民のための魔法
ロベリア王国の外交使節は、大きな街道を通っていた。
だがその街道には両方から山が迫る細い道があり、そこで土砂崩れが起こっていた。
そこでは、地元民が何とか土砂を運び出して道を開通させようとしている。
外交使節としては、引き返して別の道を行くか、道が開通するのを待つかを選ばなくてはいけない。
そこで、地元民に話を聞いてみる。
「簡単には開通はできねえ。だが、この道を開通させねえと南からの麦が運べねえ。麦が来なかったら、俺らは飢え死にしちまうべ」
この外交使節の最高権力者はレオニス王子だが、まだ子供なので筆頭公爵のルシアン・ベルモントが指揮を執っている。
そのルシアンは、迷っていた。
引き返すにもかなりの時間がかかるうえ、この街道よりは難所が多い。
だが、時間的には引き返す方がずっと早そうだった。
外交使節の方針を決める話し合いの場には、もちろんミラの父のカシウス侯爵も出席している。
侯爵は、難しい顔をしながら席を離れた。
そして、娘に声をかける。
「ミラ、道が土砂崩れで封鎖されている。大きな岩をなかなか撤去できないようだ。引き返して別の道を選ぶこともできるが、ここの民はこの道が封鎖されたままだと食糧が心細いらしい」
その言葉を聞いたミラは、父親の瞳を真っすぐ見つめた。
「パパ……!」
その瞳から、カシウス侯爵は娘の意図を汲み取った。
侯爵は、娘に頷きを返した。
ミラは馬車から飛び降り、レオニス王子のもとへ向かう。
「殿下!私に魔法を使わせてください!」
「ミラ、無理をする必要はないのだぞ。時間はかかるが、引き返せば帰国することはできるのだ」
「ですが、この道が封鎖されたままでは民が飢えるそうではありませんか」
「民といってもラディアートの民だぞ……」
そう言ってから、レオニス王子はミラから目を背けた。
「いや、また間違ってしまったな。ミラは、ここの民も救いたいのだな?」
「民はラディアートを選んだわけではありません。住んでいる土地をラディアートが奪っただけです」
「わかった。人払いをしよう。だが、俺は見ていてもいいよな?」
「どうせ帰ったらアルベルト先生の前でお見せする約束だったでしょう?」
王子は、ルシアン・ベルモント公爵に後退するよう命令を下す。
公爵は難色を示したが、強硬な王子の主張を退けることはできなかった。
子供といえど、王家の人間の命令に逆らうのは反逆罪だ。
だからこそ王子も権力を濫用しないよう躾けられているが、今回は違った。
こうしてロベリア王国の者は王子の言葉で従えられたが、地元民が反発した。
「なぜわしらがロベリア王国の言うことを聞かねばならんのだ!」
「わしらはラディアート王国の民だべ!」
「少しでも早く岩を取り除かないと飢えちまうんだ!」
直接影響はなくとも、戦勝国の民として敗戦国を見下す気持ちはあるのだろう。
「こんな連中のためにミラは……」とレオニス王子は忌々しく思った。
だが、それでもミラはやめないだろうと王子は思った。
「ロベリア王国が、お主らが飢えぬように道を開いてやろうと言っているのだ!おぬしらが何か損をするわけではあるまい!」
レオニス王子は、子供といえど王家の威厳を持っている。
その言葉に、民衆は引き下がった。
「ミラ、頼む」
そこにはレオニス王子とアンナ、カシウス侯爵、そして母クラリスと兄ノエルの5人が固唾を飲んで見守っている。
ミラは、精神を集中させて掌の上に火球を顕現させた。
「大きい……!」
王子は、思わずつぶやいた。
その火球を、ミラは道を塞いでいる岩に向かって投げつける。
ドガーン!!
大きな音と共に、岩が砕け散った。
さらにミラは、続けて火球を生み出す。
「連続で!?」
王子も魔法を使えるからわかる。
王子は、あの十分の一程度の大きさの火球を作っただけで集中力が乱れてしまうのだ。
ミラはこともなげにその火球を放ち、残った岩を砕いた。
ここまで岩が小さくなれば、あとは地元民たちで撤去することができるだろう。
ミラは、自分を見守っている人たちに笑顔を向けた。
「やっぱりミラ様はすごいです!」
アンナは、そう言ってミラの手を握った。
ミラの家族は小さい頃に見ているが、ここまでの威力とは知らなかったので口をあんぐりさせている。
レオニス王子は、少しダモンの気持ちがわかる気がした。
これだけの力を持っていたら、利用したくなっても仕方がないかもしれない。
だが、アンナの言葉が脳裏に蘇る。
『ミラ様を泣かせても勝利が欲しいのか!』
『そんな人間が信頼を得られると思うな!』
今のレオニスは、自信をもって答える。
「勝利よりも、ミラの笑顔の方が大事だ。王家の者として、この気持ちは忘れん」
人払いを解くと、地元民がみなどうなったかとやってきた。
そこで岩が砕けた様子を見た地元民は、大きな歓声を上げた。
「これならすぐに道が通れるようになる」
「麦も問題なく運ばれてくるぞ」
そして、誰ともなく
「ありがとう!」
「ロベリアが助けてくれた!」
「ロベリア王国万歳!」
という声が上がった。
その声は周りに伝染していき、大合唱となった。
「現金なものだ」
レオニス王子は皮肉気に言ったが、ミラは嬉しそうにその声を聞いていた。
***
土砂崩れが起こった山から、その様子を見ている者がいた。
いや、土砂崩れを起こした、と言った方が正確だろう。
その男は、ミラが魔法を使う一部始終を見ていた。
「ダモン様の仰った特徴と一致する。あの少女は多大な魔法力を持っている」
薄く笑うと、その男は気配を殺して立ち去った。




