望まぬ邂逅
ダモン・タッカーは怒りのあまり拳を握り締めていた。
条件や国力ではなく、ただ自分へのあざけりによってラディアート王国への不利な条件が決められていく。
いや、厳密には不利ではなく今までの戦勝国と敗戦国の不平等が是正されていくのだ。
だが、それが自分の失態のせいだということが、プライドの高いダモンには受け入れられなかった。
いや、それはプライドではなく虚栄心だった。
プライドとは、自分に対する誇り。評価に対して自分の能力が足りていない時に、自分を高めるための怒り。
だがダモンが抱いているのは、自分の価値を高めることとは関係なく、ただ他人から良く見られればそれでいいという軽薄なもの。
ダモンは、ただ虚栄心を肥大させて生きてきた。
実態がないから、本物の尊敬は得られていない。
そして、自らの失態で外交を後退させた以上、表向きの敬意も得られない。
もちろん、それでも味方でいてくれる人もいる。
揉み手でご機嫌を窺ってくる人たち。……何を褒めているのかわからない連中。
「こいつらは私ではなく、私の権力に媚びへつらっているのだ……」
そんな当たり前のことを、ダモンはようやく理解した。
だが、それは仕方のないことだろう。
生まれた時から公爵家の長男として権力を持っていた。
それに疑問を感じる瞬間すらなかったのだ。
一秒たりとも途切れることなく、自分は敬われていた。
タッカー公爵家のダモンだから、敬われて当然だと思っていた。
それなのに、なぜタッカー公爵家のダモンが嘲りの視線を向けられる?
お前らとは生まれが違うというのに。
お前らのために、威風堂々とした軍勢を連れて帰ってきたのだ。
なぜそれを咎められねばならん?
***
ダモンがいないところで勝手に決めることはできないと思っていた官僚たちも、戻ってきたダモンの支離滅裂な主張に嘆息した。
まず外交相手への敬意がない。相手国の復興もほぼ終わっているのに、いつまで戦勝国のつもりなのか。
さらに、単独で反乱軍を鎮圧できなかったという不甲斐なさ。
ロベリア王国との戦において多大なる戦功を上げたという理由で心酔していた者も、この反乱軍との戦いで心を離していた。
あれは偶然だったのではないかと。
さらに、ダモン・タッカーの政敵であるロジャー・ウェストン公爵は、魔法使いを隠していたのではないかという疑念を抱いている。
冗談めかしてはいたが、思い当たりのあるダモンはそれを無視できない。
ダモンは、国内に粛清の嵐を吹かせなくてはいけないと思った。
こちらに北風と太陽の寓話があるのかないのか……。
自分に従順でない者を、ダモンは大勢処断した。
これで反抗的なものが減るだろうと考えて。
だが、北風でコートを剝ごうとしてもそう簡単にはいかない。
強制ではなく、内なる心から従いたいと思わせることが大事だということを、生まれながらの公爵には理解できない。
***
ロベリア王国の外交使節は、この稚拙な舞台を間近で見ることになった。
ダモンは、自分が力を取り戻したうえで外交交渉をしようとしているのだろうか。
だが、ダモンがあがけばあがくほどラディアート王国の方針は乱れていった。
それを見ながら、ロベリア王国の外交使節はどんどん強気な外交戦略を進めていった。
もちろん軍事力では対等なので度を超すことはできないが、今までよりずっと有利な条約が次々に結ばれていった。
***
「はははは!ダモンの悔しそうな顔ったらなかっぞ!」
レオニス王子は、心から楽しそうにミラに言った。
始めのうちは、王子は外交の場に出席していなかった。
昨年の国交回復10周年記念式典でもミラが倒れたのを良いことにサボっていたが、今回も自分はどうせお飾りだから調印の時だけでいいだろうと主張したのだ。
だが、ダモンが失態を責められていると聞いて、王子はその姿を見たいと思った。
それから王子は「これも経験だ」と言い始め、時々外交の場に出席するようになった。
そこでは、反乱軍の鎮圧に手間取って自分たちを待たせた挙句、身なりまで整えて時間を無駄にさせたことを、ロベリア王国の外交使節が的確に指摘して相手の落ち度を責めていた。
ラディアート王国の武力が圧倒的に強ければ、このような態度は許されなかっただろう。
だが、その武力を示す筆頭公爵がただの反乱軍に手こずるという醜態を晒した。
ロベリア王国の外交使節は、場合によってはもう一度戦争をしても構わないという勢いで外交に望んだ。
ラディアート王国からすれば、筆頭公爵の武力が侮られている今、相手の主張を跳ね返すのは困難だった。
ダモン・タッカー公爵は、唇を噛んで調印式を見つめていた。
***
外交においてロベリア王国の力が強くなるにつれて、王子やミラに対する監視という名の締め付けも緩くなっていった。
外交においてダモンが失態を晒す様子を側近から聞き、それをミラに話すことで退屈を晴らしていたレオニス王子だが、やはり外に出たいと思っていた。
外交においてロベリア王国が有利になっていくことで、それも許されるようになった。
そこで、王子は大喜びでミラを呼んだ。
「ミラ、俺はこの前よりも魔法が強くなったんだぞ!ちょっと見てくれ」
そう言って、王子は5㎝ほどの火の玉を手の平の上に顕現させた。
「すごいです、レオニス様!」
そう言って目を輝かせて見せるミラに、王子は満足げな笑みを浮かべた。
ミラも外に出られることが嬉しかったので、惜しみなくお世辞を使った。
そうやってはしゃいでいるミラを、ダモン・タッカー公爵が見かけた。
「……あの娘は……」




