
そんな王子の横で、ミラの心には喜びの花びらが舞っていた。
レオニス王子への好意を、ミラは自覚し始めていた。
「父上、本当にこんなに大々的に発表していいのですか?内々にしておけば、後々私の妻という立場は政治的な駆け引きにも使えるかもしれませんのに」
「いいかレオニス。政治的な駆け引きなど必要ないくらいに強くなれば、好きな相手と結婚していいのだ。その方が幸せではないか?」
さらに王は嫡男のクラウスにも言葉をかける。
「お前も、好きな娘が出来たら言うのじゃぞ」
クラウスは、(言えるわけないだろ!)とレオニスの現状を見て思った。
そして、レオニスは(父上は脳筋だったのか)と思った。
だが、それまで相好を崩していたレオンハルト国王は、表情を引き締めて言った。
「ラディアートの筆頭公爵が我が国に来訪して謝罪するよう段取りをつけたのだ。これを見て我が国を侮れる者などそうはおるまい」
その声、その姿に、誰もが畏怖の念を抱いた。




