筆頭公爵の不在
ラディアート王国の首都に近づいてくると、道も整備されてくる。
川で洗濯することもなくなり、夜には宿に泊まる。
それでも、ミラとレオニス王子が使用人の仕事を手伝うことで生まれた絆は消えない。
大人たちは外交の打ち合わせを密に行っているため、ミラとレオニス王子は相変わらず暇なのだ。
二人は使用人のところに入り浸り、みんなと打ち解けていった。
そして、ミラはレオニス王子にも親近感を持つようになった。
アンナの首を討とうとした冷酷な王子という印象が、使用人たちと気さくに笑い合う可愛らしい男の子に変わった。
これなら自分の前世を話してもいいかもしれない、と思うようになった。
そのレオニス王子は、アンナが席を外している時に他の使用人たちに話しかけた。
「平民のアンナに対して、思うところはないか?何も問題はなかったか?」
いじめとか差別とかがあったのではないか、とレオニス王子は心配しているのだ。
「最初のうちは、多少なくはなかったですね。なぜ平民風情と一緒に働かないといけないのか、と仰る方もいました。でもアルヴェイン侯爵家の方ですし、年齢もお若いですし……」
その使用人は、さらに続けた。
「それに、ミラ様がお見えになった時の、主人を見つけた犬のような懐き方があまりにも可愛らしくて……!」
その様子は、レオニス王子も何度も目にしている。
そこには邪心など欠片もないことが誰にでもわかるほど、アンナは忠犬なのだ。
「分を弁えていながら媚びることもなく、ミラ様には従順。あんな真っすぐな少女をいじめることなんてできませんわ」
その言葉に嘘がないだろうことは、ずっと使用人と一緒にいたからこそレオニス王子にもわかる。
そのことを、王子は誇らしく思った。
「アンナの父上は農民だそうだ。我々が口にする食物は、農民がいなくては手に入らない。もちろん家具や食器や工芸品なども平民が作ってくれている。貴族だけでは国は成り立たない。そのことを、俺はこの旅で知った」
11歳の少年の言葉に、使用人たちは聞き入った。
「国を守り、強くするために貴族は大切な存在だ。だが、平民の活気も強い国には必要なのではないだろうか。皆も、平民を粗末に扱わぬようにして欲しい」
レオニス王子は、心の底からこの言葉を告げた。
高位の貴族には、まだ受け入れられないかもしれない。
だがここにいるのは、貴族と言っても使用人として出されるような次女、三女と言った者たちだ。
その分、この言葉を受け入れやすかった。
ここにいる使用人たちは、平民を差別するようなことはないだろう。
***
外交使節は、ようやくラディアート王国の首都に辿り着いた。
歓迎の儀式の段取りは決まっているが、そこにダモン・タッカー公爵の姿はない。
ロベリア王国の筆頭公爵ルシアン・ベルモントが、相手方の貴族に言う。
「おや、筆頭公爵殿がおられぬようですが?ロベリア王国筆頭公爵の私が出向いてきているというのに、随分軽く見られたものですなあ?」
「いえ、決して軽んじているというわけではございませぬ。タッカー公爵においては、手の離せぬ所用がございまして……」
出迎えた貴族は、しどろもどろになりながら取り繕おうとする。
だが、ラディアート王国で反乱が起こっていてそれに手を焼いているという情報は、ロベリア王国でも掴んでいる。
「もし貴国のみで反乱軍を鎮圧できないようでしたら、こちらも助力いたしますぞ?」
もちろんそんなことを頼めば、ラディアート王国が借りを作ることになる。
「いえいえ、すぐにタッカー公爵も戻ってこられるでしょう」
戦争に負けたロベリア王国は、ずっと下風に立たされてきた。
そのことをずっと悔しく思っていたので、ここぞとばかりに相手を責める。
この二国は、表面上は仲良くしている。
だが、どちらも相手を出し抜きたいと思っているのだ。
既に戦争終結から11年が過ぎている今、特にロベリア王国はいつまでも敗戦国扱いをされていることに不満を抱いていた。
常にこちらがラディアート王国に出向かなくてはいけないこと、その他にも不平等な関税やラディアート王国に有利な治外法権など、改善したいことはたくさんある。
それらを一気に実現することは難しくても、その足掛かりくらいは掴んで帰りたいとルシアン・ベルモント公爵は考えていた。
だから、この場にラディアート王国の筆頭公爵がいないというのは絶好の攻撃材料だった。
それがわかっているからこそ、ラディアート王国側も下手に出ざるを得ない。
完全に国力差が上回っているならともかく、今はロベリア王国も敗戦の傷を癒している。
そんな時に反乱が起き、しかもその鎮圧に手間取っている。
相手国に侮られても仕方がないような状況に、ラディアート王国は陥っているのだ。
「筆頭公爵様が赴いても簡単に鎮圧できないほどの反乱とあっては、同盟国としても見過ごすべきではないかと思いますが……」
「いえ、作戦に置ける必要によって長引いているだけで、そんなに大規模な反乱ではございません」
「ほう、外交使節を放り出してまで長引かせるとは、その作戦にはどのような意図が?」
「そ、それについては、筆頭公爵がお戻りになられてから……」
出迎えに出た貴族は、とんだ貧乏くじを引かされたものだと嘆息した。
反乱が起こった当初の規模を考えると、自分でもすぐに鎮圧できたのではないかと思えるものだった。
ここまで手を焼くとは、誰も思っていなかったのだ。
敵が知恵者だったのかもしれない。
だが、そうするとラディアート王国の筆頭公爵はその反乱軍の知恵者よりも劣るということになる。
それが「筆頭」公爵であるがゆえに、我が国の貴族全てがその反乱軍より劣るということになりかねない。
こうして醸成されたダモン・タッカー公爵に対する不信感は、ロベリア王国の使節にもハッキリと伝わった。




