誘引
「ふん、いくら魔法が使えても所詮平民の娘よ」
ダモンは、吐き捨てるように言った。
ミラを手中に収めるために、ミラのことを調べている時のことである。
平民である使用人をとてもかわいがっているという情報が上がってきた。
結局は孫の嫁として迎えるという手段を選んだが、何か他にも弱みがないかと調べていたのだ。
嫁取りに失敗した今、ダモンはすぐに次の手を打った。
ラディアート王国王都に忍ばせている密偵に早馬を送り、アンナを誘拐させたのだ。
「王子との婚約などどう見ても急いであつらえたもの。それだけあの娘には価値があるのだろう」
そう判断したダモンは、多少強引な手段を使ってもいいと思った。
***
何とか王都での屋敷に戻ったローズは、周りの大人に一部始終を涙ながらに告げた。
そしてアルベルト先生のところから戻ったミラを見ると、ローズは再び大粒の涙をこぼした。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
そう叫びながら、ローズはミラの前にひざまずく。
ずっと泣き続けて真っ赤な目を向けてくるローズに、ミラは何が起こったのかを聞いた。
「アンナが……!」
「ごめんなさい、ミーちゃん……」
「ううん、ローちゃんは悪くないよ」
そう言いながら、ミラは自分がその場にいたらと考えた。
魔法で敵をやっつけられただろうか。
いや、自分の魔法はそんなに小回りが利くものではない。
下手をしたらアンナやローズまで巻き込んでしまいかねない。
それでも何かできたことはなかっただろうか、と考えずにはいられない。
そして、「いったい誰が何のために」という疑問に辿り着く。
……ダモン……。
だとしたら、
「私のせいだ」
ミラがつぶやく。
そんなミラを、カシウス侯爵が抱き締める。
「馬鹿なことを言うな!ダモンがやったのなら、悪いのはダモンだ。ミラもローズちゃんも、何も悪くなんかない!」
涙ぐんでいるミラに、侯爵は続ける。
「みんなで力を合わせてアンナを探そう」
しかし、出来ることは目撃者を募ることくらいだった。
有力な情報がないまま、二日が過ぎた。
そして二日後、ダモンから手紙が届いた。
「貴家の使用人であるらしいアンナという者が、たまたまロベリア王国を訪れていた当家の馬車から宝石を盗もうとしたため拘束している。ミラ様の専属使用人だということらしいので、ご主人に迎えに来てもらいたい」
その手紙を読んだ全員の髪が逆立った。
「何たる言い草!」
「アンナが盗みなどするわけがない!」
そこで同じように腹を立てているミラが口を挟む。
「ダモンは、私に迎えに来いと言っているのですね」
「もちろん、ミラ一人で行かせはしないぞ」
すぐさまカシウス侯爵が同行を申し出る。
子供だけでこんな交渉に行かせるのは愚の骨頂だ。
「アンナはきっと心細い思いをしているでしょう。早く迎えに行ってあげなくては」
そのミラの言葉の後に、兄のノエルが心配そうに言った。
「アンナに盗みをしたと嘘の自白をさせるために拷問したりしないでしょうか……」
それを聞いたミラは、青くなってしゃがみ込んでしまう。
「そんなことをしなくても公爵家の者で口裏を合わせれば、爵位で劣る我らの言い分を打ち破ることは可能なはずだが……」
そのカシウス侯爵の言葉に対し、ミラが憤慨して言う。
「それでは、アンナが盗みをしたことになってしまうではありませんか!」
「同じ国での揉め事なら余程の証拠がない限りそうなってしまう。ただ、今回は別の国同士でのことだ。王家より正式に抗議をしてもらえればアンナの汚名は晴らせるが……」
「そこまでの手間をかけてくれるかどうかだな」
エドガー侯爵が、やや皮肉な響きで言った。
侯爵家の使用人などのために、そこまでのことをしてくれるかどうか。
「それよりダモンが何を言ってくるか……だな」
「ミラを嫁に欲しいと言った次にアンナの誘拐だ。狙いはミラを自分の手中に収めることだろう。だがまさか本当にミラ一人でアンナを迎えに行くとは思っているまい。アンナの盗みを理由にしても、その主人の身柄を寄越せと言うのは通じない」
「せいぜいアンナの身柄の要求くらいしかできないでしょうね」
大人たちが話し合っているのを、ミラとローズはうずうずしながら聞いている。
そして、二人は言葉を抑えられなくなった。
「パパ、明日にでも迎えに行きましょう」
「もし許してくれるなら……私も一緒に行きたい」
それに対して、カシウス侯爵は苦々しげに言った。
「三日後に迎えに来い、と書いてある。その間アンナに酷いことをしないよう、文書で申し入れることくらいしかできない」
「……そんな」
それから三日間、ミラとローズはアンナの身を案じてあまり眠れずにいた。
***
三日目の朝、ミラとローズとその親たちは、勢い込んでダモンの指定する宿屋に向かった。
向こうの言い分では、取引のためにダモン・タッカー公爵家の家の者がロベリア王国王都に来ている時に、アンナが馬車から宝石を盗んだということらしい。
それならすぐにけりをつければいいのに、なぜ三日も待たせたのか。
それは、ダモンがここに到着するまでの時間稼ぎだった。
ミラとローズ、カシウス侯爵が来訪を告げると、ダモンがにこやかに出迎えた。
その招きに応じて部屋に入ると、そこにはミラと同年代の少年がいる。
その横に、虚ろな目をしたアンナが座っていた。
「……ミラ様……申しわけ……」
弱々しい声を発したアンナに、ミラは駆け寄ろうとした。
だが、周りにいた護衛に止められる。
「ミラ様、盗人の身柄はそう簡単に引き渡せませんぞ」
そう言ったダモンを、ミラは睨みつける。
「そんなに怖い顔をするものではない。今日は、お見合いの席なのだから」
ミラとローズ、そしてカシウス侯爵の顔に困惑の色が浮かぶ。
「そこに座っておるのが、我が孫のロイドじゃ」




