国王
レオニス王子は、父である国王レオンハルト・ロベリアの部屋を訪ねた。
厳格な父に相対する時、レオニス王子はつい委縮してしまうことがある。
もちろん父として愛情は注いでくれているが、しつけはとても厳しい。
記念式典で席を外した時も、後でこっぴどく怒られた。
「どうしたレオニス、何の用だ?」
執務を終え、くつろいでいる父は親し気に声をかけてくる。
それでも、機嫌を損ねたり間違ったことを言ったりするとその表情は一変する。
しつけの厳しい父は、11歳のレオニス王子にはまだ怖い存在だった。
特に今回告げようとしていることは、王家の者として正しいのかどうか自信がない。
子供である自分が、勝手に許嫁を決めていいものかどうか。
もしかすると、父の中には政略的に考えた婚姻相手がいるかもしれない。
それでも王子は、勇気を振り絞って言葉を出した。
「カシウス・アルヴェイン侯爵の娘、ミラ・アルヴェインとの婚約をお許し願いたく……」
そのようなことを聞いても、表情を動かさずに国王のレオンハルトは言った。
「ふむ、何ゆえそのようなことを申す?他国の姫と誼を通じた方が得策ではないか?」
「アルヴェイン侯爵家の領地に銀鉱があるとの噂にございます」
その言葉がレオニス王子の口から漏れた時、王は考える顔になった。
銀鉱の発見は、国力に大きな影響を与える一大事なのだ。
「どこからそのような話を聞いた?」
「カシウス・アルヴェイン侯爵と親しいエドガー・ヴァレンティス侯爵。その娘のローズ・ヴァレンティスより聞きました」
「その噂は真か否か、確かめたのか?」
「いえ、私自身は確認をしておりません。ただ、カシウス・アルヴェイン侯爵の調査によるとかなり有望とのことで……」
「そのような大事なことを確認せずに何とする!」
父の怒声に、レオニス王子は首をすくめる。
「不確かな情報を基に動けば、その前提が崩れた時に大きな方向転換を強いられる。王族の縁談のような重要事項は、もっと慎重に決めねばならんぞ」
そう言われて、王子はうなだれる。
確かにその通りだ。
自分は、ローズという一人の少女の言葉を鵜呑みにした格好になっている。
しかし、ミラをダモンに渡すわけにはいかない
「なれど……」
「ラディアート王国のダモンからも、ミラをくれと言うて来ておる」
当たり前のことではあった。
カシウス侯爵だけでなく、国王にも話を通しておくのは。
「ダモンも銀鉱脈の話を掴んだのか?しかし、奴がわざわざカシウスの領地に密偵を放つとは思えんが……」
レオニスの父であり王であるレオンハルトは、目を細めて続けた。
「そのミラという少女に何らかの価値があるのか?」
レオニス王子は、口を固くつぐんだ。
ミラの魔法のことは、絶対に言うことはできない
「答えられぬ事情がある……か」
そう呟いた後、国王は息子に聞いた。
「もしも銀鉱脈の話が現実のものとならなかった時、お前はそのミラという少女と婚約したことを後悔せぬのか?」
「致しません!」
レオニス王子は、考えるより先に返事をした自分に驚いた。
「ふむ、お主はその娘が好きなのだな?」
レオニス王子は、頬を赤くした。
否定をするべきか、しかしそれでは婚約が整わずにダモンに付け入られてしまうかもしれない。
などと考えていると、王から予想外の言葉が発せられた。
「儂は、父としてお主の幸せを願う。王としては国益も考えねばならんが」
……。
レオニス王子は、自分の父はもっと冷酷だと思っていた。
ハンガーストライキをしても効果がないのではないかと思うほどに。
それでも、王子はミラを守りたかった。
そこまでの覚悟は、必要なかったのだろうか。
自分が「ミラと結婚したい!」と駄々をこねていたら、父は受け入れてくれたのだろうか。
「銀鉱脈も魅力ではあるし、お前の気持ちが固まっているなら婚約を認めよう。いつ敵になるやもわからぬダモンとの繋がりよりも、お主の幸せを優先すべきであろう」
「父上……」
レオニス王子は、目頭を熱くした。
そこで父王は話を変えた。
「ところでレオニス、お前は随分と強い魔法を使えるようだな?」
王子は、一瞬ぽかんとしてしまった。
それから、帰国途中に大きな岩をミラに破壊してもらった時のことを思い出した。
あの時、ミラの魔法力を隠すために王子は自分の力だということにした。
一応の口止めはしておいたのだが、一緒にいた者が王にまで隠しておく理由はない。
「戦の折は、その力を存分に発揮してもらうぞ」
王子の身体は、一気に凍えた。
自分の父は、いつ戦争に向かうか分からない。
むやみやたらと戦をするような無謀さはないが、時が来ればラディアートに雪辱したいと思っているだろう。
しかし、戦となればミラが悲しむ。
それに、自分の嘘がいつバレるかも分からない。
「はい、微力ながらお役に立てるよう努めます」
とりあえず、魔法の力を高めなくてはいけない。
自分がやったのではないと知れたら、カシウス侯爵家の誰かが疑われるだろう。
とにかく、ミラとレオニス王子の婚約は認められた。
お披露目はもう少し先だが、とりあえずそれは決定したのだ。
***
その返事は、カシウス侯爵からダモン・タッカー公爵への手紙によって伝えられた。
「我が娘ミラは、ロベリア王国第二王子レオニス殿下に嫁することが決められています故、ダモン・タッカー筆頭公爵からの申し出に応じることはできませぬ……」
その返事を見た時、ダモンは頭に血が上って手紙を破り捨てた。
ダモンは、焦っていた。
反乱軍の鎮圧に手間取ってから、周りがどんどん自分から離れていく。
ミラという戦力を手に入れれば、この流れを変えられると思った。
ラディアート王国筆頭公爵の自分が縁談を申し入れれば、断られることなどないと思っていた。
実際カシウス侯爵がミラの前世を知らなかったら、断ることはできなかったかもしれない。
軍事能力こそ低いものの、ダモンは謀略には長けていた。
だからこそ、ロジャー・ウェストン公爵のような政敵には蛇蝎のごとく嫌われるのだが。
そして、何より国王のゾラティス・ラディアートの不興を買っていた。
この王は、まさに武功を好む王だ。
だからこそミラがいた頃のダモンを評価し、反乱軍鎮圧に手間取ったダモンを疎んだ。
外交使節に対して譲歩をせざるを得ない状況に自国を追い込んでいく筆頭公爵を憎んだ。
国王はダモンを呼び出し、厳しく叱責した。
その恥辱を拭うべく起こした行動が、ミラを手中に収めることだったが、それも失敗した。
「このままでは済まさんぞ」
ダモンは、まだ諦めてはいない。




