絶句
王都への道中、ミラとローズとアンナは大はしゃぎだったが、ノエルを含む大人たちは慎重に話し合っていた。
ダモンにミラを渡すわけにはいかない、という結論ははっきりしている。
だが、問題はどうやってこの縁談を断るかだ。
王都に着いたらレオニス王子にも相談するつもりだが、そこですぐに妙案が出てくるとは限らない。
だから、出来るだけ自分たちで断る方法を考えておきたかった。
しかし、友好国の筆頭公爵が跡取りでもない侯爵令嬢を孫の嫁に欲しいという話には、断る口実が見つからない。
王都が近づくにつれて、大人たちは陰鬱な面持ちになっていった。
その頃、子供たちの馬車ではまた恋愛話に花が咲いていた。
特にローズが、そういう話が好きだった。
「ねえ、アンナには好きな人とかいなかったの?」
「私たちは男も女も関係なく遊んでいたので、仲の良い男の子はいましたよ?でも、恋愛対象になるようなのはねえ……」
「アンナたちは、好きな人と結婚できるの?」
ミラの問いに、アンナは当然のように首を縦に振る。
「そっかあ、私たちは親の決めた相手と結婚することが多いものね」
「じゃあ貴族様は、好きな人を作ったりしないんですか?」
「身分の高い人のところに嫁いだ方が家のためになるから、気に入られようとすることはあるわね。あと一目ぼれなんかもあるけど、結局は政略結婚になるから、好きな人と結ばれることは珍しいわ」
「でも、ローズ様はノエル様が好きなのではないんですか?」
「なっ!?そ、そ、そ、そんなことより、ミーちゃんとレオニス王子はどうなのよ?」
「だから私たちはそんなんじゃないってば。まあ王家に嫁げばアルヴェイン侯爵家の格は上がるでしょうけど、妬みも酷いでしょうね」
「ノエル様と結婚なんてことになったら、我がヴァレンティス侯爵家とアルヴェイン侯爵家がより強く結びつけるわね……と言っても今も結びつきは十分強いか。私も他の家との関係を築くために結婚するのかしら」
二人は好きな人と結婚できないのか、と思うと、アンナは少し悲しくなった。
ミラ様には幸せな結婚をして欲しい、とアンナは願った。ついでにローズ様にも。
***
一行の馬車が王都に近づいた時、カシウス侯爵はレオニス王子に手紙を書いた。
ダモンがミラを孫の嫁に欲しいと言ってきたこと、それを断る術を思いつかないこと。
その手紙を読んだ王子は、すぐにお忍びでカシウス侯爵のもとに訪れた。
もちろん護衛は連れているが、こんなにフットワーク軽く会ってくれるとはカシウス侯爵も思っていなかった。
本当ならこちらが何らかの対処法を手紙で提案し、それを追認してもらうつもりだったのだ。
しかし何も思いつかなかったカシウス侯爵やその親友のエドガー侯爵は、恭しく王子を出迎えた。
その王子は、見るからに怒っていた。
「殿下、このような場所までご足労いただきありがとうございます」
「ダモン!よくもこのような卑劣なことを!」
臣下の言葉も聞かずに言葉を発してしまってから、レオニス王子は落ち着きを取り戻す。
「済まぬ、カシウス・アルヴェイン侯爵。エドガー・ヴァレンティス侯爵も事情は知っているのか?」
「はい、信頼できる関係ゆえ、ミラの前世のことも伝えております」
「ふむ、ミラの魔法のことも知っておるのだな?では、ダモンにミラを渡してはいかんという意見も一致しておるのか」
「もちろんです。ミラ嬢の前世を聞いた時、私は血が出るほどこぶしを握り締めました。ダモンのような卑劣な男に、ミラちゃんを渡していいわけがない!」
直情的なエドガー侯爵は始めはミラ嬢と言っていたが、すぐに普段の呼び方に変わってしまった。
それくらい興奮もしているのだ。
「ところで、この話はミラにはしているのか?」
「いえ、刺激が強過ぎるかと思って話してはおりません」
「ダモンに会った時に気を失ったと聞きました。ですので、私もそれに賛同いたしました」
二人の言葉に、王子は腕を組んで考える。
「俺は、話した方がいいと思う。ダモンがミラを狙っている以上、今後も接触を図ってくる恐れはある。だから、その心構えをしておいた方がいい。誘拐などの強硬手段に出てくるかもしれないしな」
「誘拐!!」
「確かに、何も知らずにいる方が危険かもしれません。我々が迂闊でした」
「今、ミラとアンナは一緒にいるのか?信頼できる者と一緒に聞けば、心持ちも違うかもしれない。今から俺が伝えてきてやろう」
「殿下にそんなご迷惑をおかけするわけには……」
「良い、気にするな」
そう言う王子の心の中には、ミラとアンナと三人で過ごした時間が楽しかったのでまた会いたいという気持ちもあった。
「殿下、恐らく今は私の娘のローズも一緒かと存じます」
「ローズ・ヴァレンティスか。覚えている」
ラディアート王国との国交回復10周年記念式典の際、出席者はみな王家に挨拶をしている。
王家の者はそれを覚えるのも大きな仕事だが、レオニス王子もきちんと仕事をこなした。
「三人の方が話しやすいのにな」と思いながら、王子はミラとローズとアンナがいる部屋に向かった。
先触れの者が、レオニス王子の来訪を告げる。
ミラとアンナもだが、それを聞いてローズが特に驚いた。
「え、何で何で?レオニス王子が何でここに来るの?本当にミーちゃんのことが好きなの?」
そう言って慌てながら、王子を迎える姿勢を整える。
やがて、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「レオニスだ、入るぞ」
「殿下、ご機嫌うるわしゅう」
ミラとアンナはある程度王子に慣れているが、ローズは少し緊張しながら出迎えた。
「堅苦しいことは抜きだ。大事な話がある。みな椅子に座ってくれ」
ここは規模が大きいとはいえ、宿屋の中だ。
恭しくひざまずいて話すような場所ではない。
そうして王子の言う通り四人は椅子に座ったが、その様子を見てローズは驚いた。
アンナも王子と話したとは聞いていたが、こんなにざっくばらんだとは思わなかったのだ。
「式典の時はわがままそうだったのに、案外いい奴なのかもしれない」とローズは心の中で思った。
だがそんな吞気な感想は、王子の言葉で打ち砕かれた。
「ダモンがミラを、自分の孫の嫁にくれと言って来た」
「……」
三人は、絶句した。
ローズとアンナは眉を吊り上げ、ミラは唇をかみしめた。
そんなミラに、王子が声をかける。
「ミラ、大丈夫か?」
「はい、もう気を失ったりしません。負けてばかりはいられないのです」
「そうだ、もうダモンの好き勝手にはさせない」
そして王子は言葉を続けた。
「だからミラ、俺の婚約者になれ」
三人は、もう一度絶句した。




