魔法使いの隠匿
「あの娘は魔法が使えるのではないですか?」
ダモンのその言葉は、カシウス侯爵を動揺させた。
戦時中であれば、魔法使いの隠匿は重罪だ。
目の前のダモン・タッカー公爵が前世のミラを使ってその罪を犯したことを、カシウス侯爵は知っている。
だが、それを告発する証拠はない。
レオニス王子たちも同じことを考えていたが、告発したところでダモンはラディアート王国の公爵なのだから、内政干渉だと突っぱねられる可能性も高い。
そんなダモンに、反対に娘の魔法使い疑惑をかけられてしまった。
これは、微妙なところだった。
今は戦時中ではないうえ、ミラが魔法を使えることを知ったのは6歳の時だ。
こんな子供を国軍に供出しなくてもいいだろう、と侯爵は思った。
いや、手放したくなかったのだ。
親友エドガー・ヴァレンティス侯爵の娘のローズや、平民のアンナに治癒魔法を使った。
だが、王家にはそれを報告していない。
ミラにはみだりに魔法を使わないように言ってある。
人を殺させたくなかったし、治癒魔法に頼り過ぎるのも良くないと思ったからだ。
だが、それを隠匿だと告発されたら……?
「な、何を根拠にそのようなことを……」
「いや、私には魔法の才能はありませんがな。アルベルトという魔法使いをご存じですか?」
「貴国の高名な魔法使いの方ですな」
「今は出奔して行方知れずですが、その者と接しているうちにたまに魔法力を感知できるようになりましてな」
そんな馬鹿な、と思っても、他国の筆頭公爵に失礼な真似はできない。
カシウス侯爵は、次の言葉を待った。
「それもかなり強い力を感じました。このことは、ロベリア王家にご報告されておられるのですか?」
前世でお前がやっていたことだろうが!と憤慨しながら、表面上は冷静を装うカシウス侯爵。
「いやあ、魔法の力があるかどうかを調べる機会もございませんので。戦は終わっておりますし、それほど魔法使いとの交流もありませぬゆえ」
「ふむ、それならロベリア王国の友好国であるラディアート王国筆頭公爵たる私が、権威ある魔法使いを遣わして調べてあげても良いのですよ」
アルベルトが出奔しても、ラディアート王国にはそれに代わる魔法使いが存在した。
「いえ、我が国にも優秀な魔法使いはおりますゆえ、そのようなお手数をおかけするわけにはいきませぬ」
「私の好意を無下にすると?」
ダモンは、挑戦的な目を向ける。
並の貴族であれば、屈したかもしれない。
だが、カシウス侯爵は気概のある貴族だった。
娘を、そして国の権威を守るために抗った。
「我が国にも魔法軍はございます。内政干渉はご遠慮願いたい」
「……ッ」
苦々し気に、ダモンは踵を返した。
しかし、ダモンは後ろを向いた途端に酷薄な笑みを浮かべた。
「見た目や醸し出す空気があまりにも似ているのでかまをかけてみたが、あの反応はもしや……」
今のダモン公爵は、かなり苦しい状況に追い込まれている。
だから、まさかと思いながらもこのような行動を取ったのだ。
もしあの娘が、今は亡き自分の娘ほどの魔力を持っていたなら……。
「あの者を手中にすれば、巻き返せるかもしれん」
公爵の酷薄な笑みは、卑しい企みを持つ者の表情に変わった。
***
その日の夜、いつもどおり使用人としての仕事をこなしてへとへとのアンナは、ミラの部屋に来てそのベッドに潜り込んだ。
主人は、ローズへの手紙を書いている。
そのため、もう少しアンナの待つベッドに来るのは時間がかかりそうだ。
主人がベッドに来るまでに眠ってはいけない、というよく分からない矜持を持っているアンナは、必死で目をギンギンに開いていた。
時間はまだ21時ごろなのだが。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「こんな時間に何でしょうか」
アンナは不機嫌に目をこすりながら、扉を開けに行く。自分の役目は絶対に譲らない。
ミラが「私が出るよ」などと言うと、自分は必要ないのでしょうかとばかりにしょぼんとするので、ミラもアンナに任せている。
そうして開いた扉の向こうには、レオニス王子がいた。
「夜分遅くに済まない」
その姿を見たアンナは、目をぱっちりと開けてミラに報告した。
「ミラ様!レオニス王子様がお見えですよ!」
アンナは、昨日の語らいでレオニス王子を少し気に入っていた。
さらに、王子ということで「ミラ様の旦那様になるかもしれない」
という妄想を膨らませていたのだ!
自分は席を外した方がいいのだろうか、などとアンナは考えていたが、すぐにレオニス王子は口を開いた。
アンナの存在を邪魔に思う様子はない。
「夜分済まない。ずっとお前のことを考えていた」
アンナが少し色めき立つ。だが、その続きは色恋沙汰とは無縁のものだった。
「お前の魔法は、今も前世と同じくらいの威力があるのか?」
「……わかりません。魔法を使うことがないので」
「前世でのお前の魔法は、戦局を左右するほどのものだった」
「それもわかりません。私は、アルベルト先生以外の魔法使いを見たことがないので」
「アルベルト先生が『ずば抜けた魔法の才能を持っている』と言うほどだ。それは間違いない」
レオニス王子は、無邪気な顔で続けた。
「ラディアート王国との戦争に、その力を発揮してくれないか?」
穏やかな微笑をたたえていたミラの表情が凍った。




