将来のこと
「アンナ!」
ダモンが退出すると、ローズが真っ先にアンナに駆け寄った。
目の前で拉致されたことが、余程悔しかったのだろう。
11歳の少女一人で屈強な男性5人に敵わなくても仕方がないが、どうしても自分が許せなかった。
「……ローズ様、ご無事で……」
「アンナ!大丈夫!?酷い事されてない?」
「は……い……ねむ……」
ダモンが去って安心したアンナは、ローズの腕の中で寝息を立て始めた。
「殿下、助けてくださってありがとうございます」
その横では、ミラがレオニス王子に感謝の気持ちを伝えていた。
カシウス侯爵も、王子の前にひざまずいている。
「ミラ、このようなことがあったのなら俺にも伝えよ。お前は俺の……こ、婚約者なんだから」
そう言われた時、ミラは気が付いた。
困った時はこの人を頼っていいのだ、と。
確かに、レオニス王子が来てくれていなかったらどうなっていたか。
自分はダモンの孫と別の部屋に行くことになっていただろう。
そこでどんな企みが待っていたか。
そこには、アンナを拉致した者がいたという。
「ダモンは卑劣で狡猾なうえに社会的地位も高い。お前に何かあったら俺も困るんだ」
「はい、申し訳ありません」
「カシウス、お前もだ。お前は優秀で信頼できるが少し真っすぐすぎると父も言っておったぞ」
「はは!恐れ入ります」
ここで王子が思い出したように言う。
「そうだ、俺はアルベルト先生のところに一緒に行こうとミラを誘いに来たんだ。疲れたなら無理にとは言わないが、どうだ?」
ミラは否応なく頷いた。
アルベルト先生に話も聞いて欲しい。
きっとダモンに対して怒ってくれるだろう。
「ローズもアンナと一緒に来るか?ミラと一緒にいたいだろう?」
「ありがとうございます。でもよろしいのですか?」
「構わないが、俺の魔法を見ても笑うなよ。ミラの魔法と比べたら、まだまだなんだ」
「もちろんです」とローズは微笑を返した。
「カシウス、それでは娘と使用人を借りるぞ。エドガーにもローズを預かっていると伝えておいてくれ」
「はは!よろしくお願いいたします」
そうして三人はアンナを馬車に寝かせ、一緒に乗り込んだ。
周りを護衛が取り囲み、アルベルト先生が待つ王宮の庭に向かう。
***
「おお、殿下、遅うございましたな。おや、そちらのお嬢さんは?」
アルベルトは、レオニス王子とミラ、ローズの三人を見て言った。
アンナはまだ馬車の中で眠っている。
アルベルトは王子からミラを誘ってから行くと聞いていたので、多少遅れることは承知していた。
だがダモンと一悶着あった分余計に時間がかかったうえ、ローズまで一緒だったので不思議に思った。
そこで王子がさっきの出来事を語ると、アルベルトは顔を赤くして激高した。
「やはりあ奴は貴族の風上にも置けん卑怯者じゃ!子供をさらって言うことを聞かせようなどと!」
アルベルト先生がダモンに怒っているところを見ると、ミラは何となく心が落ち着く。
前世で自分に笑顔を向けてくれたのは、母親とアルベルト先生、そしてあの男くらいだった。
だから素直に嫌いと言えずにいたが、その殻を破ってくれたのが先生だった。
「そのアンナさんという子は無事なのかね?」
「眠らせないという拷問以外はされていないようだ。あそこの馬車で眠っているよ」
レオニス王子が、護衛に囲まれた場所を指さす。
「わしはミラ様が幸せな結婚をするところが見たいんじゃ。ダモンの孫などと結ばれてたまるものか!」
その言葉は、レオニス王子にも少しプレッシャーを与えた。
「頑張ります」と王子は小さく呟いた。
それからアルベルトは、ローズに話しかける。
「お嬢ちゃんの魔法の素養も見てみようかね?」
そう言ってローズに手をかざしてみたが、少し申し訳なさそうに
「お嬢ちゃんには……ないのう」
と言う。ローズも昔見てもらったことがあったので、特にがっかりすることもない。
「1000人に1人ですものね。私は、今回みたいなことがあった時に困らないよう格闘技を習いたいわ」
「ほう、勇ましいお嬢ちゃんじゃな。向上心を持つのは良いことじゃ」
アルベルトは、そう言って目を細めた。
それから、二人は魔法の訓練を始めた。
ミラが手の平の上に大きな火球を作り、それを放つ。
池に打ち込んだその火球は、大きな水しぶきを上げた。
「ミーちゃん、すごい……」
ローズは、感嘆の声を上げた。
次はレオニス王子の番だ。
手の平の上にミラの10分の1くらいの火球が現れたのを見て、ローズはつい吹き出してしまった。
「笑うなと言っただろ!」
「申し訳ありません、あまりに可愛らしくて」
そう言ってローズは謝ったが、目はまだ笑っている。
レオニス王子は、頬を膨らませて火球を放った。
それから二人は修練を続けていたが、見学していたローズが近づいてきて言った。
「レオニス殿下の火球は、接近戦で役立つのでは?」
「接近戦?」
「はい、アンナがさらわれた時、私は後ろから大人に羽交い絞めにされました。私は噛みつきましたが、それでは大したダメージは与えられません。ですが王子の火球を相手にぶつけることができればダメージは大きいでしょうし、服に燃え広がれば動きを止めることもできます」
「ふむ?」
「殿下の火球はミーちゃんほど大きくはありませんが、その分素早く出せるようですし」
「確かにそうだ!先生、そういう使い方はできるんですか?」
「ごく稀にそういう使い方を模索する者もいたが、魔法が使える者は貴重じゃから基本的に前線には出ないからのう。ましてや王子たる殿下がそんなところにいるようでは、ほぼ負け戦じゃ」
それはそうだ、とミラも王子もローズも思った」
「じゃが、ダモンのような卑怯者がいる以上、護身術として接近戦に使えるようにしておくのも悪くはない考えじゃな。あの樹を敵だと思って火球を操ってみてくだされ」
レオニス王子はつかつかと樹に近づき、素早く火球を出して押し当てる。
「そこで背後に攻撃!」
アルベルトが王子に声をかける。王子はそれに応えて背後に火球を放つ。
「右から敵が襲ってきた!」
王子はすぐさま右手に作った火球を押し出した。
「左後ろ!」
左手に作った火球を振り返らずに手を下げたまま後ろに放つ。
「うむ、これは使える。殿下、かなり接近戦の筋が良いですぞ」
褒められた王子は、顔を上気させて喜んだ。
「よし、もっと上達してミラを守れるようになるぞ」
そんなレオニス王子に、ローズがからかう。
「殿下はすっかりミーちゃんと結婚するつもりですね?」
「ば、ちが、婚約破棄になったらミラか王家に傷が付くと言ったのはお前だろ!」
「でも『ミラを守れるようになるぞ』と言った時の殿下のお顔、とても嬉しそうでしたわ」
「こ、このまま何もなかったら、そういうこともあり得るというだけだ。その時は、その、まあ、守れた方がいいかな、と……」
「ミーちゃんはどうなの?」
急に話を振られて、ミラは口ごもってしまう。
王子は信頼できる人だし、好ましく思わないでもない。
だが……。
「殿下は素敵な方だけど、まだ結婚とかよくわからないよ……」
「お、俺だってまだよくわからないし、これから何があるかもわからないし……」
王子は顔を赤くしてそっぽを向いたが、『素敵』と言われたことが嬉しくもあった。
そして、そっとミラの方を見ると、目が合ってしまった。
二人とも頬を赤らめてうつむいてしまう。
その様子を見たローズとアルベルトは、顔を見合わせてニヤニヤするのだった。




