ミラとダモン
反乱軍鎮圧のためにダモン・タッカー公爵の応援に出陣したロジャー・ウェストン公爵は、ほくそ笑んでいた。
ロベリア王国との戦において、抜群の戦功を上げたダモン・タッカー公爵。
それによって、ウェストン公爵家は筆頭公爵の座から滑り落ちた。
戦の序盤においては、ダモンは評判通りの昼行燈ぶりを発揮していた。
兵力はあるが、弱い。
国を守るために兵の調練を怠らないロジャー・ウェストン侯爵からすれば、このような惰弱な者が同じ公爵を名乗っていることに憤慨していた。
だが、ある時からダモン・タッカー公爵の軍は見違えるような軍功を上げ始めた。
それを不審に思う者も少なくなかったが、優秀な軍師を雇い入れたのではないか、と考える者が多かった。
味方の軍が強くなることに、文句などなかったからだ。ロジャー・ウェストン公爵を除いては。
筆頭公爵の座を奪われたロジャー・ウェストン公爵は、ダモン・タッカー公爵の戦を細かく調べ上げた。
陣立てや用兵には進歩の兆しもない。自分なら簡単に破れるような稚拙なものだ。
しかし、ロベリア王国の軍はその稚拙な軍隊の前に敗退していく。
これは、特別な兵器でも持っていないと説明がつかない。
もちろん、それはミラのことだ。
その秘密を探ろうと、ロジャー・ウェストン公爵は躍起になっていた。
だが、魔法使いを隠匿するという罪を犯しているダモン・タッカー公爵はその尻尾をなかなか見せなかった。
***
落ち目にあるダモン・タッカー公爵は、自分の栄光を作り上げた少女の姿を見た。
軍用を整えるという当たり前の自分の行動が非難され、反乱軍鎮圧に手間取ったことで先の戦での軍功すら過去のものとされようとしている時に——その軍功の源だった少女を。
しかし、ダモンは首を振った。
「あの者は死んだはず。それに、生きていたならもう20歳を超えているだろう。他人の空似だ」
ダモンは、ミラの名前もまともに覚えていなかった。
公爵は、その場から立ち去ろうとした。
だが、どうしても気になる。
「あの者のような力を持つ者であれば、召し抱えたい」
ミラのことを「あの者」と呼ぶダモンは、また王国に内緒で魔法使いを雇うことができれば、と考えた。
「あの者はわしの浮気相手の子供なうえに平民の血を引いていたからマリアンヌは受け入れなかった。ただの部下なら問題はあるまい」と思ったのだ。
もちろん、見た目が似ているから魔法力も同じというわけではない。
それでも、ダモンはその少女を無視することができなかった。
ダモンは、レオニス王子とミラが遊んでいるところに近づいた。
そして、まずは礼儀に則ってレオニス王子に挨拶の言葉をかける。
「レオニス殿下、ご機嫌うるわしゅう」
そこには、相変わらずの敗戦国の王子に対するあざけりの表情があった。
その顔を見たレオニス王子は、到底うるわしくない表情を浮かべる。
「うむ、タッカー公爵は戦で随分疲れた顔をしておるな」
レオニス王子は、皮肉で応酬する。
だがダモンはそれには応じず、ミラの方に顔を向ける。
「ダモン・タッカーと申します」
目上の相手から名を名乗られたのだ。こちらも名乗らなければならない。
しかし、ミラはいきなり目の前に現れた前世での忌むべき存在に圧倒されていた。
呼吸が激しくなり、顔が青ざめる。
「ミラ!」
そう叫んで、レオニス王子がミラを支える。
その名前は、ダモンの記憶を呼び起こす。
「そう言えば、あの者もそんな名前だったような……」
そして何より、近くにいる時の匂いや空気感が昔感じたものと似ている気がした。
「ミラ様と仰るので?どちらの家のご令嬢でしょうか?」
気遣いなど微塵もせずに、自分の知りたいことを聞いてくるダモンに、
「この者は少し体が弱いのだ。非礼は詫びる故、ここは下がらせて欲しい」
とレオニス王子が応じた。それでもダモンはずけずけと聞いてきた。
「どちらのミラ様か、それをお教え願いたい」
子供のこととは言え、相手国の筆頭公爵に名乗らないという非礼も外交に影響しかねない。
「アルヴェイン侯爵家長女のミラだ」
レオニス王子が代わりに応える。
「以後、お見知りおきを」
ダモンは、そう言ってその場から立ち去った。
ミラ・アルヴェインのことを調査する決心と共に。
***
ダモンが立ち去ったすぐ後に、カシウス・アルヴェイン侯爵が現れた。
娘のミラの姿が見えないため、探し回っていたようだ。
いつもはレオニス王子の部屋にいるのに、今日は外出を許されているため居場所が分からなかったのだ。
「ミラ!」
カシウス侯爵は、思わず真っ先に娘に声をかけてしまった。
そこに王子がいるというのに。
それに気づいたカシウスは、顔を青くして
「レオニス殿下、ご機嫌うるわしゅう」
と挨拶をする。
「良い。つい先ほどダモン・タッカー公爵がここを訪れた。その時にミラが突然体調を崩したのだ」
「ダモン……タッカー……」
カシウス侯爵は、娘のミラから前世のことを聞いている。
幼い子供に魔法を使わせ、多くの人を傷つけさせた。
5歳になってから、ミラの様子がずっとおかしかったのも前世の記憶のせいだ。
その元凶の、ダモン・タッカー。
迂闊だった。
外交使節として長く家族と会えないことを覚悟していた時に、家族同伴を命じられて浮かれてしまった。
ラディアート王国に来る以上、ダモンと顔を合わせてしまう可能性を考えるべきだった。
ミラを外交の場に立ち会わせることなどないのだから、と軽く考えてしまった。
過呼吸を起こしているミラを、レオニス王子が支えている。
カシウスはそのことにも遅ればせながら気が付いて、ミラの身体を自分の腕に抱いた。
そうして少し落ち着いたミラは、震える声でレオニス王子に言った。
「失礼ながら、後ほど私の部屋にお越し願えませんでしょうか。お話ししたいことがございます」
父のカシウスは、「臣下の身でありながらご無礼を申し上げ、申し訳ございません。ですが、もしよろしければ娘の願いを聞き届けて下されれば光栄にございます」
そう言って、カシウス侯爵は娘を連れてその場を離れた。




