王都へ
「ミラをダモンの孫の妻にだと!」
カシウス侯爵は、怒りで拳を机に叩きつけた。
「前世と同じようにミラを利用するつもりか!」
『ミラは魔法が使えるのではないか』とダモンは言って来た。
そのうえでミラを渡せと言うのは、ミラの魔法力を手中に収めたいのだろう。
「そうはさせん。ミラは、私が守る」
カシウス侯爵は、静かな決意を固めた。
だが、この話は簡単に蹴っていいものではない。
この話を無下にすると、ラディアート王国との関係を破壊する恐れもあるのだ。
「とりあえず国王に報告しなくては」
他国の筆頭公爵との縁談の可否は、外交に大きな影響を与える。
勝手に受け入れることも問題だが、断るとなるとより一層慎重にならないといけない。
「しかし、どうしたものか……」
国王は、ミラが魔法を使えることを知らない。
そのうえ、当たり前だがミラの前世も知らないのだ。
そうなると、この縁談を断る理由がなくなる。
ダモンはロベリア王国でもあまり好かれていないとはいえ、筆頭公爵の一族に連なるのは決して悪い条件ではない。
それに、うまく夫に取り入ればこちらに有利な動きをさせることも出来る。
自分の娘をやるのは嫌だが、誰かがそれをやってくれるのなら僥倖だ、と思う者は多いだろう。
しかし、カシウス侯爵も自分の娘をダモンなどにやりたくはない。
そのうえ、前世のことを知っているので、この縁談を受けることはミラを不幸にすることだとわかっている。
カシウス侯爵は、考え抜いた挙句息子のノエルと妻のクラリスを呼んだ。
二人もその手紙を読んで絶句する。
「絶対にこんな縁談を受けるわけにはいかん。だが、断る理由がない」
「ミラが魔法を使えることは、まだ言うことができないのですか?」
クラリスが夫に問う。
「うむ、あれだけの強力な魔法だ。戦いに使うと言われかねない」
「縁談を断っても、戦になったのでは本末転倒ですね……」
そこに、ノエルが口を開いた。
「父上、弱冠13歳の私にこのような話をお聞かせいただきありがとうございます」
「うむ、お主は次期当主であるうえ事情を知っているのでな」
「であるならば、レオニス王子にもお話を通されてはいかがでしょうか?」
「殿下に?だが殿下はまだ11歳で……」
「私と2歳しか変わりません。それに、王家の方には別の知恵があるかもしれません」
「あなた、子供は決して頭が悪いわけではないわ。経験や判断材料が少ないから間違いやすいだけで、一生懸命考えているの。王子も経験は足りないかもしれないけれど、判断材料は持っているのだから、相談してもいいと思うわ」
「ふむう……」
少し考えてから、カシウス侯爵は決断を下した。
「よし、王都に向かおう」
もちろん王都には、ミラもついて行くことになる。
ダモンから縁談が持ち込まれたことは内緒だが、一人だけ置いて行くこともできない。
仕事で王都に行くから一緒に来るようにと言われたミラは、「アルベルト先生に会える!」と思って嬉しかった。
ラディアート王国から帰ってきた時は、先生が王都にいなかったから会えなかったのだ。
ウキウキしながら王都に行く準備をしているミラに、カシウス侯爵が話しかける。
「ミラ、ローズちゃんはミラの前世を知っているんだね?」
「うん、そうだよ。パパ」
「なら、ローズちゃんのパパやママ、それにノエルやクラリスにも教えていいかな?」
ミラは、少し強張った。多くの人に知られることが怖かった。
「ミラを守れる人は、少しでも多い方がいいと思うんだ」
私を利用するためじゃなく守ってくれるために……。
そうだ、パパは私を利用したりしない。ローちゃんも、きっとその家族も。
もちろん私の家族も。信じるんだ。前世とは違う。私は、愛されている。
「いいよ、パパ。大好き」
そう言って、ミラはカシウス侯爵に甘えた。
***
カシウス一家は、王都に向かって出発した。
その途中で、再び親友のエドガー・ヴァレンティス侯爵の領地に寄る。
ミラとローズとアンナが遊んでいる間に、カシウス侯爵はみんなにミラの前世を話す。
さらに、ダモンが自分の孫とミラを結婚させようとしていることも。
「ダモン、いけ好かない奴だと思っていたが、そこまで腐っているとは」
「ミラの魔法力を利用しようとしているのは間違いないだろう」
「ミラちゃんを絶対守ってあげないと」
その横で、ミラの前世を知ったノエルは涙ぐんでいた。
「そんなひどい目に遭っていたなんて……その記憶が蘇るなんて……あ、だからミラは子供の頃……」
ノエルは、昔を思い出した。自分に対してよそよそしくなったこと、兄は自分1人なのに『ノエル兄さま』と呼ぶようになったこと。
何より自分は、ミラが『ママが死んでから周りの人が冷たくなって……』と言った時に怒鳴ってしまった。
ミラは、前世のことを話そうとしてくれていたんだ。それなのに自分は……。
その後のミラの「申し訳ありません」という言葉は、今も耳から離れない。
僕が、完全に悪かったんだ。
後悔の念が、ノエルの目から涙をあふれさせる。
そんなノエルを、クラリスが優しく抱きしめた。
その横で、エドガー、カシウス、ヴィオレットの三人が話を続けている。
「レオニス王子か……わがまま王子の印象しかないけどな」
「だが、ミラの魔法のことを知っても何も要求してこない。道の岩を破壊したのもミラが自分で言いだしたからだ」
「王家も貴族も戦争したがる奴が多いけど、そういう連中とは違うのかもね」
本当はレオニス王子も戦争したがりだったが、アンナに諭されて変わったのだ。
「どっちにしても俺たちもついて行こう。この婚約の申し出は絶対断らないといけないが、理由を見つけるのは難しい。みんなで知恵を絞ってミラちゃんを守ろう」
エドガー侯爵の言葉で、ローズも一緒に王都に行くことが決まった。
ミラとローズとアンナは、それを聞いて大はしゃぎだった。




