仲直り
レオニス王子は、少し肩を落としてミラの部屋から出ようとした。
その背中に、ミラが声をかける。
「殿下、本日は申し訳ございませんでした」
「いや、こちらが悪かったんだ。謝る必要はない」
そうじゃない。ミラが言いたいことは。
「殿下、こちらを向いて下さい!」
普段とは違う語気の強さに、王子は驚いた。
そして、おずおずと振り返る。
「殿下に『魔法を使え』と、『父を投獄する』と言われた時、私は殿下に前世での出来事を打ち明けたことを後悔しました」
レオニス王子は、うなだれる。
「でも、殿下はそれを誤りだったと仰ってくれました。私は、殿下を信頼して良いのですか?」
王子は、顔を上げてミラを見つめる。
「もう二度と、私を利用しようとしないと約束してくれますか!?」
ミラの脳裏に、前世での悲しみが蘇る。
王子も、それを感じ取った。
「約束する。ミラを、いや臣下も民も、道具のように扱うことはしない」
そう言った後、王子は少し目を伏せる。
「いや、また今日のように間違えることがあるかもしれない」
そう言った後、王子は決意のこもった瞳をミラとアンナに向けた。
「その時は、遠慮なく私を正して欲しい。特にアンナには本当に感謝している」
その言葉を聞いたミラは、もう一度この人を信頼してみようと思った。
「わかりました。私は殿下を信じます。あと、アンナの首は絶対に取らないでくださいね」
「本当に、許してくれるのか?私はもう以前のようには戻れないかと……」
気弱な声を出す王子に、アンナが豪快に声をかける。
「平民はこんな喧嘩は日常茶飯事ですよ!それでも謝ってすぐに元どおりです!」
「そう聞くと、平民が羨ましいな。我々は面子へのこだわりが強いから、一度喧嘩するとなかなか元通りにはならん」
「はえ~、王族様や貴族様は面倒なんですねえ。あ、でも平和を望むカシウス侯爵様なら面子にこだわらない秘訣をご存じかもしれませんよ!面子にこだわるから喧嘩をするってことなら、面子にこだわらなければ喧嘩しないってことでしょう?確かに私たち平民も、面子にこだわると引くに引けなくなりますし」
率直なアンナの言葉に、レオニス王子は笑顔をこぼした。
「そうかもしれんな。本当にミラの父上の話を聞きたくなってきた。それに、アンナも物事の本質を掴むのがうまいのかもしれん」
「平民の私にまで気を使える王子様なら、きっと信頼できる部下ができますよ」
その言葉が現実のものになればいいな、と思いながら、レオニス王子はミラに視線を向ける。
さっきまで泣いていたミラの濡れた瞳は、可愛らしい子犬のようだ。
鼻が赤くても目が充血していても、とても愛らしく思えた。
「ミ、ミラは、お、俺のことも、友達と思ってくれるか?」
予期せぬ言葉に、ミラは一瞬戸惑って「え?」と聞き返してしまう。
「いや、秩序とかあるから、そういうのは守らないといけないけれど、三人でいる時とかはこんな感じというか、その、同い年だし遠慮し過ぎないでというか……」
ミラが何と答えたらいいかわからずにいると、アンナが勢いよく言った。
「王子様!三人でということは私もですか!?」
そんなアンナにデコピンをしながら
「調子に乗るな!他に誰かがいる時は遠慮しろよ!周りに舐められるからな!」
「そんなこと言うなら友達に入れてあげませんー。殿下、おでこが痛うございます。デコピンをされた殿下のお指はご健勝でございましょうか?みたいに話してやります―!」
「気持ち悪いからやめろ!というかそれで敬語を使えてるつもりか!」
唐突に喧嘩を始めた2人を見ながら、ミラは
「殿下、アンナは意外に外面は良いので心配はいらないと思いますよ」
と言う。それを聞いたアンナは
「『意外に』って何ですか?私は忠実な部下としてしっかりしていますよ」
と抗議をする。
確かにラディアートまでの旅路では、貴族の娘たちに対して失礼のないよう振る舞っていたのだ。
ミラの専属使用人になりたいと申し出たのは、軽い気持ちからではなかった。
ミラに恥をかかせてはいけないと思い、いろいろと学んでいる。
だから、ミラの家の人間もアンナを認めているのだ。
ただローズへの態度を見てもわかるように、甘えてもいい人を見分ける能力も高い。
レオニス王子も、許してくれる側だ。
これは、かなり大事な嗅覚だと言っていいだろう。
貴族の大部分は、平民が口答えすることを許さない。
ミラやローズや、レオニス王子が希少な存在なのだ。
アンナもそれをわかっているから、基本的に礼儀を欠かさないよう余計なことを言わないよう気を付けている。
ただ、ミラのこととなると冷静さを失ってしまうきらいがある。
ミラは、それが心配だった。
王子に対するアンナの態度は、失礼なものだった。
今日はレオニス王子が許してくれた。
だが、これが面子を大事にする貴族だったら。
この幸せな日々がずっと続きますように、とミラは願った。
***
同じ頃、面子を大事にする貴族であるダモン・タッカーは思案していた。
その思案は、ミラのこれからにどのような影響を与えるのか……。




