王子にも知って欲しい
アンナは使用人たちと雑用を行っていたが、ミラが倒れたと聞いてすぐに「すみません」と頭を下げた。
周りの者も、こんな時アンナはすぐにミラの下に行くだろうことを良く知っているので、温かく見送る。
「ミラ様!」
思わず勢いよく扉を開けてしまったアンナを、中にいたカシウス侯爵がたしなめる。
「これアンナ、入る時はノックを忘れずに」
そう言っているカシウス侯爵の横で、ベッドから体を起こした状態のミラがくすくす笑っている。
「申し訳ありません!……ミラ様、お体は大丈夫なのですか?」
「ごめんなさい、もう大丈夫よ」
「ダモン・タッカー公爵に出くわしたようなのだ」
カシウス侯爵が、アンナに説明する。
アンナが来るまでに、ミラは父にアンナとローズにも前世のことを話したと伝えていた。
侯爵は秘密を知っているのが自分だけではないことを少し残念に思いながら、ミラに信頼できる人がいることは嬉しく思った。
そうして、侯爵は部屋を出て行った。
アンナは呟く。
「ダモン・タッカー公爵……」
前世でミラ様をいじめていた奴だ。
前世の話を聞いているだけで腹が立つのに、まだミラ様を傷つけるのか。
アンナは、こぶしを握り締めた。
「ごめんね、あの人を見るだけでどうしても動悸が激しくなって……。いつまでもこんなに弱くちゃいけないのに」
そんなことはない。
だって、前世で自分を利用して殺した相手が目の前にいるなんて怖くて当然だ。
もちろんアンナにはそんな経験はないけれど、ミラの気持ちを想像すると強い怒りがこみあげてくる。
「今日レオニス王子といる時にあんな醜態を晒してしまったの。とても申し訳なく思っているわ」
醜態だなんて……。きっとあの王子様なら気にせず許して下さる。
自分はまだ少し苦手意識はあるけれど、一緒に洗濯をした仲だし。
「だから、レオニス殿下にも前世のことを知ってもらおうと思うの」
……ミラ様はあの王子様をそこまで信頼されているのか。
少しばかりの嫉妬心を、アンナは抱いた。
「もうすぐレオニス殿下がここにいらっしゃると思うわ。その時、アンナも一緒にいてくれる?」
え。やだ。ちょっと怖い。
みんなで洗濯をしている時は、あまり近づかないようにしてお姉さま方と気さくに話しているのを眺めるだけで済んだ。
でも、やはり身分が違い過ぎる。
何か気が付かないうちに粗相をして首を切られないかと緊張してしまう。
でも。
「もちろんです、ミラ様」
ミラに頼られて断れるアンナではなかった。
***
「ミラ、具合はどうだ?」
レオニス王子が、ミラの部屋を訪れる。
アンナが行儀よく部屋に招き入れ、ミラは丁寧なカーテシーをした。
両手でスカートの裾を軽く持ち上げて片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げるこの挨拶が、ミラの上品さを際立たせた。
王子は少し顔を赤らめながら、用意された椅子に座る。
「話というのは何だ、ミラ?」
早速に王子は本題に入る。
アンナもいる前だと、ダモンの悪口もどこまで言っていいのかわからない。
「信じていただけるかどうかわかりませんが、私には前世の記憶がございます」
そう言って、ミラはダモンの娘だった時の話をした。
聞いているレオニス王子の顔は、どんどん険しくなっていく。
自分の身柄を差し出せと言った時の冷酷な表情よりもずっと怖い、とアンナは思った。
そして前世でのミラの最期の日……誕生日を餌に戦わされた日のことを聞くと、王子は顔を真っ赤にして唇をかみしめた。
「ダモン……絶対に許せん!」
その顔を見て、アンナは「王子様も自分と同じだ……」と思って感動した。
こんなに身分が違うのに、同じことを感じるんだと。
そして、王子様もミラ様が好きなんだな、と思った。
ん……?それは異性の好きなのか?
アンナはやや吞気にそんなことを考えていたが、ミラは不安だった。
レオニス王子は、ロベリア王国が下風に立たされている現状を強く憤っている。
もしかすると、自分がその現状に加担していたかもしれないのだ。
自分の働きがどれだけ戦場に影響を与えたのかは分からないが、前世での父があれだけ上機嫌だったのだから、役には立っていたのだろう。
それは、ロベリア王国に傷を与える結果になったはずだ。
「……嫌われちゃうかな」
ミラは、それが怖かった。
レオニス王子に前世のことを告げるのには、それを乗り越える勇気が必要だった。
でも、ダモンが目の前に現れただけで倒れてしまった。迷惑をかけてしまった。
その時、王子は自分を庇ってくれた。
私を支え、心配してくれた。
ラディアート王国に着くまでの間、一緒に使用人の仕事を手伝った。
旅を退屈だと思っていたのに、ずっと笑顔でいられた。
……そして、アルベルト先生に会わせてくれた。
ダモンの悪口を言い合った。
レオニス王子を、信じたい。
レオニス王子に、知って欲しい。
ミラは、おずおずと最後に付け加えた。
「私が、ロベリア王国の兵を傷つけてしまって……」
「そんなことはどうでもいい!その時のミラはラディアート王国にいたんだから!」
レオニス王子は、ミラの心配を一刀のもとに斬り捨てた。
「やはりダモンは卑劣な奴だ!すぐにでも戦を仕掛けて討ち取ってやりたい!」
そうだそうだ!とアンナは同意した。この王子、ちょっと好きかもしれない、とアンナは思った。
だが、ミラはそんな王子をたしなめる。
「殿下、お言葉は嬉しく思いますが、なにとぞ平和を一番にお考え下さいませ」
「う、うむ。アルベルト先生もそう言っていたな。『戦で泣く民の声を想像しろ』と」
アンナは、アルベルト先生を知らない。
だが、とても良いことを言ってくれる人だと思った。
そのうえ王子様に先生と呼ばれているのだから、とても素晴らしい人なのだろうと思った。
身分も高く人格も高潔で後光が差しているような人を、アンナは想像した。
「そうだ、アルベルト先生と言えば」
レオニス王子が、さっきとはまったく違うトーンでミラに話しかける。
「もしかして、今もミラは魔法が使えるのか?」
あ、しまった。
戦を左右するほどの魔法を使えることを、思わず話してしまった。
だって自分が魔法を使えることを言わないと本筋が伝わらないもの。
「国に帰ったら、アルベルト先生の前でお前の魔法を見せてもらうぞ」
少し唇を尖らせ頬を膨らませながら、レオニス王子はそっぽを向いた。
ミラをアルベルト先生に会わせた時に小さな火球を自慢したことを、王子は恥ずかしく思ったのだ。
その少年らしい姿を、アンナは「かわいい~」と思った。
王子がミラに格好つけて小さな火球の魔法を披露したのは29話です。
それなのに前世のミラは戦で活躍していました。王子、頑張れ!




