帰国
ラディアート王国とロベリア王国の交渉は、概ねロベリア王国側が優位に推移した。
その原因は、ダモン・タッカー公爵の振る舞いにあった。
外交使節を待たせておきながら急ごうとしない不誠実な態度。
それを反省するでもない不遜な言動。
さらには、十分余裕をもって出動したはずの反乱軍鎮圧への不手際。
その中でも、反乱軍鎮圧への不手際が最も影響が大きかった。
先の戦で大功を立てた筆頭公爵の武力が衰えたのであれば、ロベリア王国としては恐れるものはない。
外交交渉が決裂しても構わない、という強気の姿勢を取ることができたのだ。
反対にラディアート王国としては、頼りになるはずの筆頭公爵の弱さが露呈したため、できるだけ交渉を決裂させたくはない。
いくらダモン・タッカー公爵が虚勢を張ろうとも、誰も耳を貸そうとしなかった。
ラディアート王国内でのダモンの名声は、一気に低下した。
元々尊大なダモンには政敵も多く、これを機にダモンへの不満が一気に噴出しそうな気配がある。
「このままではいかん」
そう思った時に、ダモンはミラと出会った。
ろくに名前も覚えてはいなかったが、ダモンに武功を上げさせた魔法使いの空気は覚えている。
顔が似ているだけだったら、目障りに感じるだけだっただろう。
だが、もしもこの娘が強大な魔法力を持っていたとしたら。
そう考えると、ダモンは「これを利用しない手はない」と思わずにいられなかった。
そう思って、ダモンはミラの父親のカシウス侯爵に接触した。
侯爵は武勇も気概もある男だが、器用な腹芸ができる男ではない。
ダモンは、侯爵の態度から「あの娘には魔法力がある」と確信した。
「あの者を我が手中に収め、再び我の強さを示せば反対勢力を黙らせられる」
とダモンは考えた。
***
レオニス王子が去った後、アンナはへなへなとしゃがみ込んだ。
「私、また失礼なことを……」
その場の空気で突っ走ったアンナは、全てを思い出して改めて怖くなった。
「アンナ、ありがとう」
そんなアンナに、ミラは優しく微笑む。
「でも、あまり危ないことはしないでね。アンナがいなくなったら、私は悲しいわ」
「ありがとうございます。でも、どうしても怒りが収まらなくて……」
「レオニス王子じゃなかったら、アンナは処刑されていたかもしれないわ。そして、私も戦争の道具に……」
「本当にレオニス王子で良かったです」
そう言った後、アンナは悪戯っぽい表情に変わる。
この切り替えの早さが、アンナのたくましさを表している。
それから二人は布団に潜り込んで会話を続ける。
「レオニス王子って、ミラ様のこと好きなんじゃありません?」
「え!?何言ってるの!そんなことあるわけないでしょ!」
ミラは、真っ赤になって否定する。
「でもレオニス様は第二王子ですよね?将来の王妃というわけでもないんですから、好きな人と結婚できるのでは?」
「第二王子でも外交や政略で相手を決められることは多いのよ。そもそも、私なんかを好きになったりしてないってば」
「じゃあミラ様はレオニス様のことをどう思ってらっしゃるんですか?」
「え……」
そんなこと、あまり深く考えたことはなかった。
貴族の娘として、親が決めた相手と結婚するのだと思っていた。
だから、他の男子を見ても何も考えなかったのだ。
「私よりアンナの方が殿下と仲良くしてたじゃない」
「私ですか!?ド平民の私なんて、王子から見たら羊のメスみたいなものですって!」
そう言って、アンナは豪快に笑う。
「身分違いか……」
そう呟いたミラの脳裏には、前世の記憶が蘇る。
平民でありながらダモン・タッカー公爵の娘を産んだ母。
自分に辛そうな顔は見せなかったが、ずっと離れで暮らしていて苦労はなかったのだろうか。
早く死んだのは、扱いが酷かったからではないだろうか。
久しぶりに前世の母の顔を思い出したミラは、少し涙ぐんだ。
「アンナ、幸せになってね」
そう言って、ミラはアンナを抱き締めた。
しばらくすると、安らかな寝息が聞こえてきた。
そうだ、レオニス王子が来る前からアンナは眠そうだった。
無防備な寝顔を見せる忠実な使用人を、ミラは心から愛おしく思った。
***
次の日の夜、ミラはローズに手紙を書いた。
ダモンに会ったこと。レオニス王子に前世の出来事を話したこと。
「いきなり言ったら、ローちゃんの感情の整理が追い付かなくなっちゃうかもしれないからね」
それに、ミラは早くローズに会いたいと思っていた。
アンナや王子とも楽しい時間を過ごしているが、同じ立場の女の子がいない。
「ローズシックだなあ……」
ローズからの手紙に書いてあった冗談が、本当のものになっていた。
そのつぶやきを聞いていたアンナが、ベッドから起き上がってくる。
「ローズ様にお手紙ですか?いいなあ、私も書きたいなあ」
アンナは、まだ文字を完璧に書くことはできない。
まだ勉強中なのだ。
「私が書いてあげようか?」
「それじゃ内容がバレちゃうじゃないですか」
「何を書くつもりなのよ」
「内緒です」
レオニス王子との関係をローズと一緒につついてやろうと思っているアンナは、そんな内容をミラに知られるわけにはいかない。
「ローズ様になら直接話した方が楽しそうです」
そう言って、アンナは寝息を立ててしまった。
その次の日、外交使節の帰国が決まった。
***
ミラは、大喜びで帰国の準備を始めた。
早く帰ってローちゃんに会いたい。
それに、アルベルト先生にも会える。
ミラ以外の外交使節の者も、帰国を嬉しく思った。
家族の顔を見たい者、国内の仕事を片付けたい者。
何より、自分たちを見下すラディアート王国になど長居はしたくない。
こうしてロベリア王国の外交使節は急いで貴国の準備を整え、出発した。
その一団が進み始めて3日が過ぎた頃、先行していた部隊からの伝令が異常を告げた。
「街道が土砂崩れによって塞がっています!」




