砕ける企み
「見合いとはどういうことだ!?」
カシウス侯爵が声を荒げる。
「そのままの意味でございますが?以前、私の孫との婚姻をお願いしましたでしょう」
「その件については、ハッキリとお断りしたはずだ。私の娘は、レオニス王子と婚約をしている」
「その時系列がおかしくはありませんかな?元々婚約されていたのなら、私も婚姻を申し込んだりはしない。私はこれでも馬鹿ではないつもりです。もちろんミラ様の身辺も調べたうえで婚姻を申し込みました」
ダモンは、わざとらしく首を振りながら続ける。
「ですから、レオニス王子とミラ様の婚約は私が申し込んでから決まったとしか思えません。これでは、私も納得することはできません」
「以前から内々には決まっていたが、発表が遅くなっただけだ。そのために貴殿の申し出への断りが不自然になったことについては申し訳なく思っている」
「不自然、で終わる話ではありませんぞ。私は、婚姻を申し込んで断られるという恥辱を受けたのです。そのうえ、使用人は私の宝石を盗もうとする。アルヴェイン侯爵家は、タッカー公爵家を随分馬鹿にしておられるようですな」
「婚姻の件についてはお詫びをさせていただく。だが、アンナは盗みをするような娘ではない!」
「それでは、私の家の者が嘘をついていると?私も、家の者からの訴えを無視することはできないのですがねえ」
そしてダモンは、不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「公爵家の者の証言を、侯爵家のあなたが頭ごなしに嘘だと決めつけるのか?」
「くっ……」
「それに、その使用人も盗もうとしたと自白したのだ」
「そ、そのようなことは……申しておりません……」
アンナは、虚ろな目で必死に言葉を吐き出した。
体に傷を負うような拷問は受けていない。それは、後で証拠になるからだ。
だが、アンナはこの三日間眠らせてもらっていなかった。
証拠の残らない拷問で、ダモンはアンナに自白させようとした。
それでもアンナは拷問に屈しなかったが、公爵が「言った」と言ってしまえばそれを否定する者はいない。
「ロベリア王家の王子ともあろうものが、盗癖のある使用人を持つ者と婚姻するは恥であろう。だからこの件は私から王家に通告するだけで、公にはせずにおいてやる。そうすれば、レオニス王子とミラ嬢の婚約はなかった事になるであろう。まだ発表したばかりなのだし」
そして、下卑た笑みを浮かべてその場にいる者に宣言した。
「そのうえで、寛大な私はその罪を許してミラ嬢をタッカー家に向かえてやろうと言っているのだ」
さらにダモンは一人でその場を進める。
「さあミラ殿、私の孫のロイドとあっちの部屋で二人で話しておいで。そうすればきっと将来の結婚相手としてふさわしいことがわかるから」
ミラは、怒りでおかしくなりそうだった。
どうやってこの怒りをぶつけてやろうかと、震えていた。
そこに、宿の扉を乱暴に開けて入ってくる者がいた。
それは、息を切らした少年——レオニス王子だった。
「随分勝手なことを言ってくれるものだな!」
「な、なぜここに……!」
ダモンが、狼狽した声を出す。
王子は魔法を教えてもらおうとカシウス侯爵の住居に行ったのだが、そこにまだ残っていたエドガー侯爵から話を聞いたのだ。
ダモン公爵はもちろんこの宿に他人を入れないよう要請していたが、ロベリア王国の王都で王家の第二王子を拒めるはずがない。
もちろん部屋の前でダモンの家臣と多少の悶着はあったが、王族を力づくで阻止することもできない。
その間に、ダモンの勝手な言い分がレオニス王子の耳に入っていた。
レオニス王子も、ミラに負けないくらいに怒っていた。
「ロベリア王家の王子は、婚約したものを疑わぬ!ミラの使用人は、盗みをしたりはせぬ!」
「し、しかし我が家の者が見たと……」
「王家の者が言うことを、公爵家のお前が頭ごなしに嘘だと決めつけるのか?」
「くっ……」
「それに、ミラとの婚約は以前から決まっていたことだ。お前の申し出を断るための方便などではない。その証拠に——」
そう言って、レオニス王子はアンナの方に目を向ける。
「その使用人のことも俺はよく知っている。我が国の食を支えてくれている農民ロイの娘、アンナだ。アンナは、決して盗みをやるような娘ではない!」
アンナは、その言葉を聞いて泣きそうになった。
以前少し話しただけの自分の父のことまで覚えてくれているなんて……。
そして、かなり失礼なことも言った自分のことを信じてくれている……。
「ダモン・タッカー公爵、アンナはまともに睡眠を与えられていないように見えるが?」
「さあ、私も先程ここに到着したばかりですのでどういうことか分かりませんな。枕が変わると眠れない体質なのでは?」
そんなことでこんなにフラフラになるものか。
それにアンナはローちゃんの家や王都でもぐっすり眠っている。
ミラは、アンナをこんな目に遭わせたダモンが憎くて仕方なかった。
「……いろいろと調査したうえで、後ほど王族たる俺の証言を基にラディアート王国に抗議を入れるかもしれぬ故待っておれ」
レオニス王子もはらわたが煮えくり返りそうだったが、証拠がない以上今は何もできない。
その時、ダモンの孫のロイドが退屈そうに言った。
「おじい様、私はあっちの部屋に行っていますね」
そう言って、ミラを誘い込もうとした部屋の扉を開ける。
そこには、黒い服を着た男たちがいた。
「あれはアンナを拉致した奴らよ!」
ローズが、扉の向こうの男たちを指さして叫ぶ。
中の男たちはぎょっとした顔をしているが、ダモンは動じずに反論する。
「そのような証拠はないでしょう?証拠もなしにいい加減なことを言わないでいただきたい」
「私が見たのよ!」
「この使用人は宝石を盗もうとして捕まえたのだ!拉致などしていない!」
いきなりのダモンの大声に、ローズは体をこわばらせる。
「子供の証言など、聞いてもらえると思うなよ」
ダモンは、ローズを睨みつけた。
「俺の言葉も無視するつもりか?」
レオニス王子が、ダモンに冷たい響きの言葉を突き付ける。
「王族の言葉にはそれなりの重みはございましょうな」
歪んだ顔でそう吐き捨て、ダモンは踵を返しながら言う。
「そうまでしてその娘にこだわる理由は何でしょうな?」
「ミラが魔法を使えることも王家の者は知っている」
レオニス王子がそう言った時、ダモンの顔はさらに歪んだ。
本当は国王とその後継者たる兄のクラウスはそれを知らないが、はったりをかましておくことでダモンの口からバラされる可能性が減るだろうと考えた。
実際にダモンはミラの魔法力を王家に報告していないことを、カシウス侯爵との交渉材料にしようとしたこともあったのだ。
ダモンは苦々しげに振り返りながら、ミラに視線を向けた。
「お前は俺の下で働く運命なのだ」と言わんばかりの視線を。
ミラも、その運命を跳ね返す気迫を込めた視線で応えた。




