ダモンの企み
ミラの魔法をその目で見たレオニス王子は、努めて冷静に振る舞っていた。
だが、胸の中は興奮でいっぱいだった。
「何だあの威力は……!」
そして、ミラに近寄って褒め称える。
「ミラ、ありがとう。それにしてもすごい魔法力だな」
「ありがとうございます。人払いをしてくださったことにも、感謝いたします」
「うむ、これを見たら俺と同じように戦争に活かすべきだという者が出てくるだろうしな」
「ですが王子様、それではこの岩をどうやって壊したことにするんですか?」
アンナが、率直な疑問を口にする。
「ミラには申し訳ないが、俺がやったことにする。一応魔法の修練をしていることは知れ渡っているしな」
「それで誤魔化せるんですか?」
「まあ適当にやるさ。カシウス・アルヴェイン侯爵、お前は大きな音を聞いて真っ先に駆けつけてきたということにしておいてくれ。もうすぐ、他の者たちもここにやってくるだろう」
「はっ、承知いたしました」
そう言って、カシウス侯爵とその家族は敬礼をする。
「いつかは俺も、本当にこういうことができるように魔法の修練を頑張るさ。ミラ、そうしたら二人で魔法の威力をラディアートの連中に見せつけてやろう。それで相手が恐れを抱いたら、戦わずに譲歩を引き出せるかもしれん」
「そういう事でしたら、私もできる限りの協力をいたします」
戦わないために魔法を使う、それはミラにとって魅力的な提案だった。
***
「ダモン様、やはりアルヴェイン侯爵の娘はかなりの魔法の使い手でございますぞ」
土砂崩れを起こしてロベリア王国の使節を足止めした男が、ダモンに報告をする。
ちなみに、この土砂崩れはダモンがミラと出会い、カシウス侯爵を訪れた日から部下を使って準備したものである。
ロベリア王国の王子と侯爵令嬢が民のために動いたのに、自国の筆頭公爵は民が飢えることなど意に介さずにこのようなことをしてのけたのだ。
ダモンの頭の中には、民のことなどまったくなかった。
ただ自分の名誉を回復するため、そのために強大な魔法力を持った者を手中に収めることしか考えていなかった。
あくまで自己中心的なダモンは、ミラを自分のものにしたいと考えた。
いや、自分のものになるべきだと考えた。
「私の娘と同じ見た目、同じ名前、そして同じ力まで持っているのだ。私のために働くのが当然であろう」
ダモンは、本気でそう思っていた。
そして息子のリカルドを呼んだ。
前世のミラをいじめていたリカルドは、26歳になっている。
貴族は早婚の者が多いため、リカルドもすでに結婚し、三人の子をもうけていた。
長男のロイドは、今年で十歳になる。
ダモンは、リカルドとしばらく話をした後手紙をしたためた。
***
外交使節は一度王都に戻り、そこからそれぞれの領地に帰っていく。
ミラもレオニス王子に別れの挨拶を告げ、家族と共に帰路につく。
だが、そのまま帰るわけではない。
しばらく進んでいくと、カシウス侯爵の親友であるエドガー・ヴァレンティス侯爵とその家族が現れた。
「久しぶりだな、カシウス」
「おお、今回はかなり有利に外交を進めることができたぞ」
「今日は家に泊まっていくだろう?詳しい話を聞かせてくれ」
カシウス侯爵は、エドガー侯爵に帰りの日程を手紙で知らせていた。
カシウス侯爵も、親友に会いたいのだ。
そこには、当然のようにローズも来ていた。
「ミーちゃん!久しぶり!」
そう言って、ローズはミラに抱きついた。
「ちょっとローちゃん、私旅で汚れてるわよ」
「そんなことどうでもいいわよ、会いたかったんだから!そうだ、家に泊まるんだから一緒にお風呂に入りましょう!」
「ローズ様、ミラ様の入浴の準備は私がいたしますので」
「私の家で勝手は許さないわよ!あなたも一緒に入りなさい!」
予想外の言葉に、アンナは口ごもってしまう。
「え……私が、ですか?」
そこに、エドガー侯爵が声をかける。
「アンナちゃん、だったね?うちのローズはミーちゃんミーちゃんうるさいけれど、アンナちゃんのことも気に入っているみたいだよ。よくアンナちゃんの話もしてるんだ」
「気に入ってなんかいないわよ!ミーちゃんのことを話したら付属物もついてくるってだけ!」
「ローちゃん、アンナを付属物だなんて……」
「私はいつもミラ様のお側におりますので、付属物で構いませんよ」
そんなことを話しながら、ローズは時々ミラの兄のノエルに視線を向ける。
それに気づいたアンナが、ローズをからかう。
「ノエル様もお風呂にお誘いしますか?」
「ば、馬鹿!本当に平民は下品ね!」
「平民がみんな下品なわけじゃありませんよ。私が下品なんです」
「すまして言うことじゃないでしょう!?」
そんな2人のやり取りに、ミラも笑いがこぼれてしまう。
「そうだ、お風呂に入る前にみんなでもっと汚れちゃいましょう!ミーちゃん、アンナ、竹馬をしましょう。私、結構乗れるようになったのよ」
「いいですねえ、ローズ様をしごくのを楽しみにしていたんです」
「私、前に乗った時全然進めなかった」
「私がお教えしますよ、もちろんミラ様には優しく」
「あんたねえ!」
などと言いながら、ローズはもじもじとノエルに近づき「ノエル様も竹馬で遊びませんか?」と話しかける。
「うん、僕も少ししか乗れないから教えてくれるかい?」
アルヴェイン侯爵家の跡継ぎであるノエルはこういう時にいつも父の側にいるので、ローズは誘っても無駄かな、と思っていた。
だから、ノエルが遊んでくれることがとても嬉しかった。
ぱあっと顔を輝かせて、「はい!」と元気に答えた。
ローズが竹馬を持ってくると、お手本とばかりに乗ってみせた。
「まだまだですねえ」
そう言いながら、アンナが乗りこなして見せる。
だが、ローズもかなり練習したうえ最近は領民の子供たちと遊ぶことも多くなったため、身体能力自体が高くなっているように思えた。
アンナが教えると、ローズは見る見る上達した。
ミラとノエルは……楽しく遊んだ。
その後みんなでお風呂に入り(もちろんノエルは別だが)、夕食を食べ、ローズの部屋に集合した。
ここでもノエルは父の部屋に行ってしまったので、ローズは少し残念に思った。
だが、アンナが「ラディアートに行く途中からミラ様とレオニス王子がいい雰囲気だったんですよ」と口にすると、その話題に夢中になった。
ミラは「そんなことないったら!」と否定するが、二人はそれをからかう。
しかしおしゃべりな三人の話題はそこに留まらず、笑い疲れて眠るまでしゃべり続けた。
その日は、カシウス侯爵とエドガー侯爵とノエル、その妻のクラリスとヴィオレットも楽しい時間を過ごした。
何の憂いもない時間を。
***
それから数日して、カシウス侯爵とその家族は領地に帰りついた。
それを待っていたかのように手紙が届く。
差出人は——ダモン・タッカー。
そこには、こう書かれていた。
「両国の友好のため、貴家のミラ様を、我が愚孫ロイドの妻としていただきたい」




