権力
「ミラもダモンが憎いだろう?その憎しみを、ぶっ放せばいい。昼間はミラの前世や魔法を使えるってことを知ったばかりで動揺したけど、よく考えれば仕返しは簡単なことじゃないか。ダモンを倒せばいいんだ」
レオニス王子は、無邪気な笑顔でそう言った。
だが、ミラは表情を凍らせて答えを返す。
「申し訳ありません、殿下。わが父カシウスは、平和を望んでおります。それに、アルベルト先生も『戦で泣く民の声を想像しろ』と仰ったではありませんか」
「だが、お前の魔法で敵を圧倒的にねじ伏せれば戦も長引かないだろう。ダモンみたいな戦下手でも、お前がいれば勝てるんだ。我が軍の優秀な指揮官がお前を使えば……」
「申し訳ありません。私は、父の教えに背くことはできません」
そう言った時、王子の目がすうっと細くなった。
「昼間に言ったよな。魔法使いの隠匿は重罪だと」
ミラの顔が強張る。
「お前の父は、お前が魔法を使えることを報告していないよな?」
レオニス王子が、一歩前に出る。
「カシウスを、投獄することもできるんだぞ」
ミラは顔を伏せ、問いかける。
「王家の方は、それをお望みなのですか?」
「必ず勝てるとなれば、父も戦を厭うまい。皆がラディアートの下風に立つことを屈辱だと感じている」
ミラの瞳に、涙が溜まっていく。
昼間は、この人に前世を打ち明けて良かったと思ったのに。
私の軽率さのせいで、パパが、戦争が……。
ミラは、涙をこらえることができなかった。
王子の前で、醜態を晒してはいけない。昼間も倒れたばかりなのに。
そう思っても、涙が止まらない。
そんなミラを見て、レオニス王子はぎょっとした。
ミラからは思慮深いように見えていたが、まだ11歳の子供なのだ。
「嫌いな奴をぶちのめせばスッとする」という価値観を持っている。
それが王国としても望ましいことだとわかっているから、名案だと思った。
王子がおろおろしていると、ミラが震える声で言いかける。
「殿下の、ご命令とあらば……」
そこにアンナが口を挟んだ。
「それではダモンと同じです!」
レオニス王子は、ぽかんと口を開けてアンナを見つめる。
「ミラ様のお気持ちも考えずに利益のために魔法を利用する。私利私欲ではなく国のためだとしても、ミラ様を泣かせてまで利用しようとするのであればダモンと変わりません!」
王子は、たじたじとなりながら「お前、誰に向かって……」と小声で言い返そうとするが
「首を打ちたければ打てばいい!気に入らぬ者を殺し、ミラ様を泣かせて得る勝利がそんなに欲しいのならば!」
アンナの怒りは収まらない。
「そんな人間が、信頼を得られると思うな!」
その言葉は、王子の胸を貫いた。
決してミラを悲しませたかったのではない。
むしろ、ミラのためにもなると思っていたのだ。
自分は、ミラの気持ちを理解できていなかった。
そして、この平民の娘は命を捨ててまでも主人に涙を流させた自分への怒りを露にした。
アンナのような部下を、自分が持てる日は来るのだろうか。
……今の自分には、無理なのだろう。
自分の言うことを聞かせるために権力を振りかざしているようでは。
それで相手が言いなりになっても、それは自分ではなく権力に屈しただけだ。
そう思った時、王子の身体は自然に動いた。
「私が間違っていた。申し訳ない」
王子は、頭を下げてそう言った。
「本当に申し訳ない。ミラを泣かせるつもりはなかった。私の考えが浅かった」
まだ涙が止まらないミラの瞳に、アンナがハンカチをあてがっている。
そんなアンナを見て、王子はミラに言った。
「ミラは、良い部下を持っているな。アンナ、叱ってくれてありがとう。私も、ダモンと同じにはなりたくない」
アンナに向かって「良い主人を持っているな」とは何度か言ったことがあるが、良い部下だから良い主人と繋がるのだろう。
それに対して、ミラは涙声で答える。
「私の……大事な……友達です」
それを聞いたアンナも、瞳を潤ませてミラとレオニス王子に頭を下げる。
「私の周りには、戦をしてでもラディアートとの力関係を逆転したいと考える者が多い。アルベルト先生の教えも、私はきちんと理解できていないのだろう」
レオニス王子は、瞳を伏せてミラに言った。
「貴族の立場でありながら平和を願うミラのお父上に、教えを乞いたい。平和の尊さ、大切さを。アルベルト先生もカシウス侯爵も、戦が起こったほうが栄達できるはずなのになぜそう考えるのか」
王子は、視線を落としながら続けた。
「それを理解できたら、私にもアンナのような存在ができるだろうか」
アンナは、その言葉の中に少しの寂しさを感じた。
王子様は何でも持っている羨ましい存在だと思っていたのに。
平民の自分なんかに感謝の言葉をくれるこの人は、きっと優しい人なのだろう。
それでも、少し間違えれば権力を笠にきて言うことを聞かせようとしてしまうのだ。
これがもしダモン・タッカーだったら……。
自分は殺され、ミラ様は戦争の道具にされていただろう。
ダモンのような人間がいる間は戦争はなくならないのではないか、とアンナは思った。




