婚約の口実
「こ、婚約って……」
ミラは、呆然としながら言葉を漏らす。
アンナも黙っていられない。
「王子様は、本当にミラ様のことが好きなのですか?」
ローズも言いたことはあったが、王子に失礼があってはと思い黙っていた。
そして、王子はアンナの言葉に少し頬を赤らめる。
「す、好きというか、いや、ダモンの申し出を断るにはそれが一番角が立たないかと思って……」
「なぜですか?ただ単に『嫌です』と断ればいいじゃありませんか」
「アンナ、そういうわけにはいかないのよ。そんなことをしたらラディアート王国との関係がこじれてしまうわ」
主人に諭され、アンナは大人しくなる。
それに代わって、今度はローズが口を開いた。
「それでは、ミーちゃ……ミラ様の経歴に傷が付きはしませんか?ダモンの申し出を断るための一時的な方便なのでしょう?」
「いや必ず傷が付くというわけでは……その……このままというのも……えっと……」
少しどもった後、王子はきっぱりと言い切る。
「もしも婚約を解消することになった場合は、俺の落ち度によるものだということにする。出来得る限りミラの恥とならぬよう配慮する」
「それでは今度は王家に傷が付きます」
女性三人の中で最も貴族的な考えになじんでいるローズは、レオニス王子の申し出が腑に落ちなかった。
王家のメンツというものは、侯爵家のそれよりもずっと重く尊重しなければならないのだ。
「もちろん私もダモンなんかにミーちゃ……ミラ様を渡したくはありません。ですが、殿下との婚約は飛躍し過ぎというか、将来的に問題がありそうというか、他に方法はないのでしょうか」
ローズの問いは真剣なものだったが、王子は『ダモンなんか』という言葉に反応した。
「ローズ・ヴァレンティスと言ったか。お前もダモンが嫌いか」
「はい、大っ嫌いです!私もミーちゃ……ミラ様の前世を存じております故」
「そう言えばお前はミラの親友だったな。なら、ミラの魔法力も知っているのか?」
「私は治癒魔法だけで、攻撃魔法は見たことがございません」
「そうか、あれは戦局を変えかねないほどの力だ。事実、ダモンのような戦下手でもミラを利用することで連戦連勝だった。ラディアートの優秀な将軍がミラを要所要所に投入していたら、我が国はもっと追い詰められていたかもしれん」
その言葉は、ミラの顔をこわばらせた。
「あ、すまん。ミラを責めているわけではない。それに、今後の戦争にミラを利用するつもりもない。ミラに悲しい顔をさせたくないんだ。そのためには、絶対ダモンにミラを渡すわけにはいかん」
「……本当に、戦争にミーちゃんを利用しないのですか?」
ローズの父、エドガー・ヴァレンティス侯爵やミラの父、カシウス・アルヴェイン侯爵は非戦論者だが、その数は少ない。
記念式典の時の周りの様子を見ても、いつか戦争でラディアートの連中に目にもの見せてくれるという空気が漂っていた。
ロベリア王家はその筆頭だと、ローズは思っていたのだ。
だから、ローズは王子の提案に懐疑的だった。
ミラを利用するのがダモンから王家に変わるだけではないか、と思っていた。
そして、使い終わったら……。
ローズは、レオニス王子にあまり好感を持っていなかった。
式典での態度があまり真面目なものに見えなかったため、わがままな次男坊だと思っていた。
アンナが「ミラ様とレオニス王子がいい雰囲気だった」と言った時も単なる与太話として聞いていたが、もっといい相手がいるだろうとも思っていた。
だが、この人はかなり真剣にミーちゃんのことを考えてくれている。
ミーちゃんの戦争嫌いも、理解してくれているようだ。
そんなことを考えている横で、アンナが王子を茶化している。
「王子様、やっぱりミラ様のことが好きだったんですね!『悲しい顔をさせたくない』なんて言われたら、私なんか胸がドキドキですよ!」
「ば、馬鹿!ダモンに渡さないための方便だと言っただろう!」
「本当ですか~?」
平民のアンナとも軽口を交わせる王子……。ローズのレオニス王子への評価は、一気に上昇した。
「それで殿下、どのような口実でミラ様との婚約を言い出すのですか?王家の方も、戦争にミラ様を利用しないという考えなのですか?」
「それなら、『俺はミラが好きなんだ!』と王様に言えばいいんじゃないんですか?」
「アンナ、王族や貴族の結婚はそんな風にはいかないのよ。この前も言ったでしょう?」
「王子様の意志でも難しいんですか?」
アンナの素朴な問いに、王子が答える。
「だが、俺はそれをごり押ししようかと思っている。ローズのさっきの問いに答えるなら、私の父も兄も好戦的だ。ミラの魔法力を知ったら、利用しようとするだろう。だから、ミラの魔法のことは内緒にしておきたい。そうなると、ミラ以外との婚約なんて考えられない!と駄々をこねるしかないだろう」
去年、国交回復記念式典で見た王子はまさに『駄々をこね』そうだったな、とローズは思った。
だが、王子の父はそれを許すのだろうか。
国王は、かなり厳格なように見えたが。
「レオニス殿下、国王様にそれが通じるでしょうか」
「通じなかったらハンガーストライキでも何でもやってやる」
食事を断って抗議をする、それは育ち盛りの王子にとって辛いことだろう。
しかも、それで必ずうまくいくというわけではない。
それでもこの王子は、ミーちゃんのためにそれをやろうとしている。
ローズは、レオニス王子を信頼できる人だと思った。
「殿下、そのようなことをなさらずとも、良い口実がございます」
ローズは、王子の顔を真っすぐ見つめて言った。
「アルヴェイン侯爵家の領地に銀鉱が見つかった、という噂がございます」
それは、ミラさえも知らない情報だった。
もちろんカシウス侯爵は知っていて調査をしているが、かなり有望らしい。
銀の鉱脈が見つかったとすれば、アルヴェイン侯爵家の地位と力は著しく向上するだろう。
そのアルヴェイン侯爵家の娘と結びつけば、王家の力はより盤石となる。
「そ、それは本当なのか?」
「まだ調査中ですので王家に報告は上げていないようですが、かなり有望との噂。もし銀鉱脈が見つかった後なら、多くの貴族がアルヴェイン侯爵家との婚姻を望みましょう。だから今のうちに婚約を結んでおきたい、と言うほうが駄々をこねるよりも有効かと存じます」
「何でローちゃんがそんなこと知ってるの?」
そう聞かれて、ローズは答えに詰まった。
そうして、誤魔化すように言った。
「こ、これも方便よ。後で『噂は噂に過ぎませんでした』でもいいじゃない。駄々をこねるよりも国王様に婚約を受け入れてもらいやすいでしょう?もし銀鉱が見つからなくても、殿下はミーちゃんを守ってくれるでしょうし」
そうは言ったが、ローズは知っていた。
カシウス侯爵はまだ子供のミラには言っていないが、親友のエドガー・ヴァレンティス侯爵——ミラの父には話していたのだ。銀鉱が見つかるかもしれないと。
ローズは将来自分がアルヴェイン侯爵家の……ノエルの妻になった時のために、その土地のことを教えて欲しいと父にねだっていた。また、ローズ自身も熱心に勉強していた。
だが、そのことはまだミーちゃんにも内緒だ。




