異変
ミラは、レオニス王子の誘いでアルベルトに会いに来ていた。
レオニスの魔法の師匠で、前世のミラの魔法の師匠でもあるアルベルトは、前に会った時よりさらに元気になっているように見えた。
特に今日のアルベルトが楽しそうなのは、レオニス王子がミラとの婚約について話したからである。
ダモンの足を引っ張ることとミラの花嫁姿を見ることを目標としているアルベルトにとって、そのうちの一つが現実に近づいたのだ。
だが、レオニス王子は多少うんざりしている様子を見せた。
「もうダモンからの申し出は断れたんだから、そっとしておいてくれてもいいんじゃないかなあ」
父王レオンハルトは、レオニス王子の婚約を大々的に発表したのだ。
兄のクラウスには、会うごとにからかわれる。
「俺より先に結婚相手を決めるとは、しかも自分から父上に許しを請うとは、いつの間にか大人になったものだ」
レオニスは3歳年上の兄を慕っていたが、悪戯っぽく笑いながらからかわれると殴りたくなる。
11歳のレオニス王子は、こういうことをからかわれるのが一番恥ずかしいお年頃なのだ。
「王子様、そういうわけにはいきませんぞ。友好国の筆頭公爵からの申し出を断るのですから、きちんとお披露目をしておかないと示しがつきません。こちらの落ち度にもなりかねませんぞ」
アルベルトにまでそう言われると、レオニス王子は何も言い返せなかった。
「ああ、それにしてもミラ様の婚約がこんなに早く決まるとは!この爺は嬉しくて仕方ありませんぞ!式はいつになさるので?」
「そんなことはまだ先の話だ!ダモンにミラを渡さないための方便なんだぞ!」
アルベルトは、一瞬真面目な顔になる。
「確かに、ダモンにミラ様を渡すわけにはいきませんな。再び利用されるようなことがあってはなりません」
そして、弟子をたしなめるように続ける。
「ですが方便とはどういうことですかな?本当はミラ様と結婚する気などないのに弄んだと?」
ミラも、少し不安げにレオニス王子を見つめる。
レオニスを支えていこうと決心したミラだが、王子が婚約破棄を言い出したらそれで終わりだ。
まだ男性を好きという気持ちは分からないが、婚約破棄を言い渡されるのは名誉なことではない。
「っ……!」
王子は、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
その様子を、ミラは好ましく思った。
ミラもアンナやローズにからかわれているが、二人は裏事情を知っている。
それでも恥ずかしいのに、王子は実の兄や家臣からミラへの愛を貫こうとしていると思われているのだ。
それでも自分を傷つけるようなことは言わないように気を付けている姿を見て、ミラは「やっぱりこの人を信じて良かった」と思えた。
「そんなことより、魔法を教えてくれ!ミラの魔法を俺がやったことにしているんだから、少しでも強くなっておかないといかんのだ」
そこでミラがまず手の平の上に火球を発現させ、アルベルト先生がさらに大きな火球を発現させる。
レオニス王子はその10分の1程度の大きさの火球を出して、嘆息する。
「到底追いつける気がしない……。こんな状態で結婚しても、ミラを守れる気がしない……」
「王子様、とても良い心掛けですぞ!まあ男性が女性を守る方法は他にいくらでもありますが、魔法の鍛錬に打ち込むことも決して無駄にはなりません。とりあえず集中の鍛錬から行いましょうぞ!」
「私も鍛錬に混ぜて下さい」
アルベルト先生に会えて嬉しいミラは、レオニス王子と一緒に鍛錬を受けようとした。
「お前がこれ以上強くなったら、追いつけないじゃないか!」
「きっと王子様はこれから上達なさいますよ。それに、もし私の魔法力の方が強かったとしても、女性を守る方法はいくらでもあるって先生も仰ったじゃないですか」
そう言って笑うミラを、レオニス王子は直視できなかった。
そして、小声でアルベルトに「女性を守る方法、後でちゃんと教えてくれ」と呟くのだった。
***
ミラがアルベルト先生とレオニス王子のところに行っている間、ローズとアンナは二人で竹馬をして遊んでいた。
最近は体を動かすことが増えているローズは、かなり身体能力が高まっている。
「なかなか筋がいいですねえ。こう言っては何ですが、ミラ様はあまり身体能力は……」
「ミーちゃんにはミーちゃんのいいところがあるからね。そうだ、ミーちゃんの攻撃魔法ってそんなにすごかったの?」
「それはもう!こーーんなに大きな岩を魔法2発であっという間に粉々にしちゃったんですから」
アンナが精一杯身振りで表す岩の大きさを見て、ローズは「あんたの身長くらいの大きさ?」と聞く。
「違いますよ、大きな街道を塞いじゃうくらいの大岩です!」
「最初からそう言いなさいよ。手振りで表されたら、そんなものかと思っちゃうじゃない」
「とにかく、ミラ様の魔法はすごかったんです!」
ミーちゃんを一生懸命褒めているアンナを微笑ましく思いながら、ローズは周りを見渡す。
——何かがおかしい。
平和な空気が乱されていく。
不穏な意識が、自分たちを取り囲んでいる。
「アンナ——」
そう言った時、二人に近づく5つの影があった。
アンナが、ローズの前に立つ。
大声を上げようとしたローズの口を、一人の男が塞ぐ。
その男からローズを守ろうとしたアンナを、4人の男が囲む。
そうして、男たちはアンナに猿ぐつわをして抱え上げた。
自分が標的ではないと知ったローズは、自分の口を塞いでいる男の腕に噛みついた。
その腕が緩んだすきにアンナを抱えている男たちに近づき、しがみついた。
「放しなさいよ!何なのあんたたち!こんなことをしてタダで済むと思ってるの!」
ローズがどれだけ叫んでも、助けは来ない。
ローズが思った以上にしつこかったので、しがみつかれた男は腹に蹴りを入れる。
「馬鹿、侯爵令嬢に怪我をさせるな!」
「ですが、こいつがしつこくて」
そう言っている間も、ローズは必死にアンナを奪われまいとしがみつく。
侯爵令嬢である自分がさらわれても、余程のことがない限り安全だろう。
もしローズに何かあれば、戦争の口実にもなる。
だが、平民のアンナは……。
「アンナ!」
そう叫んだ時、ローズのお腹にまた蹴りが入った。
呼吸が止まるような痛みが腹を貫く。
たまらず嘔吐するローズ。
その隙に、5人の男はアンナをさらって行く。
男たちが去っていく方角を見ながら、ローズは必死で助けてくれる人を探して這った。




